第23話 教え子と謎の因縁を匂わせ続ける少女、その名はミリー
ドン! パン!
澄み渡る青空に、色鮮やかな花火が咲き誇った。昼でも眩しいほどの光が宙に広がり、港町の人々の視線を奪う。
豪華な催しに、観客も競技者も、血が滾るというものだ。
今日は――双星競技会。
千名を超える王立アストレア学院の生徒が、武と魔をもって覇を競う一大イベントである。
俺とベルは、いつもの登校ルートを歩いていた。
ただ、歩く速度は心なしかいつもより速い。周囲の生徒や、その家族、付き添いの者たちがざわめいていて、空気全体がそわそわしている。
前を歩くベルの背筋はいつもより硬く見えた。そんな背中に声をかける。
「……ベル。緊張、しているのか?」
「……そ、そうですわね」
ギギギ――と首をゼンマイ仕掛けの人形みたいにこちらへ回すベル。
素直だ。てっきり「そんなことありませんわ!」と跳ね返されると思っていた。
「お前なら大丈夫だ。せっかくの祭りなんだ、楽しめればそれで御の字だろ?」
「……またあなたは……お上りさんみたいなことを――」
「あらぁ~、ベルじゃない!」
ベルの言葉を遮ったのは、教室で俺が全裸をさらす羽目になった原因でもあるミリーだ。今日も金の巻き毛を風に揺らし、余裕の笑みを浮かべて登場である。
「ついにこの日がやってきましたね! わたし、ずっと待ってたの」
「……わたくしもよ、ミリー」
ピリリとした空気が一瞬で走った。……演出効果で稲妻でも飛ばしとくか?
「あなたが、公衆の面前で恥をかくのを楽しみにしていたの」
「あらそう? それは楽しみにしてて。……もしかしたら、恥をかくのはあなたかもしれないから」
「……相も変わらず口の減らない女ね」
「そっちこそ」
互いに睨み合う12歳の少女。かわいい顔に獰猛な光を宿すのだから恐ろしい。……火花の演出も追加しとくべきだろうか。
「この双星競技会で組成績・個人成績ともに結果を残すことは、自分の将来を決定づける要素になるのよ。巨大ギルドの凄腕冒険者に、大手魔法研究塔のお偉方……。まぁ、将来が決まっているあなたには関係ないのかもしれないけどね」
「……そうなのか! じゃあ、ベルが好成績を収めれば、冒険者への道が近づくわけだな」
会話に割って入り、ベルに声をかける。
するとミリーがこちらを見て、目を細めた。まるでゴミでも見るように。
「このヘンタ――じゃなくて、あなたのボディーガード……本当に何も知らないんですね? …………まぁ、そんなところでしょうね」
じろじろと上から下まで眺められ、フンッと鼻を鳴らされる。……失礼極まりないお嬢さんだな。まぁ、チンコ見せた俺も悪いけど。
「ミリー嬢、あの時は大変申し訳なかった」
「……きゃ――!」
仲直りの握手を差し出そうとしたその手を、何者かにぐっと掴まれた。
「お嬢様に触れないでいただきたい。……噂はかねがね。捕まっていないのが不思議なくらいですな、ユシャ殿」
ミリーのお付きである黒服の大柄な男に握られた手に、ゴリゴリと力が込められる。……おっと、力比べか?
「……っ!? っ? っ!?」
いくら力を入れても俺の表情は微動だにしない。それに驚愕する黒服ボディーガード。
握り返すのは簡単だが……この程度の力なら、骨を粉砕しかねない。やめておこう。やさしく撫でるように、握手してあげよう。
「……どうも」
「…………っ」
そんなやり取りを知らぬ顔で、ミリーは優越感たっぷりに笑った。
「ふふふ……本当を言うと、あなたなんてどうでもいいの。ただの踏み台よ、わたしの将来のね」
「…………そう」
「まぁ、せいぜい同じ組として、足を引っ張らないでほしいところね。それじゃ」
ボディーガードと共に立ち去るミリー。その背中を見つめながら、ベルが声を張った。
「……ミリー!」
「……なに?」
「……わたくし、負けないから」
「……はっ。落ちこぼれが何を言うかと思えば」
ミリーは嘲笑を残して去っていった。
ベルはしばらく黙ってその背中を見ていたが、やがて口を開いた。
「……先生」
「なんだ」
「わたくし……ミリーを認めさせたいの」
二人の間にどんな因縁があるのか、俺は知らない。
俺が知っているのは、懸命に頑張ってきたベルの姿だけだ。
「できるさ。そのためにここまで頑張ってきたんだろ」
「……うん!」
ベルは子供らしい笑顔で、はっきりと頷いた。
朝からミリーに出会ったことで、良い刺激になったらしい。
――競技会、か。青春だな。
俺にそんなものはなかった。ただ勇者同士の優劣を測るだけの「勇者大運動会」があっただけだ。
……ん?
あの過酷な大会も、青春的なエッセンスを加えれば、面白くなるんじゃないか?
村に帰ったら、村長に提案してみよう。
ともあれ、ベルとミリーの対決も、見逃せないな。頑張れ、ベル。
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