第14話 18代目勇者の憂鬱
「雑魚いなぁ……」
薄青の髪が陽光を反射し、さらりと揺れた。
サイクロプスに深々と突き刺さっていた剣を、若い男は無造作に引き抜く。刃から滴る鮮血が弧を描き、その一滴が彼の頬を汚した。
「あぁっ! そんな……ボクの美しい顔が汚れてしまいました」
「“勇者様”、こちらをどうぞ」
「すいません。ガルク」
傍らの戦士ガルクが、懐から取り出した清潔な布で、血を拭き取ってやる。
「噂に聞いた通り、雑魚ばかりですね。魔王軍……もう少し骨のある魔物を期待していたのですが」
「勇者様にかかれば、この辺りの魔物なんざ全部雑魚ですよ、ハイ」
「どいつもこいつも、骨なしの生肉ですね」
足元に転がる臓物を、18代目勇者は軽く見下ろした。
――弱すぎる。
勇者村を出てから、遭遇した魔物は全て斬り伏せてきた。だが、どれも手応えがない。わずかに魔力を剣へ流しただけで、ゼリーのように崩れる。
これほどの相手に、先代たちは苦戦していたのか――そう考えると、呆れを通り越して滑稽だった。特に17代目に至っては、能力不足のため勇者初の追放者。笑いの次元を超越した、同郷の恥と言っていい。
その、あまりにも早い引退劇には村もざわついた。その最中、“歴代最年少勇者”として選ばれたのが、この男であった。
本来なら村長の命を待って行動を始めるのだが、彼は気が短い。恩師でありながらも、その実力を認めているわけではない村長――いや、ただのスケベ老人としか思えぬ男からの指示を待つことに意味などあるのか?
早急に魔王を倒してしまえば、それで良い。すべて解決。世界に魔物が存在しない美しき世界となる。
17代目が無能だったぶん、自分が挽回すれば、村の面子も立つはずだ。
彼の目標は二つ。
一つは、この世界のどこかに潜む『魔王城』を見つけ、その主である“魔王”を討ち滅ぼすこと。
もう一つは――趣味だ。
17代目勇者の顔を拝み、手合わせをすること。もし剣を抜く前にワンパンで沈められたなら、その瞬間、盛大に笑ってやるつもりでいる。
返り血を拭う以外に能のない雑魚が、勇者に声をかけた。
「ヘヘ、勇者様……その、ステータスをもう一度見せてもらっても?」
「別に構いませんが、そんなに見たいものですかね……」
「ええ、それはもう! 惚れ惚れしやす! 前勇者なんざ本当にクソで! 俺たちとそう変わらない能力値だったもんで」
「それはそれは……非礼をお詫びします。同郷として、恥ずかしいばかりですよ」
勇者は半透明のウィンドウを開いた。
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レベル95/165
生命力:A
魔力量:C
筋力:C+
俊敏:B+
魔力操作:B
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「何度見ても素晴らしい……レベルの上限が100を超えている」
魔法使いテルミンも、ガルクの隣から覗き込み、感嘆の声を漏らす。
「ステータスなんて、所詮は指標でしかありません。ボクは魔力を絡めた剣技を極めています。そんなこと、数値には書かれませんからね」
「「……うおおお!」」
雑魚どもが数値だけで一喜一憂している姿を見て、勇者は内心鼻で笑った。こんな弱者共からバカにされる勇者が、この世に必要だろうか――否だ。
「とはいえ……男三人パーティーというのも寂しいものですね」
「元々は僧侶の女がいたんですがね、今回は旅に加わってくれなくて」
「……どこかで女性を調達したくはありますが」
彼の脳裏に浮かぶのは、気立てが良く、容姿端麗で、そばにいるだけで笑顔になるような――そんな女だ。
「しかし、勇者パーティーに入れるだけのステータスを持つ女なんて、そう多くは……」
「ステータスはどうでも良いです。容姿が優れていれば、それで」
「……なるほど。考えておきます」
――お前たちだって、大した使い手ではないだろう。
そう思いながらも、勇者は歩みを進めた。快晴の空の下、その横顔はどこか柔らかな笑みを浮かべている。
「それで――魔王城はどこにあるんですか?」
「…………どこにあるんだ? テルミン」
「…………僕が知るわけないでしょう。ガルク」
一行は、その問いの答えを持たぬまま、行き詰まっていた。
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