第30話 賢者と英雄の錬金術
「の、呪い……?」
ラファルが素っ頓狂な声を上げる。
「馬鹿なことを言っている暇があるなら、手を動かしたまえ! これは未知の毒物だぞ!?」
しかし、ルルには焦りが見え、立ち止まっている時間はなさそうだった。
「ラファル様、議論している時間はないっす! もう城内の医務室もパンク状態なんです!」
「そうだぞラファル。貴様のちっぽけな常識で測ろうとするから遅れるのだ」
俺はビシッと指差した。
「行くぞ! 俺たちは研究室へ戻り、特効薬の精製に取り組む! ルル、貴様は他の兵と共に現場の混乱を収めろ!」
「は、はいっ! 了解っす!」
ルルは元気よく返事をし、踵を返そうとする。その時、膝をついていたテオが、ふらつく足で立ち上がろうとした。腕の中の妹を、近くの兵士に預けようとする。
「ま、待ってくれ……! 俺だって力になりたい! ミナ達のために、俺にできることがあれば何だって……!」
悲痛な叫びだ。だが、今の彼に冷静な作業はできまい。俺はテオの肩に手を置き、その目を真っ直ぐに見据えた。
「俺を信じろ、テオ。お前は妹のそばにいてやれ」
「ユウ……」
「お前が不安な顔をしていては、妹の魂も安らげん。英雄の友として、どっしりと構えていろ」
テオは唇を噛み締め、それから強く頷いた。
「……そうか。わかった。俺は、お前を信じる」
テオをその場に残し、俺とラファル、そして護衛のアリュールは研究室へと急いだ。
***
研究室の重厚な扉を開けると、そこには予想外の光景があった。実験台の隅で、セレスがボロ布を頭からすっぽりと被り、丸くなってスヤスヤと寝息を立てていたのだ。
(ふむ。この未曾有の緊急事態に、優雅に昼寝とは。肝が据わっているのか、それとも現実逃避のプロなのか……。まあ、大物の器であることは間違いない)
「セレス! 起きろ! 緊急事態だ!」
ラファルが叫びながら、彼女の肩を揺さぶる。
「ひゃああっ!? ご、ごめんなさい! ね、寝てません! 夢の中でシミュレーションしてました!」
セレスは飛び起き、掛けていた布を盛大に吹き飛ばしながら、眼鏡をずり落として敬礼した。
(なんのシュミレーションだよ)
俺は頭の中でツッコみをいれる
「現状を説明する。街で謎の奇病……いや、毒物が蔓延している。患者は数知れず、今も増え続けている状況だ」
ラファルは早口でまくし立てると、机の上の資料を乱雑に広げた。その手は微かに震えている。
「毒の成分を特定し、中和剤を作る必要がある。だが……サンプルが足りない上に、構造が複雑すぎる。解析だけで数日はかかるぞ……!」
「そ、そんな……。数日なんて待っていたら、街の人たちが……」
セレスが青ざめる。ラファルは拳を机に叩きつけ、自分に言い聞かせるように叫んだ。
「やるしかないんだ! レツ兄上は遠征中で不在、シルヴァン兄上も父上(国王)も、今は混乱を抑えるために軍の指揮を執っていて動けない……!」
ラファルは充血した目で俺とセレスを見据えた。
「この状況を打開できるのは、ここにいる僕たちだけだ! 父上や兄上たちが戻られる前に、僕たちだけで必ず解決してみせるぞ!」
「は、はいっ! ラファル様!」
悲壮な決意を固める二人。だが、俺は冷静にその様子を眺め、ため息を1つ吐いた。
「……馬鹿め。視点がズレているぞ、ラファル」
「なっ……何だとユウ!? 僕は真剣に……」
「貴様は敵(毒)を見すぎて、味方(患者)を見ていないのだ」
俺は、先ほど運び込まれてきた瀕死の兵士へと歩み寄った。乾いた皮膚。落ち窪んだ目。浅く速い呼吸。俺の目は誤魔化せない。これは魂の枯渇――すなわち、極度の脱水状態だ。
(呪いによって体内の水分を強制的に蒸発させられているな。ならば、毒を消すよりも先にやるべきことがあるだろう)
「火事が起きている家で、『火の原因』を探している暇があるなら、まずは水を掛けて『消火』しろと言っているんだ」
「し、消火……? 毒を消さずに、症状だけを抑える対症療法をやれと言うのか? だが、ただの水では吸収が追いつかない! 魔法薬も数が足りないんだぞ!」
「だから、作るのだ。俺の叡智を使ってな」
俺は白衣(の代わりのシーツ)を翻し、実験台の前に立った。
「セレス! ビーカーに水を汲み、沸騰させろ! 煮沸することで水に宿る悪霊を滅するのだ(殺菌)!」
「は、はいっ! 悪霊退散ですね!」
セレスが慌ててコンロに火をつける。
「ラファル! 貴様は『白い粉(砂糖)』と『海の結晶(塩)』を用意しろ!」
「はあ!? 砂糖と塩!? そんな料理みたいなもので人が救えるわけがないだろ!」
ラファルが素っ頓狂な声を上げるが、俺は無視して指示を飛ばす。
「問答無用だ! 急げ! ……そして最後に、この前抽出した『星雫草のエキス』を一滴垂らす。これが魂を繋ぎ止めるアンカーとなる」
俺の自信満々な態度に気圧されたのか、ラファルはぶつぶつ文句を言いながらも、棚から最高級の砂糖と精製塩を取り出してきた。
「いいか、比率はこうだ。水1リットルに対し、砂糖はこの量、塩はこの量……。この『黄金比』を間違えるなよ?」
俺は記憶にあるスポーツドリンク……いや、経口補水液のレシピを再現し、手際よく混ぜ合わせていく。湯煎された温かい水に、粉末が溶け、星雫草のエキスが青い輝きを加える。
(クックック……。どうだ、この完璧な手際。まるで一流の錬金術師のようだろう)
「完成だ。これを飲ませろ」
俺はビーカーに入った透明な液体――塩と砂糖、そして星雫草のエキスを混ぜた特製ドリンク――を差し出した。
「……本気か? ただの塩水と砂糖水だぞ」
ラファルは半信半疑のまま、運び込まれた瀕死の兵士の口にその液体を含ませた。
ゴクリ。兵士の喉が鳴る。すると、土気色だった顔に、スッと赤みが差し始めた。荒かった呼吸が穏やかになり、痙攣していた手足が落ち着きを取り戻す。
「う……あ……。水……もっと……」
「なっ……!?」
ラファルが驚愕に目を見開く。彼は慌てて液体の残りを魔法具(分析機)にかざした。
「馬鹿な……。塩分と糖分が、細胞への浸透圧を完璧に調整しているだと……? ただ水を飲ませるよりも、数十倍の速度で身体に吸収されている……!」
ラファルは戦慄したような目で俺を見た。
「(……信じられない。私は『毒の無効化』という複雑な式に囚われていた。だが彼は、もっと根本的な『生命維持』という土台を、たった二つのありふれた調味料で再構築してのけた……)」
彼は唇を震わせ、独り言のように呟く。
「……この配合比率、適当に入れたように見えて、コンマ単位で計算されている。少しでもズレれば逆効果になるギリギリのラインだ。それを、目分量と直感だけで……?」
ラファルの紫色の瞳に、明らかな畏敬の色が宿る。
「……ユウ。君は、一体何者なんだ? その観察眼、そして生命という現象への理解度……。君は、私が一生かけても辿り着けない『真理』を見ているのか……?」
「あん? 何をブツブツ言っている?」
俺は腕を組み、不敵に笑ってやった。
「言っただろう。俺は天才だと。これくらい、料理のさしすせそ以前の問題だ」
「……料理、か。君にかかれば、医学も錬金術も、料理と同じ次元の話というわけか」
ラファルはふっと力を抜き、苦笑した。だが、その顔にもう迷いはなかった。
「セレス! 直ちにこの『特効薬』を量産するぞ! ユウの指示に従え! 彼の言うことは、今のこの城において誰よりも正しい!」
「は、はいっ! ラファル様!」
俺たちの反撃が、ここから始まる。
すみません!色々な事情が重なり、投稿できておりませんでした!必ず完結までは持っていきます。




