第37話 全裸魔王軍大隊長と元全裸勇者
――――ベルが、規格外の泥魔法で競技場を圧倒していた、そのとき。
観客席の端に身を潜めていた魔王軍第四隊・大隊長キャンヴは、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
――な、なんだ……あの途方もない魔力量は……!
間違いない……あの娘こそ、魔王様の御子だ。
先日捕らえた巨乳娘は、やはり違った。特異な魔力は持っていたが、魔王の血脈とは程遠い。
この圧倒的な奔流。天災のごとき泥の濁流を一人で放ち、なお尽きぬ魔力を無尽蔵に振りまく少女。彼女こそが、本物。
――この俺が……見抜けなかっただと?
魔王の娘なのだ。普段は魔力を抑えるよう命じられているのだろう。それにしても、気付けなかった己の愚かさが悔やまれる。
だが、悔恨をも呑み込むほどの畏怖と歓喜が胸を満たす。
恐らく、彼女の魔力量はS――。この世界で到達しうる者は、魔王と、その娘ただ一人。
「………………なんと、美しい」
その魔力のきらめきの端々に、若かりし頃の魔王の面影を見た。青臭さも残る。だが、それすら物量で押し潰す暴力的な力に、思わず見惚れてしまう。
――殺す? そんな発想自体、不遜の極みだ。
俺は間違っていた。むしろ――すべての魔族が伏すべき存在なのだ。
胸を突き上げる後悔と歓喜に、キャンヴの瞳からひと筋、涙が零れる。
――あの御方こそ、次代魔王に相応しい。
今すぐ忠誠を誓いたい。だが、彼女の傍らには一人の男がつき従っている。
――……あれは。
目を細め、記憶を探る。
農村を襲撃した際に現れ、同胞を意図も簡単に倒した不可解で得体の知れぬ存在。
――義勇兵のユシャ……。
調べ上げた結果、彼が“17代目勇者”であることは突き止めた。
歴代最悪の失敗者として国民に嘲笑された、勇者の屑。その後、なぜ義勇兵となり、魔王の娘と行動を共にしているのか。いまだ謎は多い。
だが、今はどうでもよい。重要なのは、魔王の血脈――。
そのとき。
パチン、と指を鳴らす音が響き、会場を埋め尽くしていた魔力が一瞬で霧散した。
――な、何だ!?
瞳に魔力を凝らし、残滓を追う。そこにいたのは――。
――魔王様。
角は隠され、衣も質素。だが、その相貌、その気配を見間違えるはずがない。
愛娘を見守るため、この場に姿を現されたのだ。穏やかに、慈愛に満ちた笑顔を浮かべて。
「……そんな顔を、なされるのですね。魔王様」
観衆に紛れ、娘に手を振る魔王。その姿が、確証となる。
――ベル・ミスティオ。
魔王の娘。ミスティオ家の名を騙ることで二つ目の顔を隠していたのだ。長年不可解だった魔王の挙動とも符合する。
「……魔王様。あなたは一体……」
胸の奥で、言葉にできぬ疑念が渦巻く。
計画していたように、彼女の前で娘を殺したならば――今のような微笑みは決して見られなかっただろう。
この笑みを見たことが正しかったのか、過ちだったのか――。
今のキャンヴには、答えが出せない。
さらに視線を巡らせると、魔王の傍らには見覚えのある者たちがいた。
――監禁したはずの巨乳娘だ。なぜそこにいる?
それに、ユシャと同様に戦地で邂逅した、アホな多汗症戦士に、頼りない魔法使い。かつて関わりを持った者たちが、揃いも揃ってベルを応援している。
雑念が入り乱れる。だが、やるべきことは一つ。
本来の目的は、魔王の前で娘を事故に見せかけて葬ることだった。
だが計画は変更だ。彼女は――魔族の未来そのもの。次代の魔王なのだから。
キャンヴは静かに決意を固め、身を翻した。
行動を開始する。すべては、魔王とその娘――いや、魔族全体のために。
* * *
「二人ともお疲れぇ~! すっごい競技だったね! ベルちゃん滅茶苦茶目立ってたし、派手で超楽しかった! 途中で応援するの忘れるくらい熱中しちゃったよ~!」
俺とベルが観客席に戻ると、チャームが満面の笑みで出迎えてくれた。心の底からの言葉だとわかる。チャームはそういうやつだ。
その後ろから、そそくさと現れた人影が、がばっと俺とベルをまとめて抱きしめてきた。
「お、お母様……!! こんな公衆の面前で……! は、恥ずかしいです」
「お、おっぱいが……う、うぷっ……」
「気にしない気にしない。愛する娘が頑張ったんだから、私は全力で甘やかすわ。ユシャちゃんもお疲れ。あなたが娘にこれまでどんなことをしてきたのか、よくわかったわ」
クソデカい乳をこれでもかと押し付けながら、マオは少し瞳を潤ませていた。
俺は彼女の谷間からなんとか抜け出して、言う。
「……間に合って良かったな、マオ」
「ええ、本当に。部下が仕事を調整してくれて、何とか間に合ったの」
「お母様……! わたくしの魔法、見てくださいましたか!」
「ええ、見たわよ! 凄かったわねぇ、ベル! さすが私の娘!」
「ふふふ、お母様……」
ベルがとろけたように甘えている。普段じゃ考えられない顔だ。
……良かったな。そう思っていたら、チャームがチラチラと俺のことを見ていた。
「どうした、チャーム」
「……ユシャさんって……もしかして、本当は凄い人?」
「……なんでそう思う?」
「わたし、魔法のことはちゃんと学んでないからよくわからないんだけど、他の人たちと比べても、明らかに違うから」
ちょっとはしゃぎ過ぎたか……チャームにも、妙だと勘づかれている。
「そんなことはない。人は誰しも得意な面がある。俺は、今回特別上手くいったってだけだ」
「ベルちゃんの魔法も初めてみたけど、凄いね。ユシャ先生に教わったら、みんなあんな風になれるの?」
「あれはベルが頑張っているからだ。俺は、ただサポートしてやっているだけさ」
チャームは、「ふーん」と値踏みするような視線で俺を見つめた後、ベルとの会話に花を咲かせるマオを一瞥する。
「……ところで……その人が、セバッチュさんですか? ベルちゃんのお母様?」
「違う。こっちはマオだ。ミスティオ家の家主。俺の雇い主で、ベルの母親だ」
「ふぅ~ん……」
なんだか面白くなさそうに、チャームがふくれっ面で俺とマオを交互に見ている。チャームは時々難しい。何を考えてるのかよくわからん。
「――セバッチュとは、私のことです」
突然、ぬっと現れたのはセバッチュだった。
「え? あなたがセバッチュさん!? び、びっくりしたぁ!」
「エンターテインメントの一助になれたこと、幸せに思います。いつもお嬢様と親しくしていただき、ありがとうございます」
「あ、いえ……こちらこそ」
「ユシャさんからお話は伺っております。それではチャーム様、こちらへ。お着替えのお手伝いをさせていただきます」
「え? え?」
「全身コーディネートさせていただければと思います」
「ユシャさーん! この人、無理やりわたしを連れていくんだけど!?」
「セバッチュは世話好きなんだ。悪いが付き合ってやってくれ」
「はい。お付き合いくださいませ、チャーム様」
「えぇぇぇぇぇぇぇ~! まだユシャさんと話したいことがあったのに――!」
そのままチャームはセバッチュにずるずると拉致されていった。
視界の隅で、かつての仲間だったガルクとテルミンが居心地悪そうにこっちを見ているのに俺は気づく。
「ガルク、テルミン……お前たちも応援してくれてたんだな。ありがとう」
「いや、それはいいけど勇者様はどこ行ったんだよ!?」
「そうですよ。僕たちに何も告げずにいなくなるなんてありえません!」
「あー……あいつは、ちょっと荒野でお昼寝中だ」
真相を語ったとて、こいつらは絶対に信じない。そういうヤツ等だ。とことん俺のことをバカにしているからな。
もはやこちらの姿勢としては、これをどこまで引っ張れるのか、という点に面白さを見いだしていきたいと思っている。
「そうかぁ……勇者様も一人になりたいときはあるよな」
「僕たちもご一緒したかったですね……」
「探しに行くか、テルミン」
「そうですね、ガルク」
二人はそそくさと観客席を後にした。
そもそもお前ら何しに来たんだよ。18代目を見つけたところで、荒野で昼寝を“ご一緒”って……仲良しか。
そんなツッコミを心の中で転がしていたそのときだ。
周囲の魔力の流れが、唐突にぷつりと断絶した。
気づけば、俺の目の前に――全裸の男が跪いていた。
頭には鋭い二本の角。
「……お待ちしていました。我らが魔族界の超新星――暴君となるべき姫君よ」
――なんでお前は、全裸なんだ?
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