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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章 『反転』
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第三章35 『それぞれの意思』



「やあ、奏太。わざわざ来てもらってすまない」


 エトに連れられ、やって来たのはヨーハンの執務室。

 何かしらの書類に目を通していたらしい彼はこちらに気がつくと、手を止め、爽やかな笑顔とともに奏太達を出迎えた。


 彼と同じ研究者として、エトとフェルソナがいるが、彼女らと比べればヨーハンはまだ常識の範疇に収まっている——いや、二人が変わっているだけかもしれないが。

 白衣は着ておらず、早朝に見た正装のままであるし、部屋もやたらめったら散らかっていたりしない。白衣や鳥仮面が飾られていたりもしない。

 当主ということもあってか言動には落ち着きもあり、物腰も柔らかく。


 ……何ともまあ、心穏やかに過ごせる相手である。

 安堵を覚える奏太にエトが小首を傾げて「どうしたっスか?」と問いかけて来るので、何でもないと流しつつ、


「えっと……俺もどのみちここへ来る気だったから、気にしないでくれ、ヨーハン。……それで、話っていうのは?」


 この場へ三人が集められた意味。

 それを奏太は問いかける。


 芽空やシャルロッテが呼ばれていないのは、ヨーハンが知っているかどうかはさておき、彼女らが話をする以外にも別の理由がありそうだが——、


「難しく考える必要はないよ。軽い世間話と、改めて君の口から聞きたいことがあるだけさ」


 しかしヨーハンは、そんな奏太に肩の力を抜くように言う。


「俺の口から……?」


 言葉の調子だけならばそのまま肩の力を抜いて、気楽に返事をしていただろう……が、彼の細められた蒼の瞳がそれを許さない。

 彼は顎を引き、そのままゆっくりと口を開いて、


「今回の襲撃の理由について、教えてくれるかな」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 執務室のソファに腰掛けた奏太は、隣のエトを、続けて正面のヨーハンを見る。


 現状において、彼らは大人——というには片方に問題があるが、フェルソナがいない今、考えを求める意味でうってつけの相手だ。

 梨佳にせよ芽空にせよ、子どもばかりで構成されるラインヴァントには手が届かないものもあるし、ましてや奏太が一人で頭を悩ませていても、出る答えなどたかが知れている。


 だから奏太は、昨日の記憶を掘り起こしつつ、話を切り出す。


「まず、昨日俺がブリガンテに捕まってたってことは二人とも知ってるよな」


 一人で先行し、ようやく手が届く——そう思ったところでの敗北。

 最後のアレが『トランスキャンセラー』であり、奏太を拘束するのに使われていた錠も同質のものだった。

 そのため、『トランス』も発動出来ず、捕まって以降は葵達が来るまで一度も外に出られなかったのだが、


「ブリガンテのキング、アザミ。俺はあいつと賭けをして、二つ問いかけをしたんだ」


「問いかけ……それが嘘の可能性は?」


「まー正直怪しいっスよね。自分はそのミザアって人のこと知らないっスけど」


 賭けの結果得られた質問権。

 奏太のその発言には、内容を言うより先に二人からツッコミが入る。

 それも当然といえば当然だ。

 だが、


「……あいつは、嘘を吐かない」


 奏太はアザミとの会話の中で、そう結論づけるに至った。


「正直論理的じゃない、と思う。だけどアザミは、自分の勝利を疑わないし、そのために嘘は吐かない」


 そう、二人を納得させるには不十分過ぎる理由だが、奏太はアザミと会話をする中である程度人間性が読み取れていた。


「自分への絶対肯定者、みたいな奴だ」


「絶対肯定……」


 純粋に、研ぎ澄まされた理不尽への恨み。

 それは奏太の『怒り』にも似た何かがあり、実際彼は自分のやり方に一切の疑問を抱かないほどの歪んだ思想の持ち主だ。

 理不尽を壊すためならば何もかもを使い、何もかもを奪う。間違いなどなく、疑問などなく、自分のあり方を絶対の正義だと主張し、その上で自身が敗北する可能性などアザミは微塵も考えていなかった。


 自分以外は人も、『獣人』も皆等しくモノとして扱う。

 その様はもはや独善的であるというのに、それでもブリガンテの連中は彼についていく。共通の目的を引っさげ、ただ世界への復讐のためだけに。

 ある種の魅力——カリスマというべきものが、彼にはあるのだろうか。


 いや、仮にあったとしても、


「最低な奴だ。ユズカとユキナを道具として扱うなんて、許せない。……だけど、だからこそ分かるんだ。アザミは正々堂々と復讐をする奴だって」


 ひょっとするとそれは、彼が怒りを向ける先。

 藤咲華が、『不老不死の魔女』であるからなのかもしれない。

 目的のためならば何をも利用し、欺く彼女だから、彼は嘘を吐かないのだと。


 そればかりは、本人に問いただしてみないと分からない話ではあるが、ともあれ。

 ヨーハンとエトは、それぞれ難しい顔をしており、とても納得しているなどとは思えないのだが、


「…………話を、続けようか。先程奏太は賭けと言っていたけど、その結果問いかけた二つ、というのは?」


 ヨーハンはひとまず飲み込むことに決めたのか、一度瞳を伏せ、開けた時には割り切っていた。

 隣のエトに関しても、彼同様に何も言わなかったのが意外なところではあるが、奏太自身ここが詰まりどころだと考えていたので、二人の様子を見て、見えないところでほっと息を吐く。


「二つのうち一つは、ブリガンテが所有してる『トランスキャンセラー』の情報だ。こっちは今必要ないから省略するとして……」


「いーや、自分は聞きたいっス! どんな情報っスか、フェルソナサンが作ったのとは別物っスか、どういう原理でどういう見た目でどういう——」


「後でな」


 『トランスキャンセラー』の情報にエトがこれでもかと食いついてくるが、ひとまずそれは後回しにして。

 隣であーだこーだと騒ぎ立てているが、それを聞き流しつつ、


「もう一つは、ブリガンテが次行動を起こす時間と狙う対象——つまりヨーハンだ」


「ふむ」


「正直教えてもらえるとは思ってなかったけど、それが明日の零時の襲撃に繋がるわけだ」


「…………どういうことっスか?」


 ブリガンテのアジトを出る直前、デバイスの通話でヨーハン、及び芽空には大まかに内容を伝えていたこともあり、彼は納得してみせたが、エトはというとそうもいかない。

 早朝の話し合いに参加していたため、ある程度は分かるだろう……そう考えていた故の奏太の説明不足だ。

 だから、


「えっと——まず、ブリガンテは簡単に言うと犯罪集団だ」


「超ざっくりっスね」


「やってることも、やろうとしてることも犯罪だから間違ってないはず。……なるべくしてなった、ってだけじゃないだろうけどさ」


 幹部である『カルテ・ダ・ジョーコ』を含め、ブリガンテは主に『獣人』で構成されるが、違法ファイルによって身体強化を行った人間も一般構成員に含まれている。

 その中には、何も最初から悪用しようとしていたわけではなく、ほんの出来心や、悩みありきの者だっていたはずだ。『獣人』という、生まれの時点でどうしようもない者も。

 だから一概にも全てが悪い、とは言えないが、犯罪に関与していることは間違いないのだ。


「だけど、そんな奴らがどうしてヨーハンを狙うのか。そう考えた時に思ったんだよ。——あいつらには『ビニオス』が必要なんだって」


 そう、目的がヨーハンを攫うことであるならば、必然的に彼らはヨーハンが開発の主となっている『ビニオス』を求めているはず、と。

 もっとも、それに気がついたのは賭けを終えてしばらくしてからだったが。


「『ビニオス』は水中で息が出来るようになる薬で、『ノア計画』には欠かせないもの。それは人間もそうだし、俺たち『獣人』にも言えることだしな」


「だからその……ブリガンテ? はヨーハンサンを狙ってるわけっスか」


「付け加えると、『ビニオス』は華様を通してHMAから配布されているが、彼らはそれを『獣人』ゆえ受け取れないか、あるいは受け取る意思がない……といったところだろうね」


 ——ならば、『トランスキャンセラー』のように工場を襲撃すれば問題はないのではないか。


 そんな疑問がなかったわけではない。が、ヨーハンが何も言わないと言うことは、工場でなくこの城で生産されているのか、はたまた別の理由があるのかもしれない。

 あるいは、ブリガンテ側にこだわりのようなものがあるのか。


 いずれにしても、明日の零時にブリガンテがヨーハンを狙い、襲撃に来ることは変わらない。なにせ、アザミ自身がそう口にしたのだから。

 どこまでいっても、二人に対しアザミの発言が真実である、という証明は出来ないが、それでも。


「あれ、一ついいっスか?」


 襲撃の一通りの説明を終え、改めて今後の話に移行する直前、エトはまだ納得がいかないことがあるのか、神妙な顔をして手を挙げた。


「まだ時間はあるからいいけど……どうした?」


「や、話聞いてて疑問に思ったっスけど……」


 遠慮するでもなく、あっけらかんとした態度でエトは口を開き、


「ブリの終着点はどこにあるっスか? 『ビニオス』を手に入れて『ノア計画』に漏れなく入る、ってのはいいっスけど、そしたらあの幼女姉妹攫ってくのはどういうわけっスか? カズユちゃんは強いって聞いたっスけど……世界征服でも企んでるっスか。——いや、ぶっちゃけ征服は構わないっス。自分にとっちゃどうでもいいっスから。けど、そこまでっス。ブリって奴らはフェルソナサンが作ったものだけに飽き足らず、本人まで攫うなんてどういう了見っスか! 自分のフェルソナサンっスよ。何勝手に奪っていってるっスか。フェルソナサンは二十四時間三百六十五日、例外なく漏れなく間違いなく絶対何が何でも自分のモノっスよ! 仮面も、その下の素顔も、足のつま先から頭のてっぺんまで全部自分のモノっス! なんせ、フェルソナサンは自分の師匠で、先生、先輩、同族、同類、恋人っスから」


「……そうか」


 我慢していたものが一気に放出された、そんなエトに返せたのはたった三文字の言葉のみ。あとは天井を見上げて眉間のシワを揉むのみだ。


 前半の問いは分かった。

 ヨーハンのように『獣人』の情報を得られるものでなければ、ブリガンテの行動原理や過去から今に至るまでの経緯を知らないことも。

 ただ、後半はもはや彼女の色欲そのままをぶつけられただけである。何も悪いとは言わないが、コメントが出来るかと言われればやはり三文字の返答のみだ。


「……奏太、コーヒーでもどうかな」


「……ありがとう。でも今は大丈夫だ」


 心中を察してくれたのだろう、ヨーハンが困ったような笑みを浮かべて気を遣ってくれる。

 前情報が向こうにはあったとはいえ、会ってたった数日だけの奏太でこれだ。

 ひょっとすると彼は、毎日のようにエトからこんな話を聞かされて……などと思えば同情の気持ちも湧いて来るというものだが、ともあれ。


「ブリガンテのそもそもの目的は————」


 まず、情報のすり合わせから始めなければならないと、奏太はそう反省するのだった。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「ま、自分はひとまずキヅカミサンの言葉を信じるっスね。フェルソナサン救ってもらえるっスから。ヨーハンサンはどうっスか?」


「そうだな……主観で判断するのは危険だが、だからと言って奏太の意見を突っぱねてふんぞり返るなんて愚策もいいところだ。論理はどうあれ、信じるよ奏太」


 中断が何度も重なったが、その末に説明を終え、二人から述べられたのは奏太の意見を正式に飲み込むというもの。

 ヨーハンは「それに」と言葉を続けて、


「もし来なかった時は、その時はその時さ。用心しておくに越したことはないからね」


「————」


 その時はその時、なんて言葉で締められる程、今回の襲撃に際して動いたものは少なくない。


 ルクセン家の使用人は数人を残して別邸、ラインヴァントの他の『獣人』達がいるところへ避難したし、夕方にはその数人もここを離れる。

 今朝方には重要な書類等も運び出されたとかで、相当な手間がかかったはずだ。人も、物も。


「……ありがとう、ヨーハン」


「なに、礼には及ばないし——むしろそれはこちらのセリフだ。情けない話だけど、私は君たちに守ってもらうしかないんだ。私に出来るのは、未来の君たちと、世界を守ることだけさ。よろしく頼む、奏太」


「俺、っていうよりはみんなだけどな。……俺一人じゃ、出来ないことはたくさんあるし。だから代表ってことで、頼まれた」


 そんな彼に申し訳なさを織り交ぜつつ、お礼を言って、頼まれて。

 そうしてお互いの意思を確認したところで、次に進めるべきなのは、


「今朝の、ヨーハンの質問だけど……」


「君たちの意思がどうか、というものだね。今の君の表情を見ればある程度は分かるけれど……答えは、出たのかな」


「ああ。俺と芽空、梨佳の三人は戦うよ」


 今朝のやりとりからはや数時間。

 梨佳の協力が得られ、芽空と話し、秋吉の元へ行き、出した結論だ。

 最初から答えは決まっていた——というのは確かにそうだが、


「他の誰でもなく、俺がそう思うんだ。好きな人がいて、その人と仲良くなるために協力してくれる奴がいて…………俺は、その日々が楽しかった。それを確認してきたから。だから、人間も『獣人』も、俺は守りたいって思うんだ」


 蓮が愛した世界を幸せにする。

 その約束だけではない、奏太の意思。

 彼女の願いも、奏太の願いも、全部が全部重なって出た結論だ。


 こうして穏やかに、笑んで言える程の心境に至れたのも、置き去りと決着がつけられたのも、梨佳や芽空のおかげではあるけれど。


「それが君の結論なんだね、奏太。こう言ってはなんだが……君は清々しい程に愛に誠実だね」


「そんな愛の使徒みたいな……」


「あ、自分も愛大好きっスよ! フェルソナサンへの愛はとどまるところを知らないっス! 相手は違うっスけど仲間っスね、キヅカミサン!」


「表現に大きく差があるけどな。さすがに本人を前にして、簡単にハグなんて出来ないし」


 ……恋人らしいことは、膝枕と、手を繋ぐことと、キスくらい。行動だけで言えばそれだけでも、奏太にとってはそれでいいのだ。

 もっと親密になりたかった、なんて後悔や願いがないわけじゃないけれど、仮に彼女が生きていたとてそう易々とエトのような行動が出来るわけではない。


 なんて、考えるのは虚しいだけなのかもしれないが、澄み切った愛情を抱いていたというのは否定出来ない。

 彼女ばかりを見ていて、しょっちゅう秋吉に相談していたくらいなのだから。


「どうしたっスか?」


「……いや、何でもない」


 ふと思い出して、なんだか変な笑いがこみ上げてくるが、一旦それは胸の内にしまっておいて。


「奏太、他の子達はどうなんだろうか?」


「他、か……」


 考えなければならないのは彼の言う通り、他のメンバーのことだ。

 今朝時点であの場にいた半分以上が重い表情をしていたものだが、


「希美っていうあの青髪の子は大丈夫なはずだ。口数は少ないし、表情は変わらないしで分かりづらいけど……答えは一つしかないから」


 希美に関して言えば、はっきり言って何の問題もない。

 他のメンバーと比べると、普段からあまり話しているわけではないが、彼女の考えの根源は分かっている。


 蓮と交わした、奏太と同じ約束。

 それを守るために彼女も動くからだ。


 蓮が死んだのは世界が悪いから、などと言っていたあたり、他の者とはズレた感性の持ち主ではあるが、その悪い原因を取り除けばいずれは彼女も幸せの道に至れるし、そのための約束を彼女と奏太は交わした。

 幸せにする対象は、希美だって例外ではないのだから、と。

 そういう意味で、彼女が迷うことは一切ない。結局はブリガンテと戦う選択肢を選ぶのだ。


「だから、問題があるのは葵なんだ」


 と来れば、ネックになるであろう人物は葵しか残っていない。

 ブリガンテのアジトを出て以降、奏太は彼の様子に何度も引っかかりを覚えて、


「あの敬語の子っスよね。なんか元気なかったっスけど、幼女姉妹が関係してるっスか?」


「ああ。あの姉妹は、葵にとって家族みたいなものだから」


 ずっと軽い調子のエトに対し、奏太の声は重い。


 姉妹のうち片方——ユズカは、特に葵が手放したくなかったであろう相手だったからだ。

 合流してからユズカが離れたのか、あるいはその前か。

 どちらにせよ、彼が与えられたショックは生半なものではないはずだ。


 ——あの日の奏太が、蓮に手を振り払われたように。


「やるやらない、ではなくまだ状況を飲み込めていない、ということかな?」


「……そうだな。だからまだ、あいつに関しては分からない」


 奏太の謝罪に対し、彼は罵詈雑言を浴びせるわけでもなく、悔恨に打ちひしがれるわけでもなく、ただ前だけを見据えていた。

 奏太が招いた結果なのに、何も言わないで。

 だが、それが虚栄であることは誰の目から見ても明らかだった。

 帰ってきてもその整理がついているかどうかすら、分からない。


「……でも、あいつはきっと何があってもユズカとユキナを助けようとする。俺は葵がそういう奴だって、知ってるから。だから、大丈夫だ」


 整理がついたその後で、奏太は責められるはずだ。失敗を、間違いを。けれど奏太はそれを否定しないし、出来ない。

 彼が本音を見せたら、最後には姉妹を取り返すために立ち上がるはずだから。


 奏太はそう、信じている。


「んじゃヤンキーの子はどうっスか? あのキダマオってワンちゃんっス」


「ワンちゃんって……」


「私も彼について聞きたいところだ。あの中では唯一面識がない子だからね。あの子は、一体?」


 そうして、奏太、芽空、梨佳と来て、最後の一人の話になる。


「えっと……落田真咲っていう俺らと同じ『獣人』だ。立ち位置は……梨佳の舎弟、か?」


「キヅカミサンの周りもうろちょろしてなかったっスか? というか自分はそれしか記憶がないっス!」


「変わった関係性のようだけど……彼も今回手を貸してくれる子、と見ても良いのかな」


「ああ。強さはそれなりに。あいつは今回の問題に一番遠い存在だから、悩んでることもないはずだ」


 落田真咲ことオダマキ。

 彼は、そもそも今回参戦することに梨佳や奏太の命令以外に何かあるわけでもなく、違和感を覚えないでもないのだが、戦力はただでさえ不足しているのだ。あるに越したことはないと割り切る他あるまい。

 奏太と同じ『部分纏い』を使えるし、いざとなればあの薬も。


「……そう考えると、利用してるみたいで申し訳ないけど」


「両者が合意の上ならなんだっていいっスよ! そう、自分とフェルソナサンみたいにっス!」


「いや、合意してないからな。フェルソナ干からびてるし」


 両想いと言いつつ片方は愛情を全身全霊で表現し、もう片方は諦観。受け入れているといえば受け入れているが、ほとんど無理矢理である。

 それによる説得力の無さを頭から消せば、確かに満面の笑顔で語る彼女の言う通りなのかもしれないが。


 奏太や梨佳はオダマキを必要とし、彼はそれを喜んで受け入れるぁろう。

 だというのなら、手を借りる他あるまいと、自分に言い聞かせる。


「……とまあ、こんな感じだな。問題になるのは一人だけ。時間が解決してくれるとは思うけど」


「それじゃあHMAの方はどうかな? また連絡すると言われたそうだが」


「いや、まだ来ない。どういうつもりなんだかな」


 HMA幹部『トレス・ロストロ』の一人、アイ。


 彼女の力が借りられるのであれば、今回の襲撃も多少なり優位に立てるはずなのだが……。


 華は奏太達の状況を分かった上で連絡して来ないのか、それとも何かに時間をかけているのか。

 いずれにしても、既に正午を回った今でも連絡が取れないことを考えれば、望みは薄いと見るべきか。


「だからまあ、最大でも今朝いたメンバー全員だな。ヨーハンとエト、シャルロッテは……戦えないよな」


「すまないね。こんな立場だから多少護身術の心得はあるが……君たちには遠く及ばない。持って数秒さ」


「数秒持つだけでもすごいけどな…………」


 自身の強さに対し、苦笑いをして謝ってみせるヨーハンだが、ユズカや葵にその数秒で沈められた経験のある奏太からすれば、相当である。

 彼が実際に戦闘を行なったことがあるかどうかは、ともかくとして。


「あ、自分もないっスよ! せいぜい『実験』で使った薬や、硫酸ぶちまけるくらいっス!」


 ちらと視線を横にやってみれば、エトも自信満々に自分は無力だと声高にして言う。

 ただし後半の内容は無力どころか物騒そのものだが。


「いや、硫酸はやめてくれ。多分『獣人』でもやばい。というか下手したら自分にかかるぞ、お前。……エトには、あの薬のこととか頼むよ」


「ああ、あれっスね。自分、『獣還り』って名付けたっス。今後使うといいっスよ」


「ああ、うん……」


 分かってるのか、分かっていないのか。実は今一番にお気楽な人物が彼女なのではなかろうか。

 彼女が作った薬——『獣還り』には大いに役立ってもらうことになるが。


「これで襲撃に関する話はある程度済んだかな。あと構成とかに関しては……夕方、みんなが揃ってからってことで」


 ヨーハンに、それからエトに視線を向けると、二人ともが頷いて。


 長々と続けた話に奏太は深く息を吐き、肩の力が徐々に抜けていくのを感じながら、


「————俺が、ヨーハン達に聞きたかったことなんだけどさ」


 堪え、表情を引き締める。


「いや、聞きたいが半分、調べて欲しいが半分になるか」


 どう言葉にすれば良いものか悩むが、いまいちこれといった言葉が決まらず、数秒場に沈黙が訪れるが、やがて考えがまとまると、


「HMAのことについて、調べて欲しいんだ。『獣人』とのことも、全部」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 カップに残ったコーヒーを飲み干し、奏太はソファから立ち上がると、


「それじゃあ、二人ともよろしく頼む」


「了解っス! 『実験』に使ったものは準備しとくんで、いつでも声かけてもらって大丈夫っスからね! その分の報酬はなし……と言いたいところっスけど、フェルソナサンをよろしくっス!」


「私も書類の整理が終わった後になるが、調べてみるよ」


 それぞれの反応に呆れるやら喜ぶやら、表情を目まぐるしく変化させつつ、部屋を出る。


 眼前の仮想現実——右上を確認すると、時刻はちょうど十七時になろうとしているところだ。

 そんなに長く話していただろうか、と内心驚きつつ、誰か帰ってきていないか確認しようとして、


「————」


 ふいに、声がした。

 誰かの話し声だ。


「これは……」


 耳を澄まし、感覚を研ぎ澄ませてみれば、それは同じ階から聞こえたものだと分かる。

 しかもそれは、


「一体、誰が……!」


 聞き間違えるはずもない、怒声だ。

 奏太はすぐさま早足で廊下を歩き、声の発生源を探す。


 蓮や芽空を見つけた時同様、集中すれば五感を鋭くすることはできるが、発せられた怒声が誰のものかまでは判別出来なかった。

 が、場所くらいはある程度分かるのだ。


 廊下の突き当たりを曲がり、すぐの部屋で立ち止まると、すぅっと息を吸って、


「お前ら、何騒い————」


「——ふざけてんのか、貴妃(きひ)っ!!」


 扉を開けて、中の者たちを鎮めに入る……はずだった。

 しかし奏太は、開けた瞬間に飛び込んできた声に言葉を失う。

 そしてその、光景にも。


「戦わないって……どういうつもりで言ってんだ!」


 何故ならそこには、無表情のまま胸ぐらを持ち上げられる希美と、彼女に怒りを露わにする梨佳がいたのだから。

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