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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
11 春に向かって走れ!
122/129

 ★★ ああ、もう! : 児玉かすみ


「ベテランのトレーナーに付いてもらったから、仕上がりも上々でね。まあちょっと、仕事で寝不足ではあるけど。あははは。」


「そうなの。自信があるのね。」


「さすがに大会記録ってわけには行かないよ。でも、トレーナーは『いい線行く』って言ってくれててさ。」


黒川さん、相当自信があるんだなあ。

昔から、有言実行の人だったもんね。これだけ言うのなら、上位入賞は間違いない感じなんだ、きっと。

ああ……、雪見さん、かわいそう……。


「児玉先生!」


「え? あれ、金子くん?」


一人?

息を切らしちゃうほど走って来たの?

それとも、そういうウォーミングアップ?


「かすみの学校の子?」


「え、ええ、うちのクラスで陸上部の……。どうしたの?」


「せ…先輩たちと、はぐれちゃって……。」


「え、ホントに? でも大丈夫よ、まだ時間は…… 」


「ねえ、先生。このひと、黒川さんですか?」


「は?」


なんで知ってるの?!


「へえ、よく分かったね。」


やだ、勝手に返事しないでよ!


「はい。学校でウワサになってましたから。エリートでイケメンの、児玉先生の元カレって。」


何それ?!


「へえ。ウワサになってたんだ? エリートでイケメン? いやあ、それほどでもないけど。あはははは。」


ああ、もう。

おだてられちゃって……。


「あ、金子! やっと見つけた!」


「あ、先輩たち! すみませんでした。」


「ああ、よかったわね。じゃあ、早く柳川先生のところに…… 」


ほらほら、さっさと行きなさい。


「あれ? もしかして、黒川さん?」


なによ?!

あなたたちまで?!


「そうだよ。」


「いやー、ウワサどおりだなあ、イケメンだって。お金持ちっぽいし。」


「どうもありがとう。」


うわあ、お世辞攻撃?

ご機嫌だね、黒川さん……。


「うちの雪見さんと、勝負するんですよね?」


それも知ってるんだ……。


「それもウワサなのかい? 高校生の情報網ってすごいんだなあ。」


そうなのよ。

今さら分かってくれても、遅いけど。


「自信のほどは?」


「自信? そうだなあ……、まあそれなりに、ね。」


「「「おおおおぉ……。」」」


ああ……。

生徒の前でここまで言い切るってことは、やっぱり自信があるのね……。


「どれくらいで走るんですか?」


あ、それはわたしも知りたいな。


「そうだね、1kmを4分台前半ってところかな。」


4分台前半?!

雪見さんの最終目標だったけど……無理だったのよね……。

これは雪見さんには言えないな……。


「けっこう速いっスね。」


「あははは。まあ、キミたちにはかなわないけど。」


でも、雪見さんよりは速い……。


「あ、チーフ!」


ん?


「スタート前にすみません。ちょっとご相談したいことがあるんですけど。」


「ああ、わかった。ごめん、かすみ、仕事なので失礼。また、ゴールのあとに。」


「はい。じゃあ。」


仕事と掛け持ちか。

本当に自信があるのね。


でもね、黒川さん、これで「さようなら」です。

ゴールのあとは、雪見さんのお世話があるのよ。

くたくたになって、……もしかしたら精神的にもダメージを受けているかも知れない雪見さんを慰めるのは、わたしにしかできない役目なの。


だから、ね。



――― さて。



こっちには、ちゃんと言わなくちゃ。


「あなたたち、わざとでしょう?」


「え?」


「何が?」


「そんな無邪気な顔したって、ちゃーんと分かります。あなたたち、黒川さんがどんな人か、見に来たんでしょう?」


「えへへへ……。」


「分かった?」


もう!


「分かるわよ! 金子くんに迷子になったふりなんかさせちゃって。しかも、黒川さんにしゃべらせるために、あんなお世辞まで言って!」


「ごめんなさーい。」


「でもさあ、気になるじゃん?」


「気にしなくていいのよ。今は関係がない人なんだから。」


雪見さんを知ってるだけで十分じゃないの。

ホントに物好きなんだから。


「それにしても、どうして分かったの? あの人が黒川さんだってこと。」


勝負するってウワサが流れていたことは知ってるけど、それがいつ、どんな方法かってことは、さっきまで知らなかったはずよね?


「さっき、雪見サンと話しているところを見たから。」


「え、見たの?」


そんなにあっさりと?


「どこで?」


「更衣室の前。話も全部聞いちゃった♪」


ああ……。


「プライベートな話だから遠慮しようとは、誰も思わなかったわけね?」


「だってあの人、結構大きな声でしゃべってたから。」


「そうだよ。こっちに歩いて来てた雪見サンに、後ろから呼び掛けたんだぜ。」


あの黒川さんならやりそう。

雪見さんには特に挑戦的な態度を取ってるから……。


「だからって、わざわざ見に来なくても。」


「だけどさあ、俺たち、ただ見に来たわけじゃないよ。」


「どこが?」


「たまちゃんが元カレと二人で話してたら、雪見サンが気にすると思って、邪魔しに来たんだよ。」


「そうそう。」


!!


「そ、そんなこと……。」


「気になるよなあ。やっぱさあ、今は何ともなくても、昔は……なんだから。なあ?」


「うん。」


「そうだよなあ。やっぱり気にすると思うなあ。」


「そうそう。なんてったって、あの見た目だし。」


そんな……。

雪見さんが気にするなんて……。


そんなこと、あるの……かな?

去年、自信がないって言ってたけど……。


でも、今の雪見さんは、黒川さんなんか追いつかないくらい素敵になっているのに……。


「ねえ、たまちゃん。結婚式決まってるんだって? いつ?」


「……式? 3月27日。」


そうよ。

雪見さんとはもうすぐ結婚するんだから。


「へえ。あと1か月ちょっとじゃん。プロポーズは何て?」


「プロポーズ……? 『結婚してください。』って……。」


そうよ。

あのとき、雪見さんは迷いなく言ってくれた。

恥ずかしがったりしないで、単刀直入に。


「そうか〜。やっぱ、シンプル イズ ベストか〜。」


「ねえ、どこで?」


「どこって……、ゆうえん………え?」


ちょっと待って!


「遊園地?! 結構カワイイじゃん。」


「お化け屋敷で『キャー!』とか言って?」


うっわ〜、やられた!


「こら! なんでそんなことを、あなたたちに教えなくちゃいけないのよ?!」


「あ、気が付いた?」


「なんだー。もう終わりかー。」


「『もう終わりか』じゃないでしょ?!」


動揺するようなことを言うから、うっかりして教える必要のないことまで言っちゃったじゃないの!


「こらー! お前たち、さっさとアップして来ーい!」


「う、やべぇ。柳川先生だ。」


「今日は特別に寒いんだぞ! じっくりアップしとかないと怪我するだろうが!」


「しょうがねえなあ、行くか。じゃあねー、たまちゃん♪」


「先生、またあとで。」


「はいはい、頑張ってね。」


ああ、もう!

雪見さん、ごめんなさい!


生徒が喜ぶような情報を漏らしちゃったよ……。







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