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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章 『反転』
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第三章15 『一方的な再会と、幕開け』



 姉妹の過去と見据えるべき敵ブリガンテ。それらに触れて奏太が決意を決めた翌日のことだ。


 稽古を終え、自室に戻って来た奏太に耳を疑う言葉が届いた。


「——エトが帰った?」


「そうだよー。元々フェルソナに会うついでに『実験』しに来たわけだしねー」


 クッション片手にゴロゴロとベッドを転がるのは、相も変わらぬ間延び口調の芽空。

 彼女は今日も今日とて本を読む。奏太が起きた直後も、朝の稽古を終え、こうして戻って来てからも。


 彼女の睡眠時間と寝るタイミングの謎は未だ解明されていないままだが、本当にいつ寝ているのだろうか。身体は大丈夫なのだろうか。

 少なくともクマや貧血といった目に見える体調不良はなさそうだが。


「どうしたのー?」


「いや、うん。何でもないってことにしておいてくれると助かる」


「何でもないって言葉ほど何かある時はないと思うよー」


 小首を傾げ、奏太の視線に疑問する芽空。

 正直に問うのも何か躊躇われたので、ひとまずは何でもないということにしておく。

 芽空はまだ納得していないようだが、それも飲み込んでもらう。彼女の睡眠事情に関してはまた追々、いつか話すとして。


 話の打ち切りを示すように、奏太は彼女の隣——ベッド横のクッションの山に埋もれる。

 ぼふん、という鈍い音ともに上下左右、体の至る所で柔らかな感触を味わいつつ、


「しかしもう帰ったんだな」


「エトも研究者だし、四六時中フェルソナについて回るわけじゃないからねー。何か用でもあったのー?」


「うん、まあ……一応」


 改まってエトがいない事実を確認する。

 それにやや気落ちし、用件に関して言葉を濁したのには理由があった。


「言伝で良いなら伝えておこうかー? 今日私お兄様のところ行くからー」


「じゃあお言葉に甘えます」


「お言葉より甘いクッキーはいかがー?」


「じゃあ少し」


 軽い調子で笑みをこぼし、手製の茶菓子を渡してくる芽空。むろん、ワゴンの上に乗った紅茶と一緒にだ。

 それを快く受け取り、口にして、クッキーの耳触りの良い食感と程よい甘さに疲れを癒されつつ、


「えっと……何て言えばいいかな」


 どう口にしたものかと考えるが、『実験』を目にしていない芽空には説明が難しく、言葉に詰まった。

 そんな奏太に対して芽空は妖しい笑みを浮かべ、


「恨み辛みなら藁人形とか使うー?」


「いや、そういうのじゃない。というか使うやつ見たことないんだけど」


「まあ一昔前の呪いだしねー。……『実験』関連?」


 笑い話では済まない怖い冗談を挟みつつ、やや声を低くした真剣味のある問いかけがあった。


 それに一瞬躊躇いが生じるが、どのみち話さなければならないし、核心を突かれて隠し通せるほど奏太の嘘は上手くない。少なくとも、現時点では。

 故に顎を引き、肯定する。


 何故なら、


「『実験』の中に気になるやつがあってさ。……危険なものだけど、心配はかけないようにする。もしものもしも、奥の手だから。多分、薬って言えば伝わるはずだ」


 ブリガンテとの衝突。

 それは決して遠い未来の話ではないのだ。

 蓮や梨佳達と戦闘を交え、壊滅まで至ったにもかかわらず、今になって再度姿を現した、ブリガンテと。

 リーダーを含め、その組織の実力の底を奏太は知らない。

 奏太とさほど変わらないのか、あるいはそれ以上か。

 少なくとも現在の奏太ではユズカや蓮、彼女達に届かないことは確かで、もし彼女達に届きうる実力の持ち主がいるとしたら——。


 そう考えた末の奥の手だ。

 むろん、ただで負ける気はないのだが。


 改まって決意を確認し、拳を固める奏太。

 それに対し、芽空は、


「……そーた、危険な薬やってるのー?」


「待った、そっちじゃない」


 訝しげな目でこちらを見つめつつ、自身の体を抱く。

 言動から考えるに、奏太の決意とは全く別方向の薬。それを彼女は想像したのだろう。


「法には反してない。……いや、ある意味反してるのか?」


「じゃあやっぱり」


「待った、そうじゃない。誤解だ、いや本当に」


 芽空の眉間にシワが寄り始め、本格的に疑いをかけられる。


 浮気を指摘される男のごとく否定しようとするが、出てくるのはありきたりな言葉のみで。

 ああ、彼らはこんな心境なのかと感慨に耽って……いられたらいいのに。光の消えた目でじっと見つめられるのが怖い。


 そんな奏太の動揺と焦りとは裏腹に、芽空はこちらから目を離さないようにしつつ、ベッドの側にある腕時計を手に取ると空中を何度か叩いて——、


「通報……はしないけどー。何の薬かは分からないけどー、エトが作ったっていうのもあるから心配しないのは無理だよー」


「芽空ってフェルソナとエトにはかなり辛辣だよな。いやある意味正当な評価だけど」


「少しは冗談混じってるよー」


「少し以外本気だろそれ! ……エトが作ってなかったとしても心配はかけるよな。やっぱり」


 現時点でも、戦闘が起こるものと予想されているのだ。それも、組織の規模で。

 お互いに被害が出て、奏太が負傷したとしてもおかしくはない。

 だが、彼女の言う通りエトの作る薬は危険なのだ。さらに心配をかけてしまうことは、明白で。


「……でも、奏太は幸せにしたいんだよね。あの姉妹も、みんなも」


 だからこそ彼女がため息を吐き、ベッドを下りて近づいてきたのは意外なことだった。


「薬が欲しい、でいいんだよね。そーた」


「いいのか?」


「反対する気持ちはあるんだけど……そーたがちゃんと生きて戻ってくる。そう約束するなら」


 言った芽空の顔がぐいっと寄せられ、至近距離に迫りこちらを見つめるガラス玉の碧眼に、言葉を失う。

 瞳に映る自分の姿が、唖然としている様子が、自分の言動を客観的に見ろと伝えてきているようで。


「————」


 蓮と出会って以降、奏太は何度も約束を交わしてきた。

 だが、それらは全て奏太からのものだ。言葉で、指切りで、心で。

 複雑な感情を交え紡いだ約束は、全て奏太からのものだった。


 だから、こうして彼女から言われたことに驚きを隠せない。それから、感動を。


「…………分かった」


 絞り出すように、出た言葉。

 それはごくごく単純なものだったが、芽空は頰を緩め、顔を離して何度か頷く。

 そして、


「じゃあ、約束。今日帰ってきたら私は——私は、そーたに過去のことを話すね。今までのこと、全部」


 いつの間に。真っ先に思い浮かんだのは言葉だ。

 いつの間に彼女は、奏太に過去を話せるようになるまでに至ったのだろうか、と。

 彼女の心根と言葉を交わして、たった一日と数時間程度しか経っていないというのに。


 そんな疑問を抱く奏太に言葉を紡がせないかのように、芽空は小指を突き出し、こちらに向け求めてくる。口約束だけで止まらない儀式の承諾を。


 それを奏太が芽空と交わすのは二度目だ。

 一度目の彼女は今と違い、ガラス玉から涙を流していたことを今でも覚えている。


「——ああ、約束だ」


 奏太は、覚えている。


 ほんの一瞬ではあったけれど、彼女が今と同じ表情——どこにでもいる普通の少女のように、押し寄せる感情のままに頰を緩め、満面の笑みを浮かべていたことを。


 彼女の求めに応じ、指を絡める。

 豊かな表情とは裏腹に、まだ拙い儀式を彩る言葉とともに。


「…………あれ」


 そうして指を切って、離れた瞬間。


 ふと、浮かんでくるものがあった。

 ほんの小さな疑問だ。

 だが、聞いておかねばならなかった質問であり、薬の話題から約束に至った過程の中で思い出すべきだったもの。


「どうしたの?」


 問いかけてくる芽空に先の満点の笑みはなく、それに悲しみを覚えないではないが、仕方ないと割り切り、胸中にあるモヤを取り払わんとして疑問を口にする。


「…………魔法の薬って、何だ?」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 どれだけ科学が発展しようと、外は暑いし汗も出る。


 夏が終わり、九月に入ったというのに、気温にあまり変化はない。

 すっかり地下アジト生活に慣れきってしまっていたが、進んでも進んでも続くアスファルトも、霞む遠くの景色も、至る所が暑苦しくて。


 とはいえそればかりに意識を割いていてはますます気が滅入るというものだ。

 軽く首を振って気分を入れ替えふっと空を見上げて、


「————」


 眩しく照りつける日差しに目を細めると、光源の遥か手前には『ゴフェルの膜』があった。

 透明な水色の膜。この街全体を覆い、『ノア計画』において重要な役割を担うものだ。


「……やっぱり実感ないな」


 ここ一ヶ月、期限が迫ってきていることもあって、地上に出るとうんざりするほど耳にする『ノア計画』。

 だが、奏太には地上が海の底に沈むなど、全くもって想像が出来なかった。


 想像が出来ないからといって、じゃあ街を出て逃亡しようなどとおかしなことを言うことはないが、実感がないことは否定しようがないのだ。

 そして恐らくそれは、奏太だけじゃなく、誰もが。


「まあ、でも」


 実感があろうとなかろうと、結局奏太の生活は変わらない。

 今もこうして買い物袋を両手に、前を歩く姉妹とアジトへ帰っている。ただ、当たり前の日常を過ごすために。


「ねーねー、ソウタおにーさん」


「どうした?」


「その腕につけてるやつってどんなの?」


 奏太や妹と異なり、茹だるような暑さに汗ひとつ流していないユズカ。

 彼女は何の予備動作もなくぐるりとこちらに振り返り、奏太の手首を指して問いかけてくる。……その勢いで手にしていたビニール袋がユキナの腹部に直撃したが。


「けほっ、お姉ちゃん痛いよぉ」


「わわっ、ごめんユキナ! 大丈夫? けほほってしたけど」


「その袋玉ねぎ入ってるからそりゃ大丈夫じゃないだろ。……ユキナ、大丈夫か?」


 意識外からの玉ねぎの一撃を食らい、むせ返るユキナ。

 奏太とユズカ、二人が彼女の安否を確認すると、


「あ、だ、大丈夫ですっ! 玉ねぎが当たっただけなので!」


「いや、玉ねぎだから痛いと思うんだけど……まあ大丈夫ならいいか」


 ユキナは慌ててお腹をさすり、大丈夫だと胸を張ってみせる。

 玉ねぎとはいえ、当たった箇所が箇所なので心配だが、他でもない彼女がそう言っているので信じるしかあるまい。

 心配する二人の手前、虚勢を張っている可能性もあるが、それでも。


 自身の不注意に落ち込んだままのユズカに励ましを送りつつ、奏太は先の質問に戻る。


「ユズカ、この腕時計のことでいいのか?」


「あ、うん。そうだよ」


「あれ、ユズカ達は触ったことないんだったか。これはデバイスっていうものの電源をつけたりするやつだ」


「えっと、デバイスっていうと……生まれたすぐ後に体の中に入れられる機械、でしたよね?」


 奏太の説明に対し、ユキナは恐る恐ると言った調子で割り込み、確認を取った。

 それに頷いて正解だと示してやると、途端ぱあっと彼女の顔が明るくなって、まだぎこちないままだったユズカにも伝染していく。


 単純というべきか、素直というべきか。ともあれ、奏太は説明を続ける。


「目に見えないくらい——アリより小さな機械が入ってるんだけど、そのおかげで色んなことが出来るんだ。前に梨佳がタブレット見せてくれてたけど、ちょうどあんな感じのが。電源をつけたらいつでも送りたい相手に手紙を送れるし、電話だって出来るし」


 ちょっと前に梨佳が姉妹達と戯れている際、お勉強だと言って二人にタブレットを触らせていたことがあったが、あの体験談を連想させれば分かりやすいはずだと例に取り上げてみる。

 機能を噛み砕いて説明したこともあり、我ながら子ども向けの完璧な説明をした……と思ったのだが、


「タブ何とかってあの苦いチョコレートみたいなやつ?」


「……まあ、うん。見た目だけで言えば」


 まず連想が上手くいっていないという問題が発生した。

 オダマキといい、ユズカといい、何故こう食べ物が先に出てくるのだろうか。

 タブレット自体数も少ないし、現状使用するのが、『トランサー』の思想などぶっちぎりで無視する梨佳くらいしかいないので、仕方ないといえば仕方ないのだが。


 とはいえ、反射的に吐いて出た奏太のため息は要らぬものだったようで、


「ふーん、あれがいつでも触れるんだ。……ってあれれ、でもでも他になんかあるってリカおねーさん言ってなかったっけ、ユキナ」


「体を治すための機能だよ、お姉ちゃん。……えっと、そうでしたよね。ソウタお兄さん」


「————」


 一言目はともかくとして、ユキナだけでなくユズカまでもが奏太の説明に頷き、確認し合っていた。

 情報量に関しては姉妹間で差があるものの、デバイスの本来の機能をしっかりと把握し、記憶している。

 その事実に奏太は言葉を失い、


「あ、あのソウタお兄さん?」


「……ごめん、なんか感動した」


 胸中にこみ上げてくるものに堪える。

 話すこと自体に問題がなかったとはいえ、半年前まで文字の読み書き一つ満足に出来なかった姉妹だ。

 勉強会をきっかけに、社会のあれこれを葵と共に説明した甲斐があったというものである。


「————っとと。この先を曲がろうか」


 前方に分かれ道が見え、姉妹達に曲がる方向を指差しして示す。


 彼女らの成長っぷりに感慨に浸るあまり、今自分達が何に行った帰りでどこを歩いているかも忘れかけたが、ギリギリのところで思い出せた。


 知っている道とはいえ、変なところへ迷い込んでしまったら帰りが遅くなってしまうし、下手をすると迷子になる。

 せっかく昼前に買い出しを済ませたというのに、迷子になっているのでは時間が勿体無いし、何より少女たちが可哀想だ。危険な時間帯にも、近づいてしまう。


 故に、親の気持ちになるのもいいが、ひとまずは目の前のことに集中しようと自省。


「ソウタお兄さんは以前この辺りに住んでいたんですよね?」


「ああ、半年くらい前に。ほんの二ヶ月くらいだけど」


「えっ! じゃあじゃあ、ご飯もぐぐするとこ……ストレス? の場所とかも分かるの?」


「ファミレスだな。まあ一応。家で作ることが多かったから、友達と行く時以外はあんまり入らなかったけどな……」


 ユズカ達の会話に相槌を打ちつつ、改めて道のりを確認する。


 ユキナに話した通り、こうして今日買い物へ向かった先は奏太の元寮近くなわけだが、だからと言って油断をしてはならないことを、つい先日迷子になったことで身を持って知った。

 芽空がそれに巻き込まれた犠牲者である。

 パーティーでの一件もあり、彼女には何やらかっこ悪いところばかり見せているような気がするが……まあ、目を瞑ってくれているので感謝の念を送りつつ。


 奏太はそんな調子で暑さを忘れて雑談に花を開かせ、穏やかな心持ちになった。

 ——そんな時に刺さったのは、何の悪気もない、他の誰かにとっては何でもない一言だ。


「同じ学校の人と会ったりすると、やっぱり話すんでしょうか?」


「……っ、いや。ほら、今は昼だろ? 平日のこんな時間に外歩いてるのは不真面目な人だけなんだ。だから俺はあんまり会わないよ」


「そうなんですか、何だか残念ですね。ソウタお兄さん、お友達もたくさんいそうですし」


「————」


 穏やかな表情で奏太に言葉を向けるユキナに、悪意はない。

 妹の言葉に頷いているユズカも、また。

 姉妹は奏太が学校で起こした騒ぎを知らないし、奏太も話す気は無かった。


 だからこそ、彼女達が知らない学校生活。それを奏太が送っていたことに憧れを持っているのだろう。幻想とも言える、憧れを。


「…………え、は?」


 ————だからこそ、なのだろうか。


 姉妹と歩く一本道の歩道、その先からカップルと思わしき制服姿の男女が歩いてくる。

 互いに慣れているのだろう、体の接触や言葉の交わり、その一つ一つに抵抗のない柔らかさがあった。

 だが、そこらのカップルに目を留めるほど奏太も厳しい人間ではない。れっきとした、理由があった。


 女性に見覚えはないが、もう片方。

 チャラ男風の茶髪男。

 目の前がチカチカとし、真っ白になった頭でも分かる。彼を奏太は知っていた。


「……ぁ」


 仮に神様という存在がいるのなら、それは奏太を嫌っている。

 こんな時間に出歩く学生は、不良か遊び人の類のものくらいだろう、そう思い夕方の時間帯にならないよう動いたというのに。


「——でよ、連れがそこで」


 見つけた瞬間は遠くだった姿も、休むことなく歩けば一歩、また一歩と近づいて行く。背中を向けて逃げるという選択肢は、ない。


 流れる冷や汗が止まるところを知らず、ひたすらに考える。どうすれば良いか、どうすればバレずに済むか。

 あと数秒もすれば、すれ違うことは避けられないのだ。


 授業が終わる時間帯にならないよう、動いたというのに。

 彼が遊び人だと知っていて、蓮のことで相談をしたことも少なくなかったというのに。


 そう思う奏太の後悔など、現実に届きはしない。

 来る時は来るし、茶髪の男の側を通る瞬間もまた、来るのだ。


 ——迫る。迫る迫る迫る。

 近づいて来る、男が。彼が。

 急激なストレスが奏太の脳を刺激し、声が漏れ、溢れそうになって——、


「ま、昔の話だけどな。そいつ学校やめちまったし」


 すんでのところで、茶髪の男——秋吉から飛び出た言葉によって静まった。

 結果、呼吸を止めていた肺も一気に酸素を求めようとする。が、それよりも先に、来るものがあった。


「——お前には」


 それは過度なストレスに、耐え切れなくなった声。


「……ッ、お前には、分からねェよ」


 残った酸素を絞り切るような、言葉が漏れた。

 彼に気づかれなかった安堵とそれまでの緊張、全部がごっちゃになった複雑な感情が。


 返答は当然ない。

 彼に届いているかも、果たして言葉になっていたかどうかも定かではないし、恐らく彼は気がついてすらいないだろう。


 だからこれは、奏太の唐突で一方的な再会。


 振り返り、奏太を見つめる姉妹達にも分からないものだ。

 あの時の言葉が真実だったと再確認したことも、彼女達には分からない。


「ねね、ソウタおにーさん」


 だから少女は、ユズカは、何も知らないままに言葉を紡ぐ。欲求を口にする。

 ——姉妹に感情を隠した、奏太に対して。


「あたしね、お腹ぺここだからファミレス行きたい!」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 お昼時とはいえ、今日は平日だ。

 ましてやここは学生区。他の区に比べれば社会人もそこまで多いわけではない。

 故に客も少なく、思いがけぬ再会により疲れた心身を休めるには絶好の場だった。


「——食い逃げ? いえいえ、違いますよぉ? あくまでお財布を忘れてしまっただけなんですから。ぁは、そうなんですよぉ。私もこういつもいつも忘れていることに反省していますよぉ?」


 まさか店内に入って一秒足らずで全否定されるとは思いもよらなかったが、ともあれ。

 くるくると巻かれたこげ茶の長髪を地面につけ、地べたにぺたりと座り込む長身の女性。

 彼女は奏太達の存在に気づくや否や、濁った瞳をこちらに向けて気味の悪い笑みを浮かべる。


「ぁは。あなた達……お金持ってませんか?」


 誰がどう見ても擁護しようのない明らかな変人で、関わると厄介であろう女性。

 ——そう。全ての事は、そこから始まった。

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