第8話 勇者ともあろうものが、学校に●●するだなんて!
王都へ向かう船の中。
窓の外には青く広がる海がきらめき、白い波が船体にやさしく当たっては砕けていく。船底から聞こえる規則的なきしみが、のんびりとした旅情を演出していた。
そんな穏やかな時間の中、俺はベルとたわいない会話を試みる――が、返ってくるのは空返事ばかりで、まるで会話を拒まれているようだ。
「――今回は船を使ったが、移動時間が無駄だと感じるなら、瞬間移動も可能だ。使いたくなったら、声をかけてくれ」
「…………口から出任せを言うのは辞めてくださる? できもしないことを発言する方、わたくし嫌いなの」
俺が口を開くたび、ベルとの距離がどんどん遠ざかっていく気がする。
親切心で言ったんだが……難しいな。
「あ……屋敷でウンコしてくるの忘れたな」
「……………………はぁ」
船室の中に気まずい沈黙が落ちた。
俺はただ正直な想いを口にしただけなのだが、どうやらベルの琴線に触れたらしい。年の割に、なかなか大人びた少女だ。やはりダメか……ウンコネタは。
――生徒との距離感、難しいな……。
そうこうしているうちに、王都の港へ到着する。潮風と喧騒、荷を積み下ろす船員たちの声。港の広場には露店も並び、香ばしいパンや焼き魚の匂いが漂っていた。
そこからしばらく徒歩で進むと、ベルと同じ制服を着た子供たちがちらほらと見えてくる。
俺は通りすがる子供たちを指差しながら尋ねた。
「ベル、あの子たちもお前と同じ学校に行くんだろう?」
「……そうですわね」
ベルは同年代の子供たちに一瞬だけ視線を向けると、すぐに顔を戻した。
「声をかけないのか? 『今日も共に鍛錬に励もうぞ!』とか」
「……かけません。別に、お友達でもありませんので」
「そうか。じゃあ、お友達がいるんだな。お前のお友達は――」
俺がキョロキョロ辺りを見渡していると、ベルにぴしゃりと口を挟まれる。
「……いません。うるさいので、黙っていてくださるかしら」
「そうかぁ……俺も挨拶をしなくてはと思ったんだが」
「…………必要ありません。というか、もうここまでで結構ですわ」
ベルが足を止め、港のほうに手を向けながら言った。
「あなたは、屋敷にお帰りください」
「学校の正門までの見送り、という使命だぞ」
「大丈夫です。学校はもうすぐそこですし、この辺りは人目も多いので危険もありません。では、お疲れ様でした」
言い残し、ベルは早足で先へ行ってしまう。
「ベル。俺の使命は――」
「使命、使命うるさいですわ! あなたの使命はわたくしに関係ない! 雇い主が良いと言っているのだがら、もういいの! 放っておいて! あなたに付いてこられると、迷惑ですわ!」
「でもベル、俺の雇い主はお前ではなく……マオだぞ」
「なんでそこで細かくなるの! 面倒臭いですわ! もういいから帰りなさい!」
本当に、俺が口を開くたびにベルはプリプリと怒ってしまう。
このままでは、使命を果たすのが難しくなりそうだ。
だが、ベルとはもっと仲良くなる必要がある。セバッチュと俺のように――。
「むぅ……人との関わりが、ここまで難しいとは」
こんなことになるとは思ってもいなかった。
俺は最強だ。何も困ることはないと信じていたし、すべてが上手くいくと、漠然と考えていた。
だが、意識を変えるべきだ。
俺はもう勇者ではない。ただの家庭教師なのだから――。
「…………あっ」
良いこと思いついた。
俺とベルが仲良くなれないのは、きっとお互いのことをよく知らないからだ。俺が彼女に嫌われるのは、腹の立つことをうっかり言ってしまうからに違いない。
ベルが何で怒るのか、何をされれば嬉しいのか。それを知るには――リサーチだ。
学校へ向かう生徒たちと同じ道を俺は進んで行く。
遠くから見守るだけなら、構わないよな!?
学校でベルがどんな様子なのか、確認しておくべきだろう。
俺は、そっとベルの背中を追いかけ、学校に足を踏み入れた。
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