学園内の黒い話
体育教師の駒田は、自宅マンションにいた。
1人暮らしの様だが、結構いいマンションに暮らしている様だ。
前もって原田が調べてくれた所によると、駒田は36歳。独身。既婚歴も無し。
都内の中程度の中高一貫校を出て、体育大学に進み、聖ヨハネ学園に新卒で勤めている。
警察沙汰になるような酷い問題は起こした事は無い。
良い家のボンボンではあるらしく、この給料以上のマンション生活も、所有しているフェラーリも、親の援助で購入している様だ。
自宅にいると言うのに、カジュアルブランドの高価な服を着て、出掛ける間際の様にも見えた。
「ああ…、ええっと…。困ったな…。すみません。約束があるんで、出掛ける所だったんです。相手に遅れるって連絡入れていいですかね…。」
「それは申し訳ありません。どうぞ。」
駒田は携帯で、メールかLINEを打っている。
甘粕と霞は、その様子を観察している。
180近くある背丈に、ウィンドウに飾られているコーディネートをそのまま着ている様な雰囲気で、流行に乗っかった、お洒落に完成された身なり。
腕時計はオメガ。
玄関に出て来た時、男性用の香水の香りがした。
靴下はおろし立て。
髪に整髪料はつけていないが、かなり入念にセットした様子が窺える。
「デートっぽいわね…。」
「しかも、靴脱いだシュチュエーションもある相手だろうな…。新品の靴下。」
「そうね。スケベな…。それに、いい年して流行の服着ちゃって…。相手は若いのかしら。」
「何着たらいいか分かんねえから、流行に乗っておくって奴はいるぜ?」
「あ、そっか。そっちかもしれないわね。」
連絡を取り終わった様で、駒田は向かいのソファーに座った。
「すみません。それでお話とは…。」
駒田は、甘粕でなく、霞に言った。
甘粕と霞の組み合わせで事情聴取に行った場合、先ず、用件などを最初に説明するのは甘粕だし、見た目的にも、2人は同い年ではあるものの、霞は小柄で、童顔のせいか、甘粕より若く見えるし、いつも甘粕の後ろにいる状態で登場するのだから、少なくとも、甘粕の上司や先輩には見えないはずで、大多数の人間は、最初に話をし始めた甘粕に主導権があると思い、そういう扱いをする。
つまり、霞に質問をするとか、話し掛けるという事は無い。
それだけでも奇異に感じたが、更に駒田の、霞に話し掛けた意図で、甘粕は怒ると言うより、驚いた。
駒田は明らかに、霞に女性として興味を持っている。
確かに霞は万人受けする可愛らしい感じの優しげな美人だ。
だが、刑事として、事情聴取に来ているのである。
それに、自分の教え子が今朝遺体で発見されるという、重大事件が発生しばかりの時期に、刑事である女性を、ほぼ口説く態勢の、男性特有のいやらしい目つきで見つめて話し掛けるという、その神経に驚いたのである。
霞は甘粕を見た。
同じ驚きだった様だが、これを利用する気らしく、不敵にニヤリと笑って見せた。
「甘粕さん、私がお話ししても宜しいですか。」
ー霞さんを顔で判断したら痛い目あうぜ、このスケベ野郎。
そう思いながら、甘粕もニヤリと笑って、頷いた。
「あの、今回の清水さんの事件を調べていて、過去の学園内で起きた事件と関連性があるのではないかという疑いが浮上して来たので、その関係者である駒田先生にも、お話しを伺いたかったんです。」
霞は可愛らしく大人しく上品に、駒田を見つめて説明した。
駒田はデレデレと、霞を嬉しそうに見つめている。
「僕でお役に立つ事ならなんなりと。」
もう、甘粕の存在など忘れ去っているかの様だが、聞かれた事の意味を分かっているのか、それより、目前の美人刑事を落とす事の方が重要な様子に、甘粕は内心呆れ返っていた。
「林田惠美子さん、覚えておいででしょうか。あの血塗れの制服の一件について、お伺いしたいのですが。」
林田惠美子と聞いて、流石に、駒田の表情が曇った。
「ーああ…。林田さんですか…。こういう言い方はなんですが、ちょっと変わった子でしたよね…。所謂、情緒障害なんじゃないのかなって思った事はあります。」
「あるんですか。お母様には仰らなかった?」
「いや、そういう事、教員の方から言いづらいじゃないですか。あんたの子供は異常だから、病院連れて行けなんて。逆に親の方が疑って、どうなんでしょうって聞いてきたら、そう思います、病院行かれた方がって言えますけど…。トラブルは困るんでね。」
酷い教師も居たものだ。
子供の事を考えるより、まず保身らしい。
霞は怒りを押し殺し、駒田に同調して、気をひいて、引き出す作戦を続けた。
「そうですよね…。それで、あの、問題行動の件では、お母様とは殆ど面談されず、校長先生が対応されたという事でしたが、それはどうしてだったんですか。」
「ああ、校長が、自分に任せろと仰るんで、お任せしてました。僕も他の子の指導とか、林田さんに酷い事されたり、言われた子のケアもあって、忙しかったんで。」
「林田さんが、駒田先生に、執拗にラブレターを渡していた事で、避けられたのではないんですね。」
「はい。」
ただ単に、林田惠美子に対応するのが、面倒だったから、これ幸いと、校長に任せただけの様だ。
「でも、ラブレターは、校長にお見せになった?」
「そうですね。まあ、職員室の雑談ですよ。今日も来た、凄え事書いてあるんだなんて、他の先生に見せてたら、校長が取り上げて、こんなハレンチな物書くなんて、これは私が直接指導しますって、全部持って行って、それからです。校長が全部対応してくれました。」
生徒からのラブレターを笑いものにした挙句、担任としての責任も放棄。
ー殴ってやりたい…。今すぐこの場で殴ってやりたい…。
甘粕は霞のこめかみに青筋が立っているのを見て、霞がそう思っているのが分かった。
しかし、ここで霞が殴ってしまうのは、かなり問題がある。
甘粕は、駒田から見えない様に、落ち着く様にという願いを込めて、霞の膝にそっと手を置いた。
霞は甘粕の意図を感じ取り、再び怒りを抑えて、聴取に戻る。
「駒田先生ご自身も、そういう迷惑なラブレターに関して、嫌な思いをなさったのではありませんか。」
「いやあ、僕、慣れてますんでね。ははは。」
今度は、甘粕の膝の上の拳が震えている。
霞のこめかみにも青筋が立つ。
2人は自己の中に溢れ出る怒りと戦っていた。
「そ、それで、その後の、血塗れの制服事件ですが、あれの調査とかは、どうなさったんでしょう。」
「あれは気持ち悪かったなあ。林田さんも泣いてるし、みんな怖がってたんで、取り敢えず、僕が職員室から適当な袋持って来て、入れて持たせて、体操服で帰らせたんですよ。
罰が当たったんだとか、プランターのお願いが効いたんだとか、他の子達は結構怖がりつつも喜んでたかな。やっと、林田さんに復讐出来るみたいな感じで。
だから、犯人探しなんて言い出したら、顰蹙かいそうだったんで、そのままに。」
とうとう霞の我慢が限界を超えた。
「はい!?顰蹙!?誰に買うっていうんです!?」
「え…、あ、生徒に…。」
「先生は生徒の顔色を見て、必要不必要を判断されてるんですか!?ご自身の教師としての判断でなく!?」
「い、嫌だな。何怒ってらっしゃるんですか…。」
甘粕が顔中青筋だらけの、夏目の怒り顔の様な顔で、霞に向かって、首を横に振った。
霞は我に帰る。
「ごめんなさい…。大変失礼致しました…。今、林田さんのお母様からお話を伺って来たばかりのものですから、林田さんに同情し過ぎてしまって…。
そうですよね。林田さんは、同級生に酷い事ばかりしてきたんですものね…。」
そんな事は欠片も思っていないが、申し訳なさそうに言うと、駒田の機嫌も直ぐに直り、馴れ馴れしくも、霞の肩に手を置いた。
「分かりますよ。あのお母さんは、真面目なまともな人ですもんね。刑事さんでも、お母さんだけと話したら、そうなりますよ。
でも、林田さん本人はね…。本当に厄介な子でした。みんなの嫌われ者。教員でも嫌ってない人の方が少ない感じで。」
「ですから、血染めの制服事件の後、みんなで避ける様な態度に?」
「いや、だって、うん、もうあの時から林田さん、おかしくなってたんじゃないのかな。目付きもおかしいし、真っ赤な絵の具を顔に手で塗りたくって、歩いたりしてたんですよ。若い女子ですからね。きゃあきゃあ言いますよ、そりゃ。」
「それはお母様からは伺いませんでした。そうだったんですか。」
「ええ。まあ、本人が言わなきゃ分かんなかったんじゃないですか。僕も、校長から林田さん関係は直接連絡取らなくていいって言われてたから、電話してないし、浅田先生が、綺麗に拭き取ってあげてた様ですし。」
「浅田先生というのは?」
「清水のクラスの担任の先生です。」
まともな先生なのか、それともなんらかの意図があったのかは分からないが、助けに入った先生も居た事に、一条の光が見えた気もした。
「それから林田さんが登校しなくなったという事ですね。」
「そうですね。」
「ところで、清水さんの事は、何かご存知ありませんか。」
甘粕が、太宰からのメッセージをテーブルの下で、霞に見せた。
友達4人とも半狂乱で話が聞けないと書いてある。
清水朋香と駒田の仲は、駒田から直接聞くしかない。
「先生はとっても素敵ですし、お優しいし、林田さん以外の生徒さん達からも、相当おもてになるのではありませんか。」
「ええ、まあ。」
得意になっている。
真性のバカだと、2人は怒りと共に確信した。
「清水さんからのアプローチなんかはありましたか?」
「直接的には無かったんですが、こんな事言うのもアレですけど、清水はなんていうか、欲求不満ていうんですか。体育の授業中に、やたらと身体をくっ付けて来る子でした。抱きついて来たり、転んで助け起こすまで待ってたり。正直、困ってました。僕、ロリコン趣味じゃないんで。」
と、霞を見て、微笑む。
甘粕が居なかったら、
『あなたの様な大人の女性が好きだ。』とか言うのだろう。
駒田の馬鹿さ加減はともかく、清水朋香のその行為は、欲求不満などでは無く、両親への愛情欲求の現れだ。
恐らく、父親に抱っこされた事もないのだろうし、そういった、普通にしてもらえる事が1つも無かった為、駒田に甘える事で、愛情欲求を満たそうとしていたのだろうと思われた。
「それを、校長先生や同僚に報告されたりしましたか?」
「同僚の先生には愚痴程度に。校長には報告はしてません。僕、校長って、正直苦手なんですよ。僕は本当はキリスト教徒でもなんでもないし。」
「そういう先生もいらっしゃるんですか。全員、カトリックなんだと思っていました。」
「ああ、いや、僕だけです。内緒ですけど。採用条件に、カトリック信者ってあるんですけど、なんでか通っちゃって。」
「先生が入られた頃の校長先生は、どなただったんですか。」
「今の校長ですよ。駒木与志恵先生。」
「えっ…。随分若くして、校長におなりになったんですね…。今、57歳だから、先生が新卒で入られた時は…。」
「14年前ですから、43歳ですね。まあ、確かに…。でも、なんかあの人、全然老けないんですよね。それもなんか気味悪いっていうか。
それに、ここだけの話、僕に気があるんじゃないかって思うんですよ。そうすると、余計気持ち悪いじゃないですか。母親と同世代なのに。」
確かに、校長は、57歳には見えない。
精々、40代位の感じで、そう言われてみると、少々気味が悪い気もした。
そして、矢張り、校長は嫉妬を滾らせて、林田惠美子の除外や清水朋香殺害の動機を持っている可能性も出てきた。
「モテる男性は大変ですわね…。それで、清水朋香さんが殺されたという事に関してはどう思われますか。」
「どうって…。あんな感じの子で、他の子の恨みもかってましたし、僕も何度か注意した事はあるんですが、ふてぶてしくて、嘘ばっかりついて、誤魔化そうとするし、先生方にも好かれては居なかったですよね。殺されて当然とは思いませんが、なんであんな良い子がとも思いません。」
「なるほど…。大変率直なご意見を有難うございます。あの、林田さんにしても、清水さんにしても、他の先生方も嫌ってるというお話が出ましたが、先生方でも、そういうのはあるんですか。増してその、カトリック信者でも。」
「ありますよ、そりゃあ。教師だって人間ですもん。生徒の好き嫌いはあります。」
「それは、他の子に害を為しているからなんですか、それとも…。」
「なんでしょう?」
「駒田先生に馴れ馴れしくベタベタして来るからとかでは…?」
「ええー?そうなのかなあ。困ったなあ。」
駒田は嬉しそうに笑っている。
全然困っていない。
もう、この男に何を聞いても仕方が無い様な気さえする。
駒田の家を出ると、霞は駒田に触られた肩と手を、埃を払う様に叩いた上、甘粕のコートにその二ヶ所をなすりつける様にした。
「あああああ!嫌だ!なんなの、あの最低男はあ!」
駒田は霞が帰る間際に霞の手を取り、
『良かったら、今度ゆっくり食事でも。』と言って、携帯番号と、メールアドレスが書かれた紙を渡して来たのだ。
「お疲れ様。よく耐えたね。」
「もう、こんな物おおお!!!」
霞が駒田が寄越した連絡先のメモを破り捨てようとすると、甘粕がその手を掴んだ。
「待った!原田に渡せば、非合法だけど、なんか探れるかもしれない!」
「ああ!そっかあ!」
そして、甘粕は真っ赤な顔で、霞の手をそのまま包み込む様に握った。
「そして、ゆっくり食事は俺と…。」
霞は幸せそうに笑って、頷いた。
話が聞けなかった太宰と夏目は、芥川達と分担して、他の生徒に話を聞いて回っていた。
綿貫亜美の母親が見た妙な会合は、高等部の理科室で行われていたという話だし、事件の全ては高等部に限られている為、高等部の生徒に的は絞っているが、それでも、200人はいる。
そして、夏目は無表情。
一言も喋らない。
女子高生の女のドロドロした話を聞き続けて、太宰も夏目化しそうになっていた頃、清水朋香と同じクラスの女の子が、ある意味2人の清涼剤になった。
その子は、谷崎零。
いかにも頭の良さそうな、きりっとした顔立ちで、実際その頭は頗る良く、女のドロドロとは一線を画している、霞や美雨のタイプだった。
そういうキャラのせいか、虐めの被害者、加害者のどちらにも属さず、周りの子を観察している立場の様で、この子の話だけ聞ければ、他は要らないのではと思えた。
「噂は確かにありますね。実際、清水さんの事を書いて入れたという子から話を聞いた事があります。
立て続けに聞いたので、その4人に、前の人が入れた手紙は無かったか聞いたら、無かったと言っていましたから、誰かが目を通して持って行っている様ですし。」
「そっかあ。君、良い着眼点してるねえ。」
「そうですか?嬉しいです。5課は憧れの職場ですから。」
「へえ、うちの刑事になりたいの?」
「はい。大学も犯罪心理学を専攻するつもりです。」
「本とお?待ってるよ。」
太宰が嬉しくなって言っていると、横の夏目もメモを取りながら笑顔だった。
ー夏目の笑顔…。すんげえ久々だな…。
「それで、綿貫さんのお母さんが見た光景なんだけど、何か聞いたり、見たりした事は無いかな?なんでもいいんだ。関係無いかなと思われる様な事でもいいんだ。」
「そうですね…。私はそういう感じの所は見た事ないんですが、学校近くに住んでいる子が、深夜に学校の前を通ったら、先生達が10人位、校舎から出て来てびっくりしたというのは、何人かから聞いています。」
「深夜に?そら変だね。」
「そうなんですよね。全部金曜日らしいんですけど。それから、庭掃除担当だった子が、熱心な子で、草むしりを完遂させたいと、居残ってずっとやってたら、怖い物を見つけてしまったと、動揺して電話をして来た事がありました。」
「怖い物…。」
「はい。私が行って、ちゃんと見たら、鶏の死骸だったんですが、それが、校内でも、一際大きな桜の木の下にあったんです。この桜の木、本当に他に比べて物凄く大きくて、花の咲き方も見事なんですが、何故裏庭にというのは以前から不思議だったので、つい梶井基次郎の小説のフレーズも思い浮かんでしまって…。」
「ああ、檸檬の『桜の下には屍体が埋まっている』だね。」
零は嬉しそうに微笑んだ。
「こういう話が通じるのって良いですね。
はい。それです。
で、私、その桜の木の周り、掘り返してみたんです。
そしたら、鶏の骨が一杯出て来ました。新しいのから、古いのまで。
新しいのの様子から行くと、鶏の死骸を捨てているという感じで、皮剥いたりもしていないし、食べたりとかした後ではなさそうでした。かといって、虐待した形跡も無かったです。
首の骨が折れていたの以外は無傷の様でした。」
「素晴らしい…。それ、大丈夫?バレてない?」
「はい。幸い、校内には誰も居なくなってたんです。その子が草むしりしているというの、先生方や警備の方まで忘れて、全部閉めて帰ってしまった様で、私は裏庭の柵を乗り越えて入った位でしたから。そのまま元に戻し、彼女はとても口の固い子なので、これはなんかヤバそうだから、誰にも言わない様にしようと約束しあって、また柵を乗り越えて出たので、大丈夫です。」
「あ、あの柵…。3メートルはあるけど…。」
「はい。ですから、彼女を引っ張りあげて、降りる時は仕方が無いので、飛び降りて貰い、下で抱きとめました。」
「やるなあ!」
太宰が感心すると、夏目も珍しく横から笑顔で言った。
「凄え。偉い。立派だ。そこら辺の、なよっちい男に、爪の垢煎じて飲ませてやれ。」
「有難うございます。」
零も嬉しそうである。
「それ、いつ頃?」
「ええっと、正確な日付は…。」
零は携帯を調べ出し、携帯内のメモを出して言った。
「先月ですね。2月4日。月曜日でしたが、試験休み前日で、学校が早く終わった日でした。」
「夏目。」
「はい。」
夏目は本庁に連絡し、桜の木の周りを掘り返してくれる様、手配した。
「それだけでも凄いんだけど、他に何かあるかな?」
「噂とか、その綿貫さんのお母さんの見た物関連だと…。ああ、アレか…。これ、本当に真偽不明です。」
「うん。いいよ。」
「うちの学校、厳格なカトリックのはずなのに、悪魔教崇拝の地下クラブがあるとかいう噂があります。虐めとかやってる、バカな奴らはみんなそこの会員で、呪われてるんだとか…。もう、バカですみません。」
「いや、いいんだよ。教えてくれて有難う。悪魔崇拝の地下クラブねえ…。どっからそんな話が出たんだろうね。」
「分かりません。悪魔崇拝といえば、鶏と聞いた事はありますが、私達が鶏を見つける大分前から、その噂は時々耳にしました。
でね、刑事さん、こっちは事実なんですが、その虐めの加害者達、全員、学校を辞めているんです。中学から私が知る限りで、上下の学年合わせて、20人。」
「そんなに?原因は虐めで退学?」
「学校は脅し文句で使う様ですが、実際には出来ないみたいで、自主的に退学、転校という形で、中学時代、悪さしてた奴は、私が知っている限り、全員、高校に入った途端、辞めています。
清水さんだけは、なかなか辞めないなとは思っていて、お金持ちだからかなという噂は、そこから出たのではないかと思います。
でも、これ、中学からいる人間ならみんな知ってると思うんですけど、誰か言ってませんでした?」
「そういう風に、理路整然と、こっちが欲しい情報だけくれる子なんか居なかったのよ…。」
「そうですかあ…。うちの学校、頭悪いからなあ…。」
確かに、聖ヨハネ学園の偏差値はかなり低い。
「逆に君みたいな子がどうして?」
「いや、歩いて行ける距離なんで…。まあ、そんだけで選んじゃって…。もうちょっと考えれば良かったです。カトリック信者にはなりたくないし。」
「そっかあ…。」
「あと少しですしね。」
「ふんふん。そうだね。おじさん応援してるよ。
じゃ、夏目。」
夏目は嫌そうな顔で太宰を見た。
「原田さんに、学園を辞めた生徒について調べてくれっつーんでしょ?課長が言って下さいよ。」
「お前はどおして上司に命令すんのかなああ!?」
「いいから早く。代わりますんで。」
納得行かないが、太宰が電話する横で、夏目が聴取を代わった。
「他には、オカルトチックな事の心当たりはある?」
「いやあ、あとは無いですね。」
「その悪魔崇拝クラブの事は誰から聞いたか覚えてるか?」
「んんん~、誰だっけ…。意外と複数の子が言ってたんだよな…。しかも、それ、中学の時に聞いたっきりで、高校になったら、一切聞かなくなったんですよ。誰が言い出したんだっけ…。あ、そうだ。白石だ。高校で転校したんです。彼女。」
「その子はなんで中学までだったんだ。」
「彼女はお父さんが大阪に転勤になるって事で、中学までになっちゃっただけで、虐め関係じゃないです。」
「名前、覚えてる?」
「はい。つーか、今電話しちゃいますか?時々やり取りしてるんで。」
「いいね。有難う。助かる。」
夏目が嬉しそうにニヤリと笑うと、零は一緒になって、ニヤリと笑った。
白石という噂を聞かせてくれた女の子の話はこうだった。
「見ちゃったんですよね。黒いマントを頭からすっぽり被った、10人位の中に、当時中学でも有名だった虐めっ子の高校の先輩が居たの。理科室の前に。
私、谷崎の家に遊びに行った帰りで、遅かったんで、親父が迎えに来てくれるっていうの待ってたんですが、ちょっといたずら心起こしちゃって、谷崎には親父が来たと言いながら、学校行っちゃったんです。
夜の学校って、なんかロマンあるじゃないですか。まあ、ガキですね。
で、行ったら、校門が開いてて、守衛さんも居ない。
ラッキーって入ったら、高校の理科室の方から人が出て来たんで、見てたらそんな感じで、その10人に見送られて、その悪名高い先輩が出て来たんですよ。
あ、先輩は普通に制服着てましたけど。
有難うございましたとか、なんか機嫌良く挨拶して別れて、その後、先輩が行った後、理科室をそっと覗いたら、悪魔崇拝の祭壇みたいなのがあったんですよ。
怖くなって、速攻で逃げちゃって、直ぐ谷崎んちに戻って谷崎に話したんだけど、あんた覚えてないの?」
「ないね。くだらないからじゃないの。」
「失礼しちゃうわねええ!!!あたしは怖かったのよ!」
「自業自得じゃん。で?」
「いや、そんだけ。それ以来見てないし。」
「だけど、あんたそれ、みんなに言って回ったんじゃないの?だから、虐めたバカは、全員そこに入ってるとか尾ひれがついた噂になったんじゃないの?」
「だって、怖さを共有して欲しかったのよお!あんたみたいに、アホか、忘れろって言うだけでなく、慰めて、一緒に怖がって欲しかったの!」
「そうかいそうかい。そりゃ悪かったね。」
「んもー!」
と言いつつも、白石という少女は楽しそうで、零とは、気が合い、仲がいいのは良く分かる。
という訳で、綿貫亜美の母が見かけたのは、教員の一部が、悪魔崇拝的な儀式をおこなっているという事の様だ。
「誰なんだろうね。その教師は。」
電話が終わり、白石との会話を聞いていた太宰が聴取に戻る。
「さあ…。私から見たら、うちの先生、全員、カトリック信者ですって仮面被って、偽って本性隠してる悪い人にし見えないもんですから、なんとも…。
でも、うちの担任は違うかな…。」
「浅田先生?」
「はい。あの人は本物のカトリック信者で、聖職者な気がします。駒田の野郎に唯一媚びを売らないいい女。」
「ほお。それは興味深い話だ。」
「そうですか。他の先生は、駒田っちの事、凄いチヤホヤすんですよ。でも、あたし、あの先生、顔ばっかで、中身極薄の筋肉バカにし思えなくて、大嫌いなんです。
派手なお姉ちゃんとフェラーリで遊び歩いてるって話だし。
何人もの生徒がそれ見てるようですし、私も見た事あります。フェラーリで学校から帰る途中で、お姉ちゃん乗せて行くの。」
「ふむふむ。女性関係は派手な訳だね。」
「そんな感じですね。で、うちの生徒も先生たちも、チヤホヤしてるけど、浅田ちゃんは、言う事はビシっと言うし、冷たいです。」
「成る程…。校長はどう?」
「校長…。あの人、私達と殆ど接触しないので、なんとも…。まあ、年の割に、異様に若くて綺麗ですよねってそれ位かなあ。
上品ぶってるけど、集会とか、ミサの時に、校長が話してるのに、友達と喋ってる子を見る時のあの冷たい、なんとも言えない目は、他の先生達同様、裏がありそうな感じがしてはいますけど。
実際、校長に会うというと、それ位しか機会が無いので、これくらいしか。ごめんなさい。」
「いいんだよ。十分だよ。ありがとねえ。じゃあ、寺内先生ってのは?」
「あの先生も、実はおっかないタイプですよ。注意する時の形相。人変わってるもん。しかも、愛情でとかで怒ってるんじゃないです。ヒステリックで、憎しみぶつけてるって感じ。話もくどいですしね。嫌な女です。」
「成る程…。そういう先生が結構多い?」
「浅田ちゃん以外は大体そうですね。なのに、駒田っちがいると、上品ぶって、ニコニコしてるから気色悪い訳です。」
「はあ…。それは本当に嫌だね。」
「はい。ヘドが出るとはまさにこの事。」
3人で笑っていると、零の母が紅茶のお代わりと、手作りらしいパウンドケーキを持って来てくれた。
「零ちゃん、楽しそうね。良かったね。憧れの職場の刑事さんとお話し出来て。」
「うん。あ、母のケーキは結構いけます。因みに私は外のこういった類いのケーキは食べられません。」
「それは凄いな。じゃあ、遠慮なく。」
「どうぞ。」
「あ、お母さんも、先生方の事で、何か気づかれた事なんかありませんか。なんでもいいんですが。」
「あああ…。すみません。私、面談しか学校には行かないんですね。お母様方とのお付き合いが嫌で…。ですから正直よく分からないんですけれど、ただ、中学の先生方は良い方が多いという印象でしたが、高校になったら…。本当、浅田先生位よね。まともな先生って。」
「と、仰いますと?」
「あの…。お化粧が分厚いんですよね。どの方も…。
零から駒田先生対策だろうと聞いて、成る程と思ったんですが、学校の先生なのに、いい年して、何、そのスカートの丈はとか、妙に着飾って、お洒落に気を使い過ぎてる印象の方が多い気がします。
まあ、逆に言えば、それだけなんですけれど。
すみません。子供の方がお役に立ててますね。」
校長にしても、教員にしても、やたらと見た目を気にした若作りだというのは、学園内の悪魔崇拝と関係がありそうに思えたのは、夏目が言った、エリザベート・バートリの事が頭にあるからかもしれない。
ただ、それが、今回の清水朋香殺害事件と、どう関わって来るのかは、今の所は分からない。




