第41話 新たなる旅立ち
ゴーシャは勇者村へ戻る途中だった。
先代勇者――ユシャに完膚なきまで叩きのめされ、己の自尊心、その誇りすらも粉々に砕かれたばかりだった。
こんな屈辱、想像すらしていなかった。
なにせ、17代目勇者は無能だと散々聞かされていたのだ。剣を抜くまでもなく相手が泣いて詫びる姿まで妄想していたというのに。
逆だった。
17代目の強烈な一撃を浴びた瞬間、情けなくも大と小を同時に漏らしていた。
惨めに泣かされもした。だって、腕を引き千切られたのだ。そんなことを突然されたら、泣くに決まっているだろう……!
それも、「ああ、ごめんごめんやりすぎた」みたいな感じでやられた日には、もはや屈辱を通り越して、風の一部にでもなってしまいたい気分に彼は陥った。
そもそも喧嘩を売ったのも、想い人を取られた気がして、ムシャクシャと適当な理由をつけて鬱憤を晴らそうとしていたせいだ。
勝てて当然。蹂躙するつもりしか無かった。
それなのに、見事すぎるまでの敗北――もう立ち直れそうになかった。
加えてゴーシャは「なあなあ協定」なるふざけた条約があると説明される。勇者と魔王が手を取り合い、奇妙な均衡を築いているのだと。
自分が村を飛び出す前にその存在を知っていたら……果たして、違う選択をしていただろうか……。
村長に呼ばれて故郷へ戻る道の最中で、そんなことを考えながら山道を進んでいると、突然、世界を震わせるほどの魔力爆発が発生した。
「な、なんだ……!?」
大地を抉るような膨大な魔力量。身の毛がよだち、逃げ出したい衝動に駆られる。
だが――勇者である。
しかも現行の十八代目勇者。原因を確かめもせずに尻尾を巻くなど、許されない。
一瞬でも逃げ腰になってしまったことをゴーシャは悔やむ。同時に、その感情がまだ自分の中にあることに気付き、彼は勇者である誇りと責任を微かながらに取り戻していた。
魔力探知などという高度なことはできない。
全身の感覚を頼りに、ゴーシャは爆心地へと向かう。
広大な平原に、二つの魔力の柱が天へと突き抜けていた。
――ユシャ。そして、見知らぬ魔族の女。
遠目に二人を視認しただけで、ゴーシャは失神しかけた。
立っているだけで膝が笑う。驚異的な魔力の圧で、潰されそうだった。
小便がまた漏れそうになる。立っているだけで滝のように汗が噴き出る。
だが見届けねばならないと、自らを奮い立たせる。
そして戦いが始まった瞬間、彼は思った。
――何が起きているのか、まったくわからない!
幻覚魔法を張られているのかと疑った。だが違う。
速度が異常すぎて目で追えない。
攻撃は一度の軌道で幾重にも分岐し、複雑怪奇な現象が、あちらこちらで繰り広げられている。
すべてがフェイントの応酬だった。攻防の全てが次元を越えていた。
ゴーシャがこれまで想い描いていた“戦い方”とは、まるで違っていた。
彼の目には、その表層しか映らない。だが、それでも確信した。
戦闘力の――次元が違う。
これこそが――本物の戦い。
そして、ゴーシャは自然な思いを吐露する。
自分も――あの領域に至りたい。
これまで鍛錬を怠ったことはない。驕ったつもりもない。
だがユシャは言った。
「お前は人を見下すばかりで、リスペクトに欠けている」と。
そういう小さな心の在り様が、強さの差になっているのかもしれない。
二人が繰り広げる戦いは、実に美しかった。
ゴーシャにとって戦闘とは、雑魚を掃除するためにしかたなく行う行為に等しく、ただ面倒で汚れるもの、という印象を持っていた。
しかし、目の前の戦闘はどうだ。
命を削り合いながら、血を吐き、手足を失いながら、それでも笑って拳を交わしている。
狂気じみているのに、崇高さすら感じられる。
羨望が胸を焼いた。
本来なら、自分もユシャと剣を交えられたことは幸福だったはずだ。だが、怒りと嫉妬に溺れてその機会を棒に振ったのだ。
目の前の魔族の女のように、ユシャを楽しませられたなら――自分もきっと笑っていただろうに。
「……そろそろ疲れてきたな。終わりにするか、マオ」
「そうね! 準備運動はここまでにして、一発やりましょうか、ユシャちゃん!」
――準備運動!? 殺し合いではなく?
「これは……俺のエクスカリバーⅡを最大限活かす必殺技だ」
片腕を失ったユシャが、残る腕で剣を握りしめる。
金色の光が奔流となって立ち上った。
「あら楽しみ。でも、エクスカリバーⅡ、壊れちゃうんじゃないの?」
「壊れたらまた作るさ。……“エクスカリバーⅢ”をな!」
まさかのナンバリング方式に、ゴーシャは衝撃を受ける。
だが次の瞬間、彼は息を呑んだ。
ユシャの剣が太陽のごとき輝きを放ったのだ。
ゴーシャ自身が扱う光魔法に近いその金色の光が、ユシャを取り巻くように立ち上る。
「この、世界一勇者っぽい技を食らえ――マオッ!」
「ならこっちは世界一魔王っぽい技を出すわ! ユシャちゃん!」
――魔王!?
マオと呼ばれた女が、口から黒紫の邪炎を吐き出す。
その光景を見て、ゴーシャは悟った。
これが「なあなあ協定」!? 一体、どこがなあなあしているというんだ……!?
常軌を……逸しているッ!!
「エクスッッッ――――カリバァァァァァァァァ――――――!!」
「アポカリプスッッ――――フレイムゥゥゥゥゥ――――――!!」
両者の必殺が炸裂する。
炎と光が――激突する。
光輝く剣圧が闇炎を切り裂き、押し消す。
世界の理を塗り替えるほどの衝突。
「…………なんて、美しいんだ」
視界が真っ白に塗り潰される直前、ゴーシャはその奇跡を心に焼き付けた。
* * *
目を覚ますと、むさ苦しい仲間――ガルクとテルミンに囲まれていた。
「大丈夫ですか? 勇者様」
「ずっとうなされてましたよ」
「………………神は?」
「は、はあ?」
連れの二人が頭を傾げながら、心配そうにゴーシャを見つめる。
さっき、自分の目の前で繰り広げられてた光景は、夢だったのか……?
「ボクの神……ユシャ様とマオ様は、どこにいらっしゃるのですか」
――ここに今、新たな教祖が誕生した。
後にこの世界における重要基板となる教えを広める男である。
その名も――“ユシャマオ教”。
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