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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章番外編 『空白の青空』
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第三章番外編⑥ 『誰がために空を往く』



 語り終えた葵はひと息吐いて、カップのカフェオレを飲み干す。

 どことなく遠い目で奏太を見つめ、


「それで結局、由来は話してないのか?」


「ええ、まあ。それから引っ越しや護身術の稽古、ユキナに家事を教えたりと色々ありましたし。あと……話すタイミングの難しさもありますね」


「ああ、なんとなく分かる」


 ……彼も含めて、皆のおかげで今があるのだなと、改めて思う。

 それと同時に、


「初対面の時はすみませんでした。奏太さんに対して無礼を働きましたね」


 三日月奏太と邂逅したその日。葵は、ちょうど当時のユズカのような行動をとったなと思い出す。

 一度ブリガンテを倒していたこともあって、やや自分の実力に自信を持ちすぎていたのだ。『纏い』どころか『トランス』すら満足に扱えない奏太がハクアを倒せるのなら、自分もそのぐらい強いのだと。

 警戒とか過信もそうだが、ユキナを危険な目に合わせてしまったことへの八つ当たりも混ぜて。本当に、未熟だった。


「ま、過去は過去のことだろ。というか、あれがなきゃ今の俺もないしな……」


「何を言いますか。奏太さんならボクがいなくとも敵なしでしょう」


「そんなに俺は強くないって。アイもアザミも…………一人(、、)じゃ無理だったしさ」


「奏太さん……」


 首元のネックレスに手をやる彼の目は、葵が見えない何かを見つめている。それは多分、彼の中にいる獣や、過去となった者たち。

 葵とは違うものを彼もまた、背負っているのだ。世間にその身をさらけ出すことも、重荷になっているのは間違いない。


「……って、そんなことよりさ」


 徐々に雰囲気が重くなるのを感じ取ったのだろう。彼は明るい声を出して一本指を立てる。


「俺に提案があるんだ」


「提案、ですか?」


「ああ。というかどのみち必要になることだけど——今度、みんなで娯楽エリアに行かないか? 色々となくなったものもあるしさ」


 なくなったもの。

 彼が指すそれは、今回の事件で失われた諸々のうち、外出するのであれば自ずと必要になる、


「服、ですか。以前いただいたものなどはなんとか無事でしたが、確かに心許ないですね。ボクもそうですが、皆さんも」


「そうそう。芽空に言ったら、お取り寄せするよーとか即答しそうだし。さすがにそこまで世話になるのはなー、と」


「とはいえ非戦闘員の子たちの分も、と考えると頼らざるを得ない部分もありますね」


「…………悲しいな」


 まあ、それは仕方ない話である。

 食生活はともかく、先のことを考えるなら他にもまとまって買い込んでおくのが良いだろうし、いずれはそれを手にこの豪邸を離れる時も来るのだから。


「…………あ、その時に二人きりになってみたらどうだ?」


「——!?」


 突如小声で囁かれたそれに、思わず葵は驚きの声を上げる。

 いや、多分彼なりの気遣いなのだろうとは分かるが、驚きは一つに止まらない。


「二人きりで出かけるってなかなか難しいけどさ、そういう時くらいは行ってこいよ。ユキナはもう大丈夫だから(、、、、、、、、)


 一瞬、そこに誰かの面影を感じた気がした。

 いつもふざけているように見えて、裏では自分たちのために色々と考えてくれる、あのお姉さん(、、、、)。多分彼は、そこまで意識していないのだろうけど。

 しっかりとその想いは、継がれている。


「どうした?」


「いえ、何も」


 ふっと口元を緩め、


「時間と機会があればそうさせていただきます。……計画、練っておいたほうがいいですよね」


「……練ってないとかなりテンパるぞ。あと進展は焦るとダメだ、一つ一つゆっくりと、時には大胆に」


「経験者は語る、ですか」


「ああ。プレゼントとか買ったりもオススメだ」


 二人して、ひそひそと。

 やがてどちらからともなく噴き出し、笑いあう。

 全く、一体何をやっているのだろうか。平和ボケもいいところだ、けれどそれも悪くない、と。



 ひとしきり笑って、息を吐いて。

 落ち着いたところで、真面目な表情になる。


「…………ここ数日、希美さんとジャックさんの姿が見えません。ジャックさんはともかく、希美さんは——」


「アジトとオダマキ。それに梨佳を失ったから…………だよな。学校から帰った後からか?」


「いえ。あの日の夜は確かにいました。ですが、次の日の朝には、もう。……申し訳ありません」


「葵が謝ることじゃないって。でも、このまま放っておくわけにもいかないよな」


「ええ。どうしますか? 奏太さんも忙しい身ですし、ボクが代わりに」


 行きましょうか、と続けようとして、途中で奏太が首を振る。


「俺が行くよ。心当たりはあるし、今夜にでも。そりゃ発表の準備も大事だけど……仲間も大事にできないやつが、世界がどうこうなんて言っちゃダメだしな」


 相変わらずというか、奏太はやっていることの凄さに対して、行動の優先順位がずいぶん偏っている。

 そしてそれがフリや嘘の類ではないことも、表情や声、行動から分かってしまう。それだけとても仲間のことを想っているのだ、彼は。

 けれどそれは同時に、彼が自身の体を大事にしていないのではないか、と葵は思う。


 自ら破滅を望んでいるわけではないだろうし、本人はむしろその逆だろうが、ひどく危うい。

今まではどうにかなってきたといっても、それは今後も絶対のものとは言えない。

 彼のことだからそうそうないだろうが、それこそいつかは壊れてしまう気さえして。


 物心がついてからずっと、一人で妹を守ろうとしていた、あの姉のように。


 それは信頼しているいないの話ではない。むしろ、普段の尊敬とは別に、彼が時折見せる脆さに関して、あまり葵は信用していない。

 感情的になって突っ走るのがその一例だ。もちろん、それが良い方向へ働くこともあるが、全てを肯定的に捉えられるほど、葵は盲目的ではない。


「ちゃんと無理な時は話してくださいね。……どこにいても、指示一つあれば駆けつけますから」


「指示って、俺は命令する側じゃないんだけどな。……でも、ありがとな」


「投げやりになって、というわけではありませんが、別に命令でも構わないんですよ、ボクは。ボクに命令や頼みごとができる相手なんて、そうはいませんし」


 過去を遡れば、何人かはいた。

 口ではあーだこーだと言っても、結局その口車に乗せられて。自分の本心に気付かされて。

 だからこそ思うのだ。自分の心に嘘はつかず、何ができるかよりも何をしたいかを考えたいと。


「何もかもなんて救えなくていい。だから何もかもなんて救わない。できないことは誰かに任せて、ボクはボク自身の望むたった一つのことを貫く。それがボクのあり方で、扱うにはやや難しいかもしれませんが、ね」


 たとえ尊敬している師匠やその恋人、親友たちとは歩幅が合わなくても。同じ空の下で、同じ道を進んでいる。

 だから、焦らなくてもいいのだ。

 自分らしく、自分のやり方で。


「…………葵、変わったな」


「そうですか? ボクは普段通りのつもりですが」


「ほら、前みたいにこのボクが、とか言わなくなったっていうか、言い方悪くなるけど、偉そうじゃなくなったっていうか」


 言われてみれば、確かに。


「あと表情も明るく……じゃないな。隠さなくなったっていうか、演技っぽくないっていうか。なんかさっきから曖昧な言葉ばっかだけど」


「そう、ですか」


「でもそれ言い出すと、芽空やシャルロッテもそうだよな。笑ってることが増えたし」


 彼は気がついているのだろうか。

 楽しそうに動かすその口が、彼自身が、葵を含めた皆を変えてきたのだということを。


 多分、気がついていないのだろうと思う。言っても否定されるだろう。俺はそんなことしてないよ、と。

 それが彼の良いところであって、同時に損な部分なところでもあるのだが。


「ちなみに、フェルソナさんも結構表情豊かになりましたよ」


「いや待て、あの鳥仮面に表情あるのかよ。分かるのかよ。結構ホラーだぞ、それ」


「ああ、失礼しました。感情豊かに、ですね。見た目はともかく、中身は何を考えているかわかったものではありません。たとえば、いつも楽しげにしているとか、ね」


「その楽しげがエトに奪われつつあるけどな……」


「それはそれ。好かれた者の責任です」


 とはいえ。

 奏太がその事実に喜んでいることは変わらない。こうも自分の功績に無自覚だと、もはや怖いとさえ感じるが。


「……さて。そろそろ外の様子でも見に行きましょうか。時間も頃合いでしょうし」


「そうだな。すれ違いになるといけないから、まずは芽空のとこにでも」


 世間話に花を咲かせるのも程々にして、二人は身なりを軽く整える。

 カップを片付け、電気を消し、廊下に出て——、


「あ、そういえばさ」


「どうしました?」


 先を進む足がぴたりと止まり、振り返る。


「希美もそうだけど、ジャックの場所も見当はついてるよ。というか、多分それしかありえないしさ」


「……それは?」


 ありえないとは口で言いつつも、どこか疑問を浮かべているのか微妙な表情をした奏太は、言った。


「————シャルロッテのところだ。ジャックの家の関係で、さ」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 さて。

 シャルロッテ・フォン・フロイセンはそれなりに有名な元貴族である。

 とはいえ元は元なので、もう何十年以上も前に貴族制は廃止されているし、色んな文化と既に意味をなさない国籍が入り混じったこの国日本では、ただの有名企業の一つ。

 上を見上げれば当然いくつもの強大な壁があるわけだが——それは横の繋がりとはまた別ものである。


 たとえば同じ元貴族。

 ヨーハンや芽空のルクセン家は、仕事とは別のところで昔から懇意にしている仲であるし、他の者たちを呼んでパーティーを開くこともあった。

 『獣人』の実情を知っている者もそうだし、いつの間にかルクセン家に居座っていたエト、それから——今回の事件で世間を震わせたブリガンテのリーダー、キングのアザミ。『カルテ・ダ・ジョーコ』が一人、ジャックもまたその中には含まれていた。



「遅かったわね。ヘマはしなかったかしら?」


「ん。元々、ワタシ自身は怪しまれてない。だから、問題ない」


「そう。それなら良かったわ」


 ユキナと別れ、部屋に戻ったシャルロッテ。

 そこへ音もなく入って来たのは、ここ数日姿の見えなかったジャックだ。

 彼女はどの程度理解しているのか不明な部分があるが、元々の家柄上、避けては通れぬ事項もいくつか存在する。ゆえにそれを片付けるため、シャルロッテは事件当日からあれこれと指示を出しておいたのだが、


ワタシがアザミに(、、、、、、、、)協力していたという(、、、、、、、、、)証拠は一切なく(、、、、、、、)ジャックという(、、、、、、、)名前の少女は(、、、、、、)今回の事件で戦死(、、、、、、、、)。そう改ざんしてきた。でも、……これで良かったの?」


「……罪の有無の話をしているのなら、今後のワタクシたちへの協力で不問とするわ。まあ、ラインヴァントは罰すら与えず許すでしょうけれどね」


 甘い考えだ。仮にも敵組織の幹部、それも側近に近い相手の言葉をあっさりと信じるなど。

 確かに敵意はない。保険に自分の前では『トランスキャンセラー』を携帯させているが、戦闘行為に発展する気配すら感じられない。

 だが、だからこそ誰かが落とし前をつけさせなければいけないのだ。


 考えが変わったから、もうあなたたちには敵対しません。

 その一言で賠償一つなくめでたしめでたしなら、人は『大災害』以前に戦争など行っていない。


 ゆえに——罪を犯したのなら、それに相応する働きで。

 他の者はどうあれ、シャルロッテが示した条件はそれだ。

 本人の罪の自覚と、周りの者たちの今後のためにも。


「あんたたち(、、)が出入りしていたアザミの本拠地——実家はこの一件で再起不能になるでしょうね」


 そう。今回ブリガンテとの戦闘時、度々シャルロッテが疑問に思っていたことの一つが、彼らの武器や寝床の出どころだ。

 ラインヴァントの中には薄々疑問に思っている者もいるかもしれないが、答えにたどり着けたのはシャルロッテのみ。

 それもそのはず、世間から身を隠していた芽空もそうだし、喪失者あるいは人間『獣人』という視点しか持たないラインヴァントは、彼らの事情をこれっぽっちも把握していない。


 たとえばアザミとジャックがシャルロッテたちと同じ元貴族であるということ。

 現当主——つまり彼の父を巻き込み、ブリガンテのメンバーをまとめて家で管理していたこと。資金もそこから出ていて、アジトがころころと変わっていたのはそのため。

 その割に、数を考えれば当然とはいえ、一般構成員に与えた生活環境はかなり酷かったようだが。


「当主本人に自覚があるのかはともかく、『獣人』に協力し、世界を脅かしたのは事実。HMAが見逃すはずがないもの」


 まあ、その事実が世間に晒されることはまずないだろうが。

 そんなことをしたら、さらに民衆が疑心暗鬼になってしまうだろうし、HMAとしてはこれ以上の混乱は避けたいはずだから。


 ……しかし結果的に、その動きにシャルロッテも助けられた形になる。あの(、、)藤咲華に感謝をする気など、これっぽっちもないが。

 それに、ジャックの存在も。


「確かに、入れなくなってた」


 彼女は素性を明かしていなかったそうだが、万が一HMAに連行でもされていた場合、喪失への協力者がまた一人失わ————なんだって?


「あんた、行ってきたわけ!? 一人で!?」


「遠くから眺めただけ。近づいたら捕まるかもしれないし」


 慌てて机を叩いて立ち上がるも、彼女の淡々とした言葉にため息を吐きながら着席。

 ……どうしてこう、シャルロッテの周りのお嬢様は、皆揃ってヒヤヒヤとさせる発言と行動ばかりをするのか。もう少ししっかりしてもらわないと、色々困る。


「まあいいわ。それはまた追々ね。……やはり、なかったのかしら? 過去に関する記録は」


「うん。きみが言ってた『検査』のことも全部なかった。ワタシが記憶を失った前後のことも、みんな知らないって」


「そう。ほとんどダメ元だったとはいえ、あれば少しは助かったのだけれど」


 カップのコーヒーを口に含む。


「ワタクシが言うのも変だけど、それでもあんたは信じるのかしら? ワタクシの言葉を」


「うん」


 即答。

 もう少し迷ったらどうだろうか。


「喪失について記録がないのは、今も前も変わらない。それなら、何かを知っている人についていく」


「どうして?」


「なんとなく。ワタシがそうしたいから」


「…………危なっかしい行動原理ね」


 確かに、喪失はそう簡単に調べられるものではない。問題が山積みどころかその問題自体が分からないし、取っ掛かりもないという初期状態。

 彼女の話によれば、アザミには唯一記憶の一部があったとはいえ、それを理由についていき、今回もこうしてシャルロッテたちのところへ来た。

 なりふり構わないのは良いとしても、もう少し人を疑うことを覚えても良いのではないだろうか。


「ま、『獣人』の特徴みたいなものかしらね」


「何が?」


 『獣人』はHMAが敵として存在していたがゆえに、幼い頃から死が身近にあったものが多く、犠牲というものに対し、どこか諦め受け入れている部分がある。

 だがその一方で、コミュニティーに参加する機会が少なかったという者もいる。その者たちはジャックほどではないにしても、妙に幼さが残っていたり、真っ直ぐすぎるきらいがあったり。

 いずれも年不相応で、ある意味歪とも言える精神だ。原因を作っているのは紛れもなく、過去の『獣人』の罪とHMAなのだが。


 …………とはいえ。ジャックのこの性格だ。言ったら素直に真反対な言動になりそうなので、


「ちゃんと自分の身は守れるようにしておきなさい、ってことよ。特に、あんたの場合はね」


「なるほど」


 ふむふむ、とジャックは頷く。

 大丈夫だろうか、この少女は。


「ともあれ——待たせて悪いのだけれど、情報整理を行うのは、ラインヴァントの喪失者の片割れが面会可能になってからね」


「鳥の仮面をつけた人。そんな人がいるの?」


「……まあ、そういう人種もいるわ。数は決して多くなくとも」


 さすがにその辺りは疑問を持つのか。彼女の常識がどこにあるのか、もっと探るべきなのだろうか。

 いや、ユキナの件に自分の仕事、ときてさらに彼女の常識教育など忙しいにも程がある。そこまで手を伸ばすのは、諸々のことが片付いてからだろう。


 そう。それだけじゃなく、全ては、


「————これからね。ワタクシも、あんたも。あの子たちも」


 予感ではなく、確信。


 散らばっていた一つ一つの欠けらが、次々に揃い始めている。

 真逆を向いていたはずの人間と『獣人』。海に沈む地上を救う、『ノア計画』。失われたものを取り戻そうとする喪失者。

 多くの想いと記憶と因縁が、確かな終わりを前にして。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 ノックを二回。

 扉の向こうから返事が聞こえてくる。ひょっとすると化粧直しか何かをしているか、などと考えが頭をよぎったが、どうやらその心配はないらしい。

 「葵です」と告げると、少しの間があって扉が開いた。


「こんばん…………は?」


 一瞬、誰かと思った。

 

 巻かれた鶯色の髪に花飾り、派手過ぎないイヤリング。元の素材の良さを生かした、薄めの化粧。

 普段ののんびりと明るい言動からは想像できない、紺色という暗めのドレス。

 大人っぽさにはまだ遠い少女だと思っていたせいか、目の前にいる彼女がいつもとは異なる雰囲気を出しているように見える。


 だが、古里芽空は元々かなり容姿の整った少女。

 作り物めいたそれに葵は初対面の時、思わず驚きで息を呑んだのだ。

 それに一流の者が手を加えれば、さらに美をはね上げられて当然ということか。


「みゃお君、どうしたの?」


「ああ、いえ。えっと……」


 軽く咳払い。


「そろそろかと思って来たんですよ。まだなのであれば、世間話でも、と」


「あ、それなら大丈夫。お兄様も戻ってきたから、ちょうど呼びに行こうとしてたところだよー。でも…………」


 芽空は葵を一度見つめ、そこから左右に視線を。

 彼女が探しているのは恐らく、彼だろう。


「伝言を一つ、預かっているんです。奏太さんから皆へ」


「そーたが?」


 頷く。

 まあ、彼ならばそうするだろうなとは思っていた。

 忙しかったとはいえ、久々に集まっての食事会とはいえ、誰か一人でも欠けていたら嫌がるであろう彼だから。


「ちょっと遅れるけど、ごめん。みんな先に食べててくれ、と」


 振り返り、窓の外を見つめる。


 昼間はよく晴れた空だった。

 青く澄み渡った、雲一つないキャンバス。

 それが今は夜に変わって、太陽の代わりに月が登って。雲は————少し、出てきた。


「…………シェフの方々には申し訳ありませんが、ちょっと(、、、、)ぐらいなら、待ちましょうかね」



 見惚れそうになるくらい綺麗なこの月下で、今頃彼は駆けているのだろう。一人の少女を救うために。

 本当の意味で、この事件に終わりを告げるために。




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