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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第四章 『崩落の世界』
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第四章19 『憧れが終わる日』



 つくづく、お金持ちとはすごいものである。


 以前にも思ったことだが、たかだか五年、されど五年の染み付いた庶民感覚というものは変わらないようで、何度か立食パーティーの経験を踏んだ今でも同じことを奏太は唱えている。

 高さ、奥行き、横幅、規模。いずれも未だに奏太の中で一、二位を争うほどの大きな会場の中で、奏太はほう、と息を吐く。



 結局、あの日行えたパーティーは小さなもので、全てを忘れられるくらい楽しい時だった、とは言い難かった。

 まあそれも当たり前かもしれない。

 あの日は皆が皆傷ついてしまったことにより、スイッチを切り替えるにはやや時間を要していたから。


 そして、だからこそ。

 後日改めて大きなパーティーをしようということになったのだ。

 日時はそれから約二週間後の今日、会場はヨーハン邸、メンバーはラインヴァント関係者のみ、というかなり身内に限られたもの。


 しかも今回は午後から完全に予定をなくし、フリーの状態にした。

 自分たちも準備を手伝い、料理をいくつか作らせてもらった。

 飾り付けは非戦闘員の子どもたちが手伝ってくれたとかで、洗練された技術からなる芸術性だとか煌びやかなものだとかとは疎遠のものになったが——協力してくれたヨーハンを含め、皆はそれで良いと頷いた。

 そっちの方が気楽で、難しいことを考えずに楽しめるから、と。

 もちろん奏太もそれに賛同した一人である。


 かくして、そんな経緯があって、今この状況に至る。

 会場の中は使用人を含め五十人ほど。見渡す限りほとんどが子どもで、服装こそいつもとは違うドレス姿だけれど、様子はいつもと変わらない肩肘張らないものだった。


 考えてみれば、ラインヴァントの面々は生活環境こそ変わっていたものの、生まれは一般家庭の者がほとんど。

 だから煌びやかよりかは、こっちの方がよっぽど馴染みやすいのだろう。そして多分、割と何にでも馴染む芽空はともかく、ヨーハンやシャルロッテのような立場の者たちにとってもここは息抜きのできる場所なのだろうな、と。


「……半年前とかだったら誰も想像できなかったわな。俺もそうだけど、『獣人』が人とそんな変わらなくて、こうやって楽しくパーティーやってるってさ」


「……確かにな」


 そんな景色をぼんやりと見つめ、言葉をこぼしたのは平板秋吉。

 ラインヴァント関係者の中では珍しい人間の一人で、どうせならと奏太が招待したのだが、


「あ、秋吉さんだ!」


 とか、


「なー、あっちに美味い肉あるから食べに行こうぜ!」


「ちょ、待ってよ! 秋吉くんに相談あるんだから、私が先!」


 とか。見かけた非戦闘員の少年少女たちが、彼に楽しげな様子で声をかけていく。


 アヤメやその弟はともかくとしても、感謝とか尊敬とかを受けることはあれど——いやあるいはそのせいか——どこか心の距離があっていまいち仲良くなりきれない奏太からすれば、少し羨ましく感じなくもない光景だ。

 まあそれよりも、意外なところで意外な交友関係が広がっていることへの驚きと嬉しさの方が大きいため、表情にまで感情が出たりなどはしないのだが。


「しかし、いつの間に仲良くなったんだ?」


 子どもたちがいなくなったタイミングで、問いかけてみる。彼は「んー」と考え、


「『パンドラの散解』の後、ここに一回集まっただろ? そん時にまあまあ仲良くなって、んで時々ここに来て遊んでやったりとかしてたら自然とな」


 ああ、なるほどと頷く。

 彼はあの事件の中で少なからぬ活躍を果たし、同時に事情を知る者として散解(、、)後に集められた一人だが、言われてみれば誰かと話しているところを何度か見た気がする。

 全てを話すと長くなるので割愛するとしても、こうも馴染んでいるともはや感心ものである。元々秋吉はコミュケーションを円滑に進めるのが得意ではあるが、


「大したもんだな、相変わらず。恋愛しかり交友関係しかり」


「いや、それ言ったらお前の方がすげえからな? もう下手な芸能人どころか、歴史に名を残すレベルなんだし」


「……俺は歴史よりも、芽空たちに恥を残さないかが心配だよ」


 苦笑い。実際知名度があるというのは怖いもので、大事な時であればあるほどミスが痕として残ることになるのだ。


「あー、わり。プレッシャーになったか。まあ緊張するのも無理ねえけどさ、もっと喜んだりしようぜ?」


「ミスすることをか?」


「そっちじゃねえよ。功績とかさ、色々あるだろお前」


 軽口を混じらせ、笑い合う。

 そこにあるのは人間と『獣人』、あるいは一般人と彼の言うところの「歴史に名を残す立場の者」ではない。

 同い年の、高校に入って一番最初に仲良くなった友達。ただそれだけの仲だ。


 だからこそ、気兼ねなく接することができるのだろうと奏太は思う。


「……にしても」


 ふと、彼は感慨深げな顔になって奏太を見つめた。


もう明日(、、)……か。意外と日が経つのは早いっつーかさ、本当にお前、変わったよ」


「変わった?」


 首を傾げる。


「おう。前よりちゃんと生きてる、って感じだ」


 前が死んでいたかのような言い方だが…………いや。

 奏太が知らないだけで、彼や蓮からはそんな風に映っていたのかもしれない。


 持つべき記憶を持たず、他人に合わせるだけだった自分。

 蓮やラインヴァントの皆と出会い、波乱の日々を過ごしてここまで来たけれど。

 いずれもひたすらに迷って悩んで助けられて、進んで来た道。

 選んで来たもの。失ったものも得たものも、多くあった。


 その果てにたどり着いたのは、一つの終わりだ。


 ——奏太は明日、『ノア計画』実行の瞬間に藤咲華の演説に立ち会う。

 人々が地上という場所から離れ、海へと住処を変えるその時に。歴史に一つの災害として残される『獣人』として、言葉を残すために。


 そしてあるいは、約束された死へ向かうために。


 だからこのパーティーは明日出席する奏太や芽空、ヨーハンを応援してくれるものでもあり、奏太にとっては恐らく、別れとなるもの。


 望んでいるわけではないけれど。受け入れるわけではないけれど。

 今、奏太にできるのは、そんな明日が来る前に皆と言葉を交わしておくことだけ。

 この一瞬に帰って来たいと、生きていたいと、強く思えるように。

 だから、


「変わったかどうかはわからないけどさ。俺なりに頑張って来るよ。……秋吉、これからもラインヴァントのみんなをよろしくな」


 秋吉は「なんだよ改まって」と笑い、しかし拳を軽く奏太の胸にぶつけて、


「頑張ってこい、奏太。美水にかっこいいとこ、見せてやれよ?」


「——っ」


 一瞬、言葉が詰まった。

 そうか、彼は奏太にとって友達で、先生でもあった。

 恋愛でわからないところがあれば彼に聞き、アドバイスをもらい、デートの計画も、彼は。


「……ああ。ちゃんと、一人前の男として行ってくるよ」


 だから奏太の返答は卒業であり、感謝の言葉。

 その返答を聞き、彼は満足したのかぱっと手を離すと、ひらひらと手を振ってどこかへ行ってしまった。


 ……きっと。彼ならば、大丈夫だろう。


「頼むぜ、秋吉」


 口の中で小さく、呟く。

 先ほどの光景を見れて良かったと、そう思う。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 会場の中にはたくさん食べるものがある。

 それは先述した、ラインヴァントの皆が作ったものもあるし、使用人たちが用意してくれたものまで。

 理由としては至って簡単、人数が多くて食べ盛りの子どもたちだから。


 パーティーだしあまりお腹を膨らませない方が良いだとか、優雅にエレガントに……なんていう大人な雰囲気も、今回に限って言えば当てはまらない。

 だから奏太を含め、皆が自由に食べ物をお皿に取り、いつものように話す。


 そしてそのいつもは、見知った少女たちであっても変わらない。


「——あ、ソウタおにーさん、その唐揚げもらうね!」


「……いや、それって取る前に言うべきじゃないか?」


「それもそーだね!」


 秋吉と別れ、つい先ほどまで絢芽と話していた奏太の元へ来たのは、いつものようにお腹を空かせたユズカ。

 お皿の上に乗っていた唐揚げを丸ごとかっさらわれた上、話そうとしたらスタコラサッサと別の場所へ行ってしまった。いや、まあ前者については別に問題ない。お金持ちはすごいのだ。


 ……繰り返して言うとなんだか悲しくなってくるのだが、ともあれ食事は山ほどあるのだ。

 わざわざ取りに行く手間ができたこと以外に損と言える損はないし、ユズカを含めた後輩たちは皆成長期だ。

 たくさん食べた方が将来のためにもなる——と、


「あ、あのソウタお兄さん。私のでよければなんですけど……」


 そこで気を遣ってくれたのだろう、ユキナがおずおずと皿を差し出してくる。


 こちらが薄青のドレスなのに対し、姉は薄緑。姉妹揃って淡い色合い、というのは意外なチョイスなのだが、使用人かあるいは絢芽がチョイスしたからなのだろうか。

 しかしそれにしても、それぞれ違いが出つつ……ではなく。


「えっと、そりゃ唐揚げは好きだけど、別に今食べなきゃ死ぬってわけじゃないぞ。そもそもそれはユキナのだしさ、俺に渡さなくても……」


 ユキナは首を振り、


「いつもお姉ちゃんが迷惑とかかけてますし、それにその…………あ」


 何かに気がついたのだろうか、ユキナは唐揚げと自身のフォーク、それから奏太を順番に見つめて行って、顔を真っ赤にし出した。


「ご、ごめんなさい! 私が触ったのじゃ、えっと、その、い、いい嫌ですよね。ごめんなさい!」


 文頭と文末で謝られた。

 つまり間接キスがどうこう、と言いたいのだろうか。

 さすがにそれを意識すれば、奏太も思うところがないわけではないのだが……さすがに年上の自分が動揺した顔を見せるわけにもいかないので、頰をぽりぽりとかいて誤魔化す。そして、


「別に嫌ってわけじゃないぞ。ユキナにはしっかり育って欲しいから遠慮したんだ。……でも、くれるって言うなら、ありがたくもらおうかな」


「…………あ」


 据え膳食わぬはなんとやら。少し違う気がしないでもないが、ユキナの皿に乗った唐揚げをひょい、ともらって口に運ぶ。


 丁寧な二度揚げ、だけじゃないなこれは。下味段階で工夫を凝らしているのだろうか、時間が経った今でも衣はさっくり、中はしっとり——端的に言って、


「うん、美味しいな。ありがとうユキナ。俺に貴重な一個をくれて」


「……は、はい! それなら……えっとっ、良かったです!」


 奏太がにっと微笑みかけると、戸惑いながらも全力で返事を返してくれるユキナ。


 ……本当に良い子だな、と奏太は思う。


 行動だけ見れば、ただ姉の尻拭いをしただけのように見えても。

 本質的に彼女は、誰かの心の動きを自分なりに捉え、迷いながらも気遣いができる少女だ。そしてそれは多分、誰にでもできることではない。

 時と場合によってはお節介と取られるのかもしれないが、それが自然とできる心根の優しさは間違いなく、ユキナの良いところだろう、と。


 しかし、ならばユズカのつまみ食いは悪いところなのか、と言われればそんなことはない。よく食べるのは彼女の良いところだと思うし、そうでなくとも、姉としてずっと一人で妹を守ってきた彼女だ。

 何にもない、ただそれだけの幸せを噛みしめることこそが、これから先の姉妹には必要なのだとも奏太は思うから。


「…………あの、ソウタお兄さん。どうかしましたか?」


 と、無意識のうちに思考が明後日の方向へ行ってしまっていたらしい。ユキナの言葉にはっとなり、改めて彼女を見つめる。

 一瞬迷い、


「なあ、ユキナ」


「は、はい」


 きょとん、と屈託のない空色の瞳。


 しっかりと言葉を選んでから、視線を合わせるよう少ししゃがんで、


「——一つ、俺と約束をしよう」


「約束……ですか?」


 「ああ」と頷き、


「ユキナは優しい子だ。だから多分これから先、近くで傷ついてる人がいたら、真っ先に心を痛めるんじゃないかって思う」


 それはほんの一週間先か、あるいは一ヶ月、数年後か。いつであっても。


「もしその時、ユキナがその子を助けたいって思うなら、自分の心に正直に従ってくれ。側にいて、支えてくれる。それだけでその子は救われるはずだから」


「え、と。ソウタお兄さん、それはどういう……」


 目をパチクリとしたユキナ。

 まあ確かに、こんなことを突然言われたら、誰だって驚くだろうと思う。けれど間違いなく、今この機会を逃したら奏太は伝えられない。

 そう思うから、伝える。


「ユキナも俺も、周りにはたくさんの人がいる。助けてくれって、そう一言言っただけで何も聞かずに助けてくれる、そんな人たちが。だからユキナもふらふら道に迷って、色々と間違えそうな危なっかしい子がいたらさ、そのことを教えてやって欲しいんだ」



 彼女はこれを、どう受け取るのだろう。

 いきなり物思いにふけってどうしたのだろう、とか。あるいは、明日のこと(、、、、、)で緊張しているのだろうか、とか。


 奏太が口にした通り、彼女は優しい子だ。

 きっと、好意的に受け止めてくれるのだろうと思う。

 そんな優しさに甘えるのはなんというか、…………卑怯、なのかもしれない。


 口にしたことは決して嘘じゃない、心からの本心ではあるけれど。




 ——なんて。いつまでも暗い顔をしていたら、心配をかけるかもしれない。

 ゆえに奏太はユキナが言葉を選んでいる間に、呼吸を整える。


 だってこれは。

 『ユニコーン』としてラインヴァントに所属していた、三日月奏太が残しておくべき大切なことだから。



 しばらくして、ユキナは不安げな表情で口を開いた。


「……あの、ソウタお兄さん。一つだけ聞いても良いですか?」


「ん、なんでも聞いてくれ」


 奏太は甘えている立場だ。よっぽどのものでない限り、全て答えようと頷く。

 彼女は一度躊躇い、しかし意を決して、


「————どうしてそれを私に言ってくれたんですか?」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「勘違いだったらその、恥ずかしいですけど。多分ソウタお兄さんは、これをみんなに言ってるわけじゃない、ですよね?」


 ……頷く。


「じゃあ、どうして私に?」


 どうして、か。

 少し考えて、言葉を整理する。

 奏太とユキナがどういう関係性であるのか。どうして奏太は、彼女にそんなことを任せるのか。

 その第一声は、


「……ごめん。さっき約束って言ったけど、これは俺のワガママなんだと思う」


 謝罪。いくら彼女が優しいと言っても、幻滅されることも覚悟で続ける。


「ユキナは今、自分のやりたいことを見つけてる最中だ。だからさっきのワガママは、そのたくさんの可能性を狭めてる、ってことになるんだけど……」


 彼女は黙ってこちらを見つめる。

 その瞳に宿るのは次の言葉の催促か、あるいは戸惑いか。いずれにしても、先輩としてはあまり良い姿ではない。

 しかし、


「——それでも俺がユキナに頼むのは、ユキナが俺と同じ、大切な誰かを失う痛みを知ってるからだ」


 彼女は大きく瞬き。

 そう、今しがた察したであろう、蓮のこと。


「そういう意味じゃ、俺とユキナはかなり似てるんだと思う。なかなか一人でやっていける自信がなくて、周りの人たちに助けられて、ようやく立ち上がれて……」


 「そんなこと!」と、慌てて否定しようとするユキナ。しかしその言葉は音にならない。

 多分きっと、奏太がそんな人物ではないと、否定してくれようとしたのだろう。だから奏太は小さく「……ありがとな」と呟く。視線を落として、


「弱さはあるよ、誰にだって。だから蓮やみんなに助けられて、俺はようやく立ち上がれるようになった。ユキナも、自分の道を見つけようって前を向けた」


 だから、二人は似ている。


「——でも、俺とユキナは違う。俺はみんなを守りたいって走って来たけどさ、ユキナは好きな道を歩んでいいんだ」


 それはたとえば、嘘と理不尽を嫌い、誰かのために心から幸せを願える者のように。

 それから、自身を磨き続けてみるのも良いかもしれない。誰かを守るために、あるいは自身の生まれ持った美をより輝かせるために。


 他にもたくさん、ひょっとすると今の奏太には想像もつかないようなものもあるかもしれない。

 いずれにしてもそれらは、可能性。彼女がこれから歩んで行く未来。

 本来、誰かに決められて進むべきものではない自由なもの。


「だけどもし。もし、少しだけその時間をくれるのなら、頼む。困ってる誰かがいたら助けてやって欲しいんだ。ユキナが必要だって思った時でいいから」


 ……少し、最初に言った言葉とずれている気がするけれど。

 それが紛れもない、奏太の本心で願い。


 対してユキナは——口を開いたまま、ぼうっとしていた。


「えっと、どうした?」


「……あ。え、ええっとですね」


 ハッとなった彼女は、考えを整えるように軽く咳払い。続けて、


その約束(、、、、)、引き受けました!」


 こくこく、と意気込むように大きく頷く。って、いやいやいや。


「あのな、さっきも言ったけどこれは俺のワガママだから、約束なんて言葉は全然……」


「——私、嬉しいんです」


 言葉を遮られ、顔を上げる。


 すると彼女は自身の胸の内にあるものを確かめるように、あるいは抱きとめるように。胸に手を当て、微笑んでいた。


「ソウタお兄さんたちが真面目な話をする時、私たちはいつも外される。それはずっと前からです。ラインヴァントに来てから、ついこの前までも。……ソウタお兄さんは個人的なことでも、私には話してくれないですし、レンお姉さんのことも」


 「ああ、でも」彼女は慌てて手を振って、


「それは全部、巻き込まないように、ってソウタお兄さんたちが気を遣ってくれてたからなんですよね?」


 それは、そうだ。

 蓮のことから始まり、最初からずっと奏太は、奏太たちは、ユキナを巻き込まないようにしてきた。

 力がないから、ではない。

 彼女は争いごとなんかからは程遠い、優しい少女。だから傷つけないようにして、巻き込んじゃいけないと奏太たちは。


 ——一歩。

 ユキナがこちらに近づいてきて、じっとこちらを見上げた。


「……ソウタお兄さん。もう質問が一つだけじゃなくなっちゃったんですけど、聞いても、いいですか?」


「ああ。俺に答えられることなら」


 彼女は一度、大きく深呼吸。

 ほんの一瞬視線を落とし、それからこちらの瞳を見つめて、


「————今日の私は、ソウタお兄さんにとってどう見えますか?」


 えっと、それはどういう。

 ……いや。


 聞かなくても、わかる。


 一度顔を見つめて、今度は足の先から順に上へと視線を動かしていき、最後に空色の瞳。

 彼女自身少食ということもあり、やや細身ではあるけれど、それは決してスタイルが悪いというわけではない。何も知らない小さな子どもではなく、今はもう、立派な一人の少女に変わりつつある。


 蜜柑色の髪に、空色の瞳。そんな綺麗な色合いに映える、薄青のドレス。あまりこう言った言葉は口にしたことがないので、緊張が登ってくるが、


「……可愛いと、思う。よく似合ってるよ」


「……ぁ。そう、ですか」


 言った奏太も、問いかけたユキナも、お互いが顔を赤くして視線を右往左往。

 今までそういう対象として考えていなかったせいか、妙な気分だ。むろん、だからと言って惚れるなんてことはそう簡単には起きないのだけど。


 しかし、あるいはだからこそ。

 ユキナは言った。


「——ソウタお兄さん。私は好きな人に頼ってもらえる。それが何より嬉しいんです」


「…………ユキナ」


 瞬間、「多分」が、「ひょっとすると」が、確信に変わる。

 先ほどの質問の時点で、薄々わかっていたのだ。

 いや、あるいは。ずっと前から気持ちは向けられていたのに、




 蓮のこともあって、奏太は恋愛ごとに恐れを感じていた。無意識のうちに、目を背けていたから確信に至れなかったのだ。

 最低だと思う。もっと早くに気づけていたら、もっとやれたこともあったはずなのだ。向き合えたものもたくさんあって。



 でも、奏太は。

 それでも彼女の気持ちに、


「——返事はいりません」


 「応えられない」。

 そう口にすることを、止められる。

 他でもないユキナがそれを選んだのだ。


「いつか。蓮お姉さんよりも素敵な女性になってから、憧れの奏太さん(、、、、)を振り向かせますから。返事はその時、もらいます」


 そう言って、ユキナは満面の笑みを作る。

 奏太が何かを口にする前にぺこりとお辞儀、走りだし、



「——ユキナ!」


 ダメだ。

 このまま行かせてはいけない。

 奏太はその心に従い、彼女の手を掴んだ。


「…………えっと」


 何を口にするべきか。

 それはもう、わかっているはず。


 だから、


「ユキナ。俺を好きになってくれて、ありがとう。気持ちはすごく嬉しい」


「そ、ソウタお兄さ……」


 彼女は俯き、振り返ろうとしない。

 その理由も、わかっている。


「でも、一つだけ訂正。——もう(、、)憧れじゃないよ、俺は」


 言葉を告げることを、迷わない。


「告白してくれて、嬉しかった。だからもう、ユキナにとって俺はいつかの恋なんかじゃない。憧れの存在なんかじゃない。ユキナは同じ立場の男女で、蓮とは違う女の子だ」



 ——奏太とユキナは似ている。

 同じ少女に憧れ、同じ道を進もうとして、途中で自分という存在に気がついた。

 だからこそ、奏太はユキナに伝えなくてはいけないと、そう思った。


 秋吉ほど、恋愛ごとに慣れているわけではないけれど。

 人と自分は違う。

 心に居座る場所に以上も以下もないと、そう思うから。


「…………ソウタお兄さん」


「どうした、ユキナ」


 そしてもし、また彼女に想いを告げられることがあったのなら、その時は。


「明日、頑張ってくださいね。私、応援してますから」


 涙を流しながらも、頑張って笑顔を作ろうとするユキナ。

 彼女の想いに、言葉を。



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