第29話 なんでクソ腹立つ生意気勇者と、愛しの巨乳シスターを探さないかんのだ
「――おい、やったぞ! 見ろ、ベルがあのミリーに勝った! 勝ったんだ!」
「知りませんよ……離してください。……ん? ていうか力強……?」
競技場が大歓声に包まれる中、俺は最高に気分が良かった。
そのせいか、別に組みたくもないゴーシャ、ガルク、テルミンの肩を無理矢理引っつかんでは、わいわいと騒いでいる。
この一ヶ月、楽しいことばかりだったとはいえ、ベルの魔法や武技の指導については内心ずっと不安だった。
どうにも俺はこの世界において異質な存在のようだし、膨大な魔力を秘める魔王の娘をどう育てるべきなのか……正直、わからなかった。
――でも、この大歓声が答えだ。
やってよかった。ベルと出会えて、彼女に指導することができてよかった。
ベルは笑っている。こっちを見て、ちゃんと嬉しそうに。
よかった。本当に、よかった。
『特別種目:初等部・紅星組エキシビションマッチ』は幕を閉じ、ベルがこちらへ戻ってきた。
「ただい――」
「ベルゥゥゥ――!」
「いや、それもうやりましたから。普通にしてください先生」
ぐわっと抱きつきたくなる衝動を抑える。昨今はコンプライアンスにうるさい。家庭教師が生徒に抱きついたら即アウトだ。
「皆様も、応援ありがとうございました」
ベルがぺこりと頭を下げる。
いや、応援してたのは俺だけだろ。というかゴーシャは即刻帰れ、勇者村に。
「あれ……チャームさんはどちらに?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、ベルが言った。
「あー……そういや、ベルが出ていったあとトイレに行くと言って、それきりだ」
「ええ? それは流石に……おかしくありませんか?」
「でも、ウンコかもしれないだろ? 特大の」
「…………だ、だとしても長すぎますわ」
「ウンコが? ふむ……二メートル超えの超特大を捻り出してる可能性も――」
「その話題もうやめてください! ……美人で可愛らしい方ですし、心配ですわ。競技場は出場者の関係者なら割と誰でも出入りできるので……」
ベルがチラリとゴーシャに見やる。
「……そういえば、ゴーシャさんって、“勇者様”ですよね?」
ベルの口からそんな言葉が飛び出し、ドキリとする。
「ええ、ご存知でしたか。教養のある方のようだ」
「学校でよく話題になりますので。街中にお顔の貼り紙もされてましたし」
流石勇者だ。知名度がすごい。だが、今そのワードはやめろ。俺に効く。
ただ、ゴーシャが余裕で入り込めたことを思うと、この競技場の警備はやはり甘い。チャームの安否が本当に気になってきた。
「行方不明だと委員会に連絡してみますわ。勇者様の知人、と話せば、優先してくれるかもしれませんし」
「その必要はありません」
ベルの提案を、ゴーシャが軽くはねのける。
「ボク本人がチャームさんを探しに行きます。……というか、ユシャさんがうるさすぎて、勇者であるボクがカバーに回らなくちゃいけなかったのが、人類にとっての損失すぎました」
「一体何を言ってるんだお前は」
「というか、なんで民衆は勇者であるボクに気付かないんですか? ありえなくないですか?」
「誰もお前を見に来てるわけじゃないからだろ」
「そんなことありませんよ! あなたが変に目立つから! ボクがちょっと霞んでるんですよ! ああっ腹立たしい! こんなこと、言いたくもないのに!」
本当に俺が嫌いらしい。顔に書いてある。
「……ゴーシャさんにとって、チャームさんって」
ベルが不思議そうに訊く。勇者がわざわざ気にする酒場の娘――確かに謎だ。
「ボクの、愛する人です」
「一方的にな。だが俺も心配だ。手分けして探そう」
「いいですあなたは。ここで教え子の応援でもしててください」
そう言われて、ハッと思い出す。
「ベル、次の出場は親子競技だろ? いつだ?」
「二つ先です。準備時間も含めて、あまり余裕はありませんわ」
「大丈夫だ。すぐ戻る」
「…………わかりました」
勇者と元勇者が揃って人一人探せないなんて、笑い話にもならん。
「ゴーシャ、魔力探知は? 何メートルできる?」
「できません」
「……? なぜできない」
「できないからです。自分にできないことは、できません。ボクは」
悪びれもせず言いやがった。腹立つな。できない連呼しやがって。
……そうか。だから魔王城を延々探して魔物を狩りをしていたのか。納得した。
「どうせあなたもできないんだから、偉そうに頼まないでくださいよ。腹立つなぁ……」
できるけどな。半径300メートルくらいなら余裕だ。
たが、これだけ人が密集している場所で俺が魔力を広げてしまうと、俺の魔力に取り込まれた人たちに何かしらの危害を与えかねない。
他人の魔力というものは、毒にもなり得るからだ。
魔力探知というものは、自身が纏っている魔力を広げ、その魔力内における物質や人、魔力の質などを把握することができる技術だ。
以前テルミンに魔力供給をしたのも、この技術が下地に使われている。
チャームのことが心配だ。早急に捜索する必要がある。
だから、一瞬だ。
広げてすぐ収縮。俺の魔力に触れた人々が違和感を覚える暇も与えない。
広範囲の魔力探知は、まさに狂気の沙汰だ。
パーソナルな領域下に、不特定多数のモノを無制限に入れることに他ならない。自身の三半規管が狂ってしまう可能性は高いし、最悪精神疾病を起こす可能性だって少なくない。自身の弱点をさらけ出しているも同義だ。
神経を削る作業だが、やるしかない。
俺は、体内に貯蔵していた魔力を一気に体外に放出させる。
急激に風船を膨らませるように。そうして膨張した魔力を極限まで薄く調整しつつ――限界まで行き届いたと感じたら、すぐさま自分の身体へ魔力を吸い込むようなイメージで、魔力を操作する。
「…………ふぅ」
半径300メートル以内の人物、物質の位置・纏っている魔力の質・量などを大まかに把握できた。
……だが、一瞬すぎてチャーム本人の魔力反応かどうか、確信までは持てない。
「……トイレで倒れてる女がいる。チャームの可能性が高い」
「はぁ? 何言ってるんですか」
本当にクソ腹立つ顔してるな、コイツ。
一瞬過ぎて、俺が魔力探知したのに気付いてもいないようだ。
「……なんか今、一瞬悪寒を感じたんですけど、なんですかね? ガルク、テルミンは?」
「いえ、何も」
「僕も何も感じませんでした」
流石に少し感じ取ったか。後ろの二人は安定のポンコツ二人組のようだが。
もう付き合ってられん。俺は駆け出した。
「ち、ちょっと――ユシャさん!」
背後からゴーシャの声。案の定俺のスピードについてこれるのはコイツだけだ。
俺とゴーシャは魔力探知にて明らかになったチャームらしき人物が倒れているトイレへと急いだ。
二人で女子トイレへ。背に腹はかえられん。
扉を開けると――そこには、口を縛られ意識を失ったチャームが、横たわっていた。
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