第7話 勇者の初めてのおともだちは無表情な使用人?
小鳥のさえずりが遠くから聞こえ、小窓から差し込む朝日が部屋をやわらかく照らしていた。
今日からベルは島外の学校へ通う。俺はその送迎を任された家庭教師兼ボディーガード……そう、俺の使命は今日から本格的に始まるのだ!
大きく伸びをして、寝巻き姿のまま部屋を出ると、扉の前にセバッチュが立っていた。
「おはよう、セバッチュ」
「おはようございます。ユシャ様」
「……なんでそこに立ってるんだ?」
「朝のお手伝いが必要かと思いまして」
「お手伝い? どうした」
セバッチュの瞳が、ウズウズと揺れるように輝いている。無表情なのに、妙な熱意だけが目に宿っていた。
「ああ、こちら頭髪が暴れていらっしゃいますね。それから、お洋服もクタクタで……もうお顔は洗われましたか? ああ、ここも! ……ああ、ここも!」
「なんだなんだ」
「失礼いたします」
そう言うや否や、セバッチュは俺の手を掴み、すさまじい速さで動き始めた。
まずは髪をブラシで整えてくれる。次に寝巻きをいつもの服へ着替えさせてから、洗面所へ連行。洗顔してくれたかと思えば、化粧水や乳液やら、よくわからない数種類の液体を次々と塗りたくられる。
「……お、おぉ」
鏡に映る自分が、いつもよりイケメンに見えた。
「ユシャ様はもともと整ったお顔立ちです。スキンケアを続ければ、肌年齢はみるみる若返るでしょう。朝の身支度は、一日を迎えるための大事な一歩です」
「ありがとうセバッチュ。なんだか人間になった気がするよ」
「いえ……その……ユシャ様さえ宜しければ、今後も毎日お手伝いさせていただきたいのですが」
表情は相変わらず硬いが、瞳の輝きは明らかに強くなっている。
「いいのか? そんなことが許されるのか?」
「はい。私は使用人ですので」
「俺は外部の家庭教師だぞ? お前の主人じゃない。というか……ベルやマオにもやってあげてるのか?」
「いえ。お二方はしっかりされていますので、自分でなさいます」
「……なるほど。つまり、セバッチュは誰かのお世話を焼きたい、と……そう言うことだな!?」
「そうです!」
キラン――! 瞳の輝きがより一層強くなる。
「俺はお世話を焼かれたい! 朝の身支度なんて面倒だし、そもそもやったことがない! こんなに良いものだとは知らなかった! やってくれるなら、ぜひお願いしたい!」
「交渉成立ですね。明日からも宜しくお願いします」
俺たちはガシリと握手を交わした。
なんだか、友人ができたような気がする。勇者村では、家族も友人もいなかった。 勇者同士、互いに干渉せず、ひたすら鍛錬ばかりだったからだ。
こうして、会話を楽しめる相手がいるのは、新鮮で心地いい。
朝から上機嫌で食堂に向かい、セバッチュの用意してくれた美味い朝食をバクバクと平らげる。
そして、登校の準備を終えたベルと、屋敷の玄関で対面した。
「おはよう、ベル」
「……おはようございます」
しかめっ面のままでも、きちんと挨拶をするあたりに育ちの良さを感じる。魔王の育児は、うまくいっているようだ。
「それが制服ってやつか」
ベルは赤を基調とした短め丈のジャケットに、花びらのような縁飾りがついた小ぶりのスカートを身に着けていた。所々に金の刺繍が施され、気品と格式を漂わせている。いつもの大きめの赤い帽子も相まって、驚くほど似合っていた。
「……何ですか、その目は。おかしいですか」
「いや、よく似合っている。金持ちそうで、ごろつきに狙われそうだがな」
「……それを防ぐのも、あなたの役目です」
「これまでは、誰が送り迎えしてたんだ?」
「日雇いのボディーガードです。でも皆さん、王都への船通いが嫌になって辞めますわ」
そんなに嫌なものなのか……?
俺は待つのも苦じゃないんだが……普通の人間の忍耐力ってのはそんなもんか。
「安心しろ。俺がいる限り、ベルが襲われることはない。だから安心しろ」
「……“安心しろ”って二回言われても、全然安心で来ませんわ」
「ベルも二回言ったな。ははっ、一緒だ」
「…………揚げ足とらないでください」
玄関扉がセバッチュの手で開かれる。そのとき、ベルがふと振り返った。
「……そういえばあなた、当然学校は卒業しているんですよね?」
「…………俺が? してないが」
「…………学校がどんな場所かは、ご存じですか?」
「将来有望な子供が通って鍛錬する場所だろ? それくらい知ってる」
「本当に……どうしてお母様があなたを家庭教師に選んだのか、わかりません」
深いため息をつき、ベルは先に歩き出す。
玄関に残った俺とセバッチュは目を合わせた。
「ユシャ様。お嬢様は生真面目で、いつも気を張りがちです。でも本当は、素直で努力家で、慈愛に満ちた方。……良き友人になっていただけると、嬉しいです」
「まるで俺の話を聞いているようだ。似た者同士ってことか」
使命に生きる生真面目さ。勇者村での張り詰めた日々……そしてたゆまぬ努力と勇者としての慈愛――確かに似ているな。瓜二つだ。
「ユシャ様なら、お嬢様の心に寄り添っていただけると……そんな気がしています。ぜひ、宜しくお願いします」
「もちろんだ。ベルをこの家の後継者にするのが俺の使命だ。そのためには俺と彼女はニコイチの存在になってみせる。まぁ、気楽に頑張るさ」
頭を下げるセバッチュに手を振り、俺は屋敷を飛び出してベルを追った。
作品を気に入りましたら『ブックマーク』と『レビュー』をお願いします。
☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。




