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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
11 春に向かって走れ!
121/129

いよいよ。 その2


会場の運動公園に着いてみると、もうかなりの人数が集まっていた。


運動公園と言っても、スタートやゴールに陸上のトラックを使うわけじゃないらしい。

スタートとゴールは、この公園で行き止まりになっている道だった。

その道に沿って、駐車場と各競技場に囲まれた広場と芝生のあたりが集合場所であり、控室であり、応援に来た人たちの休憩兼待合所。

要するに、トイレと更衣室以外は何もないのと同じだ。


「今日はお日様が出ないから、待っているあいだ、すごく寒いと思いますよ。児玉さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫。使い捨てカイロを持って来たから。腰に貼るとあったかいんだよ。」


そう言って見上げる笑顔に、俺も自然と笑顔になってしまう。

こんな寒い日に俺に付き合って一緒に来てくれて、笑顔でいてくれる彼女が嬉しい。

俺はなんて幸せ者なんだろう!


「うわー、なんか暑いなー。前の方から熱気が。」


「缶コーヒーでも渡しておけばよかったなあ。」


後ろから声が!

まだ陸上部と一緒だったのを忘れていた。

柳川先生も……。恥ずかしい……。


「あー、ええと、高校生の受け付けは向こうだから、僕たちはここで。ほら、行くぞ。」


「「「はーい。」」」


「あ、はい。頑張ってください。」


「ありがとう。雪見さんもね。」


陸上部と離れた……ってことは。

これだけの人混みに紛れてしまえば、俺たちが黒川さんと話しているところを生徒に見られないで済む可能性が大きいんじゃないか?


「児玉さん。黒川さんに会うなら、今のうちです。」


「あ、そうね。探してみようか。」


とりあえず自分も受け付けを済ませ、児玉さんと一緒に会場を一回りしてみる。けれど、黒川さんには会えない。

大会のスポンサーだと言っていたことを思い出して、本部ものぞきに行ってみた。けれど、いない。


「仕方ないですね。ウォーミングアップの時間も必要なので、着替えに行ってきます。」


「そうね。着替えている間に来るかも知れないから、わたしはこの辺の目立つ場所にいるね。」


本当は、児玉さんには、俺のいないところで黒川さんと会って欲しくない。

でも、今はそんなことを言っても仕方ない。更衣室に児玉さんを連れて行くわけにはいかないんだから。


あーあ。

結局、俺は黒川さんに劣等感を持ったままなんだ。

児玉さんはあんなに俺に優しくしてくれているのに……。


「やあ、来たね。」


うわ、いたよ……。


更衣室の前で、黒川さんに会ってしまった。

すでに着替え終わった黒川さんは、上から下まで有名ブランドの黒とグレーのウェアで決めている。

帽子にサングラス、グローブ……小物類もバッチリ。

ジョギング用のあれこれを買いに行ったときのことを思い出して、また劣等感に襲われた。


「おはようございます。」


ウェアの値段と実力は別!

見た目を比べて動揺しちゃダメだ!

俺だって、靴だけはいいものを選んだんだから!


「調子はどう?」


「まあまあです。」


「そう。俺はここのところ仕事で寝不足だけど、まあ、キミとの勝負には、それくらいでちょうどいいかも知れないな。あはははは!」


ムカつく〜!!


……と。

まずい! 生徒が出てきた!


「すみません。俺もこれから着替えるんで、失礼します。」


「ああ……そうか。じゃあ、あとで。」


よかった。

これであいさつは済んだし、あとはスタート前に避けていれば、生徒には知られないで済みそうだ。


「雪見サン、今から着替え?」


「うん、そ ――― 」

「かすみも来てるんだろうね?!」


後ろから声が!

ここでそんなことを訊かなくてもいいのに……。


「え……?」


生徒がキョロキョロしている。

周りにも人がたくさんいるし、誰に話しかけたのかよく分からないのかも。

それなら無視して更衣室に入ってしまえば……。


「おい! かすみもここに」


無理か……。

仕方ない。


「来てますよ。」


「え? 何?」


「『かすみ』って、たまちゃんのことじゃねーの?」


振り向いて答えた俺の後ろで、生徒たちがささやき合っているのが聞こえる。

それに気付かないのか、わざとなのか、黒川さんは余裕の微笑みを浮かべて、俺に話し続ける。

本当に、おしゃべりの好きなひとだ。


「ちゃんと連れてきたんだね。いい度胸だ。まあ、そのくらいの意地がないと、俺のライバルとは認められないけどね。」


勝手にライバルにしないでください。

児玉さんと俺の間には、あなたが入る余地はありません。


「ライバルって。」


「そう言えば、去年、ウワサが……。」


生徒のひそひそ話が聞こえる。


ああ、もう。

どうにでもなれ!


「俺は、あなたとライバルになったつもりはありません。」


「くくく……。そう思っている方がいいかもしれないね。気の弱そうなキミには、俺みたいな相手はプレッシャーが大き過ぎるだろうからね。」


「プレッシャーなんて関係ありません。俺は俺で、練習の成果を発揮するだけですから。」


「うん、そういう心構えの方がいいだろうな。俺のスピードに気を取られて自分のペースを乱したら、完走することだって危うくなるからね。」


まったく……。

“ああ言えば、こう言う” って、この人のためにある言葉じゃないだろうか?

しかも、あの自信には、ひたすら呆れてしまうばかりだ。

付き合いきれない。


「児玉さんは、少し先の大きな木のあたりにいますよ。」


「そう。じゃあ、俺はかすみにあいさつして来るよ。」


はいはい、どうぞ。


「ああ、キミがいない間に、かすみを誘惑したりしないから安心していいよ。じゃ。」


誘惑って……。

児玉さんが、今の黒川さんを好きになることなんかあるんだろうか?

さっき見たときは少し心配だったけど、今、黒川さんと話してみたら、そんな心配なんか必要ないって気がしてきたよ。


そんなことよりも……。


あーあ。

やっぱり俺は、また生徒のウワサのタネか。

気付かれないで済むかも知れないなんて希望を持ったから、余計にがっかりだ。


「ねえ、雪見サン。あの人、例のあれ?」


“例のあれ”。

個人的なことがそれで通じてしまうなんて、なんだかなあ……。


「うん、そうだよ。」


「なんだかすごい人だなあ。」


「まあね。」


俺だってかなり驚いてるんだから。


「……ってことはさあ、今日の大会が、たまちゃんを賭けた勝負ってこと?」


え?


「俺たち証人になるってこと? なんか、すげえな。」


「ち、違うよ。べつに児玉先生を賭けてるわけじゃないよ。」


黒川さんはそういうつもりみたいだけど。

本心は違うとしても、あの場では「覚悟を見せろ」って言っただけなんだから。


「え、そうなの? なんか、ウワサではそんな話だったけど?」


やっぱり、そういう話になっちゃってたんだな……。


「児玉先生は、俺と結婚することに決まってるんだよ。あの人は、俺の覚悟を見たいだけ。」


「え?! 結婚決まってんの?! いついつ?!」


え? そっちに食いつくのか?

余計なことを言っちゃったな……。


「プロポーズは何て言ったの?!」

「『娘さんをください。』ってやったの?!」

「指輪はいくら?」


ああ……、男子も女子と変わりないのか……。


「ごめん、俺も着替えないといけないから。」


「「「えーーー……。」」」


だって、キミたちに話したら、全部、学校中に広まるよね?


「じゃあ、またあとで。」


この子たちにも会わないように気を付けよう。


「しょうがねえな。じゃあ、たまちゃんを探しに行くか。」


「そうだな。どっちに訊いても同じだもんな。」


「そうだ! 今行けば、元カレと話してるとこ、見れるんじゃね?」


「おお、そうだな。急げ! じゃあねー、雪見サーン。」


甘いね、キミたち。

児玉さんは、そう簡単には慌てたりしないと思うよ。

いつだって、俺よりもずっと毅然としてるんだから。







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