お願いします! その2
汗が滴り落ちてくる……。
部屋が暑いわけじゃない。
緊張と土下座のせいだ。
お父さんが、せめて何か一言でも言ってくれたらいいんだけど。
そうすれば、話のきっかけが……。
「……前回の約束は?」
そうだった!
このお願いで出る話題といえば、これしかなかった。
俺にとっては都合の悪い話題。
でも……正面からぶつかる覚悟はしてきた。
「申し訳ありません。まだ達成できていません。」
お。
なんとなく、落ち着いてきたかも。
予想していた話題だからな。
次に言うつもりだった言葉も……。
「約束は達成できていません。でも、どうしても、かすみさんとの結婚を許して欲しいんです。お願いします!」
「達成できてないって……。」
「勝手なことを言っているのは分かっています。でも、春には結婚したいんです。かすみさんを必ず幸せにします。だから、お願いします!」
「そうは言っても、約束は……。」
「申し訳ありません。頑張ってきたんですけど、3月までに達成できるかどうか分からなくて。でも、これ以上、結婚を先に延ばすのは嫌なんです。お願いします!」
「う……む……。」
ああ……、やっぱり無理なのか……?
そうだよな。
あのとき、「やります。」って言ったんだもんな……。
それを果たせてなくて、それなのに「許してほしい」なんて、都合が良すぎるよな……。
「お父さん。雪見さんは本当に頑張ったのよ。」
児玉さん……。
「9月からは、ひと月ごとで見れば、全部、去年の5倍以上なの。12月なんか8倍を超えていたのよ。」
「え……?」
「でも、4月からの合計にすると、なかなか5倍までは……」
「できてるんじゃないか。」
――― え?
「ちゃんと、5倍を超えているんだろう?」
「え……、その、それは、一か月ごとなら……。」
「俺はそのつもりだったんだが。」
「え……?」
「 “一年間で” とは、言わなかったと思うがね。」
あ……。
「あの、じゃあ……。」
そうなのか?
俺、約束を達成できたのか?
「仕方ない。約束を守ったんだから、キミの申し出は許すしかないな。あとは、かすみ次第だ。」
「ありがとうございます!」
やったんだ。
俺、本当に約束を果たすことができたんだ。
「お父さん、ありがとう。わたし、雪見さんと結婚したいです。結婚します。」
「そうか。わかった。」
児玉さん。
俺……やりました。
「よかったわねえ、かすみ。雪見さん、こんな娘ですけど、よろしくお願いしますね。」
「こちらこそ、頼りないかも知れませんが、これからも努力します。よろしくお願いします。」
「雪見さん、よかったね!」
「はい。」
児玉さんのおかげです。
あそこで児玉さんが、ひとこと言ってくれたから……。
「いつまでもそうやってないで、椅子に座りなさい。」
お義父さん……。
「……はい。」
今度はほっとしたせいで力が入らない。
膝が笑ってるよ……。
「母さん、お茶が冷めちゃったんじゃないか? 淹れなおしてくれ。」
「あ、いえ、お構いなく。」
「いいのよ、遠慮しないで。あ、それともビールがいいかしら? 車じゃないんでしょう?」
「あ、すみません、僕、お酒は……。」
「あれ? わたし、お母さんに言ってなかったっけ? 雪見さんは、お酒は全然ダメなのよ。一口で倒れちゃうの。」
「あら。」
「なんだ、雪見くん、飲めないのか?」
「はい……、すみません……。」
ああ、お酒が飲めないって、やっぱり損だ!
こういう席で酒を酌み交わすのって、お義父さんと親睦を深めるチャンスでもあるのに。
「なんだ、そうなのか。それならそうと、早く言ってくれればよかったのに。」
……ん?
「母さん、玉露淹れてくれ、玉露。ほら、この前、取り寄せたやつ。」
「はいはい、分かりましたよ。」
なんか……風向きが変わった……?
「雪見くん、日本茶は好きかい? 僕はけっこう、お茶にはこだわっててねえ。」
おお、笑顔が!
「あ、はあ、そうなんですか……。」
「年に何度かは取り寄せてるんだよ。……お、母さん、なんだねこれは? 綺麗な餅だねえ。」
「花びら餅ですよ。雪見さんがお土産に持って来てくださったんです。」
「そうかそうか。お茶受けにはやっぱり和菓子だなあ。雪見くん、ご馳走さま。」
「いえ、はい……。」
お義父さんの機嫌が良くなったのはありがたいけど、やっぱり何を話したらいいか……。
「かすみ、もう一度手伝ってくれる?」
「うん。」
児玉さん、またキッチンへ行っちゃうんですか……?
「それにしても、雪見くん、頑張ったんだねえ。12月は8倍だって? すごいじゃないか。」
「あ、ありがとうございます。でも、先生方のご協力があったおかげなんです。僕一人ではとても無理でしたから。」
「うん。そうやって、周囲の人に感謝する気持ちを忘れないのは大切なことだな。」
「はい。」
「それに、周りの人に協力してもらえるっていうのは、雪見くんが職場で受け入れられてる証拠だなあ。いやあ、よかったねえ。」
「ありがとうございます。」
まだ、緊張も混乱もしてるけど、児玉さんとの結婚を許してもらえたのは間違いない。
ということは、俺は、春には児玉さんと結婚できるんだ……。




