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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 2章 投げ捨てることだって、簡単では無かったけれど
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8話 成長?

「ボクも水希さんとデートがしたいっっっ!」


 七瀬さんと遊び終え、夕方に帰宅。クレープの甘さがまだ喉の奥に残る、そんな調子のところにやつはやってきた。

 自室のドアの前。廊下に立ち塞がり、なにやら険しい表情。繰り出すのはアホ全開のセリフ。


 試しに目を擦ってみるが、やはり消えないタイプの悪霊らしい。塩が効かないことは既に判明している。


「はぁ……出費は痛いが、今度お祓いしてもらうか」

「どうしたのだトム先輩。悪霊でも憑いているのか?」


「憑いてるっつうか、定期的に訪問してくるんだ」

「それはただ事ではないな。だが悪霊も、トム先輩の人柄に惹かれているのだろう」


「悪霊に好かれる人柄ってなに? 悪口?」


 ダメージを与えようとしたら、見事に反射された。やはり宮野、鈍感さが強力無比なアーマーになっていやがる。天然って怖い。


「というかお前、『も』って言ったら俺が古河とデートしたみたいになるだろ」

「デートしてるじゃないか」


「おいおい、口に気をつけろよ宮野。この家でそういう話題は危険だ」

「ど、どれくらい……?」


「冷戦中の核実験くらい」

「もう少しわかりやすく言うと?」


「連載再開がトレンド入りしたときのハンハン読者の苛立ちと同じくらい」

「それは危険だな。以後気をつける」


「そうしてくれ」


 こいつの中でハンハン読者は核実験よりも危険なのか。という部分はもうツッコむまい。細かいところを気にすれば、二度と本題に入れなくなる。

 穂村荘の人々の中でも、宮野は最も会話が難航する相手だ。ちょっとした糸口さえあれば、俺たちは無限に脱線できる。あれ? 原因の片棒、俺も担いじゃってないですか?


「そもそも全部デートにしたら、俺と宮野が出かけたのもそうなるんだぞ?」

「それはまずい」


「思うのはいいけど、直接口に出すのはやめてください」


 メンタル弱い男の子は傷ついちゃうから。

 いやぁ、俺のメンタルが強くてよかった。やっぱり普段からメンタルトレーニングしてるからメンタル傷ついてもメンタル保てるんだな。メンタル最強!


 ……泣いてないっす。


「まあいいさ。トム先輩のことは捨て置こう」

「捨てる必要あった? 脇に置くだけじゃ足りない?」


「口が動いたのだ」

「普通に言ってるだけじゃねえか。せめて滑れよ」


「すまない。嫉妬してしまって、つい」

「嫉妬?」


「ボクも女の子と仲良くしたいのだ……っ!」


 と、女子が申しております。


「…………んー」


 こいつの場合、女子から嫌われるタイプでもないからな。男と話してるのだって、色目を使ってるわけじゃないし。サークルクラッシャーの素養もなさそう。オタサーの姫というわけでもなし。


「七瀬さんとは、最近いい感じだもんな」

「いい感じとか言われると……照れるな。ぐへへ」


「キモい顔になってるぞ」


 ぐへへとか女の子がする笑い方じゃねえのよ。男でもアウトだからな? 性差うんぬん以前の問題だから。


「マヤさんともよくゲームやるもんな。俺もいるけど」

「うむ」


「で。その流れに乗って古河と仲良くなりたいってわけか」

「ああ。だが、水希さんはどうも難しくてな」


「そうか?」

「トム先輩にはわかるまい……持たざる者の苦労というものが」


「俺の手ぶら具合舐めんなよお前」


 右手に虚無、左手に虚無。二つ合わせて退屈だからな。お手々のシワとシワから幸せ、生み出せません。長時間やってると手汗が滲んできます。解散。


「そもそも、古河くらいノリが良ければどうとでもなるだろ」

「そうだろうか……」


 特に会話したことない男をシェアハウスに誘うようなやつだぞ? 初対面のときはコミュ力モンスターだと思ったもんだ。初対面のときは。


 強いていえば、家の中だと食事のタイミングくらいしか接点がないけれど。別に家の外でも変わらんしな。


「ぶっちゃけ、行きたい店を伝えるだけで宮野の願いは叶うと思うけど」

「それが! 難しいと言っているのだ!」


「そこは頑張りなさいよ君」


 だっるい恋愛相談みたいになってきたぞこれ。うだうだしたやつを叱咤する俺は友人ポジション。つまり性格がいい(暴論)。


「トム先輩が手本を見せてくれればいいのだが」

「俺が?」


「そうだ。そうすればボクも踏ん切りがつく」

「またわけの分からんことを」


 なんなら今の会話を、そのまま古河に伝えてやろうか。どんな反応するんだろうな。たぶんだけど、「あっ、ちょうど悠くんと行きたいお店あったんだよねえ」とか言うと思う。

 俺が来る前から、古河は宮野を気遣っていたのだ。一緒にご飯が食べられたら嬉しいと。自分では上手く誘えないことに、悩んでいたのだ。


 あの古河が悩むって、相当なんだよな。よっぽど大事にされてるよ、お前。

 なんてことを伝えてしまうのは、きっと俺の役目ではなくて。


 やれやれ。これだから後輩ってのは大変だ。


「じゃあ、今から見せるから。ちゃんと見とけよ」

「ぎょ御意」


「さか〇クンさんみたいな返事すんなや」

「承った」


「なあ宮野。この間言ってたビッグバンバーガー、今度食いに行こうぜ」

「ああ。構わないが……なぜ急に?」


「はい。手本終了。こんな感じで行ってこい」

「?」


 首を傾げて、不思議そうな顔をする。眼鏡の奥には『?』マークが浮かび上がって見えた。


「今、飯に行く約束できただろ?」

「た、確かに……無意識のうちに頷いていた。なんと恐ろしいトム先輩のテクニック!」


「ズルみたいに言うのやめてな」

「これさえあれば、ボクにもできるぞ」


「別になくてもできるんだけどな」

「いざ行かん!」


 俺のツッコミは聞かず、てくてくと歩きだす宮野。階段を軽やかに降りると、リビングへ「頼もう!」と入っていく声が聞こえた。

 やべえだろあいつ。面白すぎる。


「ま、あれも成長か」


 ため息と一緒に笑って、部屋に戻る。

 ベッドに置いたスマホを拾って、メールの受信ボックスを確認。田代玄斗からの返信。開いて内容を確認して、『さんきゅー』とだけ書いたメールを送る。


 さて。俺もちっと、頑張りますかね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 返信、だから次の誘い、じゃないんだよね。 何か依頼していたのか。 宮野さんは、もうちょっと普通にするだけでいいのにね。
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