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児玉さん。俺、頑張ります!  作者: 虹色
10 覚悟の冬
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 ★★ そろそろ・・・。 : 児玉かすみ


もう12月か……。



雪見さんがマラソンの練習を始めて、そろそろ2か月になる。

仕事をしながら朝のジョギングなんて続くのかしらと思ったけど、頑張り屋の雪見さんは、きちんと続けている。


先週の日曜日は、車で15分ほどのところにあるカモメ公園という大きな公園に走りに行くと言うので一緒に行った。

広い芝生や小さな林の周囲に整備された道は、結構起伏があってキツそうだった。

かなりたくさんの人がその道を走っている中、雪見さんも堂々としたフォームで3週走った。

3週だと10kmには足りないそうだけど、走るペースを変えて時計をチェックしながら長い時間走り通したというだけで、わたしは偉いなと思ってしまう。

坂道に関しては、「毎日坂道ばっかりですから。あははは。」と笑っていた。

これからは、土曜か日曜にいろいろな場所に走りに行く予定。半分はデート気分で。


雪見さんと一緒に調べたら、10kmのマラソンだと45分から60分前後が一般的なタイムらしい。

わたしは、とにかく完走できればいいと思っているけれど、黒川さんに「覚悟を見せろ」と言われた雪見さんは、やっぱりそうは行かないらしい。

40分台、それも前半でゴールしたいと言っている。今のところは、まだ無理だけど。


黒川さんがどれくらいのペースで走るのか分からないから、わたしはとても不安だ。

雪見さんがこんなに頑張っているのに、黒川さんに負けてしまったら……可哀想すぎる!

そうは言っても、そうなったらわたしの出番だよね。

がっかりしている雪見さんを慰めるられるのは、わたししかいないもの♪


最近の雪見さんは体が引き締まってきて、普段の動きや表情がきりっとしてきた。

キビキビしているようで、でも、余裕があって……、なんていうか、自信がついてゆとりが出てきたみたいな。

もともと背が高くて目立っていたけど、最近は一緒に歩いていると、雪見さんに目を向ける女性が増えたと思う。

それも、ただ目を向けるだけではなくて、二度見する人が多い。

つまり、景色の一部ではなく、確認したくなる容姿ってこと。


本人は何も気付いていないし、性格が変わったわけでもない。

相変わらず優しくて親切で、ときどき考え事をしながらぼんやりしていて、人前では恥ずかしがり屋さんだ。

そして何故か、わたしのことを、女性の中で一番素敵だと信じている。

だから、わたしも雪見さんに釣り合って見えるように、以前よりも服装や身のこなしに気を付けている。

もちろん外見だけじゃなく、中身も彼にとっていいパートナーでいられるように。


今一番心配なのは、日の出が遅くなってきて、朝のジョギングは暗い中を走らなくちゃならないこと。

先月は寒いのに無理をして熱を出してしまったし……。

ちゃんと休養日も作っているし、わたしも栄養のバランスを考えた食事を作っているけれど、やっぱり心配。

どんな服装で走っているのかしら、とか、途中で事故に遭わなかったかしら、とか考えてしまう。だって、朝は見てあげることができないから。

駅で彼の元気な顔を確認して、ようやくほっとしている毎日だ。




……結婚式の準備は進まない。


先月から結婚式場を見に行き始めたけれど、これもまた指輪と同じように、簡単には決められないことが分かっただけ。

ホテルや式場の場所やランク、時間帯によって、値段はさまざま。

それに、今から春の挙式というと、式場選びにはかなり出遅れていて、手頃なところはもう埋まっている。


とは言っても、決められない一番大きな理由はそれではない。

双方の親に相談をしていないから、どうしても進まないのだ。



お母さんは、二人で決めていいって言ってくれた。それは、雪見さんのご両親も了解済み。

けれど、そのことを雪見さんは知らない。

だから、わたしが「決めちゃってもいいんじゃない?」と言っても、彼は納得できない。

お父さんのあの剣幕のせいでもあると思うんだけど、わたしたちの結婚を周囲の人に心から祝って欲しいと言って譲らない。

きちんと手順を踏んで、両親の許しをもらって……って。


それは雪見さんの、わたしに対する愛情の表れでもある。

あとでわたしが、後ろめたい思いや後悔をしなくて済むようにと思ってくれているから。

だから、とても嬉しい。


だけど。


それでは話が何も進まない!

だって、雪見さんが “利用者5倍” の約束にこだわっているんだもの!



見せてもらった集計表では、11月の図書室利用者は延べ人数で2600人を超えていた。今年度で一番の人数だった。

去年の11月の利用者の約7.8倍!

夏休み明けの9月が6.8倍、10月は5.4倍。

これなら大丈夫なのではないかと期待した……のに。


累計で見ると、まだ去年一年間の利用者の2.9倍にしかならない。

具体的な数字で見ると、目標まであと8000人くらい必要なのだ。


わたしもできる限り協力はしているけれど、ほんの何十人程度の効果しかないと思う。

今月の終わりには冬休みが始まるし、1月の途中からは3年生は自由登校になる。

3月だって、春休みがある。

今の時点でこの数字では、達成できるとしても3月だと思う。



……という現実の前で。



雪見さんは意地っ張りだ。


だいたい、春に結婚するつもりなのに、3月にならないと約束を達成できないのでは、親の許しなんて言ってる場合じゃない。

でも、それを考え始めると、雪見さんはパニックになってしまう。

結婚を遅らせるという選択肢は、断固として拒否するし。

春には結婚したいという希望はあるものの、うちの親への義理と、生来の生真面目さで、どうにもならなくなってしまうのだ。


そんなところも可愛くて好きだけど、ここまで来たら、何かを諦めないと次に進まないと思う。

ということは、ここはわたしがなんとかするしかない。

お母さんに、お正月には連れて来るようにって言われてるし。


それに……、わたしだって、早く雪見さんと結婚したいもの。

そう。

わたしだって、結婚を遅らせるのは嫌だから。



夕食を一緒に食べるようになって、そろそろ2か月。

毎晩、雪見さんが帰ってしまうのが淋しい。


もし、わたしが雪見さんの前で、そんなことをほんの少しでも仄めかしたりしたら、彼はすぐに「帰らない。」って言うに違いない。

「帰り道が怖い。」とか「児玉さんを一人にしたくない。」とか、理由は何でもくっつけて。

だから、わたしは絶対に言葉にも態度にも出さない。

笑顔で「おやすみなさい。」って言って、帰りたくない顔をしている雪見さんを送り出す。


雪見さんは毎晩、引き止めてほしそうに少しぐずぐずしている。

そんな彼が可愛くて、実を言えば、それを見るのが毎日の楽しみにもなっている。

それに、わたしが雪見さんにとって……まあ、そういう存在なのだと実感できて、ちょっとくすぐったくて幸せな時間でもある。


結婚したら、そんな楽しみはなくなってしまう。

だから今は、恋人同士だからこその淋しさを味わうつもり。



でも!



それは、期間限定だからこその楽しみ。

いつまでも続くのはイヤ。


だから、雪見さんに、先に進む決心をさせる作戦を練らなくちゃ。




そういえば、もうすぐクリスマスだ。

プレゼントは……一緒に買いに行く方がいいかな?


そうだ、エプロンはどうかな?

雪見さんがお料理をしてくれることもあるものね。

いつも、「どうせ誰にも見られるわけじゃないから」と言ってわたしのエプロンを使っているけど、背の高い雪見さんが女性用のエプロンをかけている姿はかなり可笑しい。

今度の日曜日に一緒に買いに行こう。プレゼントは先にあげてもいいものね。


雪見さんが作る料理は、おおざっぱだけど美味しい。

中でも肉じゃがが、わたしのお気に入り。


彼の作る肉じゃがは汁物と兼用で、たっぷりの煮汁も一緒に小丼に盛ってくれる。

ジャガイモと豚肉と玉ねぎとしらたきが入っていて、味付けは砂糖と醤油のみ。

調味料は素朴だけど、煮込んだ豚肉の旨味と玉ねぎの甘みでとても美味しい。

七味唐辛子をかけていただくと、体が温まって、この季節にはぴったりのメニュー。

それに、わたしが「美味しい」って言ったときの彼の嬉しそうな顔がまた……。



あ。

クリスマスが終わったら、すぐにお正月だ。

お正月に雪見さんをうちへ連れて行くために作戦を……。


あーあ……。


雪見さんが利用者を増やす作戦を考えたときも、こんな気分だったのかな……。







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