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クビになった最強勇者、家庭教師をしながら生徒のママ(魔王)と内通中!?  作者: 織星伊吹


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第26話 教え子の頑張りに、熱いもの灯すのも、また勇者

 18代目がこじらせている間にも、競技は粛々と進んでいった。

 まずは初等部による『魔法玉転がし』。

 選ばれた子どもたちが巨大な大玉を、手を触れず魔力だけで転がしてゴールへ運ぶ。

 まだ十歳そこらの幼い魔力操作は不安定で、大玉は左右にふらふらし、時にはコース外へ飛び出しそうになる。――が、それが逆に観客の心を掴んだ。失敗するたびにどよめき、持ち直すたびに歓声が上がる。素朴でありながら、実に白熱した一幕となった。


 続くのは『幻獣かけっこ』。教師が召喚した小さな幻獣を子どもたちが追いかけ、捕まえて背にまたがりゴールを目指すという人気競技だ。

 ちょこまか逃げ回る幻獣たちに翻弄されながらも、必死にしがみつき駆け抜ける子供たち。その姿に会場中が笑い声と拍手に包まれた。


 まだベルの姿はない。

 胸の奥がざわざわする。喉の奥から声を張り上げて応援したい衝動が抑えきれない。


 しかし、その前に気になることがあった。


「……そういえば、チャームはどうした? まだ帰っていないのか?」


 さっきまで血管を浮かせて喚いていた18代目――ゴーシャが、いつの間にか落ち着きを取り戻し、俺の隣で観戦していた。切り替え早いなこいつ。


「トイレに行くと言っていましたよ」

「長いな……ウンコか」

「……あなた、モテないでしょう」


 ……失敬な。俺は27歳のイケメンだぞ。27歳はイケメン最後の輝きなんだ。だからモテるに決まってる。知らんのか最近の若いのは。


「どうして、あなたみたいにデリカシーの欠片もない人間に、チャームさんが興味を持つんですかね……信じられません」

「……おっ、ベルだ」

「無視ですか? いま完全に無視しましたよね。今ここで殺してもいいですか?」

「後にしろ。教え子が出る」


 俺は競技場の中央に視線を向ける。

 宙に浮かぶ魔力のスクリーンに、新たなプログラムが浮かび上がった。


『特別種目:初等部・紅星組エキシビションマッチ』


 ――紅星組の各クラスから立候補した者同士が一対一でぶつかる特別試合。

 チームの得点には一切関わらない、純然たる個人勝負。ゆえに互いに全力で臨める舞台だ。


 石畳の試合場には審判と僧侶が待機し、怪我をしても即座に癒しが施される体制のようだ。


 やがて、首に赤いスカーフを巻いた十数名の立候補者が、石畳へと歩み出る。

 その列の中に――ベルの姿があった。


 気付いたら、身を乗り出していた。


「立候補したのか……ベル」


 一言も聞かされていなかった。

 毎日、どんな競技に出るのか尋ねても、彼女は「教えませんわ」「しつこいです」「何でもいいでしょう別に」「……というか、来るつもりですか!?」と、意地悪に躱すばかり。

 今日だって、ひょっとして競技には出ないんじゃないかと疑っていたくらいだ。チャームと一緒にトイレでサボってるんじゃないかと。


 ――なのに。


 拳が自然と握られる。

 胸が熱く膨らみ、息を大きく吸い込んだ。


「ベル――ッ!! 頑張れェェェェェェ――ッ!!」


 俺の全力ボイスが会場に轟き、反響し、観客も選手も関係者も――全員が俺を見た。

 そうだ、俺を見ろ!! 俺は、あそこの熱い娘の家庭教師だ! みんな、俺とベルを見ろ!


「何なんですか突然! 頭湧いてるんですか!?」

 隣でゴーシャが耳を塞いで叫ぶ。


 ベルに届いただろうか、この想い。

 ……あっ、見た。

 ベルがこっちを見て、目を細めて、心底迷惑そうな顔をしている。

 知ってたぞ。そういう子だ。でもいい。胸が弾けそうなくらい嬉しいからな。


 その隣にはミリーの姿があった。

 ――そうか。ベルは、ミリーと一対一でぶつかるつもりなのか。


 胸の奥で、ぐぉっと熱い炎が灯った。

 何だこれは……こんな感覚は、初めてだ。


 ……頑張れ。頑張れベル!



 そんなときに、観客席のざわめきが耳に飛び込んできた。


「うわ、これ公開処刑だろ」

「ミリーって初等部トップの成績だろ? で、ベルって子はそんなエリートに噛みついてる、落ちこぼれの子なんだって」

「ステータスすら表示できない子なんでしょ? 勝負にならないよ」


 ――当然ながら、ベルの評価は低い。

 普段の俺なら「落ちこぼれじゃない、勝手に決めつけるな」と言って回っただろう。

 だが今回は、やめた。ここで俺が余計なことをするべきじゃない。

 ベル――。お前自身の力で、見せてやれ。


 その想いに応じるように、ベルがちらりとこちらを見る。

 そして、くすりと微笑んで、唇を動かした。


 きっと、こう言ってる。


「――“先生、見ててね”」

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