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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第四章 『崩落の世界』
160/201

第四章10 『改変者:透世』



「…………」


 無言の警戒。

 それは時として、言葉を発するよりも強力な効果を発揮することがある。普段は口数の多いやつが急に無口になると、一体何事かと周りが動揺して——というパターンもあれば、そもそも普段から口数が少ない場合もある。

 こちらはこちらで、周りは既に慣れ切っているので、些細な動きから事情を察しようとしたり。


 しかしそれらはなにも、特別な技術を必要とするわけではない。

 あくまでコミュニケーションの延長線上、相手を理解しようとする思考からくる、感情の読み取りだ。

 だから普段から知っている、という条件付きではあるが、敵意や殺意の類でなくとも、あるいは気配でなくとも、注意していれば誰でも感じ取れる。

 目の前の少女の様子がいつもと違う——と。



「……奏太さん、それは、どこで聞いたの?」


 やはり来たか、と奏太は内心笑みを浮かべる。

 否定するでもなく、情報源を確かめにくるあたりは警戒そのままということか。

 返ってくるであろう言葉は既に芽空と予想済みで、彼女が返したのはその一つ。ならばあとは、狙い通りに進めていくのみだ。


「えっと————前に蓮が話してくれたことがあるんだ。ついこの前まで忘れてたんだけど……」


「——。思い出すきっかけが、あったの?」


「そうなるな。そのきっかけと関連性があるんじゃないか、って感じで。あ、でも確信があるわけじゃなくて、もしかして程度だから、違うなら違うって言ってくれると助かる」


 さて、改めて確認すると、だ。

 奏太の弱点は未だに嘘が下手だということ。それが重要なものであればあるほど緊張が高まり、本音が表情に出やすくなる。

 今まではそれで困ることがなかった、とは言わないが、なんとかなってきた。

 だが、駆け引きが必要になる相手の場合、特に下手な動きは極力抑えたいこの状況では、色々とまずい。


 ゆえにそこで考えたのが、『部分的に事実を述べる』という方法。

 先の発言を例にすれば、『嘘を見抜く能力』に関して、蓮本人から聞いたのは確かだが、一から百まで全部を聞いたわけではない。

 あくまで少しだけであって、残りは後に梨佳から教えてもらったのだから。


 といった、少ないやり取りの、意識すれば誰でもできる小細工ではあるが、今の奏太には絶対に必要なものだと言えよう。

 ——ただ、かの魔女(、、)がよく使っている手を自分が使う、というのは正直あまり気分が良いものではないし、そもそもそれを仲間に向けて使うこと自体抵抗がある。


 しかし、仕方のないこと。

 全てを晴らせば、こんな心苦しいことからは解放される。付き合ってくれる芽空には感謝を、希美には謝罪を。全ては皆のためにと息を吸って、


「……梨佳から、『獣人』とは違う変わった能力——超能力みたいなのを使えるやつがいる、って聞いたことがあるんだ。正直疑い半分だったんだけど、そういえば蓮のやつがそれに近いかもだし、もしかしたらと思って」


 改変者(、、、)という言葉や、いつ聞いたかはあえて述べず。

 そしてさらに、ここからフェイクを入れる。


「極め付けはつい最近。希美も知ってる通り、最近俺たちはHMAと話す機会が増えてたりするんだけど、そこで聞いたんだ。……その超能力者(、、、、)たちを探してる、って」


「『獣人』ならともかく、超能力者(、、、、)なんてそうそういない気がするけどねー。そもそも、非現実的だから信じ難いって部分もあるし」


 すらすらと否定的な意見を述べるあたり、頼もしいというかなんというか。いや、彼女の場合本音の可能性もあるか。

 ともかく、そんなことを目の前で言われたら、当然抱くべき疑問は、


「……奏太さんたちは、HMAに、協力するの?」


 正確にはHMAが探している、というより、ソウゴ個人なのだが、上手く誘導に成功。


「俺たち——というか、『獣人』はHMAを信用してない。それは今も変わらないし、もし超能力者(、、、、)が本当にいて、捕まえられたら何されるかわかったもんじゃないだろ? だから」


「できるなら保護をしたい、っていうのが今のところの希望かなー」


「……保護」


 こうやって、あくまで奏太たちは(、、、、、、、、、)改変者(、、、)と敵対する(、、、、、)意思がない(、、、、、)のだと示すことで、希美が改変者(、、、)と関わっていた場合の、ある程度の危険は排除できる。

 好きな人の妹を騙している、と考えると苦い感情が込み上げてくるので、カフェオレ缶を飲むことで誤魔化しつつ。


「そのために、まずは蓮の力のことを調べようと思って。希美が何か知ってたら、私たちに教えて欲しいんだけど」


 そうして、最後に芽空が問うことで、最初の話題に戻ってくる。

 これに対し希美は、無言の警戒を緩めたかと思えば、


「わかった。私が知ってること、奏太さんたちに話す」


「え、ほんとに?」


 意外にもすんなりと、頷く。


「姉さんより詳しくはないけど」


 いや、蓮が情報を掴んでいたかと言われればそんなことはなく、恐らくは同じくらいだと思うのだが……というのはともかく。

 良かった、嘘をついている感じはしないし、警戒も——、



 腰を横から指がつついた。


「——? どうしたの?」


「ああ、いや。……ちょっと別件(、、)が頭をちらついただけだ」


 視線は向けずに、意識だけを芽空に向ける。

 今のは恐らく、彼女なりの何かのサインだと思われるが、タイミングを考えると「油断してはいけない。まだ少し警戒が残っている」……といったところか。


 ——普段は無口無表情無感情と、蓮とは対照的な希美。

 彼女が無言の警戒を見せたことに奏太は気がついていたわけだが、それが隠れ蓑となって、さらに小さな変化に気づけなかった、と。

 強い効果の弊害だ。


 むろんそれだけで奏太は希美が敵、と判断するわけではないし、むしろ警戒が残っていても不思議ではないと納得できる。だが、もし芽空がいなかったら、奏太は間違いなくそれを見逃してしまっていたはずだ。

 あとで改めてお礼を言わなければな、と内心思いつつ、希美の話に意識を戻す。


「奏太さんが言ってた、超能力だけど。私たちは、それを使う人を、改変者(、、、)って、呼んでた」


 改変者(、、、)という名称については当たり前だが、共通らしい。

 しかし問題は次だ。


「だから姉さんは、改変者(、、、)。その力は、『嘘を見抜く能力』で、味でわかる、って姉さんは言ってた。悪意があったら苦くて、その逆は、甘いとか」


「なるほど。俺からしたら、喉から手が出るほど欲しい能力だけど…………蓮がそうだったってことは、希美もそう(、、)なのか?」


「————」


 注意して観察してみるが、今度は表情や態度に変化がない。

 姉のことならば感情的になるが、それ以外のことはほぼ無関心に近い。普段からそんなあり方の彼女だが、そんな彼女だからこそ、厄介だ。

 芽空が反応しない限りは、発していることを真実と捉えるしかないわけだが、はたして。


「私は、姉さんとは違う」


「————」


「それに、さっきも言ったけど、姉さんほど、改変者(、、、)について、知ってるわけじゃないから、知ってることだけ、話す」


 反応は、……ない。

 希美は指折り数えて、


改変者(、、、)は、何人かいることと、先天的じゃなくて、後天的に能力を、得てること。名前の通り、現実を改変するから、よっぽどの結果じゃなかったら、見極める手段がないこと。あとは…………」


 彼女の否定に言葉が出ず、唖然としていた奏太だが、あまりの早口にはっとなる。


「いや、待て待て。話してくれるのは嬉しいけど、説明が早い」


 芽空も同様の驚きがあったのだろう、横で軽く気を整えている。

 このままでは問わなければならない部分も流されそうだったので、確認しておくとしよう。


 希美は改変者(、、、)ではないと否定したし、事実かどうかはあとで芽空と話し合うとしても……ええと、どこからだ。


 そう、後天的に得ている、という点。


「その能力っていうのは、『獣人』が『トランス』に目覚めるのと同じような感じなのか? 強い感情を抱いたら、みたいな」


 最近の例で言えば、アヤメ。彼女は『パンドラの散解』中に目覚め、その後再び発動するようになったので、葵に相談……という流れらしいのだが。

 しかし超能力というと先天的なイメージがあったのだが、実際にあるかはともかくアレとは別物なのだろうか。疑問を持つ奏太に希美は、


カミサマ(、、、、)にもらった」


 瞬き。


「…………は?」


カミサマ(、、、、)にもらった」


 いや、大丈夫だ。聞き逃しとかではなく、ちゃんと聞いていたから聞き返している。

 その結論として、一言。

 彼女は何を言っているのだろうか。


「えっと……そのカミサマ(、、、、)っていう人? が蓮に配布した、ってこと?」


「うん」


 なんとか芽空が聞いてくれているが、真顔で頷かれると、シュールなギャグにしか見えない。……しかしどうやら、ギャグでもなんでもなく、本当のことらしく。


カミサマ(、、、、)は、一部の人しか、見えないけど、契約したら、その人が望む、能力を得られる」


「じゃあつまり、それが蓮の場合は『嘘を見抜く能力』だった、ってことか?」


「うん。……あ、姉さんは、その能力のこと——『透世(とうせい)』って呼んでた」


 ————『透世』。


 なるほど。にわかには信じ難い話だが、希美の瞳は真剣だし、ひとまずは信じてみることとしよう。

 宗教的なものかはともかく、特殊な存在が蓮と契約して力を——『嘘を見抜く能力』改め、『透世』を与えたと。やっぱり胡散臭い話にしか聞こえないが。


 とはいえ、奏太と同じロマン好きなヨーハンならきっと、好反応を見せてくれそうな話である。シャルロッテは鼻で笑って「馬鹿馬鹿しい」と切り捨てそうだが。


カミサマ(、、、、)改変者(、、、)なの? 希美の話が確かなら、複数の人にそんな能力を与えてる人ってことになるけど……」


 なるほど、そういう可能性があるか。

 超能力を誰かに与える、という時点でもはや人間を超えた存在か何かのようだが、


「それは、知らない」


 希美はこれに首を振る。

 まあ、だとしても特に落胆などはない。奏太も芽空も、厄介なものをばら撒いてくれた張本人よりも、その力を悪用している輩の方に用があるのだ。




 ——いや?


「そうだ。それなら!」


 思考に舞い降りた名案に、思わず立ち上がってガッツポーズ。


 そう。カミサマ(、、、、)とやらがばら撒いたというのなら、契約した結果だというのなら、


カミサマ(、、、、)と接触できれば、誰が改変者(、、、)なのかわかる。そうしたら…………!」


 希美と芽空、それぞれにキラキラした目を向ける。

 思わぬところで相当な進展である。


「なるほど、確かにそれなら突き止められるね」


 芽空は「でも」と繋ぎ、


「希美は一部の人しか見えない、って言ったけど、それはどうするの?」


「…………。どうしような」


 名案どころか一瞬で没案である。

 話の内容から考えて、蓮には見えても希美には見えないということだろうし。いやしかし、と一縷の望みにかけて視線を斜め下に向けてみるが、


「…………」


 無言で首を振られた。肩を落とし、ため息を漏らしつつ着席。

 芽空に「次があるよ」と励まされている自分が情けない。せっかく名案だと思ったのに……などと、側から見たらただの茶番にしか見えないやりとりの途中で、希美は呟く。


「……奏太さんは、そんなに、改変者(、、、)を助けたいの? 関係ない人なのに」


「——。関係あるよ。蓮がそうだったっていうなら、なおさら。……それに」


 奏太は思うのだ。

 梨佳やオダマキを襲い、奏太を今も狙っているであろう者もいるが、改変者(、、、)全てが悪人というわけではない。

 悪用という結果からそうなっているだけであって、別の選択肢だってちゃんとあったはずだ。たとえば、人間と『獣人』の幸せを願って動いたり。たとえば、世界を終わりから救ったり。


 だから、希美に話した、HMAが改変者(、、、)を狙っている、というのが嘘であっても、罪のない者ならば助けたい、という部分はまぎれもない奏太の本心。

 アザミやアイから言わせれば、甘さでしかないのだろうけれど。


「それで。話の続き、だけど」


「ああ、ごめん。他に知ってることも、教えてくれるか?」


 希美は頷き、少し考える。

 尊敬する姉の言っていたこととはいえ、既に半年か、下手すれば一年以上も前の話だ。思い出すのも一苦労だろう、と待っていると、


「…………確か、改変者(、、、)の数は、もう数人しかいない、って言ってた」


「つまり、昔はたくさんいたってことかな。『獣人』みたいに、HMAが数を減らしたわけじゃなさそうだけど……」


 カミサマ(、、、、)とやらが見えるのは一部の者だけ、と言っていたが、条件はともあれ、その適合者ともいうべき存在が少なくなってきたのだろうか。あるいは、配布する数にも限度があるとか。


 ……しかしまあ、それならかえって好都合だ。


 探し出すのが大変なのは変わらないが、最悪の場合組織規模を相手にすることになるかも、と考えていたので、かなり気が楽になる。

 さすがに全員が全員『トレス・ロストロ』やアザミのような強さを持っているとは思えないし、能力にさえ気を付けてお、





「——二人とも、静かに」



 ひり、と肌を刺すような、独特の感覚。

 全神経を尖らせ、頭の中のスイッチを一気に切り替えて、視線を一方向に。


 ……誰かがこちらを見ている。

 遠距離かつ暗闇でよく見えないが、間違いない。これは敵意だ。

 数は一人。男か女か、実力者かそうでないかまでは判断がつかない。


 視線はそのまま固定。こちらから仕掛けるべきか、数秒の時を経て、


「…………行ったか」


 動こうとした、その瞬間。

 こちらの反応に気づいたのだろう、人影が闇の中に消えた。

 されど警戒はしておくべきだろう、と緊張は緩めず、いつでも動ける準備をしながら、


「——希美。さっき頑張って思い出してた、ってことは、改変者(、、、)の情報は大体話尽くしたってことでいいんだよな?」


「……うん。それより奏太さん、今のは」


「なら、今日は」


 言葉を途中で遮って、二人に言う。

 息を吐き出しながら。

 複雑な思いで、表情を固くしながら。


「今日の話は、これで終わりにしよう。あんまり遅い時間に外を出歩いてると、不審者(、、、)に遭遇しかねないし、さ」



 ……奏太は思う。


 ソウゴはHMA『トレス・ロストロ』の一人。幹部が相当の実力を持っていることはかの事件でも明らかになっている。

 古里芽空はルクセン家当主ヨーハンの妹であり、『獣人』。奏太と同じく今では有名人なので、誰でも一目置き、同時にその実力を警戒する。

 唯一、美水希美だけは調べがついていない可能性があるが、だとしても、『獣人』と仲良く話す少女がそこらの一般人だと思う方が難しく、いっそ芽空と同じ純度の警戒を向けた方が良いくらいだ。


 実情がどうであるか、ではない。

 第三者から見た時、評価はそうなるはず……いや、そうなるべきなのだ。

 しかし、だというのに、敵は奏太が誰かと(、、、、、、)いる時だけ現れる(、、、、、、、、)


 それがよっぽどの馬鹿だからなのか、あるいは自信の表れからくるものなのかはわからない。

 だがただ一つ、これだけはわかる。


 相手は奏太にメッセージを送ってきているのだ。行動で、その敵意で。

 改変者(、、、)について詮索すると、周りの者たちを狙う……ではない。むしろ、誰を頼ろうとも関係ない。自分が狙っているのは、最初から三日月奏太、お前だけだ——と。



 なら、上等だ。

 奏太は自身の実力に絶対の自信を持っているわけではないが、周りの者たちのことは強くて頼りになると常々思っている。

 だから、そんな者たちの力を借りて挑んでみせよう。


 三日月奏太の命も、世界も。

 それから『施設』も。全てを乗り越えて明らかにする。

 終わりなんて、絶対に迎えさせない。

 だって、奏太は。


 世界を幸せにするのだと、ずっと前に誓ったのだから。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「…………はあぁ」


 ぼすん、とベッドに頭から突っ込んで、ピタリと静止。

 頭を空っぽにするように、しばらくそのままじっとして、


「……疲れた」


 息苦しくなってきたところで体をごろんと回転、天井を見上げる。


 元々普段とは違う意味で、忙しい一日になるだろう、とは思っていた。

 思っていたけれど、色々ありすぎてもう、なんというか、疲れた。


 知りたいことは知れて、特に欲しい情報には徐々に近づきつつある。荒事が起きなければ、とりあえずは時間の問題だろうけれど、それでも。

 そんな奏太に、


「お疲れ様、そーた」


「ん。……って、うぉ」


 見慣れたネグリジェ姿の芽空。

 その姿が視界に入ったかと思えば、同方向から何かずっしり——いや。もふりとした何かが飛んでくる。

 ああ、これクッションだ。


「一日の間に色々あって疲れたけどー、ご飯も食べて、浅漬けも食べて、お風呂にも入った。だからあとはもう、寝るだけだよー」


「まあ、そうなんだけどな……」


 言葉の最中にも、クッションは追加で飛んでくる。一つ一つを受け止め、受け止め、受け、……あ、これ無理だ。

 理解とともに圧倒的な物量に耐えられなくなり、体がクッションの山に埋もれる。世界が真っ暗だ。

 しかし疲れからか、抵抗する気が出てこず、体を放り出したまま話す。


「そういえば、結構前に考えたことあるな。クッションの山に埋もれたら最高なんじゃ、って。全身が柔らかさに包まれて、心地良くなるんじゃないかってさ」


「夢が叶ったね、そーた」


「……実情は、腕より下はともかく、上は重さしかないけどな」


 当然ながら芽空の姿は見えず、既に声だけしか聞こえない。そんな世界の中で、奏太はぼんやりと。


「…………あのまま、希美を帰して良かったのかな」



 一応、あの後止めはしたのだ。

 今日はヨーハン邸に泊まっていかないか、と。


 梨佳とオダマキを襲った犯人が改変者(、、、)であることと、その改変者(、、、)がどういった相手であるのか、奏太から話した相手は数が限られている。

 それは極力巻き込みたくない、という思いからきていたものであったが、気を入れ替えた後でも希美には話さなかったのだ。

 奏太は既にほとんど彼女のことを信じ切っているのだが、芽空が念には念を、と下手に事情を話すことを止めたから。


 ゆえに、改変者(、、、)が奏太を狙っている、という点については話せず、けれど希美は希美なりに何かを察したようで、


「——私なら、大丈夫。もしもの時は、梨佳さんからもらった、武器が、あるから」


 奏太はまた『獣人』か何か、あるいは他の問題と衝突しているのだろう——と予想をつけたらしく、そう言って彼女は断った。

 それが、つい数時間前の出来事。



「でも、そーたにだけ向けられた敵意、っていうのが正しいなら、希美は大丈夫だと思うよー」


「まあもし戦いになっても、希美なら負けることはそうそうないだろうけど……」


 恐らく敵襲を警戒し、自分の部屋周りにトラップを仕掛けておく。そうすることで彼女は身を守るだろうし、突破されてもある程度は対処できるはずだが……それでもやっぱり心配は尽きないというのが奏太の心境。


 ——まあ、そもそも。

 希美が改変者(、、、)であるならば、敵味方に関わらず、なおさらやられることはないのだが。


「…………ああ、もう。早く終わりにしたいな。こうやって疑うのは」


 クッションの山の中で、頭の痛さに深く息を吐く。


 信頼してる者たちの中に改変者(、、、)がいるのではないか。敵か味方か、数人のうち何人が徒党を組んでいるのか。どんな能力で、どうやって。


 そうやってずっと考えているのは、正直きつい。

 騙したり、騙されたり。傷つけ、傷つけられ、精神が摩耗していくのが。

 それから特に、罪悪感。皆の幸せを願っている立場としては、彼女を疑うことがあまりに苦しく、押し潰されそうになる。


「……そーた、大丈夫?」


 暗闇の端が崩れ、伸びてくる手。

 まだお風呂の熱が少しだけ残っているのか、ぽかぽかとして温かい。


 ……胸の奥が、人の熱に撫でられて。全てとはいかないけれど、痛みが和らぐ。


「正直結構きつかったけど。芽空のおかげで助かってるよ。今も、今までも」


「そっか、それは良かった」


 視界に映るのは、クッションの山と、横から伸ばされた手だけ。

 けれど、多分。

 隣にいる彼女は、とても嬉しそうに微笑んでいるのだろうなと思う。


 それが、奏太にとっても、嬉しいと思う。


「…………で、いつまで俺この状態なの?」


 最後にツッコミを入れて、山を崩してもらって。


 色々なことがあって、大変だった一日はゆっくりとした平穏に戻る。

 どこまでも、穏やかに。



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