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クビになった最強勇者、家庭教師をしながら生徒のママ(魔王)と内通中!?  作者: 織星伊吹


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第25話 こじらせ勇者と無気力元勇者の一生

「…………“じゅう……ななだいめ”?」


 きょとんとした顔で、チャームが俺を見つめながら言った。

 ……どうやら彼女は何のことかまったくわかっていないらしい。


 なぜこの場で、俺の正体を知ったうえで十八代目が現れたのか。理由はよくわからない。

 ただ、その表情を見るに、競技会を楽しみに来たわけではなさそうだ。


「……ああ、すみません。ユシャさん、でしたね。ボクの名前はゴーシャ。今日はチャームさんに誘われて、彼女のご友人の応援に伺ったんです」


 ゴーシャ……。こいつも自分で名前をつけた口か。

 なんとなく、俺がテキトーに名付けた名前に似ている気がするのは気になるな。勇者ってのは揃いも揃ってネーミングセンスがないのか。


 ペラペラ喋り続ける十八代目――改めゴーシャ。

 その背後から二つの人影が現れた。


 イカれたパーティを紹介するぜ――!

 ――ガルク!

 ――テルミン!

 ……まぁ、お決まりのメンバーだな。こいつら見た瞬間、俺はすべてを察した。


 ガルクもテルミンも何かを言うわけでもなく、ただニヤニヤと俺を眺めている。

 優越感に浸っているのだろうが……自分たちが何度も俺にボコられていることに気付きすらしていない。大変哀れなヤツらだ。


「ごめんね、ベルちゃん。この人たちがどうしてもって言うから」

「いいえ、枠は空いていますし。……わたくしなんかの応援に来ていただけるなんて、ありがとうございます」


 なるほど。チャームの予定に無理やりくっついてきたわけか。

 それにしても、ゴーシャはどうやって“元勇者”がここにいると知ったんだ?


「わたくし、もう直近の競技の準備に入りますので。あとはみなさま、楽しんでいってくださいな」


 外向きのベルの言葉遣い。こういうのを見ると、この子は大人だなと思う。俺には到底できない。


 ベルが離れようとしたその瞬間、俺は声をかけた。


「ベル!」

「なんですか?」


 俺は拳を作って、ベルに差し出した。


「一発、見せつけてこい」

「……はい!」


 小さな拳が、コツンと俺の握りこぶしに当たる。


 ――くぅ……! こういうの、一度やってみたかったんだ……!

 軽く感動している俺の横で、チャームが「あっ、わたしトイレ!」と席を立った。


 残されたのは俺と、ゴーシャと愉快かどうかは怪しい仲間たち。

 沈黙が気まずい。とりあえず気になっていることを聞くか。


「……なぜ気付いた?」


 俺の問いに、ガルクが答える。


「いやぁ……まさかあの情けねぇ歯抜け村人が、仮にも勇者だったテメェだったとはなぁ。……あれ? そういや歯はどうした?」

「どうでもいいだろう。それより、なぜ正体に気付いた?」


 ちっと舌打ちするガルク。代わってテルミンが口を開いた。


「あなたと冒険していた頃のことを想い出しました。僕らは、いつも気絶から目覚めることが多かった……! それで、前回の幹部戦でも同じことが。“ああ、この感覚はあのチンカス勇者の……!”と気付いたわけです。ところで……気になるんですが、睡眠魔法でも使ってるんですか? 瞬間的に記憶が――」

「さあな。日頃の行いが悪いんじゃないのか」


 ふふ。やはり気付いていないか。かわいそうなヤツらめ。ほんと、こいつらはいつでも俺に笑いを提供してくれる。だんだん可愛く思えてきたな。また今度こっそりやってやろう。


「改めまして17代目。初めまして、現勇者・18代目です。勇者と勇者は引かれ合う――とは言いますが、まさか本当にこうして出会えるとは。それも二度も」


 それは前回の邂逅の時点でわかっていた。

 故に勇者が代替わりする際は、スムーズに移行することができるというわけだ。


「いやぁ……噂には聞いてましたが、まさか村人に身をやつしていたとは。それも魔王軍幹部に痛めつけられて……可哀想に。すみませんね、あなたの老後を邪魔してしまって」

「休養しろという村長からの使命を果たしている最中だ。今はあの子の家庭教師をしている」

「あの娘は……何者ですか」


 ……やはり気付くか。

 ガルクやテルミンには到底無理だが、勇者ともなればベルの底なしの魔力量に違和感を覚えるのも当然だ。


「……離島のご令嬢だ。俺は今、彼女の屋敷で世話になっている」

「ふーん。……仮にも勇者だったのに、やることが家庭教師ですか。てっきり、極秘の使命であの娘を護衛してるのかと思いましたよ」

「俺の勇者業と、あの子は関係ない」


 俺は瞳に魔力を込め、ゴーシャの視線や身体の動きを読み取る。

 肉体、魔力の流れ……異常なし。


 ――良し。大丈夫。気付いていないな。


 この一ヶ月で、ベルの溢れ出る魔力を内側に抑え込むことに成功した。


 これで、実力者の目にも違和感を悟られることはないだろう。

 これまでも、ベル自身の生活圏内で誰かに何か言われることはなかっただろうが、相応の実力者から見れば、異形も異形だ。早めに対応しておいて良かった。


「……十八代目、村長から言づてを預かっている。『お前は勇者村に帰れ』」

「……なんですって?」

「“帰れ”と言っている」

「勇者であるボクが? なぜ……?」


 理解できない様子だ。無理もない。

 魔族との協定の件は、村長に直接話してもらうしかない。まったく、余計な役回りを押し付けてきやがって……。


 後ろに視線をやる。

 ガルクは鼻水を垂らしながら、隣席の美女の谷間に目を奪われていた。……お前だって見てるじゃないか!

 一方のテルミンは、いかにも賢そうに足を組んで魔法書を開いていたが――上下が逆さまだった。じゃあもう読んでないじゃないか!


 まあ良い。いつものバカは大丈夫だから放っておこう。

 競技会の熱狂にかき消されるほどの声量で、俺は18代目に告げた。


「勇者と魔族との間には、“なあなあ協定”と呼ばれる協定が結ばれている。だから、お前が魔王を倒す必要はない」

「なあなあ協定……? ハァ? 一体、何を言っているんですか」


 18代目は、哀れみを込めた目でこちらを見てきた。完全にバカを見る目だ。


「信じられないかもしれないが、事実だ。詳しくは勇者村に戻って村長から聞け。俺にはそこまでしかできない」

「信用できませんね。勇者歴が歴代最短のあなたに言われても。どうせアレでしょう、魔王軍にビビって逃げ帰ったからそんなことを言ってるんでしょ」


 ……ダメだな。こいつには何を言っても通じない。

 自分以外を信じない、強者特有の思考だ。


「フフ。だってあの魔王軍にボコボコにされてましたもんね。“ひぃ……っ!”とか情けない声を出して。あなたに勇者は無理ですよ。さっさとボクに譲って正解でしたね。というか、よく勇者村にいられましたね。あそこで暮らすだけでも、それなりの胆力はつくものですが。まあ、落ちこぼれに何を言ってもしかたないか」


 ……改めて腹立つな、コイツ。

 ガルクやテルミンみたいに一瞬で気絶させる遊びは無理そうだが、つい同じ手を考えてしまう。


「……というか、その剣はなんですか」


 腰のボロボロの剣を指さしながら、18代目が鼻で笑った。


「俺の相棒だ」

「……名匠が打ったものか何かですか?」

「いや、俺の自作だ。その名も“エクスカリバーⅡ”」

「……おもちゃかなんかですか? ガルクもテルミンも、あなたが剣を振るところを見たことがないと言ってますが」

「抜く必要がないからな」


 その一言で、18代目の表情が一気に険しくなる。


「……あなた、弱いですよね。なんでそんなに自信があるんです?」

「そんなに弱く見えるか? 俺は自分を最強だと思っているがな」

「最強……? 笑わせないでください。あなたからは魔力量も覇気も、“勇者としての資質”が何一つ感じられない! 本当に、頭がおかしいとしか――」

「俺は、“俺より強いヤツ”にしか剣を抜かない。ただそれだけだ」


 くっくっと笑い出す十八代目。……本当に勇者か? 笑い方が完全に敵役のそれなんだが。


「本当は17代目と手合わせしたかったんですよ。あまりに弱いって噂だったから、剣を抜く前にワンパンで沈めて、盛大に笑ってやろうと思ってたんです」

「まあ……俺はお前に剣は抜かないがな」


 ピキリ、と額に血管が浮き出た。可愛い顔してるくせに、怖い怖い。


「でも実際に会ってみて……やっぱやめました。弱すぎるんです。たぶんボクが指で弾いたら、あなたなんて空まで吹っ飛びますよ」

「それで正解だな。お前の指が消し飛ぶ」


 ピキピキと、さらに血管が浮き上がっていく。……ちょっと面白いな。


「……はぁ、はぁ。さらに腹立たしいことに――チャームさんが、あなたを気に入っているように見えるんですが……なんでですかね?」


 顔色は真っ青、目は真っ赤。立っているのもやっとだ。遊びすぎたかもしれない。


「そう思うならそうなんだろうな。俺もチャームのことは好きだ」

「……フゥックックックック……フゥッーフゥ、そうですかそうですか」


 俺の周り、笑い方おかしい奴多すぎないか?


「この数日間、ボクは勇者として全力で彼女にアピールしてきた! ボクの美しさ! 強さ! 素晴らしさを説いてきた! それでも彼女は振り向かない! いつもいつも、“17代目”あなたの話ばかりだ! あなたが如何に可笑しくて、ヘンで、変わっているかを聞かされるボクの気持ちを考えたことがあるか!」

「いや、ないが……」


 ……お前がモテない理由、自分で全部言ってる気がするぞ。それに気がつけないのは、可哀想としかいいようがない。


「ボクのほうが優れている! 顔も! 力も! 知性も! ユーモアも! そのすべてにおいてだ! それなのに、なぜチャームさんはあなたの話をする!」

「そんなことを俺に言われてもな……興味がない」

「それだ! その無気力な返しが余計に腹立つんですよ!」


 今にも血の涙を流しそうな目で、18代目は俺を睨みつけた。怖い。


「決めました。ボクはあなたの目の前で、チャームさんを取り返す」

「取り返す……? どういう意味だ?」

「あなたは悪だ。チャームさんは今、悪の手に染まろうとしている! だから、正義のボクがあなたを成敗する! 最高の舞台で! 最高の瞬間に! あなたは泣きながら媚びへつらうんだ、“チャームを返してくれ”と! フゥックックックックック――フゥッ! その時を待っていろ!」

「……まるで話が見えてこないな。俺たち、会話できてるか? 普通に怖いんだが」


 いや、お前は魔王を倒すんじゃないのか? 元勇者を悪判定して成敗している場合か? いやというかお前はもう良いからすべてを忘れて村へ帰れ!


 もしかしたら、閉塞空間である勇者村出身者は、コミュニケーションの取れない人間ばかりなのかもしれない。

 ……俺も、少し前までは他者とあまり喋ったことがなかったしな。


 村長――俺も変わり者なんだろうが、この18代目勇者……相当こじらせてるぞ。

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