第22話 先生と生徒の夜会話
「――流石に、もうわかりますわ。あなたは……普通の人じゃない」
「……それは最初から言ってただろ? 俺のことをヘンタイ男って」
失礼極まりないぞ。改めろベル。
「そういう意味じゃありませんわ。以前、見せていただいたステータス――あれが、あなたの実力に見合っていないと申し上げているのです」
「……ステータスなんてのはお飾りだ。前にもそう言ったはずだ」
俺がそう返すと、ベルは椅子をきちんと押し戻してから、すっと立ち上がった。
「最近、学校で魔法について調べているんです。透明化も、顔を変える魔法も、どの文献にも記載されていませんでした」
「……まあ、俺の故郷は辺境だからな。珍しい系統の魔法なのかもしれん」
「それだけでは説明がつきません。ミリーの魔法を一瞬で消したこともそう。今だって、折れた歯が一日で治るなんて――」
……疑われているな。
これまでの俺の言動が積み重なって、ついにベルの警戒心を招いたか。
俺が元勇者だということを教えても、別に問題はないのかもしれないが、これは勇者村からの“使命”だ。
俺は――使命を守る。
「……魔法を消せたのは、たまたま魔力の切れ目が見えたから、そこを突いただけだ。魔法ってのは案外そんな簡単なことで瓦解する。覚えておけよ。身体については、生まれつき回復力が強いだけさ」
「……そうやって、誤魔化すのですね」
「誤魔化してるわけでは――」
「わたくしには……教えられないということ?」
「…………」
ベルの瞳が俺を射抜く。
正直に答えられれば楽だろうが、それはできない。
「質問を変えます。今日は、どこに行っていたのですか?」
「マオの頼みで、ちょっとお使いに」
「お母様のお使いで、そんなにボロボロになるのですか?」
「崖から盛大に落下してな。ハハハ」
「嘘が下手ですのね。……もしかして、お母様とお酒を飲んでいた男性って――」
「それは俺じゃない」
以前、ベルとミリーの会話で出てきた件だな。
俺も詳しくは知らないし、マオに確認を取ったわけでもない。もしベルが知りたいなら、協力はするつもりだが。
「……そう」
「相手が気になるのか?」
「……いいえ。お母様のプライベートはお母様のもの。わたくしには関係ありません」
「でも、気にしてるように見えるけどな」
「う、うるさいわね!」
ベルが頬を膨らませ、俺の肩を軽く叩いた。
……ああ、なんかこういうスキンシップの一つを取ってみても、仲良くなってきた感じがするな。これまでの彼女とのやりとりが上手く行っているのかはわからないが、結果的には距離が縮まっていると思う。
「わたくしは、あなたがどんな人であろうと構いません。わたくし自身が、あなたに教えを請うと決めたのですから」
強い瞳だった。ベルらしい、真っ直ぐな信念がそこにあった。
「……それで十分だ。俺も助かる」
「でも……」
「……?」
「その……あまり……わたくしを困らせるようなことは、しないでください」
「……悪かった。もうこんな怪我はして帰らないよ」
俺がそう言うと、ベルは伏し目がちに頷き、扉へと歩き出した。
その後ろ姿に、俺は思わず声をかける。
「ベル。双星競技会、楽しみだな」
「…………ええ」
「お前の晴れ姿を見るのを楽しみにしてる」
「……期待に、応えられるかは」
「精一杯頑張る姿を見たいだけだ。好きにやればいい」
「……わかりました」
「……それから、もう一つ」
俺は小指を立て、彼女に向けて誓いを示す。
「何があろうと、俺はお前の味方だ。力になれることがあれば、なんでも言え」
ベルは小指を見つめ、そして――小さく微笑んだ。
「……ありがとう。…………“先生”」
――バタン。
扉が閉まったあと、俺はベッドで悶々と転がり続けた。
心臓がバクバクして眠れない夜を、初めて味わったのだった。
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