第27話 ミスティオ令嬢の決意
胸の奥で、心臓が暴れ狂っている。
ベルは、今の自分の立ち位置をゆっくりと反芻していた。
魔法の才能がなく、ステータスすらまともに開示できない。
そのせいでクラスメイトにからかわれ、馬鹿にされ……つい反発ばかりして、気づけば教室での居場所を失っていた。
本当は――幼馴染のミリーとも仲良くしたかった。
けれど、ちっぽけな意地で、つまらない言葉で、彼女を傷つけてしまった。
家を継ぐべき「立場」と、冒険者になって自由に世界を旅してみたい「夢」。
その狭間で揺れ続け、どうすればいいのかもわからなくなっていた時――。
あの人が現れた。
正体不明の家庭教師。ユシャ先生。
非常識で、デリカシーの欠片もなくて、一言でいえば変人。……いや、変人ですら生ぬるい。どうしたらあんな風になれるのか、理解を超えた人物。
ステータスは低いのに、なぜだか凄い。
学校でも扱わない未知の魔法を使いこなし、何より、根拠のない自信に満ちあふれていて――飄々としていて、なんでもやってしまいそうな、不思議な人。
去勢ばかり張ってしまう自信のない自分とは、正反対。
そんな彼が――、この競技会に来てくれた。
毎日毎日しつこく競技の内容を聞いてきたけれど、教えなかった。
自分の成長した姿を、先生に直接見せたかったから。
――先生……大声、うるさかったよ。正直、とても恥ずかしかった。
だけど……胸の奥がふわっと温かくなるのを感じてしまったのも、事実で。
――先生。
わたくし、先生に会えて、良かったと思います。
そんなこと――、絶対に口には出せないけれど。
「――ベル・ミスティオさん、ミリー・エトランデさん。入場をお願いします」
試合開始の合図。
隣に立つミリーと視線が交わる。
彼女のブルーの瞳は冷静で――その奥に、測るような色を宿していた。
「……まさか、あなたから挑戦状を叩きつけられるとわね」
「驚いた?」
「ええ。だって、あなたがわたしに勝てるわけないじゃない。……自ら恥をさらす趣味があるとは思わなかった」
「そうやってナチュラルに見下すの、腹が立つわ。昔から嫌いだった」
「…………手は抜かないわよ」
「もちろんよ。わたくしも本気ですわ」
そこでミリーは何か言いかけて、口を閉ざす。
そして、先に石畳へ歩み出した。ベルもその背を追う。
* * *
『――続きまして、紅星組エキシビションマッチ初等部第3戦! ミリー・エトランデさん対ベル・ミスティオさん!』
観客の歓声が爆発する中、二人は石畳の中央で対峙した。
『それでは両者、ステータスを提示してください!』
この特別試合では、試合前に必ずステータスを開示しなくてはならない。
ベルにとって、それは最も緊張する瞬間のひとつだった。
「あら? ベルちゃん、ステータス出せたかしらぁ?」
挑発めいた言葉と共に、ミリーが開示した半透明の文字が宙に浮かぶ。
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レベル11/70
生命力:E
魔力量:D
筋力:F
俊敏:E+
魔力操作:D
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冒険者たちが開示することの多い、宙に浮かぶ半透明のステータス。
とくにデザインを変えているわけでも、フォントを変えているわけではないオーソドックスなものだ。魔力量と魔力操作はやや優秀で、それ以外は並みかそれ以下。典型的な、魔法使いタイプのステータス。
「早く見せてよ。できるようになったから、自信満々に挑戦状叩きつけてきたんでしょう?」
「――いいですわよ」
ベルは手を突き出す。
石畳に、どちゃどちゃと泥の塊が石畳の上に溜まっていく。
「……はぁ? あなた、何をして――」
ミリーが眉をひそめたのそのとき、ベルは泥を操った。
自分から生み出た泥を集結させて、ひとつに……――!
泡立ちながらまとまっていく泥の塊は、やがて墓石のような形を取る。
それはまるで――自らの師匠のステータスにとても良く似ていた。
ベルはそこへ、急いで指先で書き込みを施した。
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レベル7/25
生命力:E
魔力量:8
筋力:F+
俊敏:E+
魔力操作:F
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本来のレベル上限である『250』は“0”を掻き消して、『25』に。
魔力量『S』は、線を一本付け足して、数字の“8”に。
――できた。先生が教えてくれた通りに。
ベルは、まだ小手先技術である、『ステータス改ざん』ができない。
だから、自分の手で直接書き込むしかない。物質の泥であれば、それができる。
自分が規格外なステータスであることは、ユシャから伝えられていた。これを公表することは、まだ避けるべきだと。
正直、自分が“魔力量S”だなんて、想像もできない。
周囲にそんな人はいない。英雄と呼ばれる存在だって、そんな人は居ないだろう。
だが、授業の中でユシャが言ってくれた、魔力が多すぎて上手く操作できていないという説明と、ベル自信が魔力を操作するときの感覚は、少なからず似通っているように思えた。
実感はわかないけれど、信じることにした。
自分にもそういった才能があるのだと、先生が教えてくれたのだから……彼女はそれを喜ぶことにしたのだ。
ステータス開示にはまだ相応の時間がかかる。大地属性の魔法にステータスを上書きしているからだ。
けれど――人前で初めて、ちゃんと「自分のステータス」を出せた。
それだけで、ベルは胸がいっぱいになった。
泥のステータスは半透明ではないので、ベル以外には見ることができない。
近くの審判が、いそいそとやってきて、ステータス情報の確認を始める。
『な、なんだこれはぁ!? 泥のステータス!? 見たことがありません! それに、魔力量が……“8”!? まさかの数字! 前代未聞だぁぁ!』
司会の大声が響き渡る。
観客の視線が一斉に集まり、ベルの鼓動はさらに高鳴った。
『初等部の優等生ミリーと、規格外の生徒ベル! 二人の対戦が今始まります――!』
ベルは、正面のミリーに視線を向ける。
彼女は、驚きに目を見開き――やがて苛立ちに顔を歪める。
「……なによそれ。そんなワケわからない泥んこが、ステータスだなんて!」
「わたくしも、まだよくわかっていないわ。でも……気に入ってるの」
「……何よ。わたしのことを驚かせて、いい気にでもなってるの? でもそれまでだから。あなたが、わたしに勝てるわけないんだから!」
「それは……やってみないとわからないわ」
「ほんと、ムカつくっ! 可愛くないのよ、アンタ――!」
「わたくしは……あなたのこと、少しは可愛いと思ってるけど」
ピシリ、と空気が張り詰める。
ミリーが詠唱を始めた瞬間――ベルの胸に、熱が走った。
――本気のミリーに勝たなければ。……わたくしは、自分を信じられない。
幼馴染に……ミリーに認められたい。並び立ちたい。
だからこそ――ベルは一歩前へ踏み出した。
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