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【書籍化】元・最下位の妃、ニ度目の政略結婚で氷の冷酷王に嫁ぎます  作者: 三沢ケイ


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(5)


 アリスと仕立て屋に行った数日後のこと。ウィルフリッドが執務室で仕事をしていると、トントントンとドアがノックされた。


「陛下。そろそろ休憩なさってはいかがですか? 昼食をお摂りください」


 顔を見せたロジャーにそう言われ、ウィルフリッドは時計を確認する。いつの間にか、午後の三時近かった。朝から集中していて、食事を摂るのを忘れていたのだ。


「軽くつまめるものを用意するように伝えてくれ」

「かしこまりました。ここ数日根を詰めていらっしゃいますので、あまり無理をなさらないでください」

「わかっている」

「ずっと執務室に籠っているのも体に毒です。食事のときぐらい、場所を変えませんか? 気分転換になって、仕事の効率も上がるかと」


 ウィルフリッドは迷った。正直言うと、少しでも仕事を進めておきたい。だが、ロジャーの言う通り根を詰めすぎると仕事の効率が下がるのも確かだ。


「それもそうだな。ただ、資料を読みながら食べたいから食事はリビングスペースに運ぶように伝えてくれ」

「かしこまりました」


 ロジャーは胸に手を当ててお辞儀すると、部屋を退室した。タイミングを見計らって、ウィルフリッドはリビングルームへと向かう。ソファーに体を預けて書類を確認していると、メイドが皿に載せた軽食を運んできた。


 ウィルフリッドはそれを摘みながら、書類──ローラン国に派遣した使者の報告書を読み進める。


(アリスが提案した地下水道の技術は、確かにわが国でも活用できそうだな。だが、設計と地盤調査の期間を考えると、今年はもう間に合いそうにないな)


 システィス国の冬は厳しい。寒くなると雪が降り積もり、地面は真っ白になりやがて凍り付く。そのため、道路工事などは夏の間に実施するのが鉄則なのだ。


(いや、工事区間だけ俺が異能を使って氷を溶かせば、工事可能か?)


 ウィルフリッドが持っている異能は、水の精霊の加護を用いたものだ。凍り付いている大地を溶かすことも、一時的に天候を操って雪を止ませることも可能だ。ただ、異能の力を使うとその代償に体力が奪われるので、あまり広い地域で長時間能力を使うことは無理だ。


(異能か……)


 極寒の地の王でありながら、ウィルフリッドは雪が嫌いだ。降りしきる雪を見ると、どうしてもあの日のことを思い出すから。



 ──あれは、ウィルフリッドがまだ十二歳の頃だった。日増しに暖かさが増し、大地には花が咲き乱れる。システィス国は短い夏を迎えようとしていた。


『今日は、郊外の町に視察に行く。新しい橋ができたんだ。ウィルも行くか?』


 国王という立場上いつも多忙で滅多に一緒に出掛けることができない父が、ウィルフリッドを誘う。

 なんでも、郊外を流れる大河に馬車も通れるような大きな橋が架かったのだという。今日はその視察に王太子である兄を連れて行くようで、ウィルフリッドにも声を掛けてくれたのだ。


『うん、行く!』


 そう返事するのに、ためらいはなかった。

 国を平和に導く国王の父と、民の期待を一身に背負う王太子の兄。ふたりはウィルフリッドにとって憧れの存在であり、誰よりも尊敬していた。だから、一緒に行こうと言われてとても嬉しかったのだ。


 橋は父の言葉通り、素晴らしいものだった。大きな石をアーチ状に積み上げた物が幾重にも続き、対岸まで繋がっている。外国で実用化された工法で、わが国で取り入れられたのはこの橋が初めてだという。


(こんな素晴らしい物が造れるのか)


 子供心に驚いた。


 事件はその帰り道で起きた。馬車に揺られながらうとうとしていると、急に雲が分厚くなり周囲が暗くなる。やがて、気温が急激に下がり、馬車がガタガタと大きく揺れ、窓に固い物がぶつかる音までし始めた。


『なんだ?』


 父が訝しげに窓を見る。


『父上、氷壁です!』


 兄上が叫ぶ。


(氷壁?)


 眠りかけていたウィルフリッドは咄嗟に目を覚まし、窓に顔を寄せる。驚いたことに、辺りには雪が降っていた。身を乗り出すと、兄が言う通り道が氷で塞がれている。

(嘘だろう? 今の季節に?)


 ちらほらと舞っていた雪は間もなく、数メートル先も見えないような猛吹雪に変わる。

 いくらシスティス国が雪が多い国だとはいえ、この季節にこんな吹雪が起きるなど普通ではない。


『陛下。馬車が動きません!』


 外にいる近衛騎士達が必死に叫ぶのが聞こえた。近衛騎士の黒い制服は、雪で真っ白になっていた。


『陛下!』


 近衛騎士の声に、父はどこかぼんやりとした様子で外を見る。


『父上?』


 どこか様子がおかしい。

 そう思った次の瞬間には、父が内側から馬車のドアを開けていた。ドアが風で押されて大きく開き、そこから猛烈な風と雪が車内に降り注ぐ。


『うぐっ!』


 咄嗟に両腕で顔を覆い、隠す。目が開けられないような猛吹雪は、ウィルフリッドが人生で経験した中でも記憶にないほどだった。



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