★★ ああ、もう! : 児玉かすみ
「ベテランのトレーナーに付いてもらったから、仕上がりも上々でね。まあちょっと、仕事で寝不足ではあるけど。あははは。」
「そうなの。自信があるのね。」
「さすがに大会記録ってわけには行かないよ。でも、トレーナーは『いい線行く』って言ってくれててさ。」
黒川さん、相当自信があるんだなあ。
昔から、有言実行の人だったもんね。これだけ言うのなら、上位入賞は間違いない感じなんだ、きっと。
ああ……、雪見さん、かわいそう……。
「児玉先生!」
「え? あれ、金子くん?」
一人?
息を切らしちゃうほど走って来たの?
それとも、そういうウォーミングアップ?
「かすみの学校の子?」
「え、ええ、うちのクラスで陸上部の……。どうしたの?」
「せ…先輩たちと、はぐれちゃって……。」
「え、ホントに? でも大丈夫よ、まだ時間は…… 」
「ねえ、先生。このひと、黒川さんですか?」
「は?」
なんで知ってるの?!
「へえ、よく分かったね。」
やだ、勝手に返事しないでよ!
「はい。学校でウワサになってましたから。エリートでイケメンの、児玉先生の元カレって。」
何それ?!
「へえ。ウワサになってたんだ? エリートでイケメン? いやあ、それほどでもないけど。あはははは。」
ああ、もう。
おだてられちゃって……。
「あ、金子! やっと見つけた!」
「あ、先輩たち! すみませんでした。」
「ああ、よかったわね。じゃあ、早く柳川先生のところに…… 」
ほらほら、さっさと行きなさい。
「あれ? もしかして、黒川さん?」
なによ?!
あなたたちまで?!
「そうだよ。」
「いやー、ウワサどおりだなあ、イケメンだって。お金持ちっぽいし。」
「どうもありがとう。」
うわあ、お世辞攻撃?
ご機嫌だね、黒川さん……。
「うちの雪見さんと、勝負するんですよね?」
それも知ってるんだ……。
「それもウワサなのかい? 高校生の情報網ってすごいんだなあ。」
そうなのよ。
今さら分かってくれても、遅いけど。
「自信のほどは?」
「自信? そうだなあ……、まあそれなりに、ね。」
「「「おおおおぉ……。」」」
ああ……。
生徒の前でここまで言い切るってことは、やっぱり自信があるのね……。
「どれくらいで走るんですか?」
あ、それはわたしも知りたいな。
「そうだね、1kmを4分台前半ってところかな。」
4分台前半?!
雪見さんの最終目標だったけど……無理だったのよね……。
これは雪見さんには言えないな……。
「けっこう速いっスね。」
「あははは。まあ、キミたちにはかなわないけど。」
でも、雪見さんよりは速い……。
「あ、チーフ!」
ん?
「スタート前にすみません。ちょっとご相談したいことがあるんですけど。」
「ああ、わかった。ごめん、かすみ、仕事なので失礼。また、ゴールのあとに。」
「はい。じゃあ。」
仕事と掛け持ちか。
本当に自信があるのね。
でもね、黒川さん、これで「さようなら」です。
ゴールのあとは、雪見さんのお世話があるのよ。
くたくたになって、……もしかしたら精神的にもダメージを受けているかも知れない雪見さんを慰めるのは、わたしにしかできない役目なの。
だから、ね。
――― さて。
こっちには、ちゃんと言わなくちゃ。
「あなたたち、わざとでしょう?」
「え?」
「何が?」
「そんな無邪気な顔したって、ちゃーんと分かります。あなたたち、黒川さんがどんな人か、見に来たんでしょう?」
「えへへへ……。」
「分かった?」
もう!
「分かるわよ! 金子くんに迷子になったふりなんかさせちゃって。しかも、黒川さんにしゃべらせるために、あんなお世辞まで言って!」
「ごめんなさーい。」
「でもさあ、気になるじゃん?」
「気にしなくていいのよ。今は関係がない人なんだから。」
雪見さんを知ってるだけで十分じゃないの。
ホントに物好きなんだから。
「それにしても、どうして分かったの? あの人が黒川さんだってこと。」
勝負するってウワサが流れていたことは知ってるけど、それがいつ、どんな方法かってことは、さっきまで知らなかったはずよね?
「さっき、雪見サンと話しているところを見たから。」
「え、見たの?」
そんなにあっさりと?
「どこで?」
「更衣室の前。話も全部聞いちゃった♪」
ああ……。
「プライベートな話だから遠慮しようとは、誰も思わなかったわけね?」
「だってあの人、結構大きな声でしゃべってたから。」
「そうだよ。こっちに歩いて来てた雪見サンに、後ろから呼び掛けたんだぜ。」
あの黒川さんならやりそう。
雪見さんには特に挑戦的な態度を取ってるから……。
「だからって、わざわざ見に来なくても。」
「だけどさあ、俺たち、ただ見に来たわけじゃないよ。」
「どこが?」
「たまちゃんが元カレと二人で話してたら、雪見サンが気にすると思って、邪魔しに来たんだよ。」
「そうそう。」
!!
「そ、そんなこと……。」
「気になるよなあ。やっぱさあ、今は何ともなくても、昔は……なんだから。なあ?」
「うん。」
「そうだよなあ。やっぱり気にすると思うなあ。」
「そうそう。なんてったって、あの見た目だし。」
そんな……。
雪見さんが気にするなんて……。
そんなこと、あるの……かな?
去年、自信がないって言ってたけど……。
でも、今の雪見さんは、黒川さんなんか追いつかないくらい素敵になっているのに……。
「ねえ、たまちゃん。結婚式決まってるんだって? いつ?」
「……式? 3月27日。」
そうよ。
雪見さんとはもうすぐ結婚するんだから。
「へえ。あと1か月ちょっとじゃん。プロポーズは何て?」
「プロポーズ……? 『結婚してください。』って……。」
そうよ。
あのとき、雪見さんは迷いなく言ってくれた。
恥ずかしがったりしないで、単刀直入に。
「そうか〜。やっぱ、シンプル イズ ベストか〜。」
「ねえ、どこで?」
「どこって……、ゆうえん………え?」
ちょっと待って!
「遊園地?! 結構カワイイじゃん。」
「お化け屋敷で『キャー!』とか言って?」
うっわ〜、やられた!
「こら! なんでそんなことを、あなたたちに教えなくちゃいけないのよ?!」
「あ、気が付いた?」
「なんだー。もう終わりかー。」
「『もう終わりか』じゃないでしょ?!」
動揺するようなことを言うから、うっかりして教える必要のないことまで言っちゃったじゃないの!
「こらー! お前たち、さっさとアップして来ーい!」
「う、やべぇ。柳川先生だ。」
「今日は特別に寒いんだぞ! じっくりアップしとかないと怪我するだろうが!」
「しょうがねえなあ、行くか。じゃあねー、たまちゃん♪」
「先生、またあとで。」
「はいはい、頑張ってね。」
ああ、もう!
雪見さん、ごめんなさい!
生徒が喜ぶような情報を漏らしちゃったよ……。




