第38話 全裸魔王軍大隊長のチンコはギザギザであるべきだと思う。
全裸のキャンヴが跪いたのは――よりにもよってベルの前だった。
マオに抱きしめられていたベルが、顔を傾けて変質者を見つめる。
「……え? 誰ですか?」
「お初にお目にかかります。私は魔王軍大四隊・大隊長、キャンヴ。貴方のお母様のもとで、世界を根絶やしにすべく命を燃やしている者です」
「ま、魔王……? せ、世界……? え、な、なんのことだか……」
ベルが困惑する横で、この世のものとは思えない魔力の圧が膨れ上がる。
「…………貴様、なぜここに」
低く、暗く響いたマオの声。
普段の柔らかさなど一切ない――勇者が討伐すべき存在そのものの声だった。
俺の肌にゾワリと鳥肌が立つ。
マズい。
「魔王様。プライベートにお邪魔して申し訳ありません。ですが彼女は魔族界の宝! 必ずや魔王様の後継となるべき存在です! この私がッ――――――」
次の瞬間、キャンヴは視界から消えていた。
マオの指先から空気の塊が弾け飛び、その直撃を受けたキャンヴは観客席を巻き込みながら、競技場の外へ吹っ飛んでいく。
俺は咄嗟に瞬間移動魔法のマーキングを、自分の足場とキャンヴに飛ばして貼り付け、追従した。
転移先では――キャンヴの身体の半分が消し飛び、血反吐を吐きながら虫の息になっていた。
「……ぐふっ……久しいな。義勇兵の……ユシャよ。いや、こう言った方が正しいか」
フゥーハッハッハッハ!! と、死にかけながらお馴染みの高笑いを披露した後、下半身のない全裸男は言った。
「――十七代目、元勇者よ……」
……全然決まってないけど、本当にそれでいいのか?
「……お前、一体何がしたいんだ」
「何とは?」
「なぜマオの前で、あんなことを言った」
「当然だ。魔王が力ある娘を隠すなどあってはならぬ。あの方こそ魔族界の未来だ」
「それを決めるのはベル自身だ」
あたりまえだ。魔王・当主・冒険者――どれになったって良い。
それはベルが選べばいい。彼女自信に与えられた特権だ。外野が口出すことじゃない。
「……お前自身が人間と魔族の均衡を壊したんだぞ。マオは魔王としても母親としても、上手く立ち回っていた」
「フン。やはり、魔王様は勇者と繋がっていたか」
「まぁ、そうだな。お前たちに迷惑をかけてるのは認める」
「理解できん……なぜ世界最強の魔王様が、そのような下賤の思想に染まるのか」
……俺も前、似たようなことをマオに聞いたことがあったな。
「わざわざマオの前に出てきた理由はなんだ。ベルを魔族に引き込みたいのはわかるが、拉致するとか、人質にするとか、方法はあっただろう。端から見ていると、上に噛みついて、勝手に死にそうになってるだけの愚か者だぞ、お前」
「俺の魂は魔族と共にある。繁栄と蹂躙こそ全て! 死など些末だ!」
「……使命、か」
俺は腰を落とし、キャンヴの頬を高速で打った。
パァンと響き渡り、顔面は歪み、ボロボロと歯は零れ、目が飛び出し、首は変な方向へ曲がった。
「このままだと、お前は死ぬ」
「……むごぅ!?」
俺が殴らなくても、どっちみち死にかけてるけどな。
「チャームを傷つけたのはお前だな。魔力を見ればわかる。俺の目は誤魔化せない。今のは、その一発だ」
「……ふぐぅ」
「チャームは大事な友達だ。今度、直接お前には謝らせる。それを今ここで約束しろ」
「…………ふうぐぅ」
虚ろな瞳で、キャンヴは小さく頷いた。……意外と素直だな。
「ちなみに……なんで全裸なんだ?」
「……もごぅ」
「何を言ってるか分からん。ちゃんと喋れ」
「……うぅ、うぅ~」
「まともに喋れないのか、お前は」
べちんと頬を叩いてみるが、やはり意味不明な言葉をずっと呻き続けている。
一体どうしてしまったんだ、彼は。
だが、想像するに透明化して潜んでたんだろう。服を脱いでまで隠密してたわけだ。透明化していたのなら、俺の魔力探知にかすらなかったのも頷ける。
むしろ、ちょっとだけ親近感が湧いたね。
しかたない、治してやるか。
今日は回復魔法ばかり使わされるな。しかも、特に仲良くないヤツばかりに。
この負傷状態だと……まぁ特級だな。ったく……魔力量が大して多いわけでもないってのに……もう魔力カツカツだぞ。
光を纏った手をキャンヴの患部に当てると、失われた下半身が再生し始めた。気持ち悪いな。
こんなグロいもん、みたいわけでもないのに……。そして、しっかりとチンコが再生されるのを凝視しておいた。
「……普通なんだな、魔族のチンコって」
「貴様、正気か!? 俺の顎を壊して喋れなくしたのはお前だろ!? それに性器を凝視するな!」
「別にいいだろ。うるさいヤツだな」
キャンヴは慌ててチンコを隠した。……性器とかお高く止まりやがって。しっかりチンコと言え、チンコと。……もっと、ギザギザしてたり、三本くらい生えてるもんかと思ったのにな。残念だ。
そんなどうでも良いことを考えていると、キャンヴが大きなため息とともに息を漏らした。
「……勇者ってのは、こんなふざけた存在なのか……。俺は……一体……今まで、何のために……」
「気持ちはわかる。俺も使命を信じて生きてきた。同情はするよ」
「…………魔王様は、一体何をお考えなのだ」
「知るか。本人に直接聞いてくれ。わかるわけが無いだろう、他人の考えなんて」
「魔王様の……考え、か」
しばらくキャンヴはうなだれながら、その言葉を噛みしめていた。
……かと思いきや。
「それにしても……クックックック……フゥーハッハッハッハ!! 魔王様のあの力……! まるで衰えていない、全盛期のような魔力放出……! あれを直接身に受けられたのは、至上の喜びだったのかもしれんな」
ふるふると震えながら、キャンヴは歓喜の表情を浮かべる。こいつもこいつで大概だな。やっぱイカれてるわ、魔族。いや……集団での決めつけは良くない。きっとコイツがイカれてるだけだ。
「お前ほぼ死んでたからな? ドMか?」
「言っただろう。種全体を思うなら、死などに対した意味などないと!」
「何を話しても無駄だな。現状だと、お前は余計なことをしてくれただけだ」
「なんだと?」
「もう二度と戻ってくるな。これから起こる面倒を処理できるのは、世界で俺だけだ」
「待て! まだ話は――」
「いいや終わった。お前と話していても、面白くないからな」
俺は瞬間移動魔法で競技場へ戻った。
目先には――ベルと、人の姿を辞めたマオが立っていた。
作品を気に入りましたら『ブックマーク』と『レビュー』をお願いします。
☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。




