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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章 『反転』
141/201

第三章77 『されど訪れる終曲』



 ——時は数時間前まで遡る。


 『カルテ・ダ・ジョーコ』の一部メンバーを喰らいながら来たアイ。

 その異様な見た目と言動、それから彼女自身が明確化した目的を前に、オダマキは希美を逃がす決断をした。


 むろん、勝算などこれっぽっちもない。

 『トランス』は限界近くまで使用し、『解放』薬を飲んで無理やり力を引き出したボロボロの身だ。

 『昇華』を生身で相手取れるような化け物女を倒すなんて、できるはずもない。


 だから多分——いや、絶対に。

 オッレはここで死ぬだろう、とオダマキは覚悟していた。

 まあ告白どころか、自分の活躍を梨佳に見せられなかったのは残念だと思う。けれど、オダマキは男だ。一度決めたなら、意地でも通すのだ。


「——ぁは」


 アイもオダマキの覚悟を受け取ったのだろう。

 気味の悪い笑みを浮かべたまま、すっと腰を落とし、構える。

 女性にしてはやや高い身長、その構えはやけにサマになっており、隙の無さや雰囲気からもかなりの手練れだと分かった。

 合図などない、どちらからともなく地を駆け、拳が衝突し————、


「——やめましょうか」


「……あぁ?」


 衝突は、起こらなかった。

 彼女の胸の前でガシッと止められた、オダマキの拳。攻撃が見切られたことも驚きだが、不可解なのはむしろ彼女の言葉。


「どういうつもりだ、こら?」


「いえいえぇ。少し、気が変わったんですよぉ」


 掴まれた拳を剥がし、後ろへ跳躍。距離を取って警戒したまま、言葉を飛ばす。


「そう言って、オッレを動揺させようったってそうはいかねぇぞ。油断……大敵ってよく言うだろ」


「少し使い方が違う気もしますが、まあいいでしょう。それより、私は話がしたいんですよぉ? 戦う気はもう、ありませんから」


 一歩。

 距離が近づき、警戒が強まる。

 頭痛が激しくなるが、仕方ない。

 『部分纏い』で戦うしか——、


「——だから、戦いませんよぉ?」


 一瞬で、ぐんと距離が詰められた。

 反射的に頭突きを放ち、しかしそれを指一本で弾くアイ。

 軽い痛みが頭に走って、思わずその胸倉を掴みそうになる。


 だが、それもやはり『壊女』の方が早い。彼女はオダマキの口を手のひらで押さえ、告げた。


「戸松梨佳ちゃん、と言いましたか。彼女のところへ向かった方がいいですよぉ?」


「…………っっ!?」


 もごもご、と言葉を出そうとするが、口を塞がれているので声にならない。


「彼女の姿を見た人がいるんですよぉ。何者かに襲われ、分かりやすく言えばピンチです」


「——!」


 梨佳が危機に陥る姿など、オダマキはあまり想像ができない。

 それにそもそも、ここは梨佳に任されているし、希美を守らなければいけないと決意したばかりだ。放り出して向かうなど。


「私の言葉は信じられませんか? それでも構いませんが……今なら間に合うかもしれませんよぉ?」


 奥歯を強く噛みしめる。

 真実に聞こえるその言葉に、心が揺らぎそうになった。


「じゃあこうしましょうか。|あの生徒たちを助けるため《、、、、、、、、、、、、》協力してくれた子たち(、、、、、、、、、、)は襲いません。どうですか?」


 考える。

 つまりそれは、オダマキがここを去っても……いやいや、アイの言葉が真実である理由にはならないし、守るとも限らない。


 しかし、次の瞬間。

 手が離されたかと思えば、それまでと打って変わって真面目な表情の彼女に、オダマキは眉を寄せる。


「あなたが悩む理由は分かっています。ですが、彼女が失われればあなたも奏太君も、深く傷つくのでしょう?」


「——、それは」


 事実だ。オダマキが見た限りでは、それだけ奏太は彼女を頼りにしているし、オダマキも彼女に慕情を抱いている。

 ……本音を言えば、今すぐにでも行きたい。良いところを見せるとか、もうこの際そんなのはどうでもいい。助けられるのなら助けたい。


「それに、あなたの役割は既に果たされました。ここにいるよりは、救援に行くことをオススメしますよぉ?」


 ——あぁ、クソ。

 多分今、自分は相当凶悪な顔になっているだろう。主に、彼女の言葉を聞き入れてしまう自分への怒りで。


 だが、ここまで言われれば動いてしまう。

 そもそもが単純で強い動機。好きという気持ちをきっかけに、梨佳にここまでついて来たのだ、当然とも言えるが。


「……オッレは行く。礼は確認してからだ」


「——ぁは。頑張ってくださいね。くれぐれも、無理はなさらないよう」


 怒りを向ける方向がわからず、結局最後に彼女を睨みつける形で背を向ける。

 事態は迅速な動きが求められる。律儀に校門から出るのも手間だ。窓から飛ぶか、と決めたところで、


「…………おぉ、ちょっと待てこら。アネキはどこにいんだよ」


 肝心なことを忘れていた。

 そもそも梨佳は誰にも行く場所を告げていない。

 ここへ来る時は「近くだしここでいーや」と途中で降りて行ったし。


 しかし、彼女に聞いてもどうしようもない質問だ。

 奏太や自分に話していないのに、彼女が知っているはずもなく、頭を抱えて、


「場所なら知ってますよぉ?」


「あぁ? なんでてめえが……」


「さっき言ったでしょう? 見た人がいる、と」


 確かに言っていた気がする。

 ならば話は早い。


「アネキは——どこにいる?」


「報告によれば、彼女はどこかの空き家に入ったそうです。それから、その空き家はなんでも地下につながっているとか……覚えは?」


 聞いたことがある。

 オダマキは二つ程度しか知らないが、あそこ(、、、)はそこかしこに出入り口があり、どこかの金持ちが買った空き家にも作られているのだとか。

 そして理解する。

 つまり、現在のこの状況。

 アイが指すのは、


「ラインヴァントのアジトか————!!」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「——私は、引き返して、それを、聞いてた。見つからないよう、隠れてた、けど」


 そう締めくくり、希美はこちらの瞳をじっと覗き込む。


「止めた方が、良かった?」


「…………いや」


 少し間を挟み、


「オダマキの判断は、多分正しかった。それに——」


 恐らく、アイの言葉は真実だ。

 人質の救出に関わった——つまり奏太、ユズカ、葵を除く全員を彼女は襲っていないし、梨佳の情報についても。


 理由として、まず第一にオダマキを見逃す理由がないのだ。彼女は『獣人』を無差別に襲っていたし、奏太たちに振るわれたあの攻撃の数々は間違いなく本気のものだった。

 それから、オダマキは目に見えてわかる程度に疲弊していたというし、戦力の分散が目的とも考えにくい。アイもそれをする性格ではない。


 となれば、彼女の「見た人がいる」という発言が残るが……まあ、これについては言葉通りの意味だろう。

 何の因縁か、奏太は幹部ばかりと遭遇しているが、そもそもHMAは一般の人員の方が圧倒的に多い。幹部のような戦闘力こそ持たないものの、数のおかげで監視の目としてはかなり優秀だ。

 一体いつの間に手配したのかはわからないが、藤咲華ならラインヴァントのメンバーについて、動きを追うよう指示していてもおかしくはない。梨佳を見つけた、ということについても。


 ——だが、だからこそ。


「早く行かないと……!」


 どこまで本当かはわからない。

 可能性が薄いというだけで、嘘の情報であるという可能性もある。


 けれどそんな話を聞いたら、こんなところでぐずぐずとしていられるはずもなく。

 梨佳とは連絡がつかず、その彼女が危機に陥るほどの相手。既に手負いで満身創痍のオダマキが向かったところで、状況が大きく変わるとは限らない。罠であったとしたらなおさら、どうしようもできない。


 体は全快には程遠いが、空っきしよりはマシだ。今は一分一秒が惜しい。皆に一度別れを告げ、後のことを任せようとして、


「焦り過ぎよ、下民。少しは落ち着きなさい」


「私もシャロに同感だよ。心配だし、焦る気持ちはあるけど……」


 周りを見渡す。

 事情をよく把握していない秋吉や希美も同じ反応を見せた。それから、離すまいとしているのか、より一層握る手に力を込めるジャックも。


「しかし、放っておくにも難しい問題だ。相手が何者かは聞いていないのかい?」


 そこへ、体を起こし、真剣な表情でヨーハンが。

 希美は首を振り、対して彼は少し考えてから、


「幹部が損なわれ、人手が不足しているとはいえ、仮に相手が『獣人』あるいは別の脅威であったなら、HMAが無視するとは考えにくいだろう。世間の目がこちらに向いているとしたら、なおさらだ」


 確かに、そうかもしれない。

 HMAは表向きには異端者——その多くは『獣人』で、残りはメモカ使用者——の監視、及び取り締まりを行なっている。

 だが、誰しもが恐れる『獣人』が現れたとなれば、世間的に大パニックが起こるだろうということで、事後の情報を隠蔽しているのだ。

 今回のような事態はそれすらも打ち砕くものであったとはいえ、他に地雷源があるのならこっそりと潰しておく——そういうやり方なのだ、あの総長は。


 ヨーハンは「ただし、それは通常ならの話だ」と続け、


「例外があるとすれば、暗情君が情報を自分のところで止めていたか、あるいは|何か様子見せざるを得ない理由《、、、、、、、、、、、、、》があったか。いずれにしても、一筋縄でいく相手ではないだろうね」


「じゃあ!」


「救援に行くべきだ。ただし、罠であった場合のことも考慮に入れて、複数人で…………」


 途中で、言葉が切れた。

 まだ体調が戻っていないのか、頭痛を抑えるヨーハン。彼に芽空が駆け寄る。


「お兄様、あんまり無理したら——」


「大丈夫だよ、ルメリー。皆と違って私は何もしていないんだ。恥ずかしく、同時に本当に申し訳ないことだけれどね」


 ……奏太は、考えてみる。

 自分たちの中で、全快の者などいない。奏太も含め、全員が疲弊している。

 だが、ここでゆっくりと休んでいていいわけではない。それぞれの今後を考えても、何人かは早急に離れてもらう必要がある。特に負傷がひどい者、護衛等のことも考えると、奏太が共に行動できる人物はかなり限られてくる。


 だからまずは、


「芽空はここに残ってもらえないか?」


「私が?」


「ああ。アイがいない以上、一部始終を外に説明する役がいると思って。芽空が立場的に適任かなと」


 かなり自分勝手ではあるが、奏太が梨佳のところへ行くというのなら、今回の一件を正しく理解している人物が必要になる。

 さらにわざわざ芽空を選んだのは、彼女がヨーハンの妹であるという点を考えてのものだ。発言力という意味では、


「——待ちなさい、下民」


 と、シャルロッテがそこで割って入った。


「ワタクシが引き受けるわ。事情はもちろん理解してるし、立場も同じくらいに明確。ああいう連中の相手にも慣れてるから、今のルメリーよりかは上手く立ち回れるはずよ」


「シャロ……」


「だからあんたはこの下民について行きなさい。無理しない程度にね」


 その言葉に芽空は一度ヨーハンを、次いでこちらに視線を向ける。

 奏太も彼同様に頷いて、


「えっと、それじゃあ、シャルロッテ。……ありがとう」


「勘違いしないでもらえるかしら。あんたたちに任せたら事態がこじれそうだから、ワタクシがやるだけよ。それに…………あの女(、、、)の思惑通りはごめんなのよ」


 シャルロッテは元々狙われていただけの少女だ。にもかかわらず、こんなところまで付き合ってもらって、さらに後処理まで任せることになるとは思わなかった。

 しかし、彼女が本来属するのは世間一般の人間側だ。慣れているというのならなおさら、任せておいて問題はないだろう。


 最後に何か小さく呟いた気がするが、その内容はわからないにしても、だ。


「あー……その、俺はどうすりゃいい?」


 次に、どこか気まずそうに——ほとんどが今日初対面なので当然といえば当然だが——手を挙げる秋吉。

 彼については、


「極力当事者は減らした方が良いかもねー」


「そうだね。ルクセン家の方で車を手配し、皆を送ろう。今はHMAが規制を行っているようだし……どうかな、平板君」


「気持ちはすごくありがたいんですけど……俺は奏太たちに比べたら、なんもしてないですよ」


「いや、十分過ぎるくらいしてくれただろ。遠慮するなよ、秋吉」


 奏太も偉そうに言える立場ではないが、皆も同様の意見。秋吉は頰をぽりぽりと掻いて、


「じゃあ、すいません。よろしくお願いします」


「ああ。それと、私としては敬語を……と、その前に。——奏太君、他の子たちについて何か案はあるかい?」


「え? あ、うん。一応」



 シャルロッテの立候補により、わずかに編成が変わったものの、奏太の案としてはこうだ。

 ヨーハンを含めた人質の無事を伝え、説明する役割のシャルロッテ。

 ヨーハン邸——半壊しているから別荘の方へ行くことになりそうだが、そちらには戦闘力を持たないユキナ、秋吉。体力の消耗が激しい希美。彼女らを護衛するユズカと葵。

 計五人を送る。


「希美はそれでも良いか?」


「……うん。でも、奏太さん、アジトの方は」


 質問と回答の間に沈黙があったのは、彼女もまた梨佳を心配しているからなのだろう。いつも二人でいることが多かったし、なおさら。

 だからこそ、奏太は告げる。


「大丈夫だ。梨佳もオダマキも、助けてくる。俺たちには必要な存在なんだしさ」


 芽空も限界まで『トランス』を使ったらしく、そもそも戦闘に向いている少女ではないため、敵と遭遇した場合は全て奏太一人が相手取ることになるが……何とかするしかあるまい。


 そうして最後に、残ったジャックをどうすべきかと考える。

 今の彼女は一人にすべきではない。だが、だからと言ってここで待ってもらうわけにもいかず、心配ではあるが葵たちと共に別荘へ行かせた方が——と考えたところで、手が強く握られる。


「……ワタシも行く」


「いや、でも」


「きみたちに比べれば、ワタシは全然力を使ってない。だから、使っていい(、、、、、)


「俺が心配してるのは力じゃない。ジャック自身だ。使うとか使わないとか、それを決めるのも」


「じゃあ、ワタシはきみについて行く。必要だと判断したら力を使う。……理由は、なんとなく。これでいい?」


「なんとなく、って…………」


 奏太は彼女のことをよく知らない。

 せいぜい、奏太とユキナの手当てをしてくれたことくらいだ。

 だからその「なんとなく」がどの程度のものなのか、淡々としていて、けれど言葉に宿る意思はあまりに頑なな理由だとか、そういうものは分からないけれど。


「……分かった。けど、芽空もジャックも、無理だけはしないでくれ。敵は全部、俺が倒すから」


 離れたくないという気持ちは、手を通して伝わってくる。だから守らなければいけない、と思う。

 奏太の手のひらは小さいが、約束を交わし、あるいは託された少女だから。


「それじゃあまた後でな。————待ってろよ、梨佳、オダマキ」



 秋吉たちに別れを告げ、三人は行く。

 一瞬の煌めきを終わらせないように。

 あるいは、終わりを迎えるために。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 奏太たちが去り、次いで希美と秋吉が去り。

 室内にはジャックとヨーハン、二人だけが残った。


「……どうして」


 ぽつり、と呟かれる疑問。

 それは今、注がれるべきところを一つしか持たない。問われる内容についても、シャルロッテは分かっている。


「どうして彼に話さなかったんだい?」


「……ただでさえ動揺してたんだから、あれ以上言ったらパンクするじゃないの。……と、ワタクシが答えなくても、理由くらい分かってるでしょう」


「私は歳こそ重ねているが、全てを分かるわけじゃないよ。たとえば——私たち(、、、)の身に何が起きているのかも」


 それは、奏太が来る数分前のことだ。

 シャルロッテの元に着信があった。その相手は、エト。

 本来なら芽空にかけるべき立場だろうに、どうして自分のところへかかってきたのかは分からないが、


「——フェルソナ、と言ったかしら。彼が屋敷に戻ってきたかと思えば、|ここ数日間の記憶が失われていた《、、、、、、、、、、、、、、、》、なんてね」


「そして私は所々記憶が抜け落ちている。……何か、大きな力が裏で働いているようだね」


「そうね。ワタクシはよく知らないし、本音を言えばどうでもいいのだけれど」


 どちらも嘘だ。

 よく知っているし、本音は相当に気になっている。

 だが、誰が見ているとも聞いているとも分からない。ましてや、目の前にいるのはこの件(、、、)の最新の被害者だ。

 下手な動きをして勘づかれるよりかは、知らないふりをしておく方がよっぽどいい。


「まあ、全ては帰った後ね」


 だから、シャルロッテはそう結論づける。

 また後日、改めて彼——奏太やジャック、フェルソナを交えて話す必要があるだろう。


 フェルソナとヨーハンの記憶が失われた。

 その事実は明らかに、今回の事件を隠れ蓑に行われたものなのだから。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「すごい有様だな……」


 学生区を出てすぐ、アジトに繋がっているという空き家に奏太たちは入った。

 降りるのに数分の時間を要し、現れたのはかつて住居だったもの。


 落下によりそこら中に破片を撒き散らしたシャンデリア。

 ごろりと転がる重量感のある塊は、恐らく天井か壁が崩れて出来たもの。絨毯は焼け、衣類や本が風に流され散らばって。

 それでもなお血の跡があまり見られないのは、アザミの指示によるものだろうか。被害が甚大なことに変わりはないが。


「ワタシもだけど、ブリガンテがごめんなさい」


 入り口前で、ぺこりと頭を下げるジャック。

 そんな彼女に奏太は、複雑な表情を浮かべざるを得ない。


「……許せることじゃないけど、命令したのはアザミだ。だから別に、謝らなくていいよ」


「……分かった」


 それに、今ジャックを責めたところで何か変わるわけでもない。

 彼女自身、罪だと感じているのならそれで良いと奏太は思うし。


「さて、二人とも、足下気をつけるんだぞ。ただでさえ暗いんだし——」


 言葉が切れ、足元の塊につまづいて転びかける。


「……そーた、大丈夫?」


「一応」


 どうにか生きている電灯の一部と、葵から借りてきた懐中電灯を手に進む。

 数ある入り口の中でも、ここはかなり端のようだ。

 梨佳やオダマキがどこにいるのか分からない以上、しばらく探さなければいけないだろう。


 汗が頬を伝う。

 懐中電灯は一つ。視界は悪く、足場は危険。後ろには二人がいて、かつ敵がいるかもしれない。

 だから一人で突っ走るなんてもってのほか、慎重な行動が求められる。


 だが、理屈では分かっていても頭はそう簡単に納得するものでもない。

 一分一秒、少しでも早く二人の無事を確認したい。どうか何事もないまま終わって欲しい、その祈りが心に焦りを生む。

 何度か瓦礫をどけ、避けながらしばらくを進み、徐々に研ぎ澄まされていく感覚。物音一つ、動き一つでも見逃さないよう、集中し始めて——、


「どうしたの?」


「そーた?」


 足を止めると、後ろの二人が奏太に問いかけた。

 何かあったのか、と。


 答えは肯定。

 研ぎ澄まされた感覚が、血の匂いを感じ取った。近くではない、が、それが指すのは状況的に間違いなく、


「——二人がいる、この奥だ!」


 二人が付いてきているのを確認しながら、奏太は駆ける。

 徐々に強くなってくる鉄錆の匂い、呼吸が荒れ、鼓動が跳ねるように脈打ち、視界が上へ下へ。


 開ける視界。

 それは本来、廊下ばかりのこの地下ではあり得ないこと。あるとすれば、各部屋か地上へ続く階段のみ。そしてここはそのどちらにも該当しない。

 つまり、戦闘が起きた結果だ。

 ブリガンテが行なった爆破とは違う、かなり新しいもの。


 強く駆ける。

 伸ばした手は何かを掴もうと伸ばされ、途中、一瞬だけよぎるのは既に遅いのではないかという不安。それを無理やりかき消し、血が点々と続いている廊下を進んで、扉の前で止まった。


「ここに……っ、梨佳、たちが?」


「ああ。間違いない」


 息絶え絶えの二人に申し訳ないという気持ちがあって、それでもなお足が向くのは扉の方向。

 視界が真っ白になるくらい奏太も体が疲れ果てていて、体は熱いのに指先は恐ろしく冷たい。


 伸ばした手が、ドアノブを掴む。

 そのままくるりと捻って。

 心臓が跳ねる。汗が流れ、地に落ちる。指先が震えて、呼吸が止まって。




 奏太は、目を見開いた。




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