第二話「秘密任務」
教会の鐘が高らかに鳴り、澄みきった朝の空気を震わせた。
孤児院に迎え入れられてから、もう数か月が経つ。
季節は初夏へと移り、山脈沿いの麓町はどこも緑が濃くなっていく。
小麦畑の穂先はふっくらと膨らみ、馬車道を渡る風は乾いた陽気を運んでくる。
丘の上に建つこの教会は、町を見下ろすようにそびえている。
遠くからでも鐘楼がよく見え、旅人はまずこの鐘を目印に町へ入る。
町民にとっても、鐘は一日の節目を知らせる大切な音だった。
朝の礼拝が終わると、孤児院の子どもたちはいそいそと掃除に奔走した。
掃き掃除、水汲み、家畜小屋の様子見。
ファムもその一人だった。
最初の頃は戸惑いだらけだった手仕事も、今では問題なくこなせる。
木桶を抱え、裏庭の井戸へ向かう足取りは軽い。
「ふぁーくん、わたしも一緒に行っていい?」
可愛い声が後ろから聞こえた。
振り向くと、麦わら帽子と白いワンピースを着たシャルロットの姿がある。
彼女は帽子が風で飛んでいかないよう、えっちらおっちら駆け寄ってくる。
数か月が経ち、院内の人間関係はおおよそ分かってきた。
まずは隣で歩を合わせて進んでいる、金髪美少女のシャルロット。
彼女は俺と年齢が近いからか、妙に懐いてくれている気がする。
俺の知らない知識を教えてくれるし、院の作業では大体一緒にいる気がする。
それにいつの間にか、くだけた関係性になってきて、ふぁーくんと呼ぶようになっていた。
可愛いからいいんだけど。
「あっ、いぶちゃん」
井戸に着くと、ぴょこんとした狐耳が特徴の獣人少女に出会う。
以前は食欲に負けて、みんなの朝食デザートを食い尽くした彼女だが、ちゃんと反省をして今では誰よりも働き者である。
俺たちよりも1~2歳だけ年上だが、15歳で独り立ちとなる孤児院では微々たる差だ。
そのため、年少組3人としてよく集まっていることが多い。
「あ。しゃるちゃん、おつかれ~! いやあ、ふぁむくんも精が出ますなあ」
「イブもお疲れさま。....ところで、そんな喋り方だっけ?」
「う~ん、フランツの真似......?」
あははと、照れ恥ずかしそうに彼女は頬を掻く。
後ろで尻尾がぶんぶんと揺れているときは、イブが動揺している証拠だ。
彼女は兄貴気質のフランツによく懐いている。
特に俺とシャルが二人でいるときは、フランツの後をてくてくと着いて行く目撃情報が多数ある。
まあ実際、フランツは勉学に励んで知識豊富だし、教会関係者からの信頼も厚い。
おまけに俺たち年少者にも優しいので、イブが懐くのも分かる気がする。
まだ中学生ぐらいの背丈ではあるが、将来はそのまま神学者にでもなるのではないか。
かっこいいよね。
「そ、そんなことよりもさ。水汲みが終わったらね、一緒に川に遊びに行かない?」
「何かあるの?」
「そうなの。ぼく、実はシエルに魚釣りを教えてあげるって言われてるんだけど、二人もいたら楽しいかな~って」
「え~~、いいじゃん! ふぁーくんも行くよね?」
シャルは首を傾げて、目をキラキラ輝かしている。
俺は「もちろん」と答え、急ぎ早に水汲みを終わらせるべく、えっちらおっちら頑張る。
三人で数往復を重ねたところ、作業は意外に早く終わった。
***
教会が建つ丘の裏には里山が広がっている。
小川に沿って、小さな脚6つが気持ち山登りをしていると、川辺の大きな岩に胡坐をかいて座っている人影が見えた。
彼女こそが、シエルだ。
ちなみにシエルは、フランツと同世代のお姉さんである。
フランツが勉学に励むのとは対照的に、いつも気ままに過ごしている印象がある。
マイペースな性格にて俺たち年少者との絡みが少ないだけに、まだ謎が多い人だ。
「やあ、来たかね少年少女」
「んー、自分だって少女じゃないの?」
「あはは、それもそうだね」
シエルは俺たちを見つけると、背伸びをしながら眠そうに呼びかけてきた。
イブの悪気ない天然ツッコミが冴えわたるが、意外とそういう会話が通じるタイプなんだと、肩肘が和らぐ。
「ではでは。参加者が二名増えたところで改めてご説明いたしましょうか」
そう言って彼女は立ち上がると、木の棒を使って土の地面に何かを書き込み始める。
「おほん。いいかしら、ちびっ子諸君。これは秘密任務なんだよ」
「秘密任務?」
「ええ。実は近日中に、テレシアが正式に修道女として隣町に就任するんだ」
「そうなの!?」
「ほんとうだとも。先日、年長組には神父様からお知らせがあったんだから」
テレシアというのは最年長のお姉さんで、今年15歳になったばかりだ。
まだまだ子供っぽい粗相が目立つ年少組とは異なり、神父様の教えを長年培った彼女は、優しさに満ちた性格であり、俺から見てもいかにも正統派の修道女であった。
「シアお姉ちゃん、もう出て行っちゃうんだ...」
しかし、おめでたい門出ではあるが、シャルはしょんぼりしている。
それだけ思い入れがあるのだろう。
俺が拾われる前のことは分からないが、シャルの気質からして随分可愛がって貰ったに違いない。
そして、かく言う俺も結構悲しい。
いつも食事は彼女が準備してくれていたし、俺が体調を崩した時は「あらあら、まあまあ」と献身的な看病をしてくれた。
そんなテレシアが出て行ってしまうのは、彼女の優しさを受けた者として、寂しく思って当然である。
「あー。だからこそだぞ、シャルロット。姉貴にはいつもお世話になっただろう? 最後ぐらい、われわれで大きな送別会を開こうじゃないか、というのが秘密任務の概要さ」
「はい! 分かりました隊長!」
「よろしい。では説明を続けよう」
シエルが地面に書いている計画は、概ねこんな感じだ。
まず、食材調達を俺たち年少組が担う。
具体的には川の幸、山の幸だが、危険もあるのでシエルが監督係というわけだ。
次に、年長組が企画・段取りを進行する。
こちらも具体的には、調理や設営、各所への根回しといった事務手続きだろうか。
そして最後は、みんなで仲良くこれから頑張ってねのエールを送る。
ざっくりと言えば、そんな感じだ。
「とまあ、そーいうわけで、今から諸君には採取狩猟の極意を授けようじゃないか」
シエルは、にやりと笑った。
普段はダウナーお姉さんなのだが、何事もこういう遊びを入れて話してくれる人だったのは、ちょっと意外。
でも良いキャラしてるなあーと思った。




