1話 正直これが一番楽しい
「給湯器、復活よ!」
「テルマエに入れるってことですかぁ!?」
「黙りなさい平たい顔族」
マヤさんによる完璧な返答には、相変わらず惚れ惚れしてしまう。俺の顔面の起伏が乏しい、という点はちょっと傷つくけど。ローマ人に比べたらね。
わーわーやーやーわちゃわちゃわちゃ。と蛇口からお湯が出るのを確認する。ふざけたオノマトペだけど、大方こんなもんでした。俺はちょっと離れたところからやーやーする役。わちゃわちゃはしてないです。誓って。
夕方のリビング。普段なら夕食時までバラバラなのだが、今日はわけあって全員集合している。そして誰もが、スマホなりメモなり、俺に関してはノートパソコンを持ってここにいる。
「ほら、確認したらさっさと座って。本題はこっちなんだから」
「「「はーい」」」
キッチンから戻ってくる女子三人。やーやー係の俺は一足先に着席して、パソコンを起動する。
デスクトップは可愛い女の子のイラスト、と思いきや普通に竹林の風景。最初っからテンプレートとして用意されてるやつ。推しが常に見えると落ち着かないのだ。というより、人前で見せられないものはデスクトップに表示したくない(本音)。
「真広、司会頼んだわ」
「なぜ俺が」
「つまんないじゃない。進行役」
「なるほど」
納得の理由だった。じゃあなぜ俺に押しつけるんですか? という問いを飲み込んだ俺は社会性Sランク。
別にこのメンバー相手なら、代表して喋るのも苦じゃないし。
「じゃあ、ぼちぼち始めますか」
だらっと話題を動かし始めると、かつてないほど周りからの圧を感じた。ゴゴゴ……と立ち上るタイプの圧力、ここの人は全員使えるんですね。入居に必須でしたっけ?
へらっと流そうとするが、しかしここは鎌倉幕府。三方を女学生に囲まれ、もう一方をOLに挟まれている。攻められやすく守りにくい陸の孤島。生きて帰れるかは、これからの俺の発言にかかっている。
緊張感に乾いた唇を、静かに湿らせ、
「沖縄旅行。行きたいところがある人は――」
「美ら海水族館に行きたいですっ!」
「離島でその地ならではの空気を!」
「食べ歩く!」
「海は必須よ! 白いビーチ!」
「国際通りというところにも興味があります!」
「三線の演奏を生で聴いてみたいのだ!」
「座って食べるお店も外しちゃダメだよ!」
「水着でナンパされるまでは帰れないわね」
「なるほどなるほど……」
古河はなしで、マヤさんは湘南っと。
第二希望まで並んだところで、順番に確認していく。
「七瀬さんのは定番って感じだし、反対意見もないと思うんで。採用でいいかな」
「ありがとうございます!」
「混雑はすると思うから、休日は避けたいねって感じか……。オッケー」
エクセルを開いたくせに、普通にワードに文字を打ち込んでいく。大学で学んだこと? 忘れたよんなもん。
次、宮野。こっちもまともな意見でありがたい。
「離島ってどうなんだろうな。どこに行くかにもよると思うんだけど……と、いうより。酔いやすい人いる?」
「ボクの右に出る者はいないだろう」
「なんで自信満々なんだよ」
「特に船がダメなので、道路で繋がっている離島がいいのだ」
「なるほど」
そうなるとけっこう限られてきそうだ。まあ、他の目的地との兼ね合いで決めるとしようか。具体的な指定はないようだし。
どっちも実現可能ラインではあるので、上手く組み込む方向で検討、と。
「戸村くん戸村くん。ご飯の予定を綿密に決めないとダメだよ」
「自由にしといたほうがよくないか?」
「そしたらコンビニおにぎりになっちゃうよ!」
「一理あるけども」
旅先で食べるコンビニおにぎりって美味しいですよね。そういうことじゃないか。古河が言ってることは違うな。
「じゃあ、ある程度食べる場所とかは決めとくか。でもあんまり綿密にすると、食べ歩きとかしんどくないか?」
「そこは胃袋に頑張ってもらうつもり」
「お前ほんと覚悟決まってるよな」
古河の食事予定だけは綿密に……と。
「真広」
「…………」
「真広」
「…………」
「まひろぉぉぉおおお!」
「なんですかマヤさん! ツッコミ待ちならもっかいボケ直してください!」
肩をがっちり掴まれて、頭をぐわんぐわん揺すられる。視界が高速メリーゴーランドのように回る。走馬灯、見えちゃったよね。
これまでの人生を三週分見返したところでやっと解放。額を手で押さえて平衡感覚を取り戻す。
「で、なんですか」
「水着でビーチでパリピにナンパされるのよ」
「欧米か。はい、次」
「なんで! そんなに! 適当なのよ!」
「面倒くさいからに決まってんでしょうが!」
あり得ないとでも言いたげに目を開くマヤさん。だが、俺は進行役なので毅然とした態度で振る舞う。
「……ちゃんとしたこと言わないなら、このまま無しにしますからね」
「シュノーケリング」
「了解です」
拗ねた子供のように言うと、ふんっと視線を逸らされた。
この人ほんと、難易度高いよなぁ。
マヤさんのぶんを追加して、最後に俺の意見を加えておく。
安全に楽しむ。と。
ざっくりと行きたい場所を決めて、ルートを作って、宿泊施設にも目星をつけていく。
部屋? 別室だよ別室。こっち見んな宮野。




