第12話 二人きりで初めての授業
学校から帰宅すると、俺とベルは運動着に着替え屋敷を飛び出して、例の広大な“鍛錬広場”へ向かった。
「さて、今日から正式に家庭教師を始める。ベル、準備はいいか?」
「……はい」
「なんだ、元気がないな。ミリーを懲らしめたいんじゃないのか?」
「別に、そういうわけじゃ……」
「でも、見返しはしたいだろ?」
「…………」
「沈黙は答えだ。そう受け取っておく」
近くにあった切り株に腰かけ、俺は地面に棒人間を描いた。
「まずお前の魔力量だが……“多すぎる”。まずはそう認識してくれ」
「……え? そうなんですか?」
どうやら誰からも聞かされていなかったらしい。
これだけの魔力量を持っていれば、目に魔力を集中する技術を持つ者なら、すぐに気付くはずだ。
ミリーのように下級火炎魔法で得意げになっているヤツには無理だろうが、少なくとも教鞭を執っている教師陣は気づいているはず。
それでも誰からも触れないのは、恐ろしくて近寄りがたいからだろう。
こんな大量の魔力を垂れ流す人間はいない。目利きのできる人間からすれば、怪物のように見えるだろう。
ベルの孤立しがちな性格も手伝って、誰も声をかけなかったんだろうな。
俺は、棒人間の周囲にゆるやかな曲線を描く。
「魔力ってのは、身体から離れると、濃度が急激に薄くなる。今のお前は溢れ出しすぎていて、そのほとんどが無駄に空へ帰ってしまっている」
「そ、そんなに……?」
「魔力が尽きると、生身の身体だけになる。つまり、外部からの危険にさらされやすくなるし、スタミナ消費も激しくなって、体調も崩しやすい。“魔力は常に身体にまとっているべきもの”だ。当然、寝ているときもな。それなのに、お前は湯気が噴き出すようにずっと放出しっぱなしだ。それなのに、疲れてもないだろ?」
「……別に。普段通りですわ」
「それが大量の魔力を持っている証拠だ。疲れ知らずってやつだな。おそらく使い切っても、スペアとして貯蔵してある第二の魔力回路に切り替わるだけだろう。だから、無尽蔵に魔力を使えるものだと思っておけ」
棒人間から溢れ出るエネルギーにバツをつけて、スペアの魔力と入れ替わる、というのをイラストで表現する。
下手クソながら頑張ってはいるんだが、ちゃんと伝わっているだろうか……。
「よし、じゃあ早速魔力を使ってみよう。今できる範囲でいい。ステータス開示をしてみてくれ」
「わかりました」
ベルは目を強く閉じ、うぅぅと唸りながら頑張る。
彼女の手のひらに、薄い膜のようなものが浮かぶ――だが、裏側(俺の側)ではノイズやちらつきが激しい。
俺は切り株から立ち上がり、ベルのステータスを覗き込む。
ほとんど文字化けしていて、何も読めなかった。
「今の状況は理解した。思ったよりできている。特訓の成果だな」
「でも……こんなんじゃ、ステータス開示とは呼べませんわ。力むとステータスが吹っ飛ぶんです……あっ、また」
ベルの言葉通り、ステータスが遠くの彼方へ吹き飛んでいった。
力んだことで、魔力の流れが乱れたせいだ。
「ステータス開示は魔力操作の初歩中の初歩。故に使用魔力は極小になる。みんながみんな透過させて、半透明にしてたりするだろう? あれがなぜか分かるか?」
「……消費魔力を抑えるため?」
「そうだ。無駄なことってのは、基本やらないもんだ。中にはフォントや色を変えたり、質感をつけて遊ぶ奴もいるが、それは趣味だ」
「そんな人がいるんですね……」
「世の中いろんな奴がいるからな」
中にはステータスを地面から生える石にしてる奴だっている。
「ベルの魔力量はすごいが、魔力操作が細かくない。これは鍛錬でいくらでも上手になれるが、相応の時間がかかる。だから今は、大雑把にステータス開示を習得する方法でいきたいと思う」
「……? 意味が分かりません。ステータス開示は微量な魔力で、が鉄則でしょう? なんでそんなことを……」
「……ところでベル。攻撃魔法は使えるか?」
「使えるわけないでしょう! ステータス開示もできないんだから! 嫌みですか!?」
「なら一緒にできるようにしてしまおう。ステータスに無駄なものを付けて、消費魔力を向上させるんだ」
「……ステータス開示に、攻撃魔法を上乗せするってこと……?」
「ああ。こうやってな」
俺はベルの下を指差すと、
――ズゴンッ!と石が立ち上がり、ベルの身体をぐいっと持ち上げる。
「きゃぁ! ちょっと! なんなのこれ!」
「故郷の墓石をイメージした、俺のステータスだ」
「はぁ? ステータス? どういうこと? なんで石なの?」
「連想しやすかったからな。そのままコイツで殴れば、相手をぶちのめせるぞ」
能力値は偽造してあるから、見られても一応は安心だ。
石から飛び降りたベルが、俺のステータスをじっと見つめる。
「本当ね……あなたのステータスが刻まれてる。でも前見せてくれたときは、普通に半透明じゃありませんでしたか?」
「俺は気分でステータスのデザインを変えて遊ぶからな」
「そ、そんなことも……できるんですか……」
ベルが感心したように話を聞いてくれる。授業っぽくなってきたな! いいぞ!
「今のベルにはこの方向性が合っていると思う。魔力量の調整は細かければ細かいほど複雑で、難しくなる。だから、そのままズガンと出して、ついでにステータスを書いてしまうイメージだ。攻撃魔法も習得できて、一石二鳥だろ?」
魔力量の少ない者では考えられないような苦悩を、ベルはしている。だから、もうありったけバンバン消費していく方向で教えていく。
「そんな方法が……あるだなんて、考えもしなかった」
「どんな魔法にするかは自由だ。イメージしやすい現象や物質、形でいい。頭の中でデザインして、身体を覆う魔力に絡めて、一気にズドンと」
「イメージ……」
「漠然でいい。好きなものや趣味に関わるものでも構わない」
「…………じゃあ、泥で」
ベルの瞳には強い意志が宿っているように思える。
俺は、彼女の瞳に心を撃たれていた。
――――良い目をしている。
こういうのはハマると強い。攻撃魔法は属性が多様だが、極めれば、そのどれもが神にも匹敵する力を持つようになる。
故に弱い攻撃魔法など存在しないのだ。
たとえ、それが泥のようなものでも。
作品を気に入りましたら『ブックマーク』と『レビュー』をお願いします。
☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。




