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三十六冊目・鬼滅の刃・吾峠呼世晴

   吾峠呼世晴ごとうげ こよはる ・  鬼滅きめつやいば


 今回のひよこは、説明不要な人気作品、鬼滅の刃をあげてみます。全世界いたるところでコロナウイルスに翻弄される中、子供から大人までが大正時代を舞台とした本作に夢中になりました。出版界やアニメ映画、またキャラクター商品を扱った衣料品や食料品までも売れて潤ったので、明るいニュースだともいえます。以下は例によってウィキから一部抜粋したものです。(2021年1月現在のもの)


 ↓ ↓ ↓


『鬼滅の刃』(きめつのやいば、英: Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba)は、吾峠呼世晴による日本の漫画。『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて2016年11号から2020年24号まで連載された。 大正時代を舞台に主人公が鬼と化した妹を人間に戻す方法を探すために戦う姿を描く。シリーズ累計発行部数は単行本第23巻の発売をもって一億二千万部を突破している。

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 著作品の発行部数が一億部突破とは大したものです。作者は女性で1989年生まれ、若くして初連載作品でこの偉業。それだけでなく、映画劇場版の無限列車編の興行収入が、公開から七十三日間で三百二十四億円に達しました。漫画単行本の最終巻発売日には本屋で開店前から並ぶ人もいました。社会的にも異様な盛り上がりを見せ、年を越えた現在もなお鬼滅ブームが続いています。

 私には子供がいますが、子供から絶対に面白いからとの勧めで、映画から入りました。漫画も読んでいない白紙の状態から鑑賞しましたが、漫画では珍しい大正時代を扱っていますので楽しみでした。キャラクターが魅力的で面白いのと、個性がはっきりとしていて登場人物の人間関係がすぐに把握できる。でも私は原作を読んでいないので当然ストーリーの予測がつかない。見たら泣くという話だが、果たして上映後半、私の周囲は泣いている人がいた。しかし、私は泣かなかったです。

「泣かなかったって? ええ~、ぼくも一緒に行った友だちもぼろ泣きだったのに」

「……原作知ってたら映画で泣くというのかっ」

 これが俗にいうキメハラ=鬼滅の刃ハラスメントというものですか、そうですか。といわけで私は全巻を一気読みしました。それでも泣かなかったわ……でも本作は大変に面白かった。

 本作は二十三巻で完結だからこそ、私は読めた。そして、鬼を倒すという一つの目的に添って秩序だって組み立てているのでラストは読む前からある程度の予測はつく。敵の鬼側も決められた秩序に従ってその中で動いている。主人公の竈門炭治郎かまどたんじろうの妹を鬼にした鬼舞辻無惨きぶつじむざんを倒すのが目的。これが一貫していて、最初から最後までぶれていない。わかりやすくてよい。

 主人公はもちろん、味方の仲間たち、先輩後輩たちの背景、上下関係、技関係が整然としている。加えてビジュアル面もそれぞれが魅力的でカッコいい。もしくはかわいい。男性も女性も性格がはっきりして、それぞれが役割が違う。幼児もいれば、ひょっとこ面をかぶった刀鍛冶たちも出て来てそれも違和感がない。少年漫画ではこれは珍しいのではないかと感じました。それだからこそ、少年漫画の枠を超えてヒットにつながったのかも。

 全般に主人公の炭治郎たんじろうの誠実な性格がそのままストーリーの骨子になって、他の登場人物を引っ張る原動力となっている。最終は皆で協力し合って無惨を倒すがその無惨でさえ、最後の最後に炭治郎に感化されて初めて涙を流す。すがりつく。これまたわかりやすすぎて、はやるはずだと思いました。

 無惨を倒すために結成された鬼殺隊きさつたいの上層部ははしらというのですが、彼らの個性も際立っていて、それぞれにファンがついている。

 千年間生き続けて人を食べていたという鬼の始祖、鬼舞辻無惨きぶつじむざんを倒すために、彼らは戦う。が、この無惨もまた魅力的な容姿と身勝手な性格を隠さず、読者をも魅惑する。炭治郎たんじろうにとっては家族を惨殺し、かつ妹の禰豆子ねずこを鬼へと変貌させた仇敵でもあるのに。

 無惨にしたら千年以上を生きているものの、雑踏で鬼殺隊に入ったばかりの炭治郎に発見されてしまう。炭治郎の目的をすぐに見破ってもその場で殺さない、耳飾りを見て動揺もする。部下をすぐに手配するが主人公は苦戦しても勝つのもまたお約束。それが無惨と炭治郎の因縁の始まりで、そこからそれぞれの世界が広がっていく。無惨は夜しか活躍できぬので、太陽を克服した鬼になった炭治郎の妹を欲する。物語がすすむにつれて、無惨が鬼にしたものを上下関係で縛り、自在に動かしていることもあらわになる。つまり無惨は唯一無二なのです。そして早い時期から性格がクズだと露呈している。これをどう攻めていくか。読んでいくうちに私はラストがどうなるか興味津々でした。


 今回は私は、この無惨とその周辺に焦点をあてて感想を書いてみようと思います。なぜかというと、この無惨は悪の役割を担うが、根本的に人間の情を理解できぬようになっているから。素知らぬ顔で悪事をこなして。実社会に溶け込んで大きな顔をしている連中とよく似ている。もっとも、彼らは無惨のように容姿を変えたり、他の人間を鬼にすることはできませんが影響力が強いのは事実。

 本作は人情を理解せぬ愚か者が、強硬な恐ろしい能力を持たされるとどうなるかの話でもある。無惨は、殺されるということは天変地異で死ぬのと同じだと言い切る。鬼殺隊はしつこい、異常者の集まりだと逆切れもする。つまり、最初から最後まで無惨は思い上がっており、「自分勝手気まま」 なのです。立派な悪役です。最終巻で、最初で最後の涙を主人公の炭治郎だけには見せるが、それでもなお勝手な理屈をいう。最後の最後までもが、珠代のいうとおり「生き汚い」人生を送りました。無惨に同情もできぬ終わり方でよかったです。他の鬼のように今わの際に、人間時代を回顧させて同情をひかず最後まで悪役を貫くのに逆に安心したぐらいです。続編は現時点ではないようですが、復活して炭治郎の子孫を苦しめたりで、ストーリーが変に続くことがないよう祈っています。単行本で二十三巻というのは、ちょうどいい感じです。


」」」」


 さて、無惨を一番良く知っている鬼が珠代です。一緒に行動していた時期もある。病弱の非力な女性だったのですが、無惨から騙されて鬼にされ、夫と子供を食べてしまう哀しい過去を持つ。長く生きている間に医薬品に強くなったのでしょう。炭治郎の出会いでは、雑踏で無惨に鬼にされた人間を介抱します。この珠代は作中で一番好きなキャラクターです。主人公の炭治郎もまた万能ではなく、珠代の力を借り、試行錯誤しながら無惨にかかわり、最後は無惨に追いすがられつつも、生還するという流れ。珠代は無惨の弱点を把握し身を隠しながら炭治郎の協力を得て鬼の血を人間に戻す研究を続ける。だから脇役としても別格の扱いです。しかも、最初の日の呼吸を使った剣士に実際に会って会話もしている。人間としても鬼としても一番非力な珠代が戦いのキーマンというのが私は非常に気に入りまして、彼女の出てくるシーンだけを何度も読み返したりしました。

 無惨からの身の隠し方や、無惨たちの弱点である藤の花のかかわりが不鮮明なまま終わったのは残念だが、欠点はそのぐらいでとにかく打倒無惨で皆で協力し合っていく。この盛り上がり方がすごくて飽きさせないのはやはり作者の創作力がものをいっている。

弱者がつよくなって最強の敵を倒すというのはカタルシスを得る。しかも絶対的強者の性格に明らかな欠陥があり、それが物語を引っ張っていく設定がおもしろい。この悪質な無惨よりも賢くてある意味最強なのがいる。それは無駄に朗らかな童磨だと個人的に思うのだがどうだろう。彼に知恵があれば無惨よりも上に行くと思うが、無惨の血を与えられた以上それは絶対にない。また童磨の性格は上を目指さない。無惨側の鬼の中では私は童磨が気にいったのだが、この設定も本当にうまくできていると感じた。


 無惨は短期間のあいだに、つまり炭治郎が鬼殺隊の入隊したばかりのころに発見されてから、わずかの期間で、誠実そうな父親、艶やかな女性、製薬会社関連の家族にもらわれた養子の少年などに化けている。それぞれの外見は見栄え良くても、一貫して中身と行動がクズというのも、悪役としての新パターンではないか。逆切れもまた名言として一部の読者から無惨「様」 と敬称をつけられるほどになった。現実にいるパワハラ上司を彷彿とさせるので、経済紙記事にも取り上げられている。少年漫画の悪役の扱いとしては珍しい扱いです。

 鬼殺隊の元締めの産屋敷うぶやしきは元々は無惨と親戚と明らかになっている。この二人が対峙するシーンは本作の見どころでもあります。というのは、千年生きてきた無惨よりも、寿命に限りあり、かつ、病気で容姿が崩れた瀕死の産屋敷の方がずっと物事の本質を見極めているからです。産屋敷は珠代に次いで私の好きなキャラクターです。以下は産屋敷の名言。

「無惨……君が死ねば他の鬼も死ぬのだろう」

 その直前に永遠のものとは、何を指すのかを無惨に諭すが無惨にはまるで通じない。それでも産屋敷は無惨に一矢報いたのは確実。産屋敷は無惨との短い会話で無惨の愚かしさを知っただろう。それでも余裕の微笑みを持って無惨と会話できたことに感謝の辞を述べる。無惨がどんなに愚かなクズでも、超人的な能力を持っているのは事実で、産屋敷をあっさり殺してしまう。そこからまた新たなシーンにつながってさらなるクライマックスに繋がる。このあたりの繋ぎがすごい。

 無惨は最終的に、他の鬼が当てにならなくなると、無惨自らが動いて倒すと決める。最初からそうしなかったのは、無惨の思い上がりと情緒面の不足がそうさせたのでしょう。孤独を孤独と感じない人間は愚かな行動をとる。炭治郎に会ってもなお、まざかの難癖をつける。永遠に生き続けて千年以上たつ無惨に対して、まだ生まれてわずか十数年の炭治郎に「お前はこの世に生きてはいけない存在」 と、あきれられるほどに。

 無惨は最後まで往生際が悪く炭治郎たちを苦しめるも、最後はハッピーエンド。炭治郎の成長過程と友情の育みで漫画のストーリーを楽しんでいると、突如として無惨が登場するたびに話の手綱がぐっと引き締められる。その分、無惨の無常の個性が光る感じかな。

 生来からの情緒的な欠陥があると、どんな能力を持てても結局は不幸なこと。でも不幸だとも感じない無惨は最後の最後で涙を見せる。これにも私は冷静で「千年も生きていてやっと今頃か」 と思いました。立派な悪役です。珠代が弱りつつある無惨を抱きしめるシーンが特に好きですが、これは弱者としての珠代の力量が無惨のそれと逆転するポイントでもある。無惨はあっちでもこっちでも、そういう扱いを受けてもまだ気づかない。少年漫画史どころか多分今後の映画史にも残る悪役です。


 最後に無惨以外のキャラクターと作者にも触れておきます。映画無限列車編で重要な役周りをする大人気の煉獄氏ですが、彼は二十歳の設定です。作中では父親のことで苦労しています。直情的で優しくて頼りになってすごく強い……長所ばかりの彼ですが、何度もお弁当を「うまい」 と連発し、炭治郎との会話も最初はかみ合わず、目もあわせない。鬼に眠らされる心のうちでは、燃え盛る炎をあちこちに点在させています。強いキャラクターに見せかけているものの、苦労性な子だなあと痛ましく思いました。死に方もカッコいいといえばカッコいいですが、命消えつつあるときの母への問いが最後です。亡くなった母が微笑むことで安心するというのも、哀れに感じました。こういった話をまだ年若い吾峠氏がさらりと描けるというのも尋常でない才能です。

 吾峠氏の処女作は、「過狩り狩り」という鬼滅の刃の元ネタともいえる四十五ページの短編です。本作も読みましたが、すごくおもしろかった。珠代と愈史郎ゆしろうが出てきます。愈史郎が扱う「眼」 のデザインもほぼそのままです。短編集に収められていますが、他の短編もそれぞれが新鮮で面白かった。読者に既視感を感じさせないのも才能です。文殊史郎兄弟、肋骨さん、蠅庭のジグザグ どれもちょっとホラーテイストで悪役が出てくるのは一貫している。そして五体満足でないのはお約束です。既存のキャラクターではない。悪役と戦う最中の切迫感よりも、周囲の状況説明にも余裕を感じさせるのが特徴だと感じました。それが炭治郎の成長過程のストーリーの組み立てにも大いに役立っている。二十三巻、冗長でない。私は映画から入ったクチですが、原作に忠実な映画で改めてよかったと思います。猗窩座あかざの登場シーンの音楽が臨場感があって、いいぞと思いました。やっぱり原作も読もうと思った瞬間でもあります。あれを見るためにもう一度映画館に行ってもいいぐらい。バレエ全幕でいえば、パドドゥのクライマックスシーンぐらいだ……次の遊郭編は鬼の兄と妹の話でもあるので、もしこれも映画化されたらもっと楽しみです。ただし、原作に関しては別ですでに完結しているものを、無駄に続編や変なスピンオフはやめてほしいと個人的には思う……が、読者の多くが望むなら出るでしょう。本作の余韻を壊さないようにとだけ望んでいます。



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