第33話 無駄に使ってこその魔法ってものだろう?
俺はチャームの肩に触れ、瞬間移動魔法を発動。一瞬で競技場へと戻った。
瞬間移動魔法にはいくつかの種類があり、今回使ったのは事前に指定したポイントに帰還するためのものだ。ゴーシャと荒野に向かったときは、俺がテキトーに座標を指示して強制的に移動させた。
瞬間移動魔法は大変危険だ。座標を間違えたりすると、地中に移動してしまい、圧死することだってある。そう簡単には使えないが、俺は慣れてるから余裕だ。万能勇者だからな。
「……え! なんですか今のは!」
「俗に言う瞬間移動ってやつだ」
「そんなよくあることみたいな……! うそだ! えぇ~!」
驚愕した様子のチャームながら、目の前の女子トイレを前に、ずーんと表情を暗くさせる。
「トイレに入ってから何も覚えてないのが……悔しいなぁ」
チャームにはひとまずヘンタイ野郎と邂逅したことで倒れた、ということにした。その真犯人を俺が必ず捕まえるとも。
正直、チャームがなぜ狙われたのかわからない。彼女は、人の恨みを買うような人じゃない。
現場に残された魔力の粒子から、犯人には攻撃性があることまでは把握している。
確かにチャームの魔力は、少し特殊だ。希少性が高い、という言い方のほうが良いかもしれない。柔らかで温かく、他者を介しての魔力の絡みが良い。だから、彼女の回復魔法や支援魔法は、一般的な回復魔法よりは効くかもしれない。
だが、命を狙われるほどのものではないはずだ。
この競技場のどこかに、何かしらの理由でチャームを狙っているヤツがいる。それを頭の隅に置きつつ、警戒を怠らないようにしよう。
「まぁ……そういうこともある。人生、色々だ」
「……あるかなぁ? だいぶ特殊な気がするんですけど…………パンツ、脱がされてるし……」
俺の上着を巻き付けた部分に触れながら、チャームが俺をジト目で見てくる。
「安心しろ。セバッチュに持ってこさせる。さっき伝書鳩を飛ばした」
「いつの間に!? というかさっきから誰なんですかその人」
「俺の友達第一号だ。フフ、面白いヤツだぞ」
「……ふぅ~ん……女性ですか?」
「ああ。女だ」
「…………綺麗な人なんですか?」
「綺麗な女だ。いつも表情が変わらなくて、ヘンなヤツだが」
「…………ユシャさん。もしかして……好きとか?」
「好きだぞ。ああいう面白いヤツは大好きだ」
「…………女の子として?」
「女の子として……? それは良くわからないが、確かにおっぱいは大きくないな」
「……お、おっぱい!? でも、あぁ……そういえば、ユシャさん……初めて会ったときもおっぱいがどうの言ってましたよね……そんなに、好きなんですか?」
「ああ。大好きだ」
「…………あんまりそういうの、女の子の前で言わないほうがいいですよ」
チャームは、自らの主張の強い胸を隠すように俺に背を向ける。
見せるためにそういう胸元開けてる服を着ているんじゃないのか!? とも思ったが、あんまりしつこくするとセクハラがどうのコンプライアンスがどうのと捕まりかねない。
この世の中は、チンコを露出しただけで犯罪者判定を食らう世界だからな。まったくもって、寛大さが足らないと俺は思う。
いいじゃないか、チンコくらい。害は無いんだから。
「ふふっ……良く考えたら、ユシャさんと初めてあったあの日から、楽しく笑える日が増えた気がします」
「チャームはいつだって素敵な笑顔で笑うじゃないか。俺と出会う前からそうだったんじゃないのか」
「……ふふ、そう思ってくれてるなら、そのままで良いですよ! ねっ。ヘンなおにーさんっ」
可愛らしく振り向きながら、初めてあったときのようにチャームが和やかに笑う。
「俺もチャームに会えてうれしい。君の顔を見ているだけで、癒やされる」
「えっ、そ、そんな――急にそんなこと……い、言わないでくださいよっ、恥ずかしい……」
「そんなに恥ずかしいことか? 俺は素直な気持ちで言っているだけだが」
「も、もういいから! 早く席にもどりましょ! ベルちゃんとの競技があるんでしょ!」
顔を赤くしながらチャームが俺の背中をぐいぐいと押してくる。
「そうだな。寂しく待ってるベルの元へ急ごう」
「――――……誰が、寂しく待ってる……ですって?」
声のするほうを振り向くと、息を切らしながら汗で前髪を額に張りつけたベルが立っていた。
「ベル……! どうしてここに……」
「はぁ……はぁ……やっと見つけた……!!」
一歩、一歩――ベルが俺の元へやってくる。
そして、俺の服を、ギュッと掴んだ。
「……チャームさんと、イチャイチャするために抜け出したんですか?」
「……ベル?」
ベルの服を掴む指に、力が入る。
「…………“すぐ戻る”って、言ったのは……先生です」
「……そうだな。すまない、少し時間がかかった」
ベルの頭に手を置く。いつもは、そんなことをしようものなら一瞬で叩かれるのだが、今日はそれがない。
「……出場、してくれますか……?」
顔を俯けながら、震えた少女の声で、ベルが俺に聞いてくる。
――だいぶ、不安にさせてしまったらしいな。
すまなかったベル。だが、俺の答えは、変わらない。
「……ああ! 全力でお前と親子競技に出場するつもりだ! 暴れるぞ、ベル!」
「……そうですか。あれだけ出る出ると言って、口だけなのかと思いましたわ」
「そんなわけあるか! 俺が一番楽しみにしていたプログラムだぞ! お前だって知っていただろう!?」
「どうだったかしら……もう忘れましたわ」
すっとベルが俺から離れて、いつもの調子に戻る。彼女との会話は、本当に楽しい。俺にとっては特別だなと感じる。
ベルは、隣のチャームにも視線を向ける。
「チャームさんも、良かったです。迷子だったんですか?」
「あぁ~そんなものかも! 大丈夫、心配させちゃってごめんね!」
チャームは、少しばつが悪そうに両手を振った。優しい彼女のことだ。ベルのナイーブな面に触れて、当事者として少し居心地が悪いのだろう。
「色々お話を聞きたいのですが、実はもう親子競技まで時間が――」
「よし。じゃあ直接競技場に向かおう」
俺は、ベルの言葉を遮って、軽い彼女をひょいと持ち上げ、肩に乗せたまま観客席の塀に飛び乗る。
「チャーム! 俺とベルのことを応援していてくれ! きっと優勝してみせる!」
「えっ、ユシャさん、まさかここから飛び降りるつもりなのっ!?」
「大丈夫だ! 山から飛び降りたとて、俺にはかすり傷一つつかない!」
「それはどういうことなの!? 待って、早まらないでユシャさ――ん!」
チャームの制止を振り切って、俺は高さ10メートルくらいの塀から、競技場の中心へ一気にダイブ!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!」
ズドン――! という大地を揺るがす衝撃とともに、俺は大地属性の魔法を演出として出現させる!!
地から無数に石柱を生やす生やす。魔法ってのは、こうやって無駄に扱ってこそだ! まるで工芸品のように俺とベルを包むように石柱が美しいアーチを描き、俺たちは派手な登場を果たした。
競技参加者であろう、石畳に並ぶ連中は、みんな俺たちのことを見ている……!
ここで語らずして何が勇者か!
「ベル・ミスティオと、親子代行……家庭教師のユシャだ! 優勝は俺たちがもらったァ――!」
「あなた、競技のこと何もしらないでしょう!」
「知らん! だが、優勝は俺たちのものだァ!
「お願いもうやめてっ! みんな見てる! 目立ってるから! 声が大きいっ」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるベルを余所に、俺は高ぶる興奮が抑えられずにいた。
待ちに待った親子イベント! 今日一番やりたかったことだ!
絶対に優勝してみせる……!
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