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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第五章 『白黒の世界』
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第五章12 『初恋の人』



  風が一筋、吹き抜けた。


 開けた場所に出て、どうやら自分がいるのはそれなりに高い場所だと分かる。……知っていた。


 見渡せば、遠くの方に学生区の街並み。夕陽が照らし、人々を、街並みを、柔らかに色付けていく。

 それはまるで、一枚のキャンバスに描かれた絵をそのまま景色として閉じ込めたような。

 永遠に時が止まってしまうのではないか、とさえ思えてくるほどの絶景だ。


「————」


 とても現実のものとは思えない光景。正しく、現実のものではない光景。周りの世界と隔離され、ここだけを一つの空間として形成し続けている。


 多分、奏太が生まれるよりも前。

 ずっと前から、あり続けたのだ。

 それがつい最近、一人の少女の願いによって形を変えただけで。


「————」


 一歩進むと、じゃり、と砂を踏む音。靴裏でその感触を確かめながら、また一歩。


 風に撫でられる髪をかきあげて。

 息苦しさを感じる、閉めたままだった第二ボタンを開けて。

 視界に入るもの全てを確かめるように、瞬きを繰り返す。


 ——それは後ろ姿だった。

 何度も見覚えがある。

 その背を追いかけて、ただ隣にいられる男であろうとした。だから手を放された時にはあまりにも遠く感じて、一度は立ち止まってしまって。


 でも、今、彼女はそこにいる。

 ————風が再び、吹き抜ける。


「…………久しぶりだな、蓮」


 名前を呼んで感じる、確かなその存在。


 揺れる薄青の髪。

 それを手で抑える人影。

 彼女は振り返り、桃色の瞳でこちらを見つめた。


「……奏太君」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 立ち話もなんだし、と声をかけ。

 ソファに座って向き合うと、沈黙が訪れる。


 それは以前の奏太にも言えることだったし、今も状況だけ見れば、初恋の人に緊張して話せない少年……ここには二人以外の誰もいないが、もし誰かがいるとするならば、そう映ることだろう。


 しかし実際は、無言のコミュニケーション。

 お互いに思い、考えていることがあるからこそ、言葉を見つけられないのだ。蓮も奏太同様に、そう理解しているはず。


 とはいえ、いつまでもそんな沈黙に甘えていてはいけない。

 言葉に詰まりながらも、


「え、と。……蓮は、元気だったか?」


 言った後で、たどたどしい話し方だな、と思う。それに、


「ふふっ」


 少しだけ、言葉の選択を間違えたかもしれない、と思う。

 ぽかんとした表情の後に来たのは、耳心地の良い笑い声。


「もう、奏太君。私たちは死者なんだから、元気も何もないよ」


「考えてみればそうだよな、うん。いや、頭では分かってたんだけど……」


 話している内容こそ物騒だけど。

 甘く可愛らしいその容姿を久々に見たから、緊張している部分もあるのかもしれない。

 そんな感覚に懐かしさを感じながら、


「…………でも」


 ふいに、沈む声。


「そう。きっと……元気、だったと思う」


「蓮——?」


 呟き、俯いた彼女の顔は、影が当たってよく見えない。

 感情を教えてくれるのはその震える声と、スカートの上で握られた手だけ。

 奏太がもう一度名前を呼ぼうとして、


「——あ、そうだ!」


 強引に声色を変えた蓮が立ち上がり、


「奏太君、喉乾いてない?」


「え。あ、えっと。まあ乾いてる、かな?」


「じゃあそこの自販機で買ってくるから、ちょっと待ってて。私のおごりだから!」


 声をかける間もなく。その足は口調に呼応して、早々と遠ざかっていく。


 それを目で追いかけながら、奏太は考える。

 少し、感じが変わっただろうか。

 以前は見えなかった脆さのようなものが、今の蓮には見えた。奏太がずっと気づかなかっただけか、あるいは今だからこそ、なのか。


 ……まあ、そもそも、奏太の質問もあまりよろしくはないものだったけど。




 それから少しして、飲み物を抱えた蓮が戻ってくる。


「お待たせ。私のチョイスになっちゃったけど……ごめんね」


「いや、大丈夫。元々好き嫌いは少ない方だし」


 などと返すけれど、彼女に手渡されたのはカフェオレ缶で、彼女自身はペットボトルの紅茶。

 つまりはあの日と同じチョイスなので、それぞれそれなりに好きなもの……といったところである。


 「では」と缶を開け、まず一口。

 口内に広がるのは甘さと苦さが混じった、優しい味わい。舌が満足感を得、ごくりと喉を鳴らすと、後にはわずかな酸味とすっきりとした苦味が残る。

 うん、まごうことなきカフェオレだ。


「……って、あれ?」


 今、目の前で起きていたことにパチクリと瞬き。首を傾げる。


「どうしたの?」


「いや、なんていうか……」


 形を得ない疑問。

 だが、奏太は何かを探すように周りを見渡して、数秒。

 ハッと気がつき、


「——ここは。この世界は、どうなってるんだ?」


 そもそも、考えてみれば今更な疑問ではあるけれど。

 カミサマしかり、その契約者たる『イデア』の記憶しかり、あまりに現実離れしたことが連続していたので、忘れそうになっていた。

 順に視線を動かす、


「今飲んだカフェオレやこの景色。それに蓮。みんな色があって、感触もある。どう見ても現実にしか見えない。けど、どうして?」


 ソウゴやカミサマは、このことについて言及していた。

 この空間は『イデア』を呼べる場所とか、死者の魂が集まるとか、そんなことを聞いた気がするが、


「——簡単な話だよ」


 そんな曖昧な理解を、蓮は結ぶ。


「ここ——『エデンの園』は、願いによって形を変える場所だから」


「……エデンの、園?」


「うん。人間は死んだら天に昇り、魂が浄化されて次の人生を歩む。そんな話があるけど、私たちが今いるここは、その天の手前にあるの」


 ……ええと、つまり。


「願いってのはともかく、場所的には三途の川みたいなものか?」


「イメージ的にはそんな感じになるのかな。あの子いわく、厳密には違うみたいだけど」


 そういえば三途の川は死ぬ直前だったか、とぼんやり思う。

 彼女の口からこういった類の言葉が出ることには驚きだが、改変者(、、、)は元々死者だ。そういう、死に対して達観した何かがあるのだろう。


 ……ならばまた死を受け入れられるかと言われれば、また話は別なのだろうが。


 蓮は続ける。


「現実世界でもなければ、死後に向かう世界とも違う。この場所は、それら二つの境界にあるの」


 頭の中で、引かれた一本の白線と黒線を想像する。それらが重なった地点に印をつけて……その場所がここだ、と。


「奏太君は改変者(、、、)が世界を書き換える、っていうのは知ってるよね?」


「ああ。俺や華の能力とかは特に分かりやすいな」


「じゃあ、使うたびに死者に近づいていくことも?」


 同様に、頷く。

 死ぬ時人は世の理を外れるというが、改変者(、、、)はそれを意図的に引き起こすことができる。

 ゆえに本来起きるはずのない超常現象を現実のものとし、時には時間すらも超えてしまうのである。


「つまり『エデンの園』は、その流れを中継する場所ってことか?」


「えと。それだと半分正解、かな?」


 なかなか結論が見えてこない。

 「ごめん、意地悪な答え方だったね」と蓮は謝りつつ、紅茶を飲み。


「たとえば今私が、ケバブを欲しいと願ったとします」


 いきなりどうしたのだろうか。

 奏太は瞬きで目を閉じ、


「——そうすると、はい」


 瞳を開けた、次の瞬間。

 思わず呼吸を止め、自分の目を疑った。


「は、え?」


 何度も何度も確認する。だが、間違いない。

 幻覚かと両の目をこすり、それでもなお彼女の手に握られているそれは、今まさしく、瞬きの間に出現した。


 彼女が今しがた願ったばかりの、あのおっちゃんが経営している店のケバブが。一つ。


「信じられないかもしれないけど、願いが願ったままに叶う、そういう場所なの。この『エデンの園』は」


 そんなことありえるのか、と考えかけるが——なるほど。

 確かに蓮の言葉は相当な驚きに値するが、彼女は何一つ嘘を言っていない。これまでの言葉が真実。

 ということは、


「ただ中継してるんじゃなく、ここで起きること(、、、、、、、、)を現実世界に(、、、、、、)上書きしてる(、、、、、、)ってことか」


 導き出した結論に蓮は頷く。


 つまりはこうだ。

 カミサマの言っていた通り、現実世界でも偶然の現象やたまたまの思いつきは起きる。誰にだってありえる、小さな奇跡。

 だが、その多くはどうしても改変者(、、、)の域には至らず、世界を書き換えるとは言い難い。


 そこでこの『エデンの園』だ。


 ここは死後と現実、それぞれの世界に隣り合った場所。だから現実では起き得ない願い事も叶うし、それを現実に持ち込むことも可能。


「……改変者(、、、)が使う能力はその一部、か」


 言うなれば、それぞれに願いという名の出力設定のようなものがあるのだろう。

 そしてこれまで、時代の節目に現れてきた著名人たちは皆、原点(、、)としてその力の一端に触れていたのだ。

 恐らく、無意識のうちに。奇跡と称されるほどの偉大な功績を残して。




 システムを理解——同時に、気がつく。

 カミサマはともかく、改変者(、、、)は現実世界に生きているからこそ能力を発揮する。


 じゃあ、死んでしまったら?


 原点(、、)は分からない。だが、少なくとも『イデア』はカミサマに願いを告げることで契約をしている。

 沙耶の願いは「千恵が幸せでいられる世界を作ること」だったため、一瞬であっても、彼女の契約は果たされた。


 しかし蓮は恐らく、それを果たす前に死んだ。

 ならばその場合、彼女は。


「————蓮。ひょっとして、ここにずっと?」


「…………」


 対する蓮は何も答えない。

 ただ寂しげに笑って、オレンジ色の空を見つめる。


 そこでようやく、最初の表情に納得がいった。


 恐らく彼女の瞳に映るそれは、死んでからずっとずっと見てきた光景。

 望むものはなんだって手に入るのに、望むことは絶対に起きないこの世界で。彼女は改変者(、、、)として、閉じ込められていたのだ。


 ——カミサマが一度与えた能力は、たとえ契約者である『イデア』が死んでも戻らない。

 だが、だからと言ってそれは単に持ち逃げされるというわけではなく。契約者もまた、その代償を願いの成就によって支払わなければいけない。

 そしてその契約を果たさずして死んでしまった者は、果たされるまでずっと改変者(、、、)のままなのだ。


 だから沙耶は死の瞬間、能力を失い、人として死んだ。

 だから蓮はまだ、この『エデンの園』から出られない。


「……カミサマは、悪くないの」


「……うん、分かってる」


 そう、分かっているのだ。

 人が扱うには許されるはずのない行き過ぎた力というものは、何らかの犠牲無くしては扱えない。

 本来、そういうもの。

 だから当然の代価。カミサマが悪いわけではないのだ。


 自分の思い通りに世界が動くはずがなくて、けれどそれでも抗いたいから人は力を望む。

 『獣人』も、改変者(、、、)も。『イデア』も原点(、、)も。

 たとえ結果がどうなろうとも、今、一瞬の望みのために。



 ……あの麗人はとんだ置き土産をしてくれたものだ、と奏太は思う。


 どこまで狙ってやったものかは分からない。

 彼女ならば全て把握していて、その上で奏太を誘導した可能性すらある。だから嫌いなのだ、彼女は。


「……」


 二人の間に、再び沈黙が訪れる。

 側から見たら、どう映るのだろう。

 喧嘩中のカップルか、あるいは何か重いことを抱え込んでいる二人か。


 まあ、ここにその「側」はない。

 カミサマも姿を現さない——あるいは現せないのかもしれないが——ため、今は美水蓮と三日月奏太の二人だけ。だから周りを気にする必要はない。

 ……それに。どう映ったとしても、奏太がやることは変わらない。


 缶をぐいっと傾け、残った中身を一気に飲み干す。そのまま勢い良く立ち上がって、


「——おかわり」


「……え?」


 急な行動に驚いたのだろう。ワンテンポ遅れて疑問の声が返ってくる。


「飲み物なくなったから、今度は俺が取ってくるよ。蓮は何かいるか?」


「あ。えっと。……じゃあ、ミルクティーでお願いします」


「了解。じゃあ少し待っててくれ」


 にっ、と笑みを浮かべて、彼女に背を向け。

 自販機はすぐそこ、お金は先ほど彼女がやっていた通りにやればいい。そう考え、真っ直ぐに歩き出す。


 ……風は先ほどよりも弱まっただろうか、手で抑えなくても良さそうだ。

 と言っても、歩けば当然体は揺れ、身につけているものもその動きに合わせて揺れる。


 ————だから、耳につけたイルカのピアスも、その例外ではなかった。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 バクバクと動く心臓を抑えながら、蓮はその姿を見送る。


 彼のことは、ずっと見てきた。

 カミサマが現実世界を見ることができるように、自分もまたその視界を借りる形で。

 だから変わったことは知っている。知っているけれど。傍観者として見るのと、実際に話すのではわけが違う。


 だから、思い出す。

 あの時彼女が言っていた言葉は、確かに真実だった。

 改めて、そう思う。





 ————それはこの世界の誰にも。

 真実を望んだ()にとっても、明かされることのない記憶。






「なんか蓮、最近ぼーっとしてること多くね?」


 アジトで夕飯の支度をしている時。グツグツと煮立つ鍋の後に混じって、そんな問いかけがあった。

 女性にしてはやや低く、けれど優しさの滲む声。振り返らずとも分かる。


 イルカのピアスに紺色のポニーテール。開いた胸元は女性らしさに富んでいる、


「梨佳。帰ってきてたの……って」


 一体どこから忍び寄ってきたのか、彼女は今しがた揚げ終わったばかりの唐揚げを一つ、ひょいと掴むと、そのまま口へ運ぶ。

 こういう時、揚げ物は大抵つまみ食いに相応の処罰として、口内への火傷を与えるものであるけれど、彼女はそれを物ともせず、「うまうま」と満足げに頷いた。

 そんな梨佳に対して、


「……梨佳の分、減らすからね」


 じとっとした目線。

 彼女はこれでも読者モデルだ。見えないところで食べている可能性は多大にあるが、あまり甘えさせるのも良くないだろう。と。


「とか言って、いつもつまみ食いの分まで用意してあるだろ?


「今日はありません。残念でした」


 あーだこーだと飛んでくる抗議の声を無視して、手を洗い。

 かけておいたタオルで拭きつつ、


「それで……えと。ぼーっとしてるって、私が?」


「あん?」


 先ほどの、彼女が入ってきた時の話題に触れる。


「自覚ねーのか?」


「ん、と。いや、ないわけではないんだけど……」


 何と言い出したものか、と言葉に詰まる。


 と言うのも、今現在蓮の頭を悩ませている人物が、およそ一ヶ月ほど前に感じた強烈な嘘の味——つい最近名前が判明した、三日月奏太少年だからだ。

 相手の性別など関係なく、普通に相談すれば良いではないか、となるところだが、問題は悩ませている原因の方。


 ——彼からは強烈な嘘の味を感じる。甘さと苦さ、それ以上の何かが混ざった、一言では表しづらい、舌にひどく残る味。


 だから真っ先に改変者(、、、)や『獣人』だと疑い、普段から見つからないよう目で追っかけているのだが……あまりに、その、普通なのだ。

 肌を刺す敵意や殺意もないし、耳の裏を走るようなゾッとした悪意の類も感じられない。


 むしろ、それどころか。


「……気になる男の子が、いるの」


「ほう」


「ふとした瞬間に、その人のことを目で追っちゃうというか。四六時中、その人のことを考えちゃうというか」


 だから相談する言葉は、嘘ではない、確かな真実。


 きっと強烈な嘘だとか、そういうことを言ったら梨佳は心配し始めるだろうから。

 普段の言動は適当だったり、乱暴だったりして勘違いされるけれど。

 彼女はそういう女の子だから。


「意識してるか知らねーけど。内容だけ聞きゃ、恋愛相談そのものだな。初々しいっつーか、何つーか」


 ……それに。

 親友の戸松梨佳は、いわゆる姉御肌というやつで。

 ラインヴァントの皆や、自分の気に入った者たち——蓮の知っている範囲なら、バイトの同期の子とか、後輩とかをよく気にかけていて。

 だからそういう子たちの相談を受けることが多く、その時その時の相手に必要なものが分かっている節がある。


 それは荒れていた時期があったから、なのかは分からないけれど、


「——でも、きっかけはまた面倒なことなんだろ?」


「…………うん」


 彼女はとても鋭い。

 時々、怖くなるくらいに。


 鍋の蓋がパタパタと動き、そろそろ火入れは良いと主張してくるので、火を止める。

 唐揚げがキッチンペーパーに油を吸われたことを確認しつつ、並べたお皿に盛り付けていく。肉に次いで、レタスとトマト、ポテトサラダの簡単な野菜たち。

 続けて、お味噌汁のお椀を——、


「蓮が話さねーのなら、深くは聞かねーけどさ」


 独り言のように、何もない天井へ向けて話す梨佳。

 その言葉がこちらへ向けられていることを蓮は知っている。


 だから動きを止めず、けれど耳だけは傾ける。

 大抵こういう時の彼女の言葉は、的をついているから。


「お前が今、そういう表情をしてるってことは——」


 心臓が跳ねる音。

 手に汗がにじむ感覚。

 側に置いておいた携帯の画面に、自分の顔が反射して。



「————そいつは多分、いずれお前が好きになる奴だ。蓮が大人になった、その時に」



 一瞬、世界から音が消えたような気がした。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「……蓮?」


「えっ!」


 意識外から声をかけられ、思わず飛び跳ねる。

 今は(、、)カミサマと交代(、、、、、、、)しているし(、、、、、)、当然ではあるけれど、声の主はその彼だった。


 何度か口をパクパクと動かし、沈黙を肌で感じて、ようやく平静を取り戻す。

 落ち着きが戻れば当然今しがたの動揺も恥ずかしさとなり、自分を刺してくるが、咳払い一つで押し隠す。


「ありがとう、奏太君。時間かかってたみたいだけど、何かあったの?」


「ああ、いや。その……」


 彼は口ごもり、


「お金以外に出したいものがあってさ。色々試してたんだけど、なかなか上手くいかなくて」


 視線が右に左に動く。


「出したいもの?」


「……あれだよ。クッキーとかケーキとかがあったら、喫茶店みたいになるかなー、なんて」


 ——甘い。


「……奏太君、何か隠してない?」


「え」


 じっ、とその瞳を見る。


 元々あまり嘘をつかない人なのだけれど、今確かに、嘘の味がした。

 というか、彼も『透世』のことは知っているはず。まだ蓮が能力を持っていることについても。

 なのにこうして嘘をついた、ということは…………何か理由があるか、単なるドジか。


 どっちでもあり得そうなのが彼で、真実が気になるところではあるけれど。


「……奏太君が話せないのなら、仕方ないよね。気を遣わせた側なんだから、私もこれ以上は考えないことにします」


「あ、ありがとうございます……」


 ミルクティーをこちらに手渡しつつ、妙に疲れ切った顔で座る奏太。

 なんだか申し訳ないことをした気がするので「なんだかごめんね」と謝り、「いやいやそんなそんな」と彼が返し。笑い合い。


 何でもないような時間が過ぎていく。

 ありふれていて、けれどずっと待ち望んでいた時間。


 でも、物語に終わりがあるように。

 望む何もかもが手に入るこの場所にも、終わりはある。



 お茶を飲んで一服して。

 もう何度目かも分からない沈黙が訪れたことで、空気が変わるのを感じる。

 奏太の表情は真剣で、先ほどまでの緩さなど一切ない。どこまでも強かで、真っ直ぐだ。


「——蓮。聞きたいことがあるんだ」


 だから、いつまでも自分が下を向いていてはいけない。

 彼が変わったように、自分も変わらなければいけない。

 人は、いつまでも同じ場所に踏みとどまってはいられないから。


「…………うん。全部、答える」


 目と目が、合う。

 彼も、自分も。

 もう、一つの感情を固めた。


 全てはこの先のために。

 お互いのために、言う。


「————教えて欲しい。蓮と貴妃、二人の願いを」




 だから受け入れよう。

 この永遠の終わりを。




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