第1話 勇者なのに魔王討伐パーティーから追放されてしまった件
「なぁ……勇者サマよ。もう一度、ステータス見せてくれねぇか」
パーティーメンバーの大男――戦士ガルクが、そう言った。
俺は黙って指を鳴らす。パチン、と軽快な音とともに、微量の魔力を放出。宙に半透明のステータスウィンドウが現れる。この世界における身分証明書だ。
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レベル15/30
生命力:E
魔力量:F+
筋力:E+
俊敏:D
魔力操作:E
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ステータスウィンドウをくるりと回転させ、仲間たちにも見えるようにする。
右下には、“国家ギルドの公認印”。
つまり、これは正真正銘、本物のステータスだ。偽装などしていない。
「くっくっく……傑作だよなぁ! 17代目の勇者サマ、俊敏以外は“並”かそれ以下! おまけに“レベル上限がたったの30”! 歴代最弱じゃねえか!」
ガルクは酒場中に響く大声で、豪快に笑い始めた。
「なあ、俺たち魔王討伐パーティーが結成されてから、アンタ何かしたか? そのオンボロの剣、振るってるところ一度も見たことねぇぞ?」
ガルクが俺の腰の剣を指差す。それは錆びついた、刃こぼれだらけのなまくらだ。スライム一匹すら切れないだろう。
ガルクの隣で、ローブを羽織った痩せ型の魔法使い、テルミンが口を開く。
「……思い返せば、我々が魔王軍に遭遇したとき、戦闘にならずに妙な眠気に襲われたことが度々ありましたね。あれは――あなたの仕業ですか?」
「あったなぁ、そんなこと。だが見ろよ。こいつの魔力操作は“E”だぞ。そんな器用な真似ができるわけがねえ」
ガルクが鼻で笑い、テルミンも首を傾げる。
「……そうですよね。おそらく、魔王軍側の魔法だったのでしょう。ただ、僕が不可解に思う点はもう一つあります。……あなた、“睡眠魔法に対する耐性”がありますよね?」
敵から広範囲の睡眠魔法を食らっているのに、俺だけが眠っていないことにテルミンは不満があるらしい。
「……だとしたら、なぜ僕たちのことを叩き起こし、戦闘続行しないのですか? 僕たちが目を覚ますと、すでに戦場からは撤退していて、あなたは呑気にホットミルクを作っている」
「ああ。何度ブチ切れたかわからねぇ……。それにコイツは魔王軍幹部との戦闘のとき、いつの間にか負傷して倒れてたり、詠唱の邪魔をしたり、どこかに隠れてたりと、まるで戦う気がねぇ! 利敵行為そのものだぜ」
二人の言葉に、酒場の空気が冷たく変わっていく。
そして――。
「勇者という誇り高き役職の方に、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが……」
テルミンが、鋭く――静かに問いかけた。
「――戦うことが、怖いのですか?」
その言葉は、なぜだか俺の胸に深く突き刺さった。
「それに、お前……ヘレンの谷間見てニヤけてたよな? このスケベ勇者が!」
ガルクが怒鳴り、俺のミルク入りの酒樽を掴むと――、
中身を俺の頭上にぶちまけた。黒髪がドロドロに白く塗られていく。
「テメェはクビだ。二度と面見せんな、このチンカス勇者が」
ガルクは吐き捨てて、酒場を後にした。
テルミンが続こうとしたとき、カウンターにもたれた俺に耳打ちする。
「“勇者支持率”は今……12パーセントでしたっけ? 地に落ちましたね。次の勇者様は優秀だと良いのですが。……さようなら、チンカス勇者様」
そして、一部始終を傍で見ていた、僧侶のヘレンが近づいてくる。たぷたぷと魅惑的な谷間を揺らしながら。
「……わたしの谷間、見てたの?」
俺の目に、その豊かな起伏が映る。
「ああ……見ていた」
「戦闘中に? 器用なのね」
――パチーン!
彼女の掌が俺の頬を打ち、真っ赤な手形が残された。
――こうして、俺は“勇者”を――クビになった。
* * *
「……………………」
頬に残るじんじんした感触に触れながら、俺は悩む。
一体……どうすれば良かったのか。
俺は、ただ魔王を倒して、世界を平和にしたかっただけだ。
それなのに、“使命”を――何よりも優先した結果が、これだ。
俺は……自分のすべきことが未だにわからない。これからも……これまでも。
「…………あぁ、疲れたな……おっぱい。おっぱいが欲しいな」
俺は当然の権利を主張する。
疲れたときは女性の胸に癒やしを求めるのは必然だ。俺は間違っていない。だから、仕方なくヘレンの谷間を見ていたのだ。それで心の平穏を保っている。
カウンターに酒樽を戻しながら、俺は言った。
「マスター、ミルクをくれ」
「えぇ……酒じゃなくて……?」
「酒は弱いんだ。だから――さっさとおっぱいを出してくれ」
「おっ……ぱ……ってアンタ、本当に勇者様かい?」
マスターが眉間にシワを寄せ、睨んでくる。
なんだ? 何か問題でもあるか?
ミルクはおっぱいだろうが。俺は間違っていない。なぁ、そうだろう?
ふと、酒場がしん……と静まり返っていることに気づいた。
客たちの視線が、一斉に俺の背中に集まっていた。
派手に罵倒されたからな。注目されるのも仕方ない。
だが――これでいい。
本当に強い者は、こんなことで動じないのだ。
俺は、最強の勇者。
誰がなんと言おうと、そこだけは譲れない。卑下でも自慢でもない。ただの事実だ。
引き気味のマスターが、渋々ミルクを出してくれる。
俺はそれを一気に飲み干す。
「……あぁ~。最高だぜ……おっぱい……」
「だいぶイカれてんな……こいつ」
しみじみと幸福を噛みしめていると――酒場の扉が開いた。
「遅れました~! すぐ準備しま~す!」
ブロンドのショートヘアに、ふくよかな胸元。
明るく屈託のない笑顔の村娘が、軽やかに入ってきた。
彼女はこの酒場の店員らしい。その笑顔は、まるで太陽の下で咲く黄色い花のようだった。
その愛らしい姿に、酒場中の男どもが視線を釘付けにする。
……当然、厄介な連中も食いつく。
「チャームちゃん、今度こそ一緒に食事に行こうぜ? この間のクエストでがっぽり入ったんだ。何でも奢ってやるからさ」
「え~と……すみません、わたし、そういうのは~」
「つれねぇなあ~。いつも断るじゃねえかよ~」
蛇のような目をした男が、ニヤついた顔でチャームと呼ばれた娘にじわじわと近づき――その手が、彼女の身体に這い寄っていく。
「あ、あの……やめてください!」
「ちょっとくらい、いいじゃねぇかよ……なぁ?」
男の手がチャームの胸元に迫った、その瞬間――、
――――ズゴォンッ!!
チャームと男のあいだに、突如、墓石のような巨石がせり上がった。
「……あ?」
何が起きたのかわからないといった顔で、男が石を見つめる。
俺は静かに立ち上がり、男の前に歩み出た。
「すまない。それは俺の“ステータス”だ。名刺代わりに、どうぞ」
「はぁ? なんで石が……ステータス……?」
男の前に現れたその“石”には、こう刻まれている。
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レベル255/355
生命力:A+
魔力量:B+
筋力:A+
俊敏:A
魔力操作:A+
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「……あ、ありえねぇ……! なんだこのバカみてーな数値……!」
男が、ワナワナと唇を震わせ、俺を指差す。
「て、てめぇ! さっき追放された“勇者”じゃねえか!」
「もう一般人だ」
「嘘つけ、こんなステータス、細工に決まってんだろ! 『国家公認印』もねぇ! 近頃はギルドがうるせえからヤルやつも少ねぇが……そうか、テメェ、勇者じゃなくて、こっち側の人間だな……!? くっくっくバカが! 腕利きの冒険者はなぁ! こんなもん見ずとも相手の力量くらいわかるもんなんだよ、雑魚が!」
男はダガーを抜き、俺のステータス(石)を踏みつけると――跳んだ。
「後悔させてやる!!」
ゆっっっっくりと迫ってくるその動きに、俺はぽけーっと目を細める。
次の瞬間、俺は自分のステータス(石)を破壊し、そこからちょうどいいサイズの石つぶてを量産。
指で弾いて、ビュビュビュビュッ――と放った。
「うわああああああああああぁぁぁぁ痛ぁぁぁぁぁぁぁいッ!!」
男が腹を押さえて床に蹲る。
どうやら命中したらしい。放射状に10発くらい同時に弾いたが、痛かったらしい。すごい勢いで泣いてる。さっきまで元気だったのに、切ない表情を浮かべながら悲しんでいる。面白いな、コイツ。
「な、なんだ今の……!? おい誰だ、俺たちの決闘を邪魔したのは! 表に出ろコラァァァ!」
男が石を踏みつけてから泣き叫ぶまで、0.01秒。きっと何がどうなったのかわからなかったのだろう。
結局男は盛大な勘違いをしたまま、隣で飲んでいた客を引っ掴み、訳も分からず外へ出ていった。
ちなみに、俺は決闘など申し込まれた覚えはない。ただ、困っていた女性を助けたかっただけだ。
「……あの、なんかよくわかりませんけど、助かりました。ありがとう……ございます?」
チャームが困惑気味に礼を言う。
俺は彼女に笑いかけ、そっと答えた。
「このあたりには、変なやつが多い」
「ちょっと~、ここウチのお店なんですけど~! ヤダお兄さん、ヘンな人~! っていうかミルクくさ~い!」
爆笑をかっさらったらしい。
さっきまで落ち込んでいた気持ちが、少しだけ軽くなった気がする。
彼女の笑顔を見ていると、思う。
――ああ。やっぱり、今飲みたいのは――あれだ。
俺は空になった酒樽を掲げ、カウンターに向かって叫んだ。
「マスタ――――――――!!」
この気持ち……通じるはずだ。
俺と一瞬でも通じ合ったアンタにはもうわかるだろう?
俺が今、心から求めているものを!
マスターは顎髭を撫でながら、困ったように眉をひそめた。
「……ぁー……」
待て。まだ諦めるな。いける。アンタはイケるよ!
さぁ……! さぁ……! いま、ここだ! こい!
「…………おっぱい?」
マスターの一言に、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
隣でチャームが「なにこの人……」と呆れた顔をしていたが、
俺は、ほんの少しだけ涙を浮かべていた。
――ありがとう、マスター。
あんた、最高だ。俺……ここの常連になるよ。
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