17話 スーパー行っただけではしゃぐ人たちがいるってマジですか?(マジです)
夜のスーパーというのは、なにげにテンションの上がる場所だと思う。
俺、サンドイッ〇マンくらいテンション上がってない? 行く先々、目にするものに対して一々喜びすぎな二十歳。もうちょっと落ち着きのある生活をしてほしい。
「静かなものだな」
「ちょっとドキドキしますね……」
隣の二人はどちらかと言えば不安、といったふうだった。この時間の外出がそもそも少ないだろうし、したってスーパーに来ることはないだろう。
混雑する時間帯を抜ければ、買い物客はまばらにしかいない。レジも半分以上が停止して、それでも空いている店員さんがいるくらいだ。売り場には多くても各コーナーに一組。
一人暮らししていた頃は、よくこの時間帯を狙ってきた。待たなくていいし、売れ残りが安くなっている。タイムセールのものが手に入らない。という短所はあるが、社会人のみなさんと張り合えるほどタフでもない。
「お菓子だけ見てく? それとも、一周する?」
「ボクは一周したい」
「そうですね。こういう経験ってあんまりないので。見て回りたいです」
不安な様子ではあるが、好奇心もあるらしい。俺の少し後ろを歩きながら、二人の意見は一致する。
カゴを持ってぷらぷら歩く。野菜コーナーから順繰りに。
「野菜買ってくかな……いや、やめよう」
我が家の冷蔵庫は、古河シェフによって完璧に管理されている。下手に気を遣えば、冷蔵庫に入りきらなくなるかもしれない。その展開は避けたい。
「そういえばトム先輩。好きな野菜はなにかあるのか?」
「思い出したように聞くことかそれ? ずっと抱えてた疑問なの?」
「前々から気になっていたのだ」
「嘘つけよ」
「まあ、嘘ではあるが」
「話題の振り方が雑になってんぞ。夜だからって、なんでも許されると思うなよ」
「かたじけない」
「申し訳ないだろ」
なんでお礼言われたんだよ俺は。
「……でもまあ、強いて言うなら、ジャガイモかな」
「ふむ。理由を聞いても?」
「安くてレンチンで食べれる炭水化物……一人暮らしのときに世話になったんだよ」
「時々思うのだが、トム先輩は本当に一人で生きていられたのか?」
「生存能力低そうですよね。先輩って」
この子達の前で言うわけにもいかないが、案外人って死なないもんだよな。栄養が偏ってもなかなか倒れないし。若さを摩耗しているだけなので、もうやらないと決めてはいるけど。
「先輩には料理する人が必要……と」
なにやら呟く七瀬さん。
「食のラインを断てばチャンスはある……」
なにやら企む宮野。
よくわかんないけどゾクゾクするね。見えない恐怖が近づいている気がする。
「じゃあ、二人の好きな果物は?」
「バナナだ」
似合ってるとは言えないよな。似合ってんだけど。
すっげえ爽快な顔で宮野がバナナ食べてんの、朝とかによく見るし。
「桃です」
っぽいなぁ。七瀬さんが桃好きなの、なんというかすげえぽい。似合ってる。
「なんか二人とも、いい感じに個性的だよなぁ」
「そういう先輩はなにが好きなんですか?」
「りんご」
「…………」
「…………」
「おい、なぜ黙る。なんか言ってくれないと悲しいじゃん」
「いやぁ」
「あの、なんというか」
二人揃ってひどく反応しづらそうな顔。
「先輩って、もっとこう、特殊なものが好きなのかと思ってました」
「ドラゴンフルーツくらいの覚悟をしていたから、……すまない」
「俺ってそんなに捻くれてそう!?」
ドラゴンフルーツって、もはや普通のスーパーじゃ手に入らないやつじゃん。どうやって好きになれってんだ。
食べたら好きになるかもしれないけど、聞かれて答えはしないし。会話が止まったら悲しいから。
じゃありんごって答えれば会話が弾むのか? 答えは否。結果が物語っている。よって果物に関する話題は、今後の人生において永久凍結することに決定。こうやって人は進歩していくんだね。
「まったく。俺ほど単純な人間もそうそういないだろうに」
深々とため息を吐くと、七瀬さんに優しい目で見られた。
「先輩。やめましょう?」
「なにを!?」
シンプルな善意が一番効く。というのは古来から言われていることだよね。
というか俺たち、スーパー来ただけではしゃぎすぎ。
◇
買い物から帰って、各々が自分のやることに戻る。
ついに三種の神器を揃えた俺は、いつも通りテレビ画面と向き合って熱い夜を開始する。ダンジョン攻略RPGは、基本的に難しい印象がある。初見殺しが多いし、探索から帰るのも一苦労だ。
投げ出す人も多いだろう高難度。だが、俺くらいのゲーム好きにはちょうどいい。クリアさせる気あんのかよぉぉおお! と呻きながら戦うのが最高に楽しいんだよな。
日付が変わるくらいで、一段落がついた。階層のボスを発見したのだ。またレベル上げをして、スキルを揃えてから挑む必要があるだろう。
今日はここまで。セーブを忘れずにして、電源を落とす。
平日の夜更かしはそこそこに。大学生は遅刻してもいいんだよ! 的なことは中高生に悪影響だから絶対やらない。むしろ皆勤賞ムーブをかましていきたい。
歯を磨こうと一階に下りると、リビングの明かりが点いていた。
消し忘れだろうか。
中に入ると、黙々とシャープペンシルを動かす少女がいた。
「七瀬さん。そろそろ寝ないと、体持たないよ」
「あ、先輩。……もうそんな時間ですか」
「うん。ほら、明日が今日になった」
時計の針が十二を示す。一周した針が、また新しい一日を刻み始める。
「俺も寝るから、そろそろ寝なよ」
「はい。今、片付けます」
「うん。それじゃ、おやすみなさい」
「――あのっ、先輩」
「ん?」
呼び止められて振り返ると、七瀬さんは立ち上がって少し近づいていた。だるまさんが転んだなら、次のターンにやられる。それくらいの距離感。
ほんのりと頬を朱に染めて、手を胸元に添えて、少女は口を開く。
「先輩のおかげで、最近。毎日が楽しいんです。――だから、たまには、ちゃんとお礼を言いたくて……」
「ありがとうは、俺もだよ。いつも楽しませてもらってる」
「そうですか。……そう見えます」
「でしょ?」
この家の住人は、どうしてこうも眩しいのだろう。
ありがとうなんかじゃ足りない。きっともっと、大きな言葉が必要なのだ。たくさんの気持ちを伝えられるだけの言葉が。
四人それぞれに、形も色も違う、けれど根本的には同じものを。伝えたいと、俺も思う。
彼女もそう思ってくれていることが、とても嬉しい。
肩をすくめて嘘っぽく笑ってみせる。
七瀬さんは少し呆れたように笑って、ぷっとふきだした。
「まったくもう。先輩って、ときどきすっごく先輩ですよね」
どういう意味かは、ちっともわからない。
まあでも、それはきっといい言葉だ。
昨日ちょっと疲れてぶっ倒れてしまったので、毎日更新はいったんやめます。
詳しいことは活動報告に書いてありますが、深いことは書いてないです。
病気とかではないので、ご心配なさらず。皆さんもお気をつけて。




