★★ ずるいよ・・・。 : 児玉かすみ
「児玉さん。着きましたよ。」
――― ん?
あれ?
本当に眠っちゃってたんだ。
ちょっと寝たふりをするだけのつもりだったのに……。
「ん……ふあ……あ? あれ?」
景色が違う。
駐車場?
「雪見さん、間違っちゃってるよ。こっちは雪見さんのアパートだよ。」
「そうですよ。」
分かってるの……?
あ。
もしかして、怒ってるのかな、本気で寝ちゃったから?
近いんだから、あとは自分で帰れってこと?
そうか……。
ちょっとやり過ぎちゃったのね……。
仕方ない。すぐ近くだし。
「ありがとう。眠っちゃってごめんなさい。ここからは自分で帰れるもんね。ええと、荷物を……。」
?!!
腕を……つかまれた?
「あの……?」
雪見さん……怒ってるの?
暗くて顔がよく見えない。
どうしたら…………って?! もしかして?!
「ちょっと寄って行きませんか?」
いえ、「ちょっと寄って」にしては、腕をつかむ力が強いんですけど?!
どうしよう?! 逃げられない?!
「あ、の……、ええと……。」
あ……。
放してくれた……。
「すみません、児玉さん。無理を言いました。」
「いえ……。」
「ほんの少しでも長く、児玉さんと一緒にいたいと思って。ここのところ、二人でゆっくり会えなかったから。でも……、ダメですよね。もう遅いですし……。」
雪見さん……。
一緒にいたいのは、わたしだって同じだなんだけど……。
「ええと……今、10時15分? あの、じゃあ、少しだけお邪魔しようかな?」
「ホントですか?!」
あらら、嬉しそうな声。
ああ、もう、可愛いなあ。
「じゃあ、行きましょう。早く部屋を暖めないと。」
「うん。あ、荷物はそのままでも……。」
帰りは送ってくれるんだよね?
「車上狙いに持って行かれたら困りますよ。」
「あ、それは嫌だわ。」
下着も入ってるし。
あ。
雪見さん、あんなににこにこして。
わたしといることがそんなに嬉しいなんて、なんだか感動しちゃうな……。
「ふふ。」
ソファに並んで座って、にっこりと微笑み合う。
二人の手には、牛乳を煮立てて作ったミルクティー。
まだ部屋が暖まりきらないからと言って、雪見さんが持って来た毛布を、一緒に肩に掛けて。
寄らせてもらってよかった。
雪見さんとゆっくり過ごすのは何日ぶりだろう?
年末に実家に帰って……、昨日も今日も会ったけど、二人とも緊張していたから……。
「児玉さん。」
深くて、静かで、優しい声。
呼ばれただけでドキドキしてしまう。
「今日は帰らないでください。」
え?!
「え? あの、送ってくれるんじゃ……?」
「朝ご飯をご馳走してから送ります。」
「うそ?!」
「ああ、その反応、可愛いです!」
「う……っ。」
苦しい……。
「だって、児玉さん。俺たち、ちゃんと親に認められた婚約者同士なんですよ? 泊まったっていいじゃないですか?」
「いえ、その、泊まるって……。」
「タイミング良く、児玉さんはお泊りセットも持ってるし、明日もお休みですよ。」
あの荷物!!
「車上狙い」も計画のうち?!
「ごめん、わたし、あの。」
「ダメですか……?」
う……。
その捨てられた子犬みたいな顔はなんなの〜〜〜〜!!
「あの……。」
「何もしませんから、帰らないでください!」
「何もって……。」
信用できるの?!
「一人は淋しいです。」
そんな顔しないで〜〜〜〜!
まるで、わたしが意地悪をしてるみたいじゃないの!
「あ、あの、お布団。予備のお布団はあるの?」
そうよ。
最低限、別のお布団がなくちゃ。
うわ、たちまち嬉しそうな顔に。
「ありませんけど、どうにかします!」
「どうにかって……。」
「使っていない肌掛けとか毛布とか何でも。俺はそれで寝ますから。」
「そういうわけにも……。」
「その代わり、」
ほら。
やっぱり何か……。
「手をつないで寝てください。」
手?
「手…で、いいの?」
「はい。」
手をつないで寝るだけなら……大丈夫?
わたしだって、一緒にいたくないわけじゃないし……。
「ええと……、それくらいなら、いいけど……。」
あららら、この笑顔……。
これを見せられると、なかなか断れないのよね……。
本当に寝ちゃったんだ……。
ベッドの下から聞こえる規則正しい呼吸。
さっきまでつないでいた手は、雪見さんが寝返りをしたときに離れてしまった。
わたしが眠れないのは、ベッドの下に手を差し出す態勢が苦しかったから。
普段から、わたしは仰向けで大の字にならないと眠れない。
雪見さんのベッドでいつもの態勢になってみる。でも、なんとなく目が冴えて。
緊張してるのかな?
ああ、もしかしたら、車の中で眠ったせいかも。
雪見さんの規則正しい呼吸が聞こえる。
「おやすみなさい。」を言い合ってお布団に入ったときは、本当に大丈夫なのかと思ったけど……。
ほっとした。
雪見さんにはときどきびっくりさせられるけど、わたしを傷つけるようなことは絶対にしない。
そう思っていても、警戒を完全に解くことはできなくて……。
だけど、やっぱり雪見さんは、自分が言ったことを守ってくれた。
なんだけど。
この、心にもやもやするものは、いったい何?
いえ、ほっとしてるのは本当のことで、雪見さんと何かあればよかったってわけじゃないんだけど……。
何ていうか、 “警戒して損しちゃった!” みたいな。
雪見さんは……?
やっぱり眠ってる。
あんなに丸くなって。
もしかしたら、寒いのかな?
あーあ。




