1話 「チャンスは一度! 俗物魔術師による勇者降臨の儀」
ある所にとても平和な世界がありました。
そこには大小様々な王国が存在していましたが、どこの国もとても豊かで、飢餓も無ければ戦争も無く、人々は優しさに満ち溢れ、それどころか情熱的かつユニークな人ばかりで、誰もが思う様に平和を謳歌していました。
しかし、そんな世界に暗雲が立ち込めます。
そう、魔王です。
どこからか湧いて出たのか、とてつもなく極悪な魔王が出現し、人々を襲い始めたのです。
国々は一致団結し、魔王を打倒しようと決意しました。
しかし、一度戦いが起こってしまえば人間の結束など脆いもの。
王国は表では手を結んだ振りをしつつ、裏では互いの足を引っ張り合いました。
その結果、人々の王国は疲弊し、幾つもの国が魔王の手に沈みました。
汚い魔王の手口だ、と声高に叫ぶ各国の大臣ですが、魔王は特に何もしていません、普通の侵攻しているだけです。
魔王云々は、この混乱に乗じて他の国より利益を得ようとする汚い上層部のプロパガンダにすぎないのです。
そう、平和など偽りのものに過ぎなかったのです。
しかしながら、人々の国が半分ほど闇に飲み込まれると、各国の上層部も、流石にヤベーなと思い始めました。
残った国々でサミットを開き、魔王を倒すにはどうすんべかと相談しました。
そして、その結果「各国で異世界から勇者を召喚して、そいつらに魔王を倒してもらおう」という結論が出ました。
自業自得でここまで疲弊しておきながらの他力本願。
これだから人間は醜い。
もう滅んだ方がいいでしょう。
とはいえ、滅ぶのにはまだ早い。
各国の王は自国に戻ると、早速「異世界の勇者召喚の儀式」にとりかかる事にしました。
こんな事もあろうかと、各国には異世界の勇者を召喚する魔法が代々伝わっているのです。
まさに切り札。
ポンコッツ王国は怪力の勇者ガッデムを召喚しました。
彼のパンチは、そのあまりの怪力ゆえ、拳が背中に突き抜けます。
ネンザン王国は健脚の勇者オーマイガを召喚しました。
彼の足は最大時速600km。そのあまりの早さゆえ、転んだら重症を負いますので、いつもはだいたい60kmぐらいです。
トンデモ王国は鉄壁の勇者アカンテを召喚しました。
彼の武術はもはや神の域、鉄壁の防御から放たれるカウンターは、何人もの武術家を地に沈めてきました。
ホアノコ王国は魔法の勇者モウメーダメを召喚しました。
彼の技術は、そのあまりに凄さゆえに「まるで魔法のようだ」とよく言われています。
ボーケナス王国は聖剣の勇者ホリーシトを召喚しました。
彼の持つ聖剣は、それはもう凄まじい力を持っています。彼自身はまぁそこそこといった所ではないでしょうか。
アンポンタン王国は幸運の勇者エロガッパを召喚しました。
彼はラッキースケベに良く遭いますが、運がすごくいいので今のところ裁判沙汰にならずに済んでいます。
どこも凄い勇者ばかり……。
もはや魔王の命は風前の灯火といっても過言ではないでしょう。
各国の王様は魔王がガタガタ震えながら命乞いをする光景が目に浮かべながら、枕を高くして眠りました。
しかし、長年平和を謳歌しまくってきた人々の国です。
中には、勇者召喚術の伝承が失われてしまった国も有ります。
その国の名はドワースレ王国。
物語はマヌケなこの王国から始まります。
● ● ● ● ●
ドワースレ王国の地下神殿。
そこには、ドワースレ王以下数十名の重鎮たちが勢揃いしていました。
彼らが見つめる先には、多いな魔法陣があります。
そして、魔法陣の前には、ジャラジャラとチャラい装飾をたくさんつけた杖を構え、怪しげなローブを身にまとい、杖を両手に体をくねらせる少女が一人。
そのとても怪しい光景に、王様は不安そうな顔を隠せません。
王様だけじゃありません、他の重鎮たちも皆一様に不安そうです。
「宮廷魔術師マジョリーシカよ。本当に大丈夫なのだろうな?」
その問いに、少女は体の動きを止めて答えました。
「大丈夫です、お任せください」
キリッとした顔で答える少女。
若くして宮廷魔術師となった彼女の名はマジョリーシカ。
そんな彼女の心中は、大丈夫ではありません。
(これに失敗したら、間違いなく打ち首獄門の刑……!)
彼女はドワースレ王国宮廷魔術師の家に生まれま、親のコネで何不自由なくぬくぬくと暮らしてきました。
特に有能というわけでもない彼女ですが、このまま行けば宮廷魔術師見習いとなり、宮廷魔術師補佐、準宮廷魔術師の進化を経て、宮廷魔術師に任命されるはずでした。
しかし宮廷魔術師だった彼女の両親は、勇者召喚魔法の秘伝を失った責任を逃れるために夜逃げしてしまったのです。
ピンチです。
でも彼女はそれをチャンスだと思いました。
なぜなら、彼女は失われたはずの『勇者召喚魔法の秘伝書』を幼い頃に倉庫で発見し、隠し持っていたからです。
彼女は意気揚々と「勇者召喚、余裕っす」と宣言し、両親に代わって宮廷魔術師に任命されました。
そして彼女は家に帰り、隠し持っていた秘伝書を開きました。
しかし、その秘伝書は長年のアレコレで虫食いだらけ、落書きだらけ、落丁だらけで、とても読めたものではなかったのです。
そんな秘伝書を見ても気さくな王様は「しょうがないね」と言ってくれたでしょうが、マジョリーシカはもう後には引けません。
「大丈夫です、いけます、やれます、召喚できます」と押切り、現在に至ります。
でも、穴だらけの秘伝書といえど6割、いや7割は読めることができます。
逆に言えば残り3割をなんとかすれば、多分できるはずです。
もしかすると勇者は無理かもですが、人っぽいものが召喚できれば勇者と押し通してごまかすことが出来ます。
ここだけ、ここだけ切り抜ければいいのです。
(ここを切り抜ければ、魔王は他の国の勇者がなんとかしてくれる……!)
そうなってしまえばこっちのもの、後は宮廷魔術師として歌って踊って遊んで暮らせます。
呼び出した存在がどうなろうと、知ったこっちゃありません。
マジョリーシカはそんな少女でした。
昔からそんななので、知人は彼女を「小物のマジョリーシカ」と呼びます。
(天国のパパ、ママ……あたしに力を貸して!)
もちろん彼女の父母は死んではいません。
今頃は国境付近の避暑地で嫌なことを全て忘れてバカンス中でしょう。
マジョリーシカの弟か妹が出来る日も近いかもしれません。
「ホアアァァ! マージョマジョマジョマジョリーヌ! ママが怪しげな宗教にハマった時に買わされて以来ずっと倉庫の奥底に眠りつきしオシャレな壺よ、異世界の勇者さんになーれ!」
マジョリーシカの持つ杖からキラキラとした光が放たれ、魔法陣の中央に置かれた壺に吸い込まれていきます。
持っているだけで幸運力が上昇する壺です。
かなりの魔力を秘めているとセールスの人は言っていました。
マジョリーシカの杖から光が注ぎ終わると、魔法陣が青い光を放ち、ボンという音と共にピンク色の煙が上がりました。
(お願い!)
勇者は無理でも、武者ぐらいなら召喚できるはず。
そんな思いを秘めたマジョリーシカの見つめる先の煙が、ゆっくりと晴れていきます。
すると、煙の中から、うっすらと人型のシルエットが見えてきました。
壺ではなく、人型のシルエット!
成功の兆しです!
「やった!」
マジョリーシカが歓喜の声を上げます。
「王様! 成功しました! 勇者を……」
しかし、その声は次第に小さくなっていきます。
ピンクの煙の奥から現れた存在は、とてもたくましい存在でした。
彼は全身が黒い体毛に覆われていました。
全体的に筋肉質でたくましく、特に二の腕などはマジョリーシカの胸囲と同じぐらいありそうです。
マジョリーシカは少女ですが、胸回りは結構なナイスバディです。それと同じぐらいの太さなのです。
この腕の太さから推察するに、恐らくネンザン王国の勇者ガッデムよりも腕力は上でしょう。
後ろに大きく突き出た後頭部を見るに、頭蓋骨の分厚さもガッデムより上でしょう。
そして大きく広がった男らしい鼻の穴と、キリリと理性を秘めた瞳。
それはまさに森の賢者の名を関するに相応しいものでした。
森の賢者。
そう、彼はゴリラでした。
「……」
「……」
いえ、ゴリラによく似た人間かもしれません。
ほら、一度目を閉じて。
そして薄目で見てみれば?
「……ウホッ」
ゴリラでした。
「……」
「マジョリ――」
「リハーサルはこれまでです! さぁ、これからが本番ですよ! はい! はい! さぁ次の壺を持ってきてください! 衛兵さん、そこの彼をバナナで部屋の隅に! さぁ! 早く! 時間がありません! 早く!」
マジョリーシカは押し通しました。
彼女はパワー系の魔術師だから、力押しは得意なのです。
そんな彼女のことを、知人は「腕力の魔法使い」と呼びます。
「ウホッ!? ウホッ!?」
ゴリラは突然見知らぬ場所に連れてこられてやや興奮状態でしたが、そこは森の賢者、特に暴れることなく、衛兵たちの丁寧な誘導で部屋の隅に連れて行かれました。
部屋の隅には、こんな事もあろうかとバナナが置かれております。
ゴリラはひとまず、そのバナナを食べ始めました。きっとお腹が空いていたのでしょう。
「コホン!」
そして、魔法陣の中央には、また壺が置かれました。
同じ壺です。
宗教にハマっていた頃のママは、壺は複数個買うと効果が重複すると聞いて、二つ目を買ったのです。
「では!」
改めてもう一度、マジョリーシカは杖を構えました。
「ヌアアハァァ! マージョマジョマジョマジョリーヌ! ママが怪しげな宗教にハマった時に買わされて以来ずっと倉庫の奥底に眠りつきしオシャレな壺よ、異世界の勇者さんになれぇ!」
マジョリーシカの持つ杖からキラキラが放たれ、魔法陣に置かれた壺に吸い込まれていきます。
光が注ぎ終わると、魔法陣が青い光、ボンという音、ピンク色の煙が上がりました。
(こんどこそ、こい、こい、こーい!)
そんな思いを眼力に込めて、マジョリーシカは煙を見ます。
すると、煙の中から人型のシルエットが浮かび上がってきます。
今度はナックルウォーキングとかしなさそうなシルエットです。
ちゃんと二足歩行です。
「よっしゃ! 今度こそ成功!」
しかし、よくみると、なんとなく横幅が広いような……。
「王様、御覧ください、彼こそが異世界の――」
「なんじゃここは! 貴様、この儂を誰だと思っておる!」
魔法陣の中央に立っていたのは、一人の男でした。
ハゲで、鷲鼻で、肌には幾つものシミがあり、紫色の唇をしていて、でっぷりと太っていて、顔色はなんとも不健康そうです。
恐らく主食はキャビアかフォアグラでしょう。
そのくせ服装はこの国の王様よりも高そうなものを身につけています。
どこのブランドかは伺い知れないけど、各所に金があしらわれたスーツ、ボタンは全てダイヤモンド。
指には巨大な宝石があしらわれた指輪がいくつもつけられており、首には18金プラチナネックレスです。
ついでに、その手に持っている葉巻も、最高級のものでしょう。
全体的にお金を掛けているのがわかりますが、そこはかとなく下品です。
「儂はモッチカーネ王国一の資産家、コガネモチ・ゴンゾウだぞ! 来季には総理大臣になる男だ! その儂をこんな所に誘拐しおって、どうなるかわかっておるのだろうな! 儂は官房長官とも懇意にしておるのだぞ! モッチカーネ王国最大のヤクザ成金組の組長ともだ!」
唾を飛ばしながら喚く男。
どうやらお金持ちのようです。
でも勇者ではないでしょう。
勇者は無一文と相場が決まっていますから。
「マジョリーシカよ、この――」
「アー、アー! 大丈夫ですよ! 壺はまだありますからね! さぁ、気を取り直して次にいってみましょう! さあ! 衛兵さん! 衛兵さん! このデブをはやく部屋の隅に! さぁ! 急いで! hurry up!」
「なっ! なんだ貴様等! まて! うおっ!? なんだそのゴリラは! やめろ! 金ならいくらでも出す! 殺さないでくれ! 儂を殺せば、オショック国にプールしてある資金をいくらか回そう、どうだ!? まて、まて……お、なんだ、くれるのか?」
ゴンゾウさんが部屋の隅へと連行されます。
彼はそこにいたゴリラを見ると顔を引きつらせ命乞いをしましたが、ゴリラが落ち着けとでも言わんばかりにバナナを渡すと、おとなしくなりました。
さすがは森の賢者といった所でしょう。
その瞳はとても優しく、暖かく、金が全てだと思っていたゴンゾウさんの荒んだ心を癒やします。
ゴンゾウさんもゴリラの器の大きさを認めたようで、バナナを食べながら「貴様には最高のメスを用意してやろう。儂は下海動物園の園長とも懇意なのだ」などと言っています。
「コホン、では!」
と、そんな所で壺が到着しました。
ママが「壺は腕だけじゃなく頭にも装備できるぞ」と聞いて買った三つ目の壺です。
「ニャワアアアァァ! マージョマジョマジョマジョリーヌ! ママが怪しげな宗教にハマった時に買わされて以来ずっと倉庫の奥底に眠りつきしオシャレな壺よ、異世界の勇者さんになれっての!」
マジョリーシカの持つ杖からキラキラが、壺に吸い込まれていきます。
そして青い光、ボン、ピンク色の煙。
(うなれ幸運力!)
マジョリーシカの思いは届いたようです。
なぜなら、今度も煙の奥に見えたのは人のシエルエットだからです。
しかも、あんまり横に太くもありません。
「こほん、王様、少し手間取りましたが、彼が異世界の勇者です」
煙が晴れた先。
そこにいたのは老人でした。
彼はゆったりとした道着のようなものを纏い、直立で立ち、腕を組んでいました。
年齢はゴンゾウさんより若干年上でしょうか。
ハゲ頭に、白くて長いヒゲを蓄えています。
目元は長い眉毛で隠れて見えませんが、特筆すべきはそこではなく、全身から立ち上る、ただならぬ気配です。
ドワースレ王国の屈強な衛兵たちもその老人を見て「只者ではない」と感じました。
なので恐らく、只者ではないでしょう。
勇者です。
今度こそ勇者です。
マジョリーシカはこの老人は勇者で押し通す気でいました。
なぁに、ちょっと年齢はいっちゃってますが、余裕余裕。
「お……おお、どうなることかと思ったが、そなたが勇者か、名はなんと申すのだ?」
「……」
老人は王様の問いに、ゆっくりと首をめぐらしました。
そして、カッと目を見開くと、
「喝ァァァァァァ!」
と怪鳥のような声を上げ、怪鳥のようなポーズで飛び上がりました。
天高く飛んだ先は、部屋の隅の方。
ゴリラとゴンゾウさんが仲良くバナナを食べている場所の、さらに奥にある柱の影です。
彼は柱の影から半身を覗かせると、ゴリラやゴンゾウさんを見て、優しげに頷きました。
それはさながら、弟子が順調に修行をしている様を眺める老師のようです。
それを見て、マジョリーシカは悟ってしまいました。
どうやら勇者ではないようだ、と。
あるいは恥ずかしがり屋さんの勇者で押しきれたかもしれないのに、諦めてしまったのです。
そして王様もそんなマジョリーシカを見て、失敗だったのだな、と悟りました。
「……」
王様は無言でパチンと指を鳴らしました。
すると、カーテンの影から麻袋の被り物をして、巨大な斧を持った、筋骨隆々の男が現れました。
彼こそがドワースレ王国の処刑人です。
名前がカッコイイため14歳ぐらいの若者に人気の職業です。
「……い、今のは違います! 何かの手違いです! まだ、まだ壺はありますから! 大丈夫です! やめてください、そんな大きな斧はしまって! さぁ! 私のサイズだともっと小振りのでもいいでしょう? そんな大きさだと首どころか胴体が真っ二つです! だからもう一度、もう一度だけチャンスを!」
マジョーリカがズンズンと進んでこようとする処刑人をなだめてすかしていると、壺が魔法陣へと運ばれます。
壺は持ち物として持っておくだけでも効果があるぞ、と聞いたママが買った、四つ目の壺です。
「ゴク……」
もうマジョリーシカには後がありません。
壺はまだまだありますが、恐らくこれが最後のチャンスでしょう。
次に失敗すれば、あの処刑人の斧がマジョリーシカを縦に真っ二つにするでしょう。
ジ・エンドです。
知人は「自業自得のマジョリーシカ」と名付けるだけで、特に悲しんだりはしないでしょう。
「ニュオオオアアアァ! マージョマジョマジョマジョリーヌ! 多分なんの効果も無いであろう壺よ、いいかげんさっさと異世界の勇者さんになっておねがい!」
キラキラ、壺に吸い込まれ、青い光、ボン、ピンク色の煙。
(死にたくなぁい!)
そしてマジョリーシカの魂の叫び。
もう半ば諦めてもいい所ですが、彼女も生き汚いのです。
人が召喚されるのなら、何万分の一かの確率で勇者が召喚されてもいいはずですからね。
そうでなくとも少しでも勇者っぽく見える人間さえ出てくれれば……。
「……」
緊張の中、ピンクの煙が晴れる。
そこにいたのは、また男です。
しかし、今回は普通です。
かなり黒い肌に、チリチリの髪。
ジャガーの毛皮で作ったであろう服、鼻輪、裸足。
そして、片手に持つのは鋭い石の槍。
なら、聖槍の勇者でしょうか。
聖槍というには、少し先端が石っぽすぎる気もしますが……。
ともあれ、言葉が通じてくれさえすれば、マジョリーシカ的には完全に勇者ってことでイケる感じでした。
「こほん、どうも。私はマジョリーシカ。ドワースレ王国の宮廷魔術師です」
「どーも。マジョリーシカさん。初めまして」
通じた。
勝った!
マジョリーシカは勝利を確信しました。
「王様! とうとう成功です、彼こそが聖槍の勇者です!」
どう見ても勇者には見えない風貌ですが、マジョリーシカには関係ありません。
「見てください、この肌の色! 瞳の色! 髪の色! まさに勇者カラーです! 槍だってほら、こんなに神々しくて神聖な香りがぷんぷんしています! 間違いなく聖なる槍です! ホーリーランスです!」
「ああ……」
その必死さに、王様もなんだか可哀想な気分になってきました。
思えば彼女はパパとママを失い、失意のどん底にいる中、未熟な身の上であるにもかかわらず、頑張ってくれたのです。
王様も一国の王である前に、一人の人間です。そろそろ憐憫を憶えずにはいられません。
処刑人も、実家の娘を思い出して涙ぐんでいます。
彼の娘のマリーも、昔はこうしてよくイタズラが見つかった時に、彼を言いくるめようとしてきたものです。
今はただのギャルですが。
「さぁ、勇者さま、皆にお名前を教えて差し上げるのです」
そう言うと、彼は困ったようにまゆをハの字に曲げました。
何やら言い難いことがあるようです。
なんでしょうか。
もうわかりきったことだと思います。
「申し訳ありませんが、私はボボンゴル族のシャーマン、その名は人呼んで『アマゾン』。私に出来ることといえば動物の声がなんとなく大体のニュアンスで理解できるぐらい……勇者ではありません」
ああ! やはりです!
やはり勇者ではないのです!
もう勇者でいいじゃんという空気の中、自分で勇者ではないと言ってしまいました!
でも、仕方がないのです。
唐突に召喚されて、いきなり空気を呼んで勇者を名乗れと言われても、普通は無理なのです。
そんな高度なコミュニケーション能力を持つ者は、ボボンゴル族にはいないのです。
「何をおっしゃいますか勇者さま! あなたは勇者様なのです! 寝ぼけた事を言っていないで「私は勇者です」と言うのです。一度だけでいいから、さあ! 早く! 一度だけでもいいんです! なんだったら「私は勇」でもいいんです。あとはこっちで編集しときますから! ねぇ! お願いです! 一度でも言えばこっちのものなんだからぁ!」
「そうはおっしゃいましても、ボボンゴル族ウソつかない」
「いやそんなことは無いはず、このゴエーンコインを見てください、あなたは段々眠くな~る、あなたは段々眠くな~る、あなたは勇者、あなたは勇者、私がパチンと指を鳴らしたら、あなたは勇者になりますよ、はい、パチン」
マジョリーシカは頑張りますが、ボボンゴル族はウソをつかない誇り高き種族なのです。
風と大地の精霊はウソを嫌います。本当のことだけを言うことで精霊を友とし、動物と心を通わせる……。
そうして彼らはボンボールの地を守ってきたのです。
ウソをつけば、彼の身に災いが振りかかるでしょう。
だから彼はウソなどつかないのです。
「マジョリーシカよ……残念だ」
彼が勇者ではないとすれば、マジョリーシカの運命も決まります。
王様の声を受けて、処刑人が前に出ます。
どこか故郷の娘の面影を残す少女。その体を縦に真っ二つにすべく。
でも、これが仕事なのです。
非情なる処刑人。それこそが彼が14歳の時に憧れた職業なのです。
魅力あふれる職業なのです。
魅力よりも攻撃力の方が溢れていますが!
「お、お待ち下さい王様! 彼は、彼はこんなことを言っていますが本当に勇者で……」
「やれ」
「ああっ!?」
王様の声で、処刑人の斧が振り下ろされました。
「……」
その場にいた重鎮たちは、突然のスプラッタに目を閉じました。
まさかこんな事になるとは思っていませんでした。
本当なら、普通の裁判をして、何が悪いか、どうして悪いかをハッキリさせてから処刑するのに。
王様はこんな横暴な方では無かったはずなのに。
どうしてこんな事になってしまったのか。
魔王だ、すべて魔王が悪い。
はやく魔王をなんとかせねば。
だから勇者達よ、早く魔王を倒してくれ。
王国の人たちはいつも責任を他人に丸投げです。
「……?」
しかし、待てど暮らせど、ブシャアという音も、ザシュウという音も聞こえてきません。
人間に斧を叩きつけたら、そんなチープな音はしないから聞こえるはずがない?
いいえ違います。
彼らが薄めを開けて現場を見ると、そこには驚くべき光景が広がっていました。
「ああ!」
なんと、マジョリーシカに振り下ろされた斧が、中空で止まっているのです。
マジョリーシカの魔力によるものでしょうか?
いいや違う! 腕です!
黒い毛に覆われた豪腕が、斧の刃をすんでの所で受け止めていたのです!
そう、ゴリラです!
ゴリラがマジョリーシカを助けたのです!
「ウホッ!」
ゴリラが一声上げると、処刑人の斧がバキンと音を立てて破壊されました。
当然、斧の材質は鋼です。何せ人間を一撃で真っ二つにするのですから、鋼でなくては務まりません。
それを握力で破壊!
握力! 腕力! これこそが力! 力こそが全て!
そう言いたくなる光景に、パワー派な処刑人は恐れ慄きました。
「こ、こいつ、人間じゃねえ……」
そう、ゴリラです。
「ウホ!」
ゴリラはギロリと王様をにらみました。
知性ある瞳。しかし怒りの色は無く、ただ深い色が讃えられていました。
「ウホ!」
「な、なんだ、彼は一体、何を言っているのだ……!?」
それがわかるものなど、一人もいません。
なぜなら彼はゴリラだから。
「彼は西川動物園ゴリラ帝園の皇子ジェラール。
ゴリラ帝園は西川動物園最大の国。
しかし、そのゴリラ帝園は悪い客のタバコのポイ捨てで出火。
帝園の民は煙にまかれて逃げ惑った。
しかし彼は違った。彼は皇子として民を逃がすべく、帝園内部を奔走した。
瓦礫に埋まった民がいればその腕力で助け出し、炎に囲まれた檻があればその腕力で助けだした。
しかし、いかに勇敢なジェラールとて、炎には勝てない。
民を全員逃がすことは出来たものの、全身に大やけど負って息絶えた……。
と、思ったのだが、気づいたらこんな所にきてしまったのだ」
いえ、一人いました!
そう、彼ですボボンゴル族のシャーマン、人呼んで『アマゾン』。
彼は動物の言葉がわかるのです。
なんとなく大体のニュアンスでわかるのです!
その上、ボボンゴル族はウソつかない、信ぴょう性はかなり高いといっていいでしょう。
「ウホ」
「人間の王よ、人は時に失敗もする。
出来ると豪語した者でも、力及ばず無様を見せることもあるだろう。
焦っていれば、それに怒りを憶え、なぜ出来ないのだという気持にもなろう。
しかし、王たるもの、常に泰然と構えていねばならない。
民の失敗を指さし、怒りにまかせて行動するのは、帝王たるものの態度ではない。
こうした時こそ平然とし、寛大に失敗を赦すべきではないか?」
その言葉に、王はグッと息を飲みました。
そう、何も殺すことは無かったのです。
王は反省しました。
自分は怒りのあまり、本当に大切なことを見失っていたのかもしれない、と。
「ウホホ」
「我が名はゴリラ帝園の誇り高き帝王ケンタの息子ジェラール。
いまだ未熟な身の上なれど、ここに来たのも何かの運命だ。
貴方が真に困っているのなら、力になろう」
ジェラールの言葉に、王は涙を流しました。
(なんと、なんと貴いお方なのだ。
わけも分からず召喚し、バナナでも食ってろと部屋の隅に追いやられ……。
だというのに自分を呼び出した少女を助け、余の力になってくれるというとは!)
これに応えねば、王様の王としての器が疑われる所です。
王様はスッと手を上げました。
処刑人が下がります。
処刑人も、斧を腕力だけで砕くゴリラと戦うのは勘弁だったので、ホッとしています。
これで今日は無事に娘の所に帰れそうです。
マリーはギャルですが、可愛い娘なのです。
「わかった。貴方がそう言うのであれば、許そう。
そして改めて頼もう。
勇者よ、この世界を救ってくれ!」
「ウホ!」
ジェラールは胸を叩いて答えました。
アマゾンの翻訳はありませんが、意思は通じました。
今のは間違いなくオッケーのウホでしょう。
「では、勇者たち……そしてマジョリーシカよ、魔王討伐の旅に旅立つのだ!」
「えっ!? 私もですか!?」
「当たり前であろう。古来より、召喚した魔術師は魔王討伐の旅に出ると相場は決まっておるのだ」
そういう事でした。
マジョリーシカの、宮廷魔術師になってウッハウハの夢は砕けました。
あるいは、マジョリーシカの両親は、辛く過酷な旅に出るのが嫌で出奔したのかもしれません。
「では、ゆけ、勇者たちよ!」
「ウホ!」
こうしてマジョリーシカ。
森の勇者ジェラール。
小汚い金持ちゴンゾウ。
謎の老師。
ボボンゴル族のシャーマン、人呼んで『アマゾン』。
五人の旅が始まりました。
王様の目に魔王がガタガタ震えながら命乞いをする光景が映ることはありませんが、ひとまず数日は誇り高い気分で眠ることが出来るでしょう。




