第24話 英雄の視察、背後に潜む影
テオと俺はそそくさとご飯を食べていた。
「アリュールと二人で城下町だと!? ふん、王も粋な計らいをするではないか。俺という英雄の休息には、美しき戦姫のエスコートこそ相応しいからな!」
俺がそう言ってふんぞり返ると、テオは少し羨ましそうに、パンを口に詰め込みながら言った。
「いいなー! アリュール様とデートかよ! 俺なんて、これから鬼の副隊長にしごかれるっていうのによぉ……。ユウ、俺の分まで楽しんできてくれよな!」
「デートではない。これは視察だ。この国の文化レベルと、民の暮らしぶりを俺の目で直接確認するためのな。だがまあ、テオよ。貴様には訓練がお似合いだ。精々、泥にまみれて強くなるがいい。俺の側近になるには、今の貧弱な体では心もとないからな!」
「へいへい。じゃあ、行ってくるわ!」
テオは最後の一切れのパンを水で流し込むと、慌ただしく食堂を駆け出していった。一人残された俺は、優雅に最後の茶を飲み干し、席を立った。さて、約束の時間だ。英雄たるもの、レディを待たせるわけにはいかないからな。
俺が食堂を出て、城の廊下を歩いていると、前方から一人の衛兵が歩いてきた。整った顔立ちだが、どこか特徴のない、影の薄い男だ。
「ユウ殿。お待ちしておりました」
男は俺の前で立ち止まり、恭しく礼をした。
「ん? 誰だ貴様は。サインなら後にしてくれ、今は忙しいのでな」
「……私は衛兵のカイと申します。国王陛下より、ユウ殿の外出の際は護衛を務めるよう仰せつかっております。同行をお許しください」
(カイ? ああ、そういえば王が推薦していた兵士だったか。しつこいな。俺の側近になりたい気持ちは痛いほど分かるが……)
「無用だ。今日の視察はアリュールが案内してくれることになっている。彼女の実力は俺も認めている。護衛なら彼女一人で十分だ」
「しかし、アリュール様はあくまで案内役。万が一のことがあっては……」
カイは食い下がる。その瞳の奥に、職務熱心さとは違う、何か粘着質な光が見えたような気がした。
(ふむ、この俺への忠誠心、見上げたものだが……今日の俺は『お忍び』気分を味わいたいのだ。無粋な男は好かん)
「くどいぞ。俺が不要と言ったら不要なのだ。王には俺から言っておく。貴様は城の守りでも固めておけ」
俺はあしらうように手を振り、カイの横を通り過ぎた。
「……承知いたしました。では、お気をつけて」
背後から聞こえたカイの声は、妙に低く、感情が抜け落ちているように聞こえたが、俺は気にせず歩を進めた。
******
約束の時間、城の正門前へ行くと、そこには既にアリュールが待っていた。だが、その姿を見て、俺は思わず足を止めた。
いつもの凛々しい銀の鎧姿ではない。今日の彼女は、淡い空色をした、裾の長いゆったりとしたワンピースを着ていたのだ。腰には白いリボンが巻かれ、普段は後ろで束ねている金色の髪も、今日は下ろして風になびかせている。その姿は、戦場の女神から、深窓の令嬢へと変貌を遂げていた。
「お待たせしました、ユウさん! その……変、ですか? 普段、あまりこういう服を着ないので……」
アリュールが、少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうにスカートの裾をつまむ。
「ふん、悪くはない。いつもの鉄屑を纏った姿より、その方がお前の持つ本来の華やかさが引き立っているぞ。俺の隣を歩くには、及第点を与えてやろう」
俺がそう上から目線で褒めてやると、アリュールはぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「本当ですか! よかった……! 男性の方と二人で出かける機会が珍しく、少し緊張してました……。では、参りましょうか!」
城下町は、昨日の戦闘の傷跡を感じさせないほど賑わっていた。石畳の道の両脇には露店が立ち並び、香ばしい串焼きの匂いや、甘い果実の香りが漂っている。行き交う人々も、復興への活気に満ちていた。
「あ、アリュール様だ!」
「アリュール様、昨日はありがとうございました!」
「その服、とっても素敵です!」
町の人々はアリュールを見つけると、皆笑顔で手を振り、声をかけてくる。数人に至っては、
「これ持っていきな!」
と見たことのない果物や、日本にある林檎によく似た果実などをいくつも差し出してきた。
「ありがとうございます。皆さん、お元気でしたか?」
アリュールは一人一人に丁寧に言葉を返し、笑顔を振りまいている。その姿は、まさに国民的アイドルだ。
(ふむ……俺への歓声が少ないのが気にかかるが、まあいい。今は俺という影の支配者は、表舞台に立つアリュールを立ててやっているだけだ。真の英雄は、遅れて評価されるものだからな)
「ユウさん、このリンゴ、半分こしましょうか?」
アリュールが、もらったリンゴを服でキュッキュと拭いて、俺に差し出してきた。
「ほう、俺に供物を捧げるか。よかろう」
俺はリンゴを受け取り、かぶりついた。……甘い。そして酸味が絶妙だ。異世界の果物は、どうしてこうも生命力に溢れているのか。
「ねえ、ユウさん。ユウさんのいたニホンという国には、こういう市場はあるのですか?」
歩きながら、アリュールが尋ねてくる。
「日本か……。日本には『スーパーマーケット』と呼ばれる、巨大な屋内市場があってな。そこでは、世界中の食材が、氷の結界(冷蔵ケース)の中で永遠の鮮度を保たれながら売られているのだ」
「さらに『コンビニ』という、24時間……つまり、太陽が沈んでいる間も決して明かりを消さずに営業し続ける、不夜城のような補給所が、石を投げれば当たるほどの距離に乱立している」
「ええっ!? 夜も眠らずに……!? そこまで管理されたお店があるなんて……ニホンって、本当に先進国なんですね……」
アリュールが目を丸くして驚嘆する。ふん、現代日本の文明力に恐れ入ったか。
「ああ……。それにしてもここには奇妙な道具や異色の植物がたくさん売られているな」
俺の冒険心が疼き始める。すると、ある店先で衝撃的なものが目に入った。 「おいアリュール、見ろあれを! あの店先に吊るされている干し肉のようなもの……あれは間違いなくクラーケンの触手の燻製だな!?」
「えっ? あれはただの干し芋ですが……」
「いや、あの禍々しいねじれ具合、ただの芋であるはずがない! 店主! その『触手』を一つくれ!」
俺は自信満々に店へと歩み寄った。今日一日、この街のすべてを俺の色に染め上げてやろうではないか!




