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十三冊目・姿三四郎・富田常雄

富田常雄・姿三四郎


 姿三四郎という題名の小説は、柔道の話という位置づけかもしれないが、柔道のルールを知らなくとも楽しんで読める青春小説でもあります。書いている時代は明治なのですが、現在でも違和感なく読めます。すごい筆です。

 本作品の作者、富田常雄は明治生まれの大衆作家という位置づけです。売れっ子作家だったらしく著作が多い。そしてその代表作が姿三四郎。どれだけ人気があったのか、今でも小柄な柔道選手が大柄な選手を倒すとマスコミが三四郎という愛称を送るぐらいです。せっかくだから三四郎の愛称がつけられた柔道家一覧です。ウィキからひっぱりました。私は柔道を知らないので書いただけですけど。

 ◎ 木村政彦(作者の富田常雄自身がつけた最強の柔道家)、

 ◎ 岡野功(中量級なのに無差別級の選手も倒した)

 ◎ 山口香(女性、だからオンナ三四郎。カッコいい!)、

 ◎ 古賀稔彦 (私でも名前を知ってる柔道家)


 ストーリーを少しだけ。柔道のことを柔術と表現していた時代、新しい風を吹き入れようとする矢野正五郎がメインで動く話と姿三四郎が主人公で動く話の二部構成になっています。作者自身が初版発行のあとがきに柔道小説とはっきり書いているらしいですが、私はついでに私流の紹介文で付け加えておきます。

「一応柔道家が主人公だが争いの影にオンナあり、女難ありを地で行く長編ストーリー」 


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 先ほども書いたようにストーリーはおおまかにわけて矢野正五郎編と姿三四郎編に分かれます。前半の矢野正五郎は東大卒、学習院教師をやりつつ、柔術から柔道と名乗って技に打ち込みます。だが彼はとても立派すぎてイイコすぎる。それもそのはず、実在の講道館柔道の初代嘉納治五郎がモデル。かつ富田常雄の父親がその嘉納治五郎の住み込み弟子で常雄は道場内の敷地にある家で育っている。物心ついた時から柔道に親しんで育っていたので、柔道の試合シーンは柔道を知らない読者でも相手がどの位置にいるか、どう動いているかわかりやすいように書けるのだと思う。しかし尊敬のあまりか、主人公が羽目をはずすシーンが一切ない。次にくる愛弟子の姿三四郎の方がキャラとしては自由に動かしやすかったのではないだろうか。

 後半の姿三四郎の恋愛物語にからんでヒロイン乙美にまつわる異母姉の確執が出てくるとまた話の内容が濃くなってくる。私が女難というのがそれ。そう異母姉妹の姉の方、南小路高子が出てくるとおもしろくなってくる。作者は間違いなく男性なのに女性の気持ちがこれまたよくわかる。そうそうオンナ同志ってそんなところあるねえと思う。

 肝心の主人公の三四郎が昔の古い言葉でいうといわゆる朴念仁、柔道以外は関心がないおもしろくもない男なのにその一途さが登場人物の女心をつかんで引き付けられる。ヒロインの乙美もまた当時の控えめで男をたてる昔の日本女性という感じ。今時のコのようにあっけらかんと

「ちょっといい加減にしてよ、私のこと好きなんか嫌いなのかどっちよ? 好きならば一体いつ、結婚してくれるのよ?」 

と三四郎に詰め寄ったりしない。怒ったりしない。男性の前に出ることは一切せず、男性の意思まかせの時代だけど、これはいじらしすぎる。モノをはっきりいうことができるおぎんですら、姿三四郎の前に出ると大人しくなる。ほんとうに、明治の女性は皆こうだったのかしら? 重すぎやしないか? 逆に上流階級の身分をものともせず三四郎への好意を隠すこともしない高子のほうが女として潔いではないか。高子に想いを寄せる津久井がほんとに哀れなぐらいに……。

 三四郎たちが普通に柔道に打ち込んでいるだけならば、次々に倒すべき桧垣源之助はじめ魅力ある敵キャラが出ても本作品にこんなに魅力を感じないだろう。やっぱり戦い前後に女の影がちらつくのでストーリーに深みが増すのだ。姿三四郎自身は柔道に命をかけて女性に好意を寄せられても柔道の方しか向いてない。一途な人間は嫌味なく逆に大衆に好感をもたれるもの。富田常雄はそこをよくわかっているなあと思う。

 富田常雄が朴念仁の描写を書くとこんなにも魅力的な男性にうつる。これは本当に作者の腕だと思っている。肝心の柔道の話がかすんでいくほどに。

 私の好きなシーンは乙美に肩入れしているおかみと高子が会話するシーンですね。そこから高子が死に瀕した三四郎の場所を知るなりお金と権力を使って彼をかっさらう。そんな高慢ちきな高子が三四郎をいったんあきらめるきっかけとなるシーンも好き。助言役の東天の登場のさせ方とセリフも強引すぎて大好き。幾多ある場面展開が急すぎるきらいがあるものの、そのスピーディーさが大衆受けしたのではないかな。鈴という女性と三四郎の会話のシーンに「小説的な驚き」 と表現している箇所があり、富田常雄は驚きをもって読むのが小説だと思って書いていたのだなと感じた。

 人物の心情をずらずら書くよりも、本作品のようにあっさりと書けばいいなあと思う。心情を読ませる作品よりも、行動で読ませる作品を好む私の気質もあるでしょうが、当時の読者も次はどうなるその次はどうなる? と続きを待ちきれなかっただろうと思う。

 本作は我が国の国技とされる柔道の気概と誇り高さを姿三四郎で具現している。日本人としての誇りを小説にしている。それを繰り返しメッセージを込めて描いている。

 柔道と女難話にからめてはいても、本当に言いたいことはきちんと書いている。さりげなく織り込んでいてそこもすごく上手い。日本の誇り、気概の持ちようを語らせ行動で示す。日本人作家の本懐ここにあり。

 最初から最後まで長編をあきないで読めるのは作家の技量でしょう。私はこの一作で富田常雄は女心がわかる&キャラ動かしの天才だと思っている。柔道も相当に強かったと思うが私は柔道を知らないから。










 

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