第31話 絶望的に会話がつまらないヤツは、自慢話ばかりだ。たとえ勇者であっても
――双星競技会、女子トイレ前にて。
俺は脱いだ上着を、横たわるチャームの上にそっとかけてやった。
口を縛っていた紐も、指先に魔力を通してちょきんと切断。チャームをそのまま抱き上げる。
「……ウンコの最中じゃなくて、本当に良かった」
「いや、そこじゃないでしょうが! なに真顔で言ってるんですか!? ボクの忠告も聞かずに勝手に扉を開けたのもアレですが、事件の香りしかしませんよ!」
「俺には尿の匂いしかしないが」
「デリカシーが地中深くまで沈んでますね、貴方!」
「用を足してる間に気絶したんじゃないのか? 自分で縛る性癖だったとか……」
「そんな人間いるわけないでしょうが! ……ていうか彼女を抱くのは勇者であるボクの役目です。交代してください!」
抱く抱くうるさいなこのピーピー勇者は。
お前より俺が抱いてた方がチャームは安全そうだぞ。
「……まぁ見てみるか」
俺は瞳に魔力を集中させた。
空気の中に、ふわふわと漂う極小の魔力粒子が見える。
これは、魔力の残滓だ。
「……確かに、誰かの手にかかった痕跡はある。犯人の特定まではできないが」
「ほうら! ボクの言った通りだ。……というわけで抱くのを交代」
近寄ってくるゴーシャを、片手で制する。
「……魔力粒子が微かすぎるな。時間が経ってる。犯人までは追えないな」
俺の発言に、ゴーシャも瞳に魔力を集中させる。それはできるから、できるんだな。
「……本当ですね。粒子がある。ですが、あなた……弱者のくせに、分析は一丁前ですね。というか……さっきから妙に力強くないですか?」
「どうとでも言え……俺は、犯人を許さない」
思っていた以上に、俺は頭にきていた。
もし彼女にそういう性癖があって、趣味で気絶したかったのなら笑って済ませる。だが、他者によってこんな姿にされたのなら……。
「…………ひらめきました!」
ゴーシャが指をピンと立てる。嫌な予感しかしない。
「真犯人はユシャさん。そういうことにして、ボクがあなたを成敗します!」
「意味がわからん」
「わかるでしょう! あなたは悪だ! チャームさんがあなたの魔の手に落ちかけている。ボクが守るしかない!」
「……はぁ」
魔の手ってなんだ。一体なんの話をしてる。
ナチュラルに恐ろしいぞ。どうなってるんだ。コイツの思考回路は。
「ボクね、あなたに心底腹が立っているので、ボコボコにしたいんですよ。だから、ずっとそういう場がこないか、待っていたわけです。デリカシーが地の底までいっているユシャさんが、チャームさんを助けてしまっては、彼女が本当にあなたを好きになってしまうかもしれない。そんなの、許せなくないですか?」
俺に同意を求められても困るのだが。なんだ、許せなくないですか?
「あのですね、ボク、せっかちなんですよ。だから、今すぐにでもあなたを成敗して、目覚めたチャームさんに『安心してください! 悪は倒しましたから!』って伝えたいわけですよ。ドラマチックに!」
「……お前、本格的に頭が湧いてるな」
「湧いてるのは弱者ですよ。勇者であるボクこそが強さの象徴です!」
なぜ強さについての話になるのか。本当に、会話ができないんだな。
――傲慢。
勇者村出身者はこういうタイプが多すぎる。まぁ俺も似たようなものなのかもしれんが……。
「というわけで、決闘です。やりましょう。ユシャさん。ボクたちのチャームさんをかけて……!」
チャームは俺のものでも、お前のものでもない。
そう言おうとしたが、どうせコイツに何を言っても理解されないだろう。なんたって、会話ができないからな。
俺は、面倒になって口を閉じた。
チャームは謎の事件に巻き込まれ、それをダシに現役勇者はなぜか俺を成敗しようと息巻く。
ベルの勇姿に胸を熱くしたばかりなのに、この男のせいで苛立ちが胸を焦がしていく。
「…………はぁ」
俺は大きなため息とともに、ゴーシャの肩に手を置いた。
――シュッ、と視界が切り替わる。
見渡す限り何もない荒野に、俺たちは立っていた。
「……瞬間移動魔法? まさか……あなたが?」
「会話のテンポが一歩ずれているんだよな……。今、それどうでもいいだろ」
チャームを地面に横たえ、ドーム型の結界魔法を展開する。
ゴーシャが以前村人に扮した俺に使った結界の、千倍は堅牢なやつだ。これで何をしても安心だな。
「さっきも言ったが……俺は少しだけ頭に血が上ってる。悪いが、手加減できないかもしれないぞ」
俺は首を鳴らしながら、構えを取った。
「フゥックックックック……フゥッーフゥ……! 最高だ! こんなにも早く、前勇者を叩き潰せるときがくるなんて!」
「そうか。お前後輩だったな。じゃあ先輩らしく、全部受け止めてやるよ」
「雑魚勇者の出鼻を、今ここでへし折ってやります!」
「本当に、弱い犬ほどよく吠える」
俺の余計な一言で、ゴーシャの額にブチブチと青筋が浮かんだ。
「……殺す。殺すコロスころす殺すこロすコロす――ッ!!」
ゴーシャは、怒りに任せて剣を抜いた。
剣先はカチカチと震え、感情に呑まれ制御を失っている。
こんなに簡単に冷静さを欠くとは。同じ勇者として、情けない。日々どんなものを食ったら、これだけ怒りっぽくなれるんだ。
「……お前は他人を見下すばかりで、他者へのリスペクトが決定的に欠けている。いつも自慢話ばかりだからな。……人と話していて、面白いと言われたことがないだろう」
「……は?」
「チャームがお前に靡かない理由は簡単だ。お前がつまらない人間だからだよ」
「……ボクは軽快なトークもできます」
「いいや、できていない。なぜなら友人とのお喋りに絶賛ハマっているこの俺が、お前と話していても、まったく面白くないからだ」
ゴーシャは一瞬だけ言葉に詰まり――すぐ怒りで顔を真っ赤にした。
「黙れッ! その薄汚い口を閉じろ! 今すぐ斬り捨ててやる! 死人に口はない!」
ゴーシャが、バカ正直に光剣を構え、一直線に突っ込んでくる。
俺は笑みを浮かべ、拳を開いた。
「会話と違って初手の行動は面白いな。いつも、まっすぐ飛んでくる」
キャンヴと戦っていたときもそうだった。初手の行動がわかりきっている相手ほど、扱いやすいものはない。
「うるさいッ! 死ねッ!」
「せっかくだ。ちょっと遊んでやる。すぐに壊れるなよ?」
ゴーシャの光剣の切っ先を俺は二本指で止めてみた。
「……で? 次は?」
指先で剣を押さえたまま、俺は軽く問いかけた。
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