★★ 知らなかった。 : 児玉かすみ
思ったより早く片が付いたなあ。
「もっとたくさん文句を言われると思っていたのに、意外と呆気なかったなあ。」
「だから言ったでしょう? お父さんは、引っ込みがつかなくなってるだけだって。」
お母さん……。
「二人に頼まれたら、お父さんだって反対はできないのよ。でも、夏に出した条件をどうでもいいとは言えなかったのよね。」
「頑固だからね……。」
「頑固っていうか、父親の威厳にかかわると思ったんじゃない? あなたたちは見えなかったでしょうけど、雪見さんに『達成できてないけど、許してください。』って言われたときのお父さん、ものすごく困ってたわよ。うふふふ。」
「じゃあ、一か月ごとの結果でいいっていうのは……。」
「たぶん、あの場の思い付きよ。かすみがあそこであれを言ってくれて、お父さんもほっとしたと思うわ。」
「そうなんだ……。」
「何か理由をつけられればよかったのよ。でも、良かったじゃない? 雪見さんの面目も守れたんだから。」
「あ、そうか。」
「そうよ。雪見さんだって、お父さんとの約束を果たして、堂々とあなたと結婚できるのよ。……あら、二人で笑ってるわね。」
本当だ。
リビングから楽しそうな声が。
「お父さん、急に機嫌良くなっちゃったよね?」
まったく現金なんだから。
「ああ、あれは、雪見さんが下戸だからよ。」
「え?」
「ほら、昔、かすみが連れてきてた黒川さんね、あのひと、お酒が好きだったでしょう?」
「ああ、うん。」
黒川さんは、お酒が好きだし、強かった。
「お父さんは、そこが気に入らなかったのよ。」
「そうだったの?!」
知らなかった……。
「お父さんは、必要なら少しはお酒は飲めるけど、飲まなくて済むなら飲みたくないのよ。」
「うん、たしかに普段は飲んでないよね。」
我が家では、晩酌というものを見たことがない。
お母さんもわたしもお酒は好きだけど、家でお酒を飲むことはほとんどなかった。
「でしょう? だけど、黒川さんが来ると、かすみとわたしも一緒に飲んではしゃぐものだから、お父さんは仲間はずれの気分で嫌だったみたいよ。後でよく文句を言われたわ。」
「そうなんだ……、ごめんね。」
「いいのよ、わたしは楽しかったんだから。それに、今度は飲めないひとが増えるわけでしょう? お父さんにしてみれば、仲間ができて嬉しいのよ。」
「そうか。それでとっておきのお茶をね……。」
「そういうこと。さあ、持って行きましょう。ドアを開けてちょうだい。」
「はい。」
あ、お父さんと雪見さん、楽しそうに話してる。
もしかしたら、思っていたよりもずっと相性がいいのかも。
意地っ張りなところも似てるしね。




