第18話 元勇者と現勇者と魔王軍幹部と発汗戦士と愚かな魔法使いの邂逅
大平原の戦地をスタスタ歩いていると、頭上に影が落ちた。
見上げれば、黒紫の羽根を大きく広げた魔族が空を舞っている。威圧感だけなら一級品だ。
「そこの男、止まれぇぇぇい――――!」
「……声のボリュームがでかいな」
耳をつんざく咆哮の直後、超音波のような衝撃が襲ってきた。
魔力で声を膨張させ、波動に変えて直撃させてきたのだろう。咄嗟に耳を塞いで正解だった。耳が痛くなってしまう。
「…………ふむ。やはりそれほどの使い手には見えないが」
空に浮かぶ魔族は、ナチュラルに俺を見下す視線を投げてくる。
「……アンタ、魔王軍の偉い人かい?」
「いかにも。魔王軍第四隊、大隊長のキャンヴだ」
「ご紹介いただきどうも。俺は……義勇兵のユシャだ。ええと……こういうときはステータスを――」
宙に手を滑らせようとした瞬間、空のキャンヴがかき消えた。
次に現れたのは俺のすぐ横。
猛烈な強打が叩き込まれ、俺の体は盛大に吹き飛ぶ。
数多の木々をへし折りつつ、岩肌に叩きつけられた俺を、待ち構えていたキャンヴが捕まえた。髪を鷲づかみされ、地面に何度も叩きつけられる。
「…………フン。雑魚ではないか」
「…………う、うぅぅ」
とりあえず痛がっておく。
だいぶ手加減してくれているんだろうが、演出のために必死に呻く。
ついでに舌先を使って前歯を自力で折り、二、三本を血混じりに転がしておいた。小道具は大事だ。
「……ひ、ひい! ……あ、アンタ、偉い人なんだろう? 悪いんだが、引き返してはくれないか」
「それはできない。あの村は破壊する」
「…………ひい!」
こんなに情けない演技までしているというのに、頑なに聞き入れてくれない。困ったな……正直、考えるのが面倒になってきたぞ。
使命のためとはいえ、最強の俺がここまで折れてやっているというのに……! お手製ステータス(石)でブン殴ってしまおうか?
「貴様等の仲間の中に、強き者はいるか?」
「……ひい!」
「……質問に答えろ。頭を吹っ飛ばすぞ」
「……ひい!」
「貴様……! ふざけているのか!? 先ほどからひい! ばかり言っていないか? よくそれほどの余裕があったものだ……! これからどうなるか想像できないか!?」
「……ひい!」
「わかった。もう良い。死ね」
キャンヴの掌に強大な魔力が集まる。
あれを顔面から食らえば、さすがに俺でも軽い火傷はするだろう。……ひい!
交渉は決裂。幹部クラスが相手なら会話だけで済むと思っていたが、認識が甘かったらしい。
やはり、問題を解決するには暴力しかないのか……。
チャームの泣き顔が脳裏をよぎる。
かつて勇者だったとはいえ、俺も暴力で正義を主張するタイプだ。
人助けだなんだと自分の信念を持ってはいるが、どれもこれも暴力で解決する方法しか、俺は知らない。
俺には、悪を滅することしかできない。
だけど、それでいいのだろうか――。
勇者とは……何をして、何をすべき存在なのだろう。
そんなことを考えていた矢先――。
「――待ちなさい!」
若く、しかし猛々しい声が響いた。
視線を向ければ、額に赤き宝石を宿す者。王都が承る『勇者の証』だ。かつて俺が身につけていたそれを、今は別の青年が身に着けている。
「その人を解放しなさい、魔族」
「……勇者、だと?」
キャンヴが驚愕に目を見開く。同時に俺もまた、胸がざわついた。
じーさんから話には聞いていたが、まさかこんなに早く出会うとは。
――18代目勇者。
なんて……なんて――!
――――“勇者っぽいヤツ”が勇者になったんだ……!
「ボクは18代目勇者。魔族を滅ぼし、世に平和をもたらすべく選ばれた使者!」
――いや、君、勝手に村を出たって聞いたけど?
俺の内心ツッコミを切り捨てるように、彼は光輝く青き剣を掲げる。そして、聖なる魔法を俺へとかけてきた。
「もう安心してください。勇者であるボクが来ましたから。あなたはもう大丈夫です」
地に描かれた金色の魔法陣から、光の壁が天へと伸びる。実に勇者らしい演出の結界魔法。しっかり無詠唱なのもポイント高い。
俺は人差し指で壁を軽く突いてみる。ぴしりとひびが入り、穴が空いた。
ほーん……。
強度は、それほどでもないな。どうやら新しい勇者様は支援魔法は不得手らしい。
「18代目勇者……! もう選出されていたのか……!」
「ええ。17代目がだいぶ腰抜けだったようで、年若いボクが引き継ぎました」
胸の奥がウッ――と痛む。トラウマを抉るな。
さらに、彼の背後から現れたのは――――!
戦士ガルク!!
魔法使いテルミン!!
……なんてこった、あいつら18代目とパーティーを組んだのか。
そして、俺は瞬時に理解した。
こいつらだ。魔族を殺しまくっている連中は。
魔法剣士≒勇者というわけだ。となると、困ったな。マオへの報告をどうすべきか悩む。勇者村との関係に亀裂が入りでもしたら、それが一番問題だろうしな……。
「はやくやっちまいましょうよ勇者様、見せてください魔力の剣を」
「僕はあの村人を救助します。勇者様にお任せして宜しいですか?」
――こいつら……! 俺と居たときと態度が全然違うぞ!
まずい……テルミンがこっちへ来る……!
俺はさらに下の前歯を二本ほど折り飛ばし、歯抜けの情けない村人を演じた。
「そこの方、大丈夫ですか」
「……ひい!」
「――――あっ、ぉぉ……」
俺の顔を直視したテルミンが、気まずそうに顔を背ける。
悲壮感たっぷりの「ひい!」が効いたのか、どうやら正体に気づいていないようだ。変身魔法を使うまでもない。
ただ、キャンヴには顔を見られているし、下手に偽装すると矛盾が生じる。ここは演技で押し通すのが正解だろう。
俺は勇者様がかけてくれたありがたい光の壁をこっそり壊し、自分の魔力でダミーの壁を作った。これなら誰も不審に思わない。俺の魔力と干渉すると、面倒だからな。
「魔族の幹部よ! いざ尋常に勝負――!」
「フン……探す手間が省けたな、18代目勇者……! ここが貴様の墓場だ」
おお……創作物で見るような、勇者と魔族の戦いだ。
しかし困ったな。どちらも俺以下とはいえ、普通ではない力を持っているのも事実。その二人がぶつかれば、この戦いはますます拡大してしまう……。
ん……待てよ? そうか……!
俺は、素晴らしい案を思いついてしまった。
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