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三十冊目・人間の条件・アンドレ・マルロー、小松清&新庄嘉章訳

最初に……本作中で「白痴」「娼婦」「支那」という現在では使いにくい言葉がありますが、エッセイの流れ上、原文のまま使用しています。以下は現代語訳です。

白痴 ⇒ 重度の知的障碍者、

娼婦 ⇒ パパ活、 

支那 ⇒ 中国、現在平仮名から漢字変換すらできなくなっていますが昔は普通に使用されていました。歴史的な問題をはらむ意図はなくとも使いにくい言葉です。


 アンドレ・マルロー 「人間の条件」  小松清こまつきよし新庄嘉章しんじょうよしあき




 マルロー、フランス人。名前だけ知っている作家。そしてシャルル・ドゴール政権時代の有力政治家……。今回のひよこは、彼の代表作である「人間の条件」 をあげてみます。

 まずはマルローのウィキから抜粋します。たった二行で彼の人生を俯瞰できるのがウィキのよいところです。

↓ ↓ ↓

アンドレ・マルロー(André Malraux, 1901年11月3日 - 1976年11月23日)は、フランスの作家、冒険家、政治家。ド・ゴール政権で長く文化相を務めた。

↑ ↑ ↑


 フランスを代表する作家といえば未だにマルローの名前を挙げる人が多いでしょう。フランスにはマルロー公園やマルロー美術館があります。私はフランスに行ったこともない人間ですので生きている間に一度は行きたいと思っています。先日鑑賞した映画「ホワイトクロウ」 の主人公ヌレエフの亡命にあたり、マルローの名前があがったのをきっかけに改めて興味を持ちました。(映画自体の感想は、バレエエッセイの続編第九十七話に書いています。 ⇒⇒ https://book1.adouzi.eu.org/n2189bw/97/)

 まさかバレエとマルローが結びつくとは思わなかった。


 マルローは、なかなかおもしろい人物です。父親も祖父も自殺した家系で裕福な家に生まれ、高校卒業すると東洋の語学校に学ぶ。在学中にこれまた裕福なドイツ人女性と結婚、あちこち妻と旅行して回る。妻のお金を使い倒したのち、破産、それでもめげずにカンボジアに行く。そこで寺院のレリーフを盗んで逮捕される。すでに作家としての知名度があったため、妻がいち早く帰国して署名嘆願運動を起こし助けてもらう。つまり窃盗歴ありです。どうりで本作でやけにリアルな牢屋シーンがかけたのかも。その後も義勇兵として活躍したりでなかなか波乱万丈な人生です。

 初めて小説を書き上げたのは二十五才の時。題名は「西洋の誘惑」。未読なのでストーリーは不明ですが、良い評価を得たらしく、次々に新作を上梓します。本作「人間の条件」 は三十三才の時に書き、フランスの直木賞にあたるゴンクール賞を得る。

 彼が政治家となったのは、四十代以降です。現在フランスを代表する空港名にもなっているシャルル・ド・ゴール首相とは友人で文化相を務めました。ド・ゴールの選挙の応援の際にすでに知名度のあるマルローが現れると、会場が湧きこれでド・ゴールが勝つと確信したというブログ?というか日記に残した人がいます。国民的作家であったのでしょう。来日もされ、日本の古来文化をほめています。本作を翻訳した小松清はマルローとは知己で実際にマルローの家に寝泊りしていた時期もあります。


 マルローの代表作である「人間の条件」 舞台は昔の中国。作中では支那となっています。といってもそんなに大昔ではない。千九百二十七年。昭和二年ごろの話。蒋介石が起こした南京事件が舞台です。しかし本作は歴史ものではありません。共産主義賛美作でもありません。というよりも、本作はクーデター事件下における群像劇ですね。

 主人公は、キヨ・ジゾールという暴動を起こす側の中国共産党員。父親は北京大学教授で妻は日本人。つまり清自身は、中国人と日本人の混血です。清の妻はドイツ人女医です。戦前化の北京で多種多様な国籍やハーフが登場します。マルロー自身がフランス人なので、やはり文面がなんというか中国的ではなく、暗黒かつ残酷なシーンでもなんとなくサラリとした乾いた読後感を持ちました。

 本作はエンタメではなく読んで先へとひきつけられるような内容ではありません。しかしなんともいえぬ魅力ある文面がいきなり出てきます。私は歴史的事件に遭遇するにあたり、人の生死が身近にある人間は何を考えるのかという興味で読まされました。

 はっきりいうと、「人間の条件」 という題名ですが、人間が人間たる条件とはこういうことだとも書いていません。しかもマルロー独特の文体特徴かどうかはわかりませんが、視点がよく入れ替わるので、そういうのが苦手な私にとっては読みづらい作品でもある。それでも読まされてしまうのはマルローが実際に人の死を見て牢獄の様子も見てというのが迫力ある文面でもって、伝わってくるからです。おまけにアヘン窟、娼婦、白痴などという表現がバンバン出てくる。マルローはアヘン窟にも行ってアヘンも体験したとしか思えぬ記述もある。若いうちにこういった修羅場を知り、それを小説に書くのは、ある程度の実体験がないと無理です。法律がどうのこうのという以前にこういった体験を知り得る人物は後年政治家としてやっていくうちに種々の立場にいる人の気持ちがわかり、種々の交渉事や政治的な駆け引きに有利に運んだのではないかと思います。


 以下はこの言い回しがすごい、一覧です。

◎ 男女の違いへの見解が書かれている。以下は原文の抜粋。

ヴァレリイ「あなたは女の中に、あなたを支える才知しか認めない。それだと安心できるのよ」

フェラル「女にとっては身をまかせること、男にとっては、女の体は所有するということ。これは人間同士がともかく理解しあうためのただ二つしかない手段だ」

ヴァレリイはその言葉に「瓶より偉いと思い込んでいる栓の話とそっくりだ」と返す。ウィットにとんだ文が続く。


◎ 蒋介石の自動車に爆薬をしかけるちん。彼は牧師に会って告白する。そして「よくきいてくださいよ。ぼくはね、これから二時間すれば、人殺しをやるのですよ」 ……真実だが、牧師は相手にしない。「それは、とほうもないうそじゃ」 すると陳は何をしたか。以下は二行は原文まま。

「陳の腕がだらりと垂れた。彼は笑うこともできなかった。「うそだって!」 と、彼は通りがかりの男の方をむいて叫んだ。

 テロリスト陳は、仲間と合流するが、その行動っぷりが普通の生活圏にありながらの思考がテロリストに直接取材したのかと思うぐらいだった。話があちこちに飛んでそれていくが、結局テロは失敗におわり自分を把握していたつもりだった陳は思う。

「人間がこうまで孤独になれようとはこれまで夢にも思ったことはない」


◎ 酒場はいっぱいだった。世の中が物騒なときは、いつもこうだ。


◎ 主人公ジゾールはいう。「人間は、みなキチガイだ……中略……だがこのキチガイと宇宙とを結びつける努力の人生がなかったら、人間の運命とは果たしてどんなものだろう」……

 マルローの文章は時に眠たくなるが、時におなかのそこから感動の唸り声がでる。そんな感じで読みました。言葉の宝庫と言ってもよいぐらい。能動的文体とどこぞの文学者がマルローの事をそう評していたが、私はアホなので、読んではじめて実感した。

 文面による人生についての思索にふけりたいときにおすすめします。私は機会あれば他の作品も読んでみます。そしてフランスに行ったらマルロー美術館に行ってみようと思います。印象派絵画の宝庫らしいので。









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