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黒と白の世界と  作者: 夕陽ゆき
第三章 『反転』
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第三章54 『慕情の奪還者達』



 空気を震わせる衝撃。


 壁を伝い屋上まで伝わってくるそれは、芽空を始めとした人質救出組が場の緊張と支配を粉微塵にし、結果戦闘が起きていることを意味している。

 判断が甘いというか、常々直情的なオダマキがいることを考えると、奇襲が奇襲として上手くいっているのか疑問なところではあるが……芽空や希美の持つ強さを信じて、成功していると思うことにする。

 それからフェンス越しに地上を見下ろせば、どうやら奏太とアザミの戦闘も始まったところのようで。


「生きる、ですか……」


 彼が言っていた言葉を、葵は口の中で確認するように唱える。

 昔、『トランス』を習得する前の葵ならば、生死をかける戦いなど物語の中の出来事のように遠く感じていたが、考えてみれば死の香りはいつだってすぐ近くにあった。

 過去から順に辿っていくなら、『トランス』に目覚めた直後からしばらくや、半年前のブリガンテ掃討戦、籠城戦でも。


「特に今回はそうでしょうね。目的がヨーハンさんたちの略奪だった籠城戦とは異なり、この作戦はボクたちを止めれば勝ちも当然です。——殺してでも、止めてしまえば」


 「そうでしょう?」と葵は振り返る。


 向けた視線の先にあるのは一人の少女の影だ。

 返事はなく、先程顔を合わせた時から変わらず刺さるような睨みが返ってくるのみだが……しかしそれでも構わない。


「あなたが何を言おうとボクのやることは変わりませんからね——ユズカ」


「————」


 数日前に比べると、ひどく痛々しい姿だ。

 この前購入したばかりの白のブラウスは血と土で汚れ、常日頃から葵が手入れをしていた髪の毛は乱れに乱れ。

 あれだけ食べることが好きだったというのに、まともな食事を摂らせてもらえないのか、はたまた摂れないのか。顔色が悪く、心なしかげっそりとしている。目元のクマも、成長期の少女には不似合いで不健康極まりない。


 理由には疑う余地のないほどの見当がつく。

 つくから、あえて葵は、


「……女の子の自覚、あるんですか? あれだけ毎日毎日気をつけろと——」


 普段と変わらぬ声色を出す。

 不安も緊張も、尻込みしそうになる臆病な心も、今はいらない。そんなもの犬にでも食わせてしまえばいいのだ。


 だって目の前にいるのは、最強で最高な最愛の少女、なのだから。


「……どうして、アタシがここにいるって分かったの?」


 しかしそんな葵の考えに、ユズカはこれといった関心を示さない。

 代わりに問いかけたのは、葵がこの場にいる理由だ。


「ヨーハンさんの位置特定と同じやり方……というとややこしくなりますから、こう言っておきましょうか。——ユズカならここにいると思った」


「なに、変なこと言ってんの……!」


「変じゃありません。ボクは最初からあなたのために動いている。見つけられるのもなんら不思議ではありませんよ」


 格好付けのために口では絶対に言わないが、実際はアイの懐中時計による探索と、アザミのクイーンの使い方について考えた結果だ。

 そしてそれを正しいと証明するように、


「みゃおみゃおが何言ってるのか分かんないけど——それなら、アタシに出された命令も分かってるよね」


 ユズカは声を低くし、腰を落とすと、いつでもこちらに襲い掛かれるよう臨戦態勢に入る。


「その命令をボクが守らせるとでも?」


「みゃおみゃおには止められないよ。アタシが戦わなきゃいけないのは、もっと強い人たちだもん」


「……つまりボクは弱い、と?」


「うん、みゃおみゃおは弱い」


「————っ」


 お互いの言葉に力がこもり、緊張感がこみ上げてくるのが分かる。

 いや、正しくは。


 闘気を高めるユズカの『弱い』という言葉に対して、過剰に反応する自分の心。どうやらそれのせいで、この体は余計なことを思い出してしまったらしい。


「そうですね。確かにユズカの言う通り、ボクは弱い。奏太さんには完全に差をつけられていますし、独自の戦闘方法を確立した希美さんたちにも敵わない。ましてや、ユズカから見れば道端の石ころもいいところでしょう」


 対等になど到達し得ない圧倒的な実力差。

 それは適正、『纏い』、動物、運動能力、戦闘センス。いずれもの点でユズカが優れ、葵が劣るからだ。


 この体は彼女に負けた記憶を覚えている。だから震える。強い意志の裏で、怯えているからだ。


 籠城戦の時とは違い、彼女の中にもう迷いはない。本気で殺す気で来るだろう。数ヶ月の時も、葵の想いも知らぬままに。


「————ですが」


 それがどうした。

 それは諦める理由になどならない。

 それを分かっているから、格好悪いままじゃいられない。


「ボクは弱い。だからあなたを倒しましょう、ユズカ」


「——なに言ってんのか、分かんないね」


 葵も同様に、ユズカの動きに注意を払いつつ、構える。

 それを開始の合図と受け取ったのか、ユズカは跳ねるようにぐんと加速して————。



 最弱と最強の戦いが、始まる。



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



 アイと別れ、ヨーハンとユキナを探すために本校舎へと来た芽空たち。

 先頭で廊下を走っていたオダマキはふと足を止め、


「……やっぱ納得がいかねーな」


「え?」


「いや、お前らよ。あの状況で一人に任せるっつーと、なんつーか納得がいかねーだろ」


 続けてシャルロッテ、芽空、希美の順で止まると、彼はくるりと振り返って不満げに言う。

 それに希美が納得を得たように「そういうこと」とこぼし、シャルロッテが心底嫌そうにため息を吐いて。


「オダマキ君は心配なのー?」


「それもある。けどよ……」


「けど?」


 彼にしては珍しい、躊躇いを挟んで、


「…………あれだけの人数相手を倒すくらいしねぇと、オッレの遅れも取り戻せねえだろうが」


 そう言って舌打ち混じりにガリガリと茶金の後頭部を掻く。


「オダマキさん、気にしてたんだ」


「当ったりめーだ、美水妹。三日月はあの狼野郎の相手をするっつーし、天姫宮は超強ぇやつ相手にすんだし」


 男のプライド、というやつだろう。

 時折奏太も見せる時があるし、オダマキの場合は特に梨佳のことがある。彼女に胸を張ってやってやったと言うためには、合流するまでにこれまでの失敗を覆すほどのそれなりの戦果を上げておく必要があるだろう。

 そのために動く、というの何だか妙な話ではあるのだけれど。


 と、そこへ、


「『カルテ・ダ・ジョーコ』、と言ったかしら。そのメンバーはあと二人いるのだから、名誉挽回をするのならそこでしなさいな。本来の目的を履き違えているあたり、あんたには難しいでしょうけど」


「……そもそも、私たちの護衛っていう体で動いてるわけだしねー」


 シャルロッテが見逃さず、オダマキの行動指針の修正とともに毒を吐くので、さりげなく同意をしつつ。


「タイミングを、考えると、あの三人は、元々近くに、いたんだと思う。だから——」


「残りはここに……ってか? ハッ、上等じゃねえの!」


 オダマキはそう言い、楽しげな笑い声を上げると、獲物でも探すかのように駆け出していく。

 ……彼はまだ人質がいるということを忘れているのではないだろうか。


「それで、芽空さん。ヨーハンさんは、どこに、いるの?」


「あ、うん。オダマキ君が走って行った先を示してるけど——高さまでは分からないんだよねー、これ」


「つまり最悪の場合、全階総当たりになる、ということかしら。条件を満たすのは簡単と言っても、使えないわね」


 懐中時計の機能にシャルロッテが悪態づくが、ある意味これのおかげで助かったと言える場面も過去にはある。

 奏太曰く、ハクアはラインヴァントのアジトは特定出来ていたものの、地下ということまでは分からず、それが何よりの時間稼ぎになっていたのだとか。

 それでも、今この瞬間だけで言えば、高低の位置まではっきりとさせて欲しかったと芽空も思うところだけれど。


「でも、そんなこと言ってても仕方ないよねー……」


 分かるだけまだマシなのだから、これ以上の贅沢は言えまい。そう頷いたところで、芽空もシャルロッテと希美に続いてオダマキの後を追う。


 ちょうど彼は突き当たりの部屋——調理室から出てきたところで、どうだったかと尋ねるように視線を向けるが、


「ダメだ、いねぇ。次だな」


 ある程度分かってはいたが、どうやらハズレのようだ。

 地図が示している以上、上へ上へ進んでいけばいずれは見つけられるはずだが、それでも芽空は肩を落とさざるを得なくて。


「いっそのこと天井突き破ったらいけねぇのか?」


「それは色々、危ないと、思う」


「見張りに囲まれる可能性があるでしょう。少しはその足りない頭を回しなさいな」


 ……とはいえさすがに彼の案を呑むわけにもいかないので、無理やりに頭を切り替えることにする。一階ごとに毎度立ち止まってもいられないし、と。


「二階へ行こっか。これだけ敵の数が少ないことを考えると、恐らくお兄様は上の方にいるだろうしねー」


 頭を軽く振って、再びオダマキを先頭に芽空たちは階段を目指す。


 そもそも、考えてみれば上手く行き過ぎなくらいなのだ。

 それなりに時間はかかったが、『カメレオン』で隠れながら敵の数と位置を把握すれば、あとは順番に倒してもらうだけであっさりと中に侵入できた。いっそ、妙な違和感さえ感じるほどに。


「あの違和感を考えると、ユキナやお兄様の方に人が集まってる可能性が高いんじゃないかな」


 そもそも、ブリガンテは『ビニオス』の要求をしているが、篭城戦自体がヨーハンとシャルロッテを狙ったものだったことからして、生徒を人質にとっていた体育館が戦力を分散するための罠だったのだろう、と。


「……そういや、一つ気になってたんだけどよ」


「どうしたの?」


「古里は最初っから体育館目指してたんだよな。人質があそこに集まってるって知ってたのか?」


「あ、それなら————」


 言葉を続けようとして、登り始めた階段の途中。

 先に二階へ登り切っていたオダマキが左手でこちらに制止を呼びかける。


 それは先ほどの芽空の推測の肯定を意味する。

 つまり補足して言えば——オダマキがすぐに片付けられない程の敵がいる、ということだ。


「てめぇら、『カルテ・ダ・ジョーコ』っつったか、こら」


 そしてそれを証明するのは、こちらに知らせるためか大きく声を出すオダマキ。

 どうやら、芽空の位置からは見えない、廊下の突き当たりにその敵はいるらしい。


「二人掛かりってことは、この部屋にヨーハンってやつがいんのか? それともてめぇらも囮か、あぁん?」


 肯定も否定もなかったのだろう。

 オダマキは舌打ちをし、廊下奥への睨みを強くする。


「……答えねぇのかよ。まぁ、どっちでもいい。オッレの役目はてめぇらみてえな相手を一人残らずぶっ倒して、ヨーハンを連れ帰ることだ」


 それから、彼はこちらに一瞬視線を向けたかと思えば、


「——美水妹! てめぇもこっちに来い。一人で動くよか、二人で戦った方が良いってアネキが言ってたからな」


 やや乱暴な呼び出しに希美が頷き、彼の元へ行く。

 それきり二人が一度もこちらを見ないあたり、先の発言も意識的に行われたものだと見て良いだろう。


 オダマキは『カルテ・ダ・ジョーコ』の二人に芽空とシャルロッテの存在を気づかせないまま、あたかも希美と二人だけで動いていた風に振る舞い、敵の情報を伝えた。


 咄嗟の判断にしては相当に優れていると言って良いだろう。

 もちろん芽空もそうだが、隣のシャルロッテもずっと見下していたために驚きを隠せないようで。


「————」


 足音と話し声でバレてはいなかったのだろうか、と疑問がよぎるが、相手方に何の反応もないままオダマキが言葉を続けているあたり問題はないはずだ。

 だから芽空が取るべき行動は、


「……行こう」


 隣で固まっていたシャルロッテに囁き、この場をオダマキたちに任せる。

 ヨーハンがいるかどうかを確認出来なかったのが痛手だが、仕方あるまい。芽空たちにはまだ、やることがあるのだから。


 息を殺し、足音を立てないようにして芽空とシャルロッテは上の階を目指す。ヨーハンが他の階にいないかという確認と、場所が特定出来ないユキナを見つけるために。


「————さぁて」


 それを横目でちらと確認したオダマキは、廊下の奥、黒フード二人から目を離さないようにしつつ、コキと首を鳴らす。

 体の状態は至って良好。

 元々ほとんど傷を負っていなかったし、どういう原理か奏太の治療で完全に完治している。


「正直よ、てめぇら雑魚二人なんざオッレ一人で片付けてぇところだ。アネキや三日月に良いとこ見せるんなら、そっちの方が良いしな。——けど」


 オダマキはあえてそれをしない。


 敵の実力に恐れを抱いているわけではないし、むしろ倒せて当然、そうあるべきだとさえ思っているくらいだ。

 何故ならオダマキは梨佳や奏太の弟分であり、『トランス』の強化とともに日々肉体の鍛錬もしている。油断や慢心ではない、誇りがある。


 ————だが、その誇りをかなぐり捨ててでも、生きなければならないと気がついた。


「何せオッレも、三日月や天姫宮と同じ男だからよ。後のことも考えるぜ?」


「後?」


「おぉ。男にとって、かなり重要なアレだ。改まって言ったことはねぇしな」


 隣の希美は理解出来ていないのか、小首を傾げるが——まあそれはいいとして。


「つーわけで、てめぇらにはその生贄になってもらうぜ?」


 指で二人を順に指していき、オダマキがの頭に思い浮かべるのは梨佳。

 普段はオダマキを足蹴にし、なかなかまともに相手をしてくれないが、敵を多く倒せば彼女が自分のことを見直すかもしれない。好意を持つことも、ありえるかもしれない。

 だから、その時に告白できるように自分は生きなければならないのだ。


 ——というのが、オダマキがここにいる意味だ。梨佳と三日月、どちらにも良いところは見せたいし、特に梨佳はその想いが強い。

 完全な下心だが、好きな女性と兄貴分、その仲間たちが自分を必要としているのならば喜んで引き受けよう。


「オッレは左を相手すっからよ、美水妹はもう片方頼むぜ」


 希美が小さく頷いたのを確認すると、オダマキは部分的に力を加え、獣の力を呼び起こす。


「じゃあ————行くぞ、オラァアアアアア!」



*** *** *** *** *** *** *** *** ***



「——しィ!」


 オダマキは振りかぶった岩肌の右拳を標的の鼻柱に向けて放つ。が、これを避けられ、先にあった窓ガラスが衝撃を受け止めきれず粉々に砕け散った。

 破片が刺さるよりも前に腕を引き、今度は裏拳気味に左拳を斜めに振り下ろす。黒フードは身を離すのでは間に合わないと判断したのだろう、咄嗟にしゃがむが、


「甘ぇぞ、こら!」


 ガラ空きになった顔面に『部分纏い』で強化された右膝をぶつけた。結果、彼は避けられずに直撃を食らい、近くにあったビーカーを巻き込んで吹っ飛んで行く。


 それを確認したところで、オダマキは半身になって部屋中を見渡し、


「ちっ、ここもハズレかよ。化学実験室って言ったら怪しいもんとか隠してそうなのによ」


 その道の人に聞かれればあまり良い反応はされないであろう言葉を口にしつつ、ヨーハンがいないことに大きくため息。芽空にメールで『いねぇ』とだけ送信しておく。


「ただでさえだだっ広い校舎だ。さっさと片付けて上に行かねーとな」


 そもそも、都内の校舎はいずれも『ノア計画』の関係上、生徒が多く集まるので自然と階数も高いものになっているのだとか。

 そんなことを理事長だかなんだかのオッサンが言ってたな、とオダマキはぼんやり思い出しながら、左耳に届いた微かな音に即座に反応する。


「なかなか根性入ってんじゃねえか、てめぇ」


「————」


 もう一瞬早ければ、オダマキの不意を突いていたであろう、射出された左の拳。それを顔の前で掴み、オダマキは改めて彼を見つめ、目を見開く。


 先ほど飛ばした際に黒フードが脱げて、結果現れたのは黒の皮膚に身を包み、二股の錨状の角を生やした青年だ。

 その動物を、オダマキは知っている。男ならば強そうなもの、目立つものに目を惹かれるものだし、『獣人』であればなおさらだ。……梨佳は「お前だけだろ」と言っていた気がするが、それはともかく。


 目を細め、ゆっくりと口を開いて、


「——てめぇ、バッファローか?」


「いや、『スイギュウ』だ」


「…………おぉ、そうか」


 どうやら違ったらしい。

 いや、別に動物博士ではないから良いのだが。軽く咳払いをして切り替えつつ、


「まぁ何にしても、だ。戦う以上カッコよかろうが容赦はしねえ。オッレはオダマキ、てめぇは?」


「『カルテ・ダ・ジョーコ』のシックス。…………一つ忠告しておくが」


「あん?」


 シックスと名乗った男が人差し指を立て、視線をオダマキ——より後ろ、この教室の出入り口へと向ける。

 それに素直に振り向くわけにもいかず、オダマキは目を細めて彼を見るが、続く言葉の代わりに、音。

 反射的にオダマキは振り返っていた。


 何かが強くドアにぶつかったかと思えば、そのままメキメキと音を立てて粉砕、続けてその何かが部屋に飛び込んでくる。何回転かしたのち、机にぶつかる形でようやく動きを止めて。


「——あぁっ!?」


 その光景に思わずオダマキは困惑の声を上げた。


 それも当然だろう。

 『トランス』を見られたからと言って、対策を取られたからと言って、簡単に倒されるほどオダマキも他のメンバーも弱いわけではない。

 奥の手もあることだし、負けるはずがないと。実力はハッキリと見てはいないが、梨佳や奏太の認める強さがあると。


 ————そんなオダマキの考えすらも、ブリガンテは凌駕していく。


「おい、しっかりしろよ——美水妹!」


 転がったままピクリとも動かない希美の元にオダマキは駆け寄り、肩を揺らす。

 が、返事はない。


 どうやら息はしているし、死んではいないようだが——額から垂れる血と、失われた意識。それは文字通り、彼女の敗北を意味していた。


「……あまり舐めない方がいい。『カルテ・ダ・ジョーコ』を」


 先ほどの忠告とやらだろう。シックスが低い声でそう言う。

 加えて、背後から伝わってくる敵意。黒フードのもう片方であり、希美が敗北した男。


 ——つまり、これは。


「ハッ、マジかよ……」


 前方と後方をそれぞれ『カルテ・ダ・ジョーコ』の二人に囲まれ、希美は気絶し、戦えるのはオダマキだけ。

 二対一のこの状況で、希美を守りながら狭い教室で戦えということだ。圧倒的不利にもほどがある。いくらなんでも、オダマキと言えども。


 ————負けるのではないか。


 そんな不安が一瞬、オダマキの頭をよぎるが、


「あぁ?」


 視界に点滅があった。

 それは、この明瞭な意識が失われようとしているのではなく、こんな時にメールの受信をした、という意味で。


 予期せぬ通知に半分頭が真っ白な状態でオダマキはメールを開くと、


「…………は」


 絶句。そして、全てを吹き飛ばしてしまうほどのおかしさからの笑いだ。

 ひとしきり、腹が痛くなるほどの笑いを放出して、オダマキは口の中で呟く。


「そうか——いや、そうだった」


 メールを閉じ、ゆっくりと希美をその場に寝かせると、オダマキはすぅ、と息を吸って、


「ォ、オオオオオオオオ!!」


 空気を震わせる咆哮。

 自分の気を昂らせ、目を覚ますために。

 再確認をして、オダマキは覚悟を決める。


「……いいぜ、やってやらぁ。オッレ一人でてめぇら二人をぶっ倒してやるよ、こらぁ!」


 ——『二人を倒したら、四階の見張りを倒してお兄様を助けて。そこまですれば、きっと梨佳も喜ぶよー』。


 芽空はこれっぽっちもオダマキの敗北を疑っていない。ならばオダマキはその信頼に応えよう。


 意地でもこの状況を切り抜け、希美を救う。

 そして彼女に状況説明をしてもらうのだ。いかに自分が勇敢で、強くあったかを。

 今、彼女を守る理由はそれだけでいい。


 生きる目的が下心だろうと、それがオダマキの戦いなのだから。


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