第44話 今日も、いい日だった
会場の復旧作業の最中、俺はいろんな魔族たちと会話をした。
冗談好きで腹を抱えさせてくれるやつもいれば、まるで岩みたいに笑いの通じないやつもいた。人間を嫌って露骨に距離を取るやつだっていた。
……でも、それは人間だって同じだ。話のつまらない勇者だっているんだからな。
途中、現場監督をしていたキャンヴとも言葉を交わした。
「今回は、どうして手伝ってくれたんだ? 人間が憎いんじゃなかったのか?」
「……魔王様の命令だからな」
腕を組んだまま作業を進める魔族たちに目を向けながら、キャンヴは淡々と答える。
「随分と従順じゃないか。お前ならまた勝手に暗躍して、マオに怒鳴られてそうなもんだが。……もうやってるのか? 暗躍」
「……貴様に俺の何がわかる」
「ということは……これでお前も“なあなあ協定”入りってわけか……それにしても、マオに消されなかったこと、感謝するんだな」
「……叱責は受けた。それに伴う固い契りも交わした。だが――」
キャンヴは複雑な面持ちで、ぽつりとこぼした。
「……感謝も、されたのだ」
「ほお」
「……人間の考えは、俺には理解できん。だが……それと同じくらい、今の魔王様の考えが理解できん」
「理解したいのか?」
「当然だ。我ら魔族は、一蓮托生であるべきだからな」
風が吹き抜け、キャンヴの白髪を揺らした。
人間とは少し違う、苦みを帯びた匂いが漂ってくる。
「……貴様に、一つ問いたい」
「なんだ。チンコのデカさか?」
「仮初めの平和に……意味があると思うか?」
赤い瞳でまっすぐに俺を射抜いてくる。
「……俺は、平和が好きだ」
「似合わんな……いいか、貴様に最も遠い言葉――それは“勇者”だ」
「オイオイ言うじゃないか。俺の好きなもの、聞くか? 『ミルク』と『おっぱい』と、『使命』と『平和』だ。……ああ、あと最近『友達』もできたな」
「……だからどうした」
「俺の原動力は、たった5つしかないんだよ」
人間と魔族、大々的に和平を結ぶことはできないかもしれない。
だけど、人間と魔族が少しずつでもいいから、仲良くなっていけたら良いと俺は思う。
「仮初めでも、なんでもいい。手の届く範囲で、俺にできることをやりたい」
「……それで世界が変わるのか?」
「変わらないだろうな。けど、目の前で困ってる奴がいたら……助けてやる」
「それが、たとえ……人を殺した魔族でもか?」
キャンヴの視線に、鋭いものが混じった。
「…………どうだろうな。わからん。そのときの心境による」
実際わからない。未だその状況になったことがない。
ただ、俺が俺である限り――なるようにしかならないとは思う。
「……肝心なところをボカすのか。抜け目のない男だ」
「知るかよ。俺は言葉の駆け引きは苦手だ。だから言葉どおりに受け取ってくれ。人を殺した理由に納得できたなら、たぶん助けると思うぞ」
「本当に……こんなにいい加減な勇者で、いいのか?」
キャンヴは、魔族でありながら自問していた。
「安心しろ。もう辞めてるから」
「そういえば、そうだったな……あの18代目は何をしてる? ヤツは少なくとも貴様よりは勇者らしくあったように見えたが」
「さあね。故郷にでも帰ってるんじゃないか」
そういえば、あれからゴーシャの姿を見ていないが、どこで何をしてるのやら……面倒なことになってないといいけどな。
「勇者……よくわからぬ生き物だ」
「まぁ、辞めはしたが、今後も個人的に平和について考えていきたいとは思ってる。元・勇者である俺にしかできない、平和の在り方ってやつを。できれば、暴力以外のカタチでな」
「…………」
「……だから“なあなあ協定”なんだろうな。肩ひじ張らずに適当にやるぐらいが、ちょうどいいのかもしれんな。今は、まだ」
「……勝手な理念だ」
「確かにそうかもな。だから俺は勇者が向いてなかったのかもな」
それきり、キャンヴは黙った。
会話は自然と途切れ、やがて復旧の目途が立つと、作業もお開きとなった。
* * *
――――夜。腹の虫が情けなく鳴くなか、セバッチュのディナーを想像しながら、俺は屋敷への帰路につく。
明かりが灯る屋敷が見えてくると、相変わらず胸が弾んで仕方ない。
「ただいま~」
「おかえりなさいませ、ユシャ様」
変わらぬ無表情で、セバッチュが出迎えてくれる。
「お風呂になさいますか、それともお食事ですか?」
「食事にしたい」
「でしたら、お嬢様がお待ちです。一緒に参りましょう」
「ベルが? 俺を待っててくれているのか!」
思わず足取りが軽くなる。
食堂の扉を勢いよく開く。
「ベル、俺を待ってくれていたのか!」
手付かずの食事の前で、ベルがちらりと俺を見やった。
「そろそろ帰るころかと思って。……待っていました」
「嬉しいな。俺と一緒に食べたかったのか?」
「別に……そういうわけではありません。ただ、一人というのも、アレですから」
「……寂しいのか?」
「……そうですね、とでも言えば満足ですか? 先生」
ベルが不満そうに眉をつり上げ、頬をふくらませる。
「先生は、たまにわたくしを試すようなことを仰ります。悪い癖ですわ。ちゃんと直してくださいね」
「……お、おう」
「……まったく。どちらが先生なんだか」
そう言ってベルは、白い歯を見せて穏やかに笑った。
「ときおり関係が逆転するのが、お二人の魅力かと。私はどちらも好きです」
セバッチュの謎発言を理解する前に、マオが食堂へ転がり込んでくる。
「あぁ~ん……疲れたぁ……ベルぅ……よしよししてぇ」
「お母様……はいはい、よしよし」
「優しい! ねえ、ウチの子可愛くない!? 私の娘よ! 誰にも嫁にあげたくないんだけど」
「聞いてないぞ。そんなことは」
「ユシャ様は花婿候補としてどうでしょう、マオ様」
「あー……ユシャちゃんねぇ……悪くはないんだけど……」
「ちょ、ちょっと! お母様!?」
「ハハハ! ……いいな。こんな食事も。この屋敷に来られて、俺は幸せ者だ」
これが元勇者で家庭教師の俺――ユシャの、些細で平凡な日常だ。
なんでもないが、なんでもある。
心が温かくなるような日々をくれる、素敵な小さな幸せ。
俺は、こんな日常をずっと持ち続けていたのかもしれない。
今日も――いい日だったな!
これにて完結になります!!
色々反省点もありましたが、私の最近の作品は構成やストーリーの流れよりもキャラクターに重きを置いているつもりです。その結果がうまくいっているかは読者の皆様に委ねますが、私が楽しく書けたので良しとします!
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