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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第二章 『忘却』
28/201

第二章7 『面々の集い』


「どうどう?ソウタおにーさん、美味しそうでしょ!」


「確かに豪勢だな……」


「私と、お姉ちゃんと、アオイお兄さんで頑張りました」


 ユズカが手をいっぱいに広げて、テーブルに並べられた料理の数々を自信満々に奏太に見せる。

 奏太の記憶する限り、一番イメージに近いのはクリスマス料理だろうか。

 ハンバーグにシチュー、生ハムのサラダなどに加え、ケーキまであるあたりもはやパーティーである。


「いつもこんなに作ってんの?」


「そんなことないよー。みゃおが今日は特に気合入れたんだよー」


「芽空さん。誤解を招くようなことを言うのはやめてください。ボクはあくまで、ユキナとユズカが豪華にしたいと言ったので、それに合わせたまでです」


 今日出会った面々のいずれもがこの場に集まっており、賑やかな雰囲気が形成されていた。


 テーブルの片側にユズカ、ユキナ、奏太、梨佳。もう片側に一つ席を空けて、葵、芽空、希美が座っている。

 空席にはフェルソナが座るはずだが、彼はまだ姿を現していないようだった。

 

「美味しそう。早く、食べたい」


「もーすぐフェルも来るだろうし、我慢しろよな」


 ふと何気なく見た希美の様子は、先程部屋で話した時と比べ、表情や仕草に感情が乗っているのが分かる。

 それは奏太との会話によるものなのか、周りのみんながそうさせるのかは分からないが、どちらであっても、楽しそうにしているのであれば奏太としては嬉しい限りだ。


「というか今更なこと聞いていいか?」


「どうしたのー?」


 それは本来なら、目覚めてすぐに聞かなければならないことだ。

 腕時計は恐らくフェルソナか芽空が預かっているのだろうが、それよりも大切なことだ。


「今が夜、ってのは間違いないはずだよな」


 芽空はこくりと頷く。

 正直、腕時計もない、壁掛け時計も見ていない、ともなれば窓もないこのアジトでは時間感覚が薄れるのだが、それはさておき。


「今日って何曜日?」


 デートをしたのが土曜日、であることは確かだ。それから何日寝ていたかは分からないが、葵や希美、梨佳の服装から今日が平日だということが分かる。

 ともなれば、頭の中が落ち着きつつある今こそ、整理するべきなのだ。


「今日は月曜日です。……ああ、ボクが奏太さんと初めて会ったのがちょうど半日前、午前六時頃です」


 葵は答えている途中で、奏太の質問の意図に気がついたのだろう。整理するための情報を提供してくれる。


「そんで、あーしやフェルと話したのが十六時過ぎくらいだな」


 ふむふむ、と奏太は相槌を打つ。

 ということは、ハクアとの一戦後、丸一日寝ていた事になるわけだ。


「つまり、俺は今日学校サボったのか」


「そーた悪い子なのー?」


「いや、不可抗力だ。自分からサボったわけじゃない」


「あーしもサボることあるし、気にすんな!」


 サボってしまったことはさておき、一日中ずっと芽空のベッドを占領していた事になるのか。

 後で謝っておこう、そう思いつつ芽空の顔を見ると、彼女は首を傾げてこちらを見返す。

 何事かと問いたげなその顔は、奏太が話すまで続きそうである。

 だからと言って、一日ベッド借りてごめん、と口に出すのは中々にまずいように思う。

 もっとも、既に半分以上には知られているのだが。


 ひとまず、あ、と、で、と声に出さずに口の動きだけで伝える。

 意味を理解したのだろうか、芽空も便乗して口だけを動かす。


「ねーねー、ユキナ、アタシたちもあれやろ。ひそそーって」


 左側から囁き声が聞こえる。

 どうやら奏太と芽空のやりとりを真似ようとしているようだが、案外難しい事を少女らは知らないのだろう。

 現に、芽空は、ほ、た、て? と奏太に聞き返しており、それは間違いなく意思疎通の取れていない証拠であって。

 訂正すべきか悩んだ末に口を開こうして、


「やあやあみんな。遅くなってすまない!」


 陽気な声が聞こえたかと思えば、そこには鳥仮面——フェルソナの姿があった。

 そして、


「お腹、空いた」


 続いて、ぐったりとした希美の消え入るような声が、耳に届いた。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***


「つまり他の住人は、同じ施設内に住んでても、会うことはほとんどないってことか」


 他の住人——つまりはこの場にいない者たちのことだ。

 絶大な広さを誇るこのアジトで、いくつも部屋があったというのに、奏太はこのメンバー以外の姿をろくに見なかった。

 せいぜい、両手の指で数えられる程だろうか。

 それらはいずれも奏太と同年代ぐらいか、年下で。


 箸を置いた葵はナプキンで口元を拭くと、


「ええ、そういうことになります。基本的に彼らはボク達と別々に生活をしていますからね」


「あれ? じゃあこのアジトを掃除したりする、お手伝いさんみたいな人はいないんだな」


 お金持ちの家といえば、執事やメイドというイメージを奏太は持っていたのだが、それらしき人物も見かけてはいないからだ。

 そのため、ひょっとするとここの住人のいずれかが、その役割なのだろうかと考えていたのだが。


「誰も彼もが、このアジトに入れてもらった事に感謝はしているものの、最高責任者である芽空さんに勤仕する程余裕があるわけでもありませんしね。何より、自分達の事は自分達でどうにかしようと唱えた人がいたものですから」


「唱えたって……誰が?」


 問いかけ、葵にジロリと睨まれる。


「……あなたがよく知っている人です」


 葵が指しているのは蓮のことだ。

 恐らくは、元々使用人の立場の者がいたが、蓮の勧めにより自分達がその役割を担うようになった、ということなのだろう。

 奏太は口元をふっと緩め、言葉に音を乗せようとし——


「あ、みゃおみゃおもうお腹いっぱい? アタシまだお腹ぺここだからもらってくね!」


 一体いつの間に移動していたのだろうか、葵の取り皿に切り分けてあったローストポークを葵が何か言う前に掻っ攫っていくユズカ。


「行儀が悪いので、欲しいなら欲しいと言ってください。ボクはあげるとは一言も言ってませんが」


「あ、お姉ちゃん。私のも食べる?」


「食べる! でもユキナはもういいの?」


 嬉々として頷いたユズカだったが、どうやら妹には遠慮するらしく、首を傾げて問いかける。

 それに対してユキナは、


「いいよ。まだケーキもあるし……」


「うん、それならいただきます!」


 了承を得たユズカはユキナから肉を受け取ると、怒涛の勢いでそれを食べ始める。

 先程からずっと食べっぱなしどころか、奏太よりも食べている上に誰一人として疑問視しないのだが、一体あの小さな体のどこに入っていくのだろうか。


「あ、希美も食べるか? あーしもそろそろお腹いっぱいになってきたからさ」


「じゃあ、食べる。ありがとう」


 右隣では梨佳と希美も同様のことを行なっていた。


 その光景は、まるで家族のようだと奏太は思う。

 誰かが何かをすれば、それに便乗して別の誰かもやり出す。

 それが事あるごとに起きて、広がって。そうして出来ているのが、この雰囲気だ。

 多分、初めはぎこちないものだったのかもしれない。だけどそれが、時間の経過とともに少しずつ。そこにはきっと、蓮の影響も少なからずあって。

 ほんの数日前まで、彼女もここで笑っていたのだろう。


「————なんで芽空は俺の皿に乗っけてんの?」


 ふいに湧いてきた哀愁に身を委ねていると、芽空が奏太の皿に料理のいくつかを乗せていることに気がついた。それも、とんでもなく多く、山積みに。


「そーたが何か欲しそうにしてたからー」


「……ある意味正しいけど、さすがに多すぎだよ」


「君は丸一日眠っていたわけだから、それぐらいが丁度いいんじゃないかな。何なら、僕のも食べるかい?」


「いや、遠慮しとく」


 きっぱりと断る。フェルソナには少々抵抗感があることに加え、純粋に芽空が乗せた量が多いからだ。

 しかし、フェルソナに落ち込んだ様子があまり見られないあたり、彼にも気にする類の言葉や扱いの線引きがあるのだろう。


 奏太はじっと彼の目元を見つめる。

 食事前までつけていた鳥仮面の下から現れたのは、目と鼻だけが隠された、別の鳥仮面である。

 どれだけ素顔を晒したくないのは分からないが、少なくとも鼻より下は美形だと言えよう。

 ともなれば、目まで見たいところではあるのだが、そのうち見る機会も出てくることだろう。


「さて」


 奏太は再び自分の取り皿に目を向け、その後正面の芽空を見る。

 彼女はやってやったと言わんばかりに親指を立てて、その表情にはわずかに自慢げな色が浮かんでおり、


「もはや芸術作品だな、これ」


 奏太はため息まじりにそう言った。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「どうかな、奏太君。今日は気合が入ってるとはいえ、満足してくれただろうか」


「作ったの、葵さん、だけど」


 葵によって切り配られたケーキを受け取りつつ、フェルソナは奏太に問いかける。

 途中、ぼそりと希美のツッコミが入るが、フェルソナは毎度のごとくそれを聞き流す。


「ああ、美味しかったよ。三人とも——じゃない。みんな、ありがとう」


 順に一人一人の顔を見ていく。

 それに対する反応は様々だったが、いずれも温かな気持ちになるものばかりで。


「ソウタお兄さん。これ、どうぞ」


 ふっと声のする方——左側を向くと、ユキナがケーキの乗ったお皿を渡してくる。

 生クリーム仕立てのショートケーキだ。果たしてケーキまで手作りなのか、それとも市販で買ってきたのか、どちらかは分からない。

 何せ、先の料理は手馴れたものと見て取れる出来栄えの料理の数々だったのだから。


 それを受け取ってお礼を言うと、


「あー、ソウタおにーさんのそれ、チョコ乗ってる!」


 ユズカが立ち上がり、声を上げた。

 彼女の指差す所、奏太の皿に乗っているケーキに薄いチョコレートが一枚乗っている。

 誕生日であるとか、何かの記念に名前が書かれる役割のチョコだ。


「じゃあユズ、代わりにあーしのイチゴあげるから我慢なー」


 ユズカは歓喜の声を上げ、自分のお皿を手に持って梨佳の元へ向かう。


「と言うか本当によく食べるな」


「お姉ちゃん、みんなの中で一番食べるんですよ。その、奏太お兄さんも、多いですよね」


「中学まで部活やってたんだ……って、どうした?」


 頰を赤く染めたユキナが急に目を留めて、奏太のケーキを見つめていることに気がつく。

 それはユキナだけではなかった。イチゴを受け取ったユズカも同様に見つめている。


「おにーさん、これ何て書いてあるの?」


 ユズカはチョコを指差し、奏太に問う。

 ユキナの方をちらりと見ると、彼女も頷き、奏太に答えを求める。

 チョコに書かれた文字はひらがなで書かれており、およそこの少女達なら読めて当たり前のものなのだが——


「そうた、だよ。丸っこい字だけど、読めないか?」


「ああ、二人は文字を読めないんですよ」


 奏太が二人の顔を順に見ると、二人は肯定する。


 つまり、話すことはできても、書くことはできない、か。

 言われてみれば、ユズカとユキナは恐らく小学校高学年くらいのはずだが、三人の部屋にランドセルであるとか、宿題であるとか、それらの類がなかったように思う。

 注視していたわけではないので、単純に見逃した可能性もあるが、獣人であることも考えると、恐らくは学校に通っていないのではないだろうか。

 いや、むしろそうでなければ辻褄が合わない。


「そう、か…………」


 当たり前、と考えていたが、奏太にとっての当たり前でも、少女らにとっては未知なのだ。

 当たり前のことを当たり前のように知っている、それが幸せの一部であったとしても、大半の人は気づかないはずだ。

 気が乗らないまま学んで、成長して。

 それは、誰しもが出来ることとは限らないというのに。


 奏太に何か出来ないだろうか。ふいに、そんな心持ちになる。

 自分のことに必死だった以前とは比べて、余裕が出来ているからなのかもしれない。

 しかしそれはきっと、蓮との約束が少なからず関係していて。


 だからこそ、奏太は言う。


「二人とも、文字の勉強、してみないか?」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「……奏太さん」


 葵はテーブルを拭きながら、奏太を睨むように見る。


 片付けを終えた後、ユズカとユキナ、それからフェルソナと希美は部屋に戻っていった。

 残ったのは、奏太を含めて四人だ。

 いや、残されたと言った方が良いだろう。何せ、引き止めたのは葵なのだから。


「どうした?」


「一度きりしか言いません。……ユキナを助けてくれたことと、文字を教える約束。ありがとうございます」


 そう言い、葵は頭を下げる。

 その動作には、先程までの葵から奏太に対して発せられる警戒のような態度は見られない。

 本当に心の底から、感謝しているのだろう。


「……どういたしまして。でも、何で今まで教えてなかったんだ?」


 痛い所を突いてしまったのか、顔を上げた葵がその表情を歪める。

 言葉に詰まり、しかしその問いかけの答えを横から見ていた梨佳が告げる。


「なんつーか、葵は怖いんだよ。文字を教えたらあいつらが離れるんじゃないかーってな」


「私は離れたりしないと思うけどなー」


 ひょっとすると、女性陣は既に葵の心中を知っていたのだろうか。

 彼女らの言動には、いつものふざけた様子はなく、至って真剣なものだ。

 芽空の間延びした声はいつも通りなのだが。


「離れる……」


 ユズカとユキナが葵の側を離れる。それは奏太にとって想像のし難い光景ではあったが、葵はそれを想像してしまったのだろう。

 離れてしまう恐怖は今の奏太にとって、決して遠いものではなくて。

 ならばこそ、聞かなければならないだろう。


「葵って案外、中身はそこまできつくないよな。……俺が教えても良いのか?」


 奏太の言葉に葵は沈黙する。

 瞳を閉じ、思考の渦に潜っているのだろう。

 思え今日一日の間で、、きつい当たりをされなかったのは、これが初めてで。ずっとピリピリとしていて、奏太としてはどうしたものかと考えていたのだが。


「————ボクも、一緒に教えさせてください」


 長いだんまりの末に、葵は言った。

 プライドが高く、他人に隙を見せたがらない本来の葵であれば、きっと奏太に頼むことなど、ないのだろう。

 たった半日とはいえ、それだけ強い印象を彼には与えられた。そして、その例外も。


 では、その例外において奏太は上から目線で葵に許可をするのだろうか、いや違う。

 まずは小さな一歩だ。葵が上から目線で話すと言うのなら、対等になる。

 対等な条件で、葵と話すために出来ることを。


「それじゃ、その代わり約束だ。二人でユズカとユキナに文字を教えて……そうだな、読み聞かせでもしてくれ。俺、昔の記憶がないから。読み聞かせとか聞いたことないんだ」


 きっとそれは、葵が幸せになるために必要なことだと思うから。


 再び沈黙が訪れる。

 芽空も梨佳も、黙って二人の様子を見守っているらしく、奏太同様、じっと葵を見つめる。


 対して葵は唇を結んで、考え込む。

 葛藤があるのだろう。梨佳の言うかっこ付けならば、きっと読み聞かせなど恥ずかしいことに間違いないのだから。

 しかし、


「————す」


 小さな呟きだ。

 一日中人を見下し、自信ありげな顔ばかりをしていた葵の表情に、変化があった。


「——分かりました。やります」


 涙目になり、顔を真っ赤にした葵がそう言った。

 一体どうして彼がこんな表情になっているのか、奏太には分からない。

 対等になるための条件が、幸せになるために必要なことが、どういう過程を持って葵をこの表情たらしめているのか。

 分からない。いつも奏太は、分からないことだらけだ。

 だから、


「楽しみにしてるよ——葵」


 期待して、約束をして。

 そうやって、まずは一歩を踏み出そう。

 蓮との約束のために。

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