第5話 ひきこもり元勇者とママ魔王の秘密の対談
「――魔王、だって?」
ずっと倒すべき存在として鍛錬を積んできた。
その魔王が、今、目の前にいる。
拳が、震えた。
「ええ。勇者村から聞いているでしょう? だからあのパーティでも“そういった動き”をしていたのよね? ワザと失敗したり、仲間のミスをフォローしてあげたのに、なぜだかあなたのせいにされていたときは可哀想だったけれど、あれはあれで楽しかった。……クビの件も、引き留めようと思ったんだけど……ちょっと様子見ちゃった。私にバレバレなところも含めて、可愛くて」
まるで客席で舞台でも見ていたかのように、マオは穏やかに語った。
「……協定の件は聞いている。だが、俺は……まだかみ砕けていない」
「あら。思ってたより、真面目な方なのね」
「それに、俺はもう勇者じゃない」
「後任の方がいらっしゃるの?」
「そうらしいが、聞かされていない。俺は今休養中で、一般人として生きている」
「なら、適役ね。娘の家庭教師に」
「……本気で俺にやらせるつもりか?」
「これ以上ない人材だもの」
言葉を濁しつつも、マオは揺るがない。
「……その、“娘”っていうのは――」
「正真正銘、私の娘よ。父親は人間。もう亡くなってしまったけどね」
「未亡人かよ……」
どこか性的な妄想が頭をかすめつつ、俺は話を戻した。
「マオ……アンタの目的を聞きたい」
「ベルを、立派な“人間”に育て上げることよ。この家を継ぎ、堂々と生きていけるように」
「……どうして、それほどまでにベルにこだわる?」
魔王が、人の子供を育てていることが信じられなかった。協定の件もあるが、この魔王が一体何を考えているのか、まったくもってわからない。
そんな俺の疑問を、マオは鼻で笑った。
「フフ。子供の居ない人の言葉ね。魔王が人間の娘を愛していることが、そんなにおかしい?」
「……そうだな。俺には子どころか、肉親すら居ない。家族……というものがわからない。だから、余計にそう思うのかもしれない」
「……正直ね。気に入ったわ。でも、私も嘘は付かない。正真正銘、娘のことを愛しているし、私の生きる目標はそれがすべて、と言っても良い」
……顔変えて俺を騙していたけどな。でも、それは俺も一緒か。
「…………男は、産まれなかったのか?」
デリカシーが無かったかもしれないが、今更そんなことを気にしていられない。魔王の家族構成も知っておきたい。
「……欲しかったわよ……子供は可愛いもの。何人だって、欲しかった」
「…………? ではなぜ産まない? 詳しくないが、跡継ぎというのは基本的に男がするものなんじゃないか?」
俺の言葉に、マオがわなわなと震える。グググ――と力を溜めて、
「だって…………だって…………痛かったんだものっ!!」
急に、マオは感情を爆発させる。
「500年生きてきたけど、出産は本当に痛かったわ。私は人間の攻撃で外傷はほとんど受けない。それなのに……出産ときたら! 子宮内部まで魔力の防御壁でいっぱいにしちゃうと、愛しの子が生まれて来られないから、魔力を全部消して、完全に生身の人間の状態であの子を産んだわ! あなたにわかるかしら! 生きるか死ぬかの瀬戸際の、どうしようもないこの痛みが! とてもじゃないけど、二人目なんて考えられない!」
男の俺からすると、想像を絶する痛みだ。
そんな苦悩を経験してまで、魔王が人間の子を産むとは……。
「そ、それは痛み入るが……そこまでして、なぜ跡継ぎにこだわる?」
「……あの子には、亡き旦那が残したこの家を任せたいの。私は魔王だから、魔王としての仕事がある。あの子に魔族としての役割は背負わせたくない」
「なるほど……しかし、優秀そうだぞ。『ごきげんよう』なんて言う子供を、俺は他に知らない。とても家庭教師が必要そうには見えないけどな」
俺の言葉に、マオは少しため息のようなものを交えて言った。
「一般常識、貴族としてのマナーはしっかりしてるわ。頭が良くて、良い子なの。でも……魔王の血が作用しているせいか、あの子の身体に見合わさない魔力量が貯蔵されている。そのせいか、魔力操作が上手くできないみたい。まだステータス開示も上手にできない。通ってる学校でも「離島貴族の落ちこぼれ」というレッテルを貼られているみたいで……」
母親というものを俺は良く知らないが、目の前のマオは、娘のことを大事に想っている、普通の母親のようにしかみえなかった。
「……家庭教師を求めている理由はわかった。だが、なぜ俺なんだ? あの求人、どう考えても俺を誘い込んでいただろ」
「とーぜんよ。武技も魔法も才能がある人材なんて、ほとんどいないんだから。本当に、勇者くらいなものね。その中でもあなたは得意な存在だと思う。もし、あなたが4人存在して、全員でパーティを組めば、私を倒すことも可能かもしれない」
じーさんも似たようなことを言っていた。俺が強いのは俺にとっては至極当然のことだが、どうやら周囲の人間からすると、そうではないらしい。
「評価してもらえて光栄だが、知っての通り俺は勇者村にずっと引きこもっていた三十路手前の元勇者……自分で言うのもなんだが、かなりの世間知らずだぞ?」
「フフフ。むしろベルと一緒に成長してもらえそうで、楽しそうだわ。ベルともなんだか面白そうに話してたみたいだし。……それに――後任の勇者とのやりとりをするときも、話がスムーズになりそうなのよね」
「……俺は、勇者を最短記録でクビになった男だ。そういうのは、後任の18代目のほうが――」
「そんなに自分を卑下しないで。あなたにしかできないことも、きっとあるわ」
「……まさか、魔王に励まされる日が来るとはな」
「フフ。伊達に長生きしてませんから」
マオの優しさの真髄に触れた気がして、なんだか胸の中がぽかぽかしていた。
とても不思議な感覚だった。
……気が付くと、俺は口を開いていた。
「俺は……魔王を倒すことを心に誓い、命を捧げて鍛錬してきた」
自身の両手に目を落とす。剣を振り続け、破けに破けた皮膚は、持ち前の超再生力で何層にも張り巡らされた筋繊維となり、岩のように分厚くなっていた。
「それが……直前で協定の説明をされて……正直、アンタの話を聞いた後でも、まだ整理できてないんだ。なんだろうな……まるで、俺の居場所がなくなってしまったような、そんな気がしていたんだ……」
グッと拳を握り、目の前で優しく微笑んでくれているマオの目を見て言う。
「でも、アンタに会えて良かったと、思っている。今はただの一般人だが、そんな俺でも誰かの為になるのであれば、精一杯頑張ってみたい。これを、新しい俺の『使命』にしようと思う」
「……ユシャちゃん、良い子なのね」
「ちゃん? 俺は男だぞ。チンコだってしっかりある」
「わかってるわよ。フフ、面白い」
マオはゆっくりと席を立ち上がり、俺の太ももにすーっと手を這わせる。彼女の細くしなやかな指が、腰に差した剣にチンとぶつかる。
「……あなたくらい強いと、色々大変でしょ? それ……抜きたいときは、お手伝いするわ。もし溜まっちゃったら、私のところにおいで。16代目ちゃんのときも、よくシテあげてたから」
ゾクゾクッ……!
こ、これは凄いな……なんだこの気迫は……。
くそぅ……ヌキ……、……ヌキたくなってしまう……!
「……ところで今日の宿は?」
「採用前提だったから、何も用意してない」
「フフ。じゃあセバッチュに案内させるわ。明日からベルの家庭教師、よろしくね」
去って行くその背中に、俺はもう一つ問いかけた。
「マオ。アンタは……その、旦那さんのことを愛してたのか?」
「もちろん。今でも大好きよ。初めはなんとも思ってなかったけど、私の真の姿を愛してくれてね。それが可愛くて、気づけば夢中になってた」
「……その“真の姿”とは、どんな感じなんだ……?」
「そうねぇ……頭から角が二つ生えてて、露出も多くて、えっちな感じぃ?」
「お、おおう……それは……」
ホワンホワンホワン――と俺の脳内がピンク色の雲でいっぱいになる。
やばいな……旦那と同じ性癖かもしれんぞ……?
「再婚は……考えないのか?」
難しい年頃のベルを女手一つで育てるのも大変だろう。いくら魔王とはいえ。
……なんか、魔王との会話に慣れすぎてないか? 気付けば普通に会話してるな。
「……寂しくなることもあるけど……ベルのことを思うと、どうしてもね」
「……そうか」
「何があっても守りたい、私の宝物なの。だから、あなたにはボディガードも兼ねてほしいのよ。もしあの子が危険にさらされたら……私、本当に世界を滅ぼしてしまうかもしれない」
「任せろ。そんなことにはならない。ベルの家庭教師兼ボディーガードは、俺にとって願ってもない“使命”だ」
「頼もしいわ。これから、娘のことをよろしくね。ユシャちゃん」
こうして俺は、ベル・ミスティオの家庭教師になったのだ。
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