ありがとうございます。
一日休んで熱が下がって出勤した水曜日、坂口先生に心配をかけたお詫びを言いに行くと、気さくに笑ってくれた。
「いいよいいよ。雪見さんはずっと頑張ってきたからね。」
「ありがとうございます。これからは、健康管理にも気を付けます。」
「ああ、それは児玉先生に任せておけば大丈夫でしょ。あはははは!」
「はあ……。」
正面切って言われると恥ずかしい……。
「きみたちを見てると、楽しくなるよ。やっぱり若い人の恋愛話はいいもんだなあ。はははは。」
「はあ、そうですか……。」
坂口先生、声が大きいです……。
そりゃあ、たしかに俺たちには、お父さんからの条件とか、元カレとの勝負とか、面白い話がくっついていますけど……。
「そうそう、きのうのブックトークは校長がやってくれたよ。」
「え、校長先生が……?」
「うん。僕が頼む前に自分から。雪見さんが帰る前に気にしてたって話したら、『じゃあ、やろうか?』ってすぐに。」
「そうなんですか……。」
「ほら、校長になると、生徒が熱心に話を聞いてくれることって少ないだろ? だから嬉しかったみたいだよ。途中で見に行ったら、15、6人集まってたかな。結構ウケてたし、生徒とやり取りもあって、楽しそうだったよ。」
「そうですか。あとでお礼を言いに行きます。」
「利用者を増やす方は、まだ相談中だけど。」
「ありがとうございます。でも、無理には……。」
「まあ、様子を見ててよ。何か出てくるかも知れないから。」
「はい。」
いろんな先生にお世話になっているなあ……。
「先生方には、5倍の話はしてないからね。気にしなくていいよ。」
「あ……、そうなんですか。ありがとうございます。でも、どうやって……?」
「どうやって先生方に協力してもらうか? まあ、話の持って行き方次第ってところだね。フフフ。」
坂口先生くらいの年になると、人間関係も経験豊富だろうからな……。
ここは、お任せすることにしよう。
「お世話になります。よろしくお願いします。」
なんだか、気分が軽い。
もちろん、上手く行くかどうかは分からないけれど、協力してくれるひとがいるだけで、こんなに違うんだ……。
「雪見さん、見てください! 今月、こんなに予約が増えてるんですよ!」
昼休みにやってきた図書委員長の杉本さんが、嬉しそうに予約表のつづりを差し出す。
俺も何度か見ていたけれど、あらためて数えてみると、先月までよりも明らかに多い。
ブックトークで取り上げた本以外に、たくさんのタイトルが上がっている。
「図書委員さんたちのポップの効果が出ているみたいだね。」
「そうなんです! わたしが紹介した本も、今、3人待ちなんです。」
生徒の嬉しそうな姿は、やっぱり俺にとっても嬉しい。
それに、図書委員が自分の仕事の効果を実感できることって、やっぱり大切なことだと思う。
図書委員が作ったポップは、星や花の形に切り抜いた15センチ四方くらいの画用紙でできている。
本のタイトルと紹介文のほかに、書架で探すとき用の背ラベルの番号と、蔵書管理システム用の蔵書番号を入れてもらった。
選ばれた本は文学や文庫本が多かったが、それ以外の分野にも適度にバラけていた。
ポップにはそれぞれに色ペンで模様や縁取りが入っていて、それが木の書架に貼ってある様子は、まるで花が咲いているようだ。
パソコンではない手書きの文字が、直線的な室内で一層目に付く。
効果が出ているのは、目に付くことだけが理由ではない。
図書委員たちが、自分たちの企画を口コミで広めているのだ。
それこそが、高校生の強力な武器かもしれない。
「予約の入力にも慣れてきたし、今年の図書委員会は充実してる気がします♪」
「そう、よかった。きみたちが頑張った成果だよ。」
「はい! 忙しいけど、嬉しいです。あ、カウンターに行かなくちゃ。」
「よろしくね。」
図書委員が喜んでいるのはもちろん嬉しい。
けど、俺にとってはそれだけじゃない。
今回の企画が、 “利用者5倍” にも貢献してくれている。彼らは知らないけれど。
月末の集計が楽しみになってきた。
放課後、3年生の学年主任の山口先生が図書室にやって来た。
「雪見さん。LHRの時間って、図書室の利用予定入ってる?」
LHR……木曜日の6時間目。
夏休みが明けてから、この時間には予定は入っていない。
念のため、スケジュール表を確認してから答える。
「いいえ。今のところはありません。」
「じゃあ、毎週その時間は、3年生に解放してもらっていいかなあ?」
「毎週……ですか?」
「うん、今週から自由登校に入るまでの間。3年生のLHRは自習に充てるクラスが多いんだけど、そろそろ進路が決定した生徒がいるからさあ。」
ああ!
推薦や就職の生徒は、この時期には決まってる子もいるんだっけ。
「来年の入試に向かって勉強中の生徒と、進路が決定している生徒が同じ部屋にいると、お互いに落ち着かないんだよね。だから、希望者は図書室で本を読んでもいいってことにしようと思うんだけど。」
「ありがとうございます。是非、使ってください。」
「よかった。じゃあ、今日の学年会議で担任の先生たちに話すから、明日からよろしくね。」
「はい。こちらこそ。」
3年生に毎週……。
何人くらい来るんだろう?
全部で250人くらいいるんだよな?
その中で進路が決まっていて、本を読もうと思う生徒……。
1割?
2割だと……ほぼ満員になるな。そんなに来ないかな。
自由登校まであと何回?
冬休みがあるから、5回か6回か?
うーん……、皮算用は少なめに……100人から150人ってところかな?
でも、今まで来たことがない生徒が来てくれたら、新しく本を借りてくれるようになるかも。
坂口先生のおかげなのかな?
今朝、「話の持って行き方次第」って言ってたけど……。
そうだな、きっと。
こんなにすぐに結果が出るなんて、すごいな。
あとで、お礼を言いに行こう。
「あの、すみません。」
「あ、はい?」
おとなしそうな女子生徒。
自由席で一人で熱心に本を見ていた子だ。
この時間まで自由席にいる生徒はめずらしいと思っていた。
「あの、あそこの席で、編み物をしてもかまいませんか?」
小さい声でこっそりと。
学習コーナーで勉強している生徒たちに遠慮している?
「ああ、うん、編み物ならうるさくないからいいよ。自由席も、学習コーナーと同じ時間まで利用できるからどうぞ。」
編み物か。
彼氏にでもあげるのかな?
来月はクリスマスがあるもんな。
そういえば、クリスマスだ……。
今年は児玉さんと一緒。
何か計画を立てなくちゃ。
……いや、違う。
そんなことを考えてないで、その頃には式場の目星をつけたいところだな。
でも、クリスマスなんだぞ!
恋人同士のクリスマス。
俺たちには “恋人同士” は最初で最後だ!
何か思い出がなくちゃ!
……あ。
いけないいけない。
まだ仕事中だよ。
そういえば……。
こうやって見回してみると、学習コーナーはだいぶ埋まってるなあ。
夏休み前には7、8人だったけど、今は、42人分の席が半分以上。
自由席にも、遅くまでではないけれど、必ず何人かが座ってる。
いい感じだ。
「雪見さん?」
児玉さん?!
いつの間に隣に……。
そうか、戸を開けてあるから。
「はい、何でしょう?」
なんとなく、生徒が聞き耳を立てているような気がする。
シャーペンを持っている手が止まってるんじゃないか?
でも、仕事のことなら、恥ずかしがる必要はないし……。
「今日は体調はどうだったかと思って。病み上がりだからね。」
仕事の話じゃない?!
いや、その、嬉しいですけど、ここでは……。
「ええと、ちょっと、そっちの部屋で……。」
「え、そう? これくらいの話なら恥ずかしくないでしょう? 具合が悪かったときは、ほかの先生にだって訊くよ。」
え……?
ほかの先生と同じ扱いですか?
そんなの嫌なんですけど……。
「ぷ……。雪見さん。」
内緒ばなし?
「拗ねた顔しないの。生徒の前で。」
!!
「あ、あの、児玉先生、俺、元気です。大丈夫です。ご心配かけました。」
恥ずかし〜!!
「雪見さーん。べつに照れる必要ないですよー。」
うわ、生徒が?!
やっぱり聞いてるんだ!
「そうそう。あたしたちも、将来の勉強になるもんね〜。どうぞどうぞ。」
将来の勉強って!
児玉さん……。
元気でしたけど、今ので熱が上がってきたみたいです。
顔が熱いです……。




