第43話 元勇者の大切な友達たち
ベルがどれほど魔族の血引いているかは不明だが、仮に肉体は普通の人間である場合、マオよりも速く老いることになる。
マオが魔王化したときにぼやいたことは、彼女の心からの声だったのかもしれない。
彼女はこれからも、ずっと悩み続けていくことになる。
……きっと、これから先も苦しむことがあるだろう。魔王として、人間の娘を持つ母親として。相応のストレスが溜まるはずだ。
だとしたら、俺にできることは一つだけだ。
「……マオ。俺でよければ、今後もストレス発散に付き合うぞ」
「うふふ。あらあら、そんなに気持ち良かった?」
紛らわしい言い方で彼女が茶化すと、ベルが顔を赤くして、俺とマオの間に入る。
「お、お母様!? せ、先生に何をしたんですか!?」
「うふん。あなたにはまだ早いわ」
「そういう破廉恥な言動は慎んでください! ただでさえ噂になってるのに! お母様が……魅力的すぎるから!」
「えっちなお母さんでごめんなさいね。でも、そうね……ユシャちゃんと一緒に身体を動かすの、とっても楽しかったから、これからもお願いしようかしら」
「俺からもお願いしたい。次は絶対に負けない」
「えぇ!? 先生が負けたんですか!? お、お母様って……!」
途中で意識を失い、怪我まで治されたんだ。負けにきまっている。ちと悔しいのが本音だ。人類最強として、このまま黙ってはいられない。
しかし……マオとの戦いは、本当に夢のような時間だったな。
「単身で魔王に突っ込んできて、何を言ってるのかしら……。勇者はパーティーを組んで戦うものでしょう。魔力量も、結構底を突いてたみたいだし」
「それはそうだが……そもそも俺はパーティーに向いてないからな……」
「先生は底知れない人ですけれど、勇者様って感じはあまりしないですね」
生徒にまで言われてしまった。
使命が複雑化していたとはいえ、クビになったし、俺に勇者は務まらないのかもしれない。そういう意味では、ゴーシャは、勇者らしいと言えるのか。アイツは危なっかしい。誰かがサポートしてやらないといけない。
光属性の魔法も似合ってるしな。俺は似合わないからなぁ……。今回必殺を披露できて、実は少しスッキリしていたりする。勇者っぽいだろ? アレ。
「ぜひユシャちゃんには、これからも色々なことをお願いしたいわ」
「家庭教師の副業にしては、とんでもないもの持ってきそうだな」
「あっ……そういえば。例の件は? わかった?」
――ギク。
ベルもいるため配慮しているのだろうが、俺にはしっかりと聞こえる。
「魔族殺しの犯人、わかった?」だ。
「今、ギクって顔しなかった?」
「あ、ああ……犯人は……まだ特定できていない……!」
じぃ――とすべてを見透かすような瞳で、マオが俺を見つめてくる。
あまり顔には出ないほうだとは思うのだが、嘘が下手だとはベルにも言われていたな。そういえば……。
「…………もう。本当に嘘が下手なんだから。まぁいいわ……あなたが隠したいくらいなんだから、今は聞かないでおくけど……いつかは話してね」
そして、マオは俺たちを横切って、手を振りながら去って行く。
「それじゃ、私はキャンヴと話があるからこれでね」
残されたベルは、少しだけ俺に身を寄せてくる。
「……先生」
「……大丈夫だ。魔王の娘でも、ベルはベルだ。俺は元勇者で家庭教師のユシャ。俺たちは、先生と生徒の関係のままだ」
「…………そ、そうですわよねっ。わかっていますわ!」
ベルは潤んだ瞳で俺を見上げ、こくんと頷いた。
もっとハツラツした返事を期待していたが、何か気に障っただろうか。
考え込んでいると、明るい声が俺たちのもとに届いた。
「ユシャさん! ベルちゃん! 大丈夫!? 待たせてごめんー!」
チャームが、ぶんぶんと両手を振りながら駆けてきた。
その後ろを影のように寄り添って歩くのは、いつもと変わらぬ姿のセバッチュ。大きな鞄を抱えて、微動だにしない。
「チャームにセバッチュ。大丈夫だったか? 怪我は?」
「うん! 全然! 何が起きてるのかわからないくらいで……途中で怪我してる人を治療してたら遅くなっちゃった~。でも二人が無事なら、それで良かったよ~」
こんなときでも、チャームは聖女らしさを惜しみなく振りまいている。……ほんと、眩しい存在だ。
「そうか。……もしや、セバッチュの計らいか?」
俺が横目をやると、セバッチュはやっぱり服も靴も汚れ一つない。彼女は鞄を軽く持ち上げ、静かに言った。
「私のほうで、密かに時間調整をさせていただきました。なんとなく……離れていたほうが良い、そんな気配を感じましたので」
「えぇ~! だから~? 着替えるだけでいいのに、なんか妙に気が利くなと思ったの! 髪整えたり、お化粧やり直したり……すっごい手間暇かけてくれて!」
やはりセバッチュの勘は鋭い。あいつの采配のおかげで、二人とも危険を回避できたわけだ。
「本当に、良かった」
気付くと、そんな言葉が俺の口から零れていた。
自然と溢れたのが自分でも不思議で、何故なのかを考える。
俺にとって、ここにいるヤツらは、大切な存在だ。
居なくなったら、悲しい。
……だからか。シンプルだな、相変わらず。
でも、そういうものなのかもな。友達っていうのは。
深い意味なんて、考える間もなく、大切なものは大切なんだ。きっと。
そこで俺は思った。もっともっと、この友達の輪を深めたいと。
仲の良い友人とは食事を囲みながら会話を楽しむものだ。最近俺は友達との会話に絶賛ハマっているからな。なら――。
「これは提案なんだが、近いうちにみんなで打ち上げでもやるか! ウチの屋敷で」
言った瞬間、しまったと思った。
あの屋敷は別に俺の家ではなかった。あわててベルの顔をうかがう。
「ベ、ベル……チャームをウチに呼んでもいいか?」
「ふふっ、先生も配慮したりできるんですか、驚きました。……いいですね。是非、わたくしの屋敷にご招待したいですわ」
「え~!! 本当に!? 嬉しい~!」
チャームの琥珀色の瞳が輝く。
思えば、ベルが友人を屋敷に招いているところを見たことがないな。
まぁ、一ヶ月鍛錬をみっちりしていたから、無理もないが。
「ベルも、ミリーを呼んだらどうだ? みんなで楽しくやろう」
「……そ、そうですね。でしたら……声だけ、かけてみます」
「大丈夫です。お嬢様。私はミリー様の好物をすべて把握しております。なんでもござれでございます」
「セバッチュ!? あなた、なんでそんなことまで知ってるのかしら!」
「私は使用人として、当然のことをしているだけです」
セバッチュが、微妙に口角を上げている。大変レアだ。初めて見たかもしれない。本人的にはドヤ顔を決めているつもりなのかもしれない。
「よし、予定は決まったな! そしたら今日は解散だ。俺は会場の復旧を手伝ってくる! セバッチュ、ベルをよろしくな」
そうして俺はみんなと別れ、魔族たちの輪に交じって、復旧作業に汗を流すことにした。
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