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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章 『反転』
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第三章7 『それぞれの恋愛事情』



 パーティーを終え、見慣れた広く、長い廊下を人の列が横断していた。

 その数、およそ四十ばかり。


「ねぇねぇみゃおみゃお、アタシハンバーグ食べたいなー」


「さっきあんなに食べたじゃないですか」


「そうだよお姉ちゃん。あんまり食べるとお腹壊すよ?」


「だいじょーぶっ! お腹ぺここだし! 車の中で寝てたからお腹減っちゃって」


 先頭を歩くのは、起きているにはあまりに遅い時間帯だというのに元気な年少組の姉妹と、それに付き添う葵だ。

 彼は先の車内でのやりとりなど気にしていないかのように振る舞っているが、その実時折ユズカに向ける視線に熱が灯っているのが分かる。

 奏太が彼の心境を知っているからそう感じるのか、はたまた彼は恋愛感情に関しては隠すのが下手なのか。


 確認のため辺りを見渡してみると、


「…………あれ」


 隣の梨佳くらいしかいなかった。

 姉妹のうちユキナはそのうち気がつきそうなところだが、希美は何か考え事をしているようだし、フェルソナはこの場におらず、後ろで行列を作って歩いている他の者達も、それぞれの話に夢中になっている。


 なんだか嬉しいような寂しいような、様々な感情が混ざった状態になりながらも、ひとまず視線を戻す。

 それから、視線を向けていなかったもう片側——芽空の顔を見て、奏太は言葉を失う。


「————」


 芽空は車から降りて——いや、ヨーハンとの対談から戻って以降、まともに言葉を発していない。

 ずっと張りつめた表情をしており、とてもではないが周りに構っているような余裕すらもないのだというくらいに。


「…………なあ、芽空」


 歩を進めつつ、二人だけにしか聞こえないような小声で呟く。


 あの白金の少女シャルロッテとの接触により、芽空の心の内に何か荒波が立ったのは間違いない。

 芽空の過去に関わることだ。気にならないわけがない。


 だが、奏太は聞き出さない。

 約束もあるし、周りに多くの者たちがいるこの状況では話しづらいだろうと。

 彼女が話し、奏太がそれを聞くとすれば、ひとまずは全員が部屋に戻ったその後だろう。

 それに関しては彼女の意思次第によるものなので、奏太にはどうすることもできないのだが、ともあれ。


 こうして沈黙し続けているのでは気が滅入るだろうし、一人で悩ませてはいけないとも思う。

 奏太は一人で抱えたまま進み犯した愚行を覚えているのだから。

 故に奏太はたとえ短時間でも、言葉を交わせば気が楽になるはずだと口を開こうとして、


「——————ごめん、そーた」


「——え」


 思わず、耳を疑った。


 奏太を突き放すような、彼女の一言。

 それが耳に届いた頃には芽空は姉妹達を追い越し、駆けていた。


 はっとなり、急いで彼女を止めようと奏太は声を荒げ——、


「————っ」


 られなかった。

 それは既視感とともに脳裏に浮かんだのが奏太の過去の記憶であり、驚きと焦燥が奏太の喉を詰まらせたからだ。


「…………芽空」


 止めるにも止められず、気がついた時には彼女の姿は程遠く。


 その光景には見覚えがあった。

 心に、何かが刺さるような痛みがあった。

 それは小さく細い針のようなものだというのに、奏太が積み上げてきた一つ一つの急所に的確に刺さり、たまらず歯ぎしりをする。


「——っ」


 あの日に味わった思いとは違う。そんなことは分かっている。


 芽空のことを分かっているつもりが、何一つ理解していなかったのだと気がついたあの日。

 初めて彼女の涙を知って、芽空が自身の過去を話してくれる時を待つのだと約束した。

 彼女の『トランス』を見て、芽空という少女を知って。


 そうして辿り着いた最近の芽空は、これでもかというくらいに現実に生きていた。

 世間から外れ、世界から逃げ。ただ怠惰であり続けていたはずの彼女は、その輝きを取り戻してきている最中だったのだ。


 そして、そんな彼女に誰よりも近くで触れていたからこそ、奏太には分かっていることがあった。


 彼女が前の怯えとは違う、別の感情を抱いてこの場から去ってしまったことを。


「奏太さん」


 悔しさに唇を噛み、表情を硬くしていると奏太を呼ぶ声があった。


「……葵か、どうした?」


「ユズカとユキナを着替えさせてくるので、先に食堂へ行って待っていてくれませんか? ……それに、今は部屋に戻らない方がいいでしょうし」


 彼が声を低くし、言ったのは芽空のことだ。

 当然ではあるが、先の光景を目の当たりにしていれば芽空の精神状態が平静のものではないと分かる。

 それ故の葵の発言に奏太は頷き、


「そうだな。……正直一人にはしたくないけど、時間置いた方がいいよな」


「ええ。その後のことは、分かりませんが。後で戻った時には奏太さんが側にいてあげてください」


 葵はそれだけ言うと、姉妹の手を引いて部屋へ戻って行ってしまった。

 そして、それが合図となったかのように各々の部屋へと戻っていく他のメンバー達。

 残ったのは奏太と梨佳と希美。たったの三人だ。


 先の芽空や葵の発言もあってか、三者の間には沈黙がある。

 どこか重苦しい雰囲気、それを肌で感じ取り、頭を振る。


 芽空のこともあるが、ひとまずそれは思考の片隅に置くしかあるまい。

 気にならないわけではない。だが、彼女のことを考え続ける限り焦燥感はいくらだって溢れて来るし、挙げ句の果てには嫌な想像すらしてしまうかもしれない。

 よって、


「……なんか急に人減ったな」


 なるべく普段通りを装って、声を出す。

 それを梨佳も悟ったのか、まとめた髪の毛先をいじると、


「ん。そうだなー、じゃああーしが分身してやろーか?」


「そんな簡単に出来るか!」


「ならあーしが忍者だったらどうする? くノ一お姉さんが分身、嬉しいだろ?」


「いや、別に。そういうのはフェルソナなりに…………希美?」


 けらけらと笑う梨佳の軽口に呆れつつ、希美へと視線を向けようとして奏太は疑問を抱く。

 何故なら、


「————分身」


 それはゆっくりと飲み干すように。

 丁寧に一つ一つの発音を確認するかのように発せられた言葉と、見開かれた朱眼。

 先程までは何か考え事をしている風だったというのに、あまりにも急なその変化には問う以外の選択肢が浮かばず、


「希美、どうした?」


「————え」


 呼びかけに驚いたのか、希美は軽く肩を震わせてこちらを見つめる。

 初めて見る表情だ……というには、ほとんど変化がないのだが、彼女の挙動と瞳に僅かに影が差している。

 それに関しては紛れもなく初めてのことで、


「えっと……ああ、そうだ。分身。分身がどうかしたのか?」


 彼女以上に動揺しつつ、問いかける。

 対して彼女は、


「——、私の、『トランス』は、分身みたいな、こと、出来る」


「え?」


 何とも素っ頓狂なことを言い出した。

 呆気に取られ、何度も何度も頭の中で彼女の発言がグルグルと回り、ようやく納得。

 

 ——ああ、そうだ。考えてみれば。


「希美って、不思議な女の子だよな」


 遡ってみれば、突然にフェルソナの白衣を身にまとったり、蓮の服に可愛いと言葉を漏らしたり。

 普段は感情表現のなさに人間味の欠ける彼女だが、案外変わっている部分が多くある。


 謎の視線や妙な挙動、それらは彼女が不器用ゆえのものだからなのだろう。

 奏太が『怒り』に目覚めた時、上手くそれを扱えなかったように。

 彼女もまた、自分の中にある感情の出し方がよく分からないのだ。


「それ、どういう、意味?」


 とはいえ、それを口に出して説明するにはやや抵抗がある。

 なので、


「言葉通りだよ。な、梨佳?」


 説明を省き、共感を梨佳に求める。

 そう、蓮に関わること以外なら少し変わった可愛い女の子なのだ。少しというには議論の余地があるところだが、それはまた別の機会に持ち越すとして。


 親友の妹ということもあり、ラインヴァントの中で希美と一番近い位置で接する梨佳。普段から二人でいることも多く、当然彼女も共感してくれるだろうと話を振ったのだが——、


「————」


 返ってくるはずの返事はなかった。

 代わりにあったのは、緊迫。

 それも普段はふざけた言動が目立ち、先程も軽口を叩いていた彼女が、だ。


「…………気のせいか?」


「……え?」


「あー、いや。なーんかパーティー行く時と雰囲気が違う気がすんだよなー……まああーしの気のせいか。気にすんな」


 よく分からない。

 勝手に沈黙し、勝手に結論づけた彼女には疑問しか浮かばない。

 希美といい梨佳といい、色々と紛らわしいことをし過ぎではないだろうか。

 と文句を口にしようとするが、


「……ちょっと待った。雰囲気が違うってのは?」


「奏太もぶり返すなよな。んー、ほらあれだ。何かこう、白色の生地の服にコーヒーこぼしたみたいな?」


「それかなり気が滅入るやつだな。前にシャツにこぼしたことはあったけど」


「私も、いちごジャム、こぼした、こと、ある」


「やっぱみんなあるんだな……」


 などと雑談になってしまう。

 話に乗ってしまう奏太も悪いのだが、考えてみれば別段気にすることでもないのだ。

 何かに憂うことなど、少ないに越したことはないのだから。


「——っとと」


 そうこうしている内に、食堂の前に着く。

 当然のことではあるが、まだ葵達も来る気配はなく、奏太達だけである。

 ならば食べるのはユズカのみであるが、やはり先に入って食材の確認でもしていようか、そう判断して扉を開こうとして、


「なー、奏太」


 後ろから体重を預けられる。

 肩から手を出し、体を押し付けるかのようにしているのは梨佳だ。


「……何してんの?」


「いいからいいから」


 少年のように歯を見せて笑う梨佳だが、気恥ずかしさやら動揺やらで一刻も早く離れて欲しいところである。

 だが、すぐにそんな気持ちは吹き飛ぶ。


「——みゃおの、葵の背中押してくれたのさんきゅ」


「お前、起きてたのか……っ!?」


「途中からだけどなー。本当、奏太は蓮のこと好きでお姉さんは嬉しいぞ」


「まあその、俺にとっても葵は弟みたいなもんだし。だから背中押すぐらい普通のことだ。あいつだって幸せになるべきなんだから」


「————」


 そこまで言い切ると、ひとまずは彼女を退けつつ腰を下ろしたい。そう思い冷や汗を流しつつ扉を開け——、


「——てめぇこらァ! オッレのアネキに気安く触るとかふざけんじゃねえぞこらァアアアアッ!!」


 見知らぬ茶金の男に飛び込み気味に蹴りを放たれ、真後ろへ体が飛び衝突する。


「…………だ」


 急な事態に状況整理も判断も出来ず、何が起きたのかさっぱり分からない。

 煙が舞い上がって部屋の中は見えないし、近くにいる梨佳と希美は上手い具合に被害を受けずに綺麗に避けていた。


 そんな中、痛みのみが奏太にこれを現実なのだと訴えかけて来て。

 色々あって忘れていた今日のストレスの一つ一つ。それがふつふつと湧き上がってきて、


「ふざけンなはこッちのセリフだコラァァアア!!」


 抑えの効かなくなった『怒り』が噴火を迎えた。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 しばらくして葵達が合流し、一同——というには芽空やフェルソナがいないが、ひとまずは同卓についた。


「…………それで、取っ組み合いでもしたんですか?」


 葵は奏太の真っ赤になった頰を指し、顔を歪める。

 その表情の根底にあるのは心配というよりは呆れだ。


「いや、これはあいつじゃなくて梨佳だ」


「ソウタお兄さん、大丈夫ですか? 沁みませんか?」


「大丈夫、傷には沁みてないから。ありがとう、ユキナ」


「あ……ぅ、そそ、そうですか」


 ユキナが簡易な手当てをしてくれるのが心に沁みる。

 本音を言えば頰よりも壁にぶつけた背中の方が痛いのだが、


「あ、でもでも、その、ぶつかって、ざくざくならぽんぽんとかじゃえーと……」


 それを言ってしまえば今よりひどいことになる気がする。

 礼を言われて照れているからなのか、顔を真っ赤にしておよそ奏太には理解が及ばないペースで言葉を進めていく。

 さすがにそれに適応出来るほど奏太はユキナと親密ではないので、脱いだ正装を畳みつつ、


「ユズカ、何て言ってるか分かるか?」


「んー? んっとねー、もっと怪我したら今みたいにぽんんだけじゃダメだから、勉強しなきゃ、だよ」


 ハンバーグを口に運ぶ姉に解説を求めたところ、妹の全てを理解しているらしい穴埋めの為された発言が返ってくる。


「前にも思ったけどなんで分かるんだよ……」


「奏太さん、考えてはいけません」


 前、というのは夏休みもそうだが、奏太がこのアジトに来たばかりの頃のことだ。

 ユキナは興奮すると言葉足らずになってしまう性質らしく、葵もそれには指摘をしていたのだが、姉妹の姉であるユズカはさも当然かのように彼女の言葉を理解していた。


 姉妹故か、あるいはユズカが変わっているだけか。

 少なくともこのような場面に際した時は、ひとまずユズカの力を借りるのが定石であった。


「……で、だ」


 ともあれ、いつまでも和やかな雰囲気に浸っているわけにはいかない。

 気を引き締め、事の元凶を睨みつける。


「ああん? なんだこら、喧嘩売ってんのかこら。言っとくけどアネキに手出した……ん? 何て言うんだったか……まあいいや、とりあえず許さねえぞこら、ああん!?」


 唐突な逆ギレを披露するのは茶金の髪をした男だ。

 奏太と同じく頰を手形に赤く染めており、学校指定なのであろう、白のカッターシャツに黒のズボン。

 人相はこの上なく悪く、容姿も言動も紛れも無いヤンキーである。いや、チンピラと言った方が良いかもしれない。


「罪な。お前も一旦静かにしろよなー。あーしがわざわざ二人をビンタした意味ねーじゃんか」


 彼の隣に座るのは梨佳だ。


 口ぶりから察するに、恐らく二人は顔見知りなのだろう。

 梨佳がベタベタとくっついてくる所をチンピラが目撃、怒り狂った蹴りが即座に飛んで来たあたり、顔見知りというよりは好意を持ち持たれる関係なのだと推測出来るが……それはそれだ。


 不意打ちでそれをやられて怒らないわけがない。

 こんな時間に大声を出すな、と梨佳がビンタを食らわして来たおかげで多少落ち着きは取り戻したが、それでも熱は冷めず。


「あー、とりあえず色々言いたいことはあるけど……俺は三日月奏太。お前は?」


「なんだこら、決闘かこら! 上等だクソ野郎! オッレの名前は落田真咲(おちだまさき)、梨佳の姉貴からもらった超絶クソかっこいい二つ名は————」


「オダマキ。あー、伊達巻でもいいから好きに呼んでいーぞ」


「ちょっ! アネキ! オッレに言わせてくれよ!」


 落田真咲——オダマキ。

 彼は先程から梨佳のことをアネキと称しているが、彼にとっての敬称のようなものなのだろう。


 梨佳の妹と弟は、既にこの世にはいないのだから。

 ハクアに殺されたのだと、彼女は言っていた。

 そして、今は奏太達が可愛い弟や妹のようなものなのだとも。


 彼もまた、その一人なのだろうか。


「オダマキ、か」


「あぁん? 気安く呼んでんじゃねーぞこら」


「黙って聞けっての」


 ……威嚇を手動で黙らせられるところは弟というよりも番犬か何かのようだが、口に出したらまた吠えそうな気もするので心のうちに秘めておくことにする。


「えっと、まず確認がしたい。見た限りだと二人は知り合いみたいだけど、希美や葵は? ……って、希美寝てるし」


 葵達が合流してから言葉を発していないのでどうしたのかと思い見やると、彼女は机に突っ伏して夢の世界へ潜っていた。

 奏太や梨佳同様に正装から着替えていないのだが、寝づらくはないのだろうか。

 誰かがかけたのであろう毛布をまとっているので、少なくとも肌寒さはなさそうだが。


「……まあ、このまま寝かせておくとして、改めて。葵はオダマキと交流あるのか?」


「一応面識がある、程度ですね。この人会話成り立ちませんし」


「んだとこら! 会話が成り立たないなんてことあるわけねーだろが!」


「じゃあ近代史の話でもしましょうか」


「お、おぉ!? 上等だこら! 猿が海から引き上げられたんだろ、知ってるっつーの!」


「成り立ってないじゃないですか」


 ムキになって声を荒げるオダマキに、それをあしらい嘲笑う葵。

 数回の言葉の交わりだが、確かなことが二つ分かった。

 一つ目は見た目から予想される年齢の割に、色々と知識が残念なこと。

 下手をするとユズカやユキナより無知な可能性があるが、そもそもラインヴァントのメンバーは軒並み勉学が優秀なものばかりなので、残念と映るのはある意味仕方のないことかもしれない。

 それも含めて残念なチンピラであるが、さておき。


 残ったもう一つは、


「完全に知り合い……だよな」


 葵達にとっては既に付き合いの人物であるということ。


 彼と葵が仲良さげに話しているところに妙な淋しさを覚えつつ、そう呟くのだった。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「んで、三日月つったかこら。てめえごまかしてっけどよぉ」


「——あ、奏太さん。ボクはそろそろユズカとユキナを部屋に連れて行くので、また明日。……いえ、今日でしたね」


「ああ、うん。三人とも、おやすみ」


 ハンバーグを食べて満足のいったらしいユズカは眠る妹を抱えつつ、満ち足りた表情で葵と共に部屋を出ていく。

 姉妹の仲睦まじい光景は見ていて微笑ましいのだが、何かがおかしい気がする。

 隣に葵がいるのにユズカが抱えているあたりが特に。


 ……と、まあいつまでも目を背けるのも限界があり。


「無視してんじゃねーぞこらぁ!」


「だから静かにしろっての」


 先程から何度も見ているやりとり。

 あれでどうして梨佳もなかなか力が強い上、彼には手加減をしていないようなので、何度も手刀をぶつけられれば痛むのは間違いないはずなのだが、反省しないのだろうか。


「……俺もう部屋戻っていいか?」


「ダメだっつってんだろこら。逃げんのかこら!」


 葵達も去り、時刻は既に丑三つ時に差し掛かっているというのに、オダマキは奏太を逃がそうとしない。


「なあ梨佳、朝じゃダメなのかって通訳して欲しいんだけど」


「オッケー、分かった。——いいか伊達巻。あーしは眠いしお前らがうるさくしたら寝れない。だから朝な」


「じゃあ今日の朝にするからな三日月」


「決断早くないかお前」


 梨佳の言葉を素直に聞き、鋭くこちらを睨みつけるオダマキ。

 その瞳には何の裏もなく素直な敵意がある。そして、梨佳に対する好意が。


「あ? 何笑ってんだこら」


 一日で、一体どれだけの恋を目にすれば気がすむのだろうか。

 もう進展など訪れるはずのない奏太に、足踏みをしていた葵、そして素直に伝えることしか知らないオダマキ。


 本当に、おかしくて。


「……正直、もう俺は怒ってないんだけどな。けど、否定しても信じないんだろ?」


「たりめーだこら。アネキに触れたつ……罪は重たいからな」


 おかしくて、おかしくて……でも、それは彼が滑稽だからなんかじゃない。

 むしろ彼が怒るのもまた、仕方のないことなのだと思うくらいなのだ。

 だから、


「——とにかくだ。今日の朝、俺が勝ったら俺にその気は無いって信じろ。いいな?」


「上等だこら。泣きっ面で謝っても許さねーからなこら」


 ひょんな事から起きた、奏太に一切の非はない決闘。

 誤解を解くことが、出会ったばかりのこの男——オダマキにとっての幸せに繋がるのであれば。


「…………それでも、抵抗はあるんだけどな」


 なおも寝ている希美にはもちろん、二人にも聞こえないような声で、奏太はそうぼやくのだった。

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