第16話 巨乳シスターの柔らかな太ももの上の勇者
王都外れの農村地区――、壊滅の危機に瀕しているその農村へ、俺は義勇兵として志願したという体で足を踏み入れていた。
暴徒と化した魔族たちが村へ攻め込もうとしている。村内に侵入は許していないが、負傷者は多く、近くの教会からシスターたちが派遣され、回復魔法と防衛に追われている状況だ。
――さて、来てはみたものの、俺はいったい何をすべきだろうか。
村の外で魔族を寸止めで追い払うのも手だが、魔族側からすると、虐殺されたうえに再び脅すようなもので、少しばかり哀れにも思える。
かといって、暴力以外にこの状況を収める手段が……あるのか?
答えの出ない思考を巡らせていると、張り詰めた空気の中に、必死な声が飛び込んできた。
「しっかりして! 傷は塞ぎました! もう大丈夫ですよ!!」
若いシスターが、負傷者を自らの膝に抱き、腹部を押さえながら回復魔法を注ぎ込んでいる。額には汗が滲み、唇は固く結ばれていた。
その懸命な横顔には、見覚えがある。
俺が彼女へ歩み寄ろうとした瞬間、シスターがぱっと顔を上げ、勢いよく声をかけてきた。
「負傷ですか? ではわたしの膝に! はい、どうぞ!」
手を取られ、そのままふわりと座らされる。
膝に触れた瞬間、ふにふにとした感触が伝わってきて、まるで高級なベッドのような柔らかさと温かさに包まれた。
「……チャーム」
「……あれ! あなた、いつかの酒場で会った変なお兄さん!」
この角度から見上げると、顔の半分は見事な双丘で視界が埋まっていた。まさかの巨乳シスターだったのか……クッ――。
「ああ、そうか。顔を変えてなかったな……俺だ、ユシャだ」
面倒になって正体を明かす。今さら影響もないだろう。
「ん……? え? ユシャ……って、この前知り合ったお嬢さんの!? え……?」
「本業はベルの家庭教師でな。ちょっと事情があって、顔を変えていたんだ」
「えぇ~! そんなことできるの!?」
驚くたびに胸が揺れて、下からの眺めが危険すぎる。どうにかなってしまう。
「ところで、君はどうしてここに? 酒場の娘と言っていたよな。本当はシスターだったのか」
「あー……もともと教会の孤児院出なんです。今はあの酒場でお世話になってますけど」
「そうか。学校で食堂もやっていたし、本当に色々やってるな」
「孤児院の頃は“教会食堂”っていうのをやってて……他にも福祉的な活動をよくしてました」
「ほぉ……大変だな」
俺には馴染みのない世界だが、チャームは毎日全力で生きている。周囲を明るくする活力を持つ女性だ。こういう人で世の中が溢れたなら、きっと世界は平和になるだろう。
「……ユシャさんは、どうしてここに?」
「争い事を止めに来た」
「……それで義勇兵に?」
彼女の視線が、俺の腕のえんじ色のスカーフ――“義勇兵の証”へ向く。
「ああ……だが、方法がわからずにいる」
「……ですよね。わたしもわからないです」
チャームが、ほんの少しだけ表情を曇らせた。
らしからぬその影に、彼女の人生の一端を僅かに感じる。
「……争いは……嫌いか?」
「はい。争いも暴力も……見ているだけで嫌な気分になります。それに、こんなことを続けていたら……いつか大切な人がいなくなっちゃう」
「……何か、あったのか」
チャームの瞳に涙が溜まり、その雫が俺の頬に落ちた。
「……ごめんなさい。昔のこと、思い出しちゃって」
「話してみてくれ」
まっすぐに見つめると、彼女は小さく頷いた。
「……幼い頃、両親を魔族と人間の争いで亡くしたんです。特別でもない、ただの村娘の話ですよ」
「そうか」
俺には家族がいなかったから想像しづらいが、日常の一部だった存在が突然失われるのは、きっと耐えがたいことなのだろう。
「魔族を憎んでいるのは確かですし、許してもいません。でも、復讐したいわけでもなくて……ときどき、ただ悲しさだけが募るんです」
涙を拭いながら、チャームは再び明るい声に戻る。
「今なんでこんな争いが起きているのか、理由なんてわからないし知りたくもない。でも、怪我や死んでしまった人を回復させられるなら、わたしは頑張りたい。それだけです」
「……チャームは、素敵だな」
「ユシャさんもですよ。義勇兵なんて、誰でもできることじゃないですから」
「そのまま返すよ。君のように可憐な女性が、荒れた戦場の心の拠り所になる」
思ったことをそのまま伝えると、チャームは耳まで赤く染めて、ぷいっと顔を背けた。
「そ、そんなに言っていただけるなんてっ……う、嬉しいです」
「ただ、ここは危険だ。離れたほうがいい」
いつ魔族が攻め込んでくるかもわからない。時間の問題だろう。もしチャームが戦死しようものなら、俺は自分を許せなくなる。
「いえ、できることをやります……って、あれ? そういえばユシャさん、怪我は……」
「大丈夫だ。癒やされたよ。君の太ももに」
「……ぃ、いやんっ」
スリットの入ったスカートを押さえながら、照れた笑みを浮かべるチャーム。とてもチャーミングだ。
平和を――願う。
それが、人間も魔族も変わらないものなのだとしたら……。
元勇者の俺にしかできない、平和の在り方を、模索し続けよう。
それが、シンプルで、楽で、きっと俺らしい。
「戦場に出てくる。きっと、すぐ終わるさ」
「ユシャさんって……不思議な人ですね」
「変わっていると、良く言われるな。なんせ、世間知らずな田舎者なもんで」
「…………いいえ。素朴で、嘘のない人だな、って思いますよ。そーゆー人、わたし、好きですよ」
チャームの愛らしい微笑みを見て、俺はこめかみをポリポリとかいた。
この子には、本当に悪いことはできないな、思った。
――もしかして、俺は照れているのか……?
新たな感情に戸惑いつつも、俺は戦地へと歩を進めた。
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